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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・春編
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六ノ十七 「変わり始めた流れ」

 ミーティングを開いて、部の方針を改めていく発表をした。

 まず、全部員に対して日誌の提出をさせる。これは、丘と部員のコミュニケーションのためだ。

 今までは各学年の日直と各リーダー分の日誌しかなかったのを、一人一冊に変える。

 四十二人分というと、かなりの量である。それでもやる価値はある、と丘は判断した。


 二つ目は、ペア練習の継続。これは、はっきりと効果が出始めていた。一部では問題も起きていたという報告を受けたが、部員間で解決されたようだった。

 一対一で生徒同士が教えることによって、生徒間で技術の共有がなされていく。それは、次の世代へも受け継がれていく。

 当事者達の間で伝えられていく技術や考え方が、花田高吹奏楽部独自の力となっていく。


 三つ目は、二日に一度、コンクールの課題曲と自由曲の二曲を、本番同様に通して合奏する。それを録音して全員で聴き返し、その後演奏内容について話し合う。そこまでを一日の最後に行い、自分達の演奏を客観的に見直していく。


 四つ目は、生徒の企画によってミニコンサートを開催すること。コンサートの開催場所、規模などは問わない。自分達で考え、毎月最低一回はどこかで開く。そのための曲の選定は、丘も協力するが基本は生徒が決める。

 開催の可否は丘が判断し、会場や依頼先との打ち合わせは生徒自身で行わせる。

 現役時代、丘の世代も同じことをしていた。それが定期演奏会やコンクールにおいて、力を発揮する土台となる面があった。


 新たに決めた方針に対して、部員の反応は様々だった。

 これらを、コウキとの会話の中で一つずつ詰めていったことは、まだ他の生徒には言わなかった。

 コウキもそれを自らの成果だと誇示するようなことはしていないようだ。


 他にも変えていく方針はいくつかあったが、徐々に伝えていくつもりでいた。一度に伝えても、覚えきれるものではない。


「これらに共通することは、すべて、皆さん自身が考え、皆さん自身が動くことを求めている、ということです」


 一人一人を見回しながら、ゆっくりと話す。


「日誌には何を書いても構いません。皆さんがその日思ったことを書いていただきます。ペア練習の効果は皆さんに実感していただいていることでしょう。録音と議論は、皆さん自身で自分達の演奏について考えていただくためです。そして、コンサートの開催。皆さんに圧倒的に不足しているのは、本番の回数です。初心者の皆さんは特に、コンクールまでに経験する本番は一度だけ。それでは、誰かに音楽を届ける本質を理解出来ないままです。これは、蜂谷先生に気づかせていただきました」


 そして、最も重要な部分だ、と丘は思っていた。

 

「合奏では、指揮者である私を中心にして、皆さんが弧を描いて座っている。私と皆さんが向き合っている。その結果、発する音が私たちの間で完結してしまう。私の後ろに並ぶお客さんのところまで、音楽が届かない。これでは人を感動させられる演奏は生まれません。お客さんへ音楽を届けることの本質を理解するためには、コンサートを一つでも多くこなすことが大切だと考えました。これは、かつて私がこの吹奏楽部で現役だった頃にも、やっていたことです」


 やってみて上手くいかなければ修正し、あるいは別のことを試す。

 とにかく一つでも、何かこの部を変えていくために必要なことをしていく。それが今必要な事だ、と丘は思った。


 この学校に赴任し、吹奏楽部を任されてから十年が経っている。三十二歳になっていた。

 教師として、こども達を導いていく。音楽で、生徒を変えていく。聴く人を変えていく。

 その理想を掲げて、生きてきた。


 母校で教師になれたことは、幸運だった。だが、果たして本当に丘は全力をこの部に注いできたか。生徒のために、力を尽くしてきたか。


 ここ最近、自分の中の想いと向き合わされることが増えていた。

 担任も受け持っていた。部もあった。家族もいた。やることは山積していたし、生徒は部員だけではなかった。受け持ったクラスも、丘にとっては重要だった。


 その忙しさに溺れ、いつしか日々が同じことの繰り返しになっていなかったか。心から、こども達と向き合ってきたか。一人も見捨ててこなかったか。


 それに気づいたのは、コウキと繰り返される会話の中でだった。

 無邪気、とは違う。大人びている、とも違う。不思議と引き込まれるような生徒だ。

 真っすぐに、道を逸れずに生きている。そんな印象の生徒で、話していると、まるで自分を試されているかのような気がした。

 お前はどうなのだと、問いかけられているような錯覚を抱いた。

 

 妻に、その話をした。


「気づいたなら、金雄君も変われるよ。すぐにじゃなくても、一つずつさ。きっと、その子がいれば、他の子もどんどん変わっていくと思う。金雄君一人だけで頑張る必要はないんじゃないかな。こども達と一緒に、金雄君も変わっていけば良いと思う」


 大きくなりだした腹を愛おしそうに撫でながら、妻は笑った。


「私は、金雄君が輝いてる姿を見ていたい。家や私達のことは、お父さんもお母さんもいるから安心して。教師って、簡単な仕事じゃないと思う。こども達の人生に関わる仕事だからこそ、金雄君にはそれに全力になって欲しいよ」


 妻の言葉で、丘はもう一度自分と、部と、こども達に心から向き合おうと思うようになった。

 

 静かに、部員が丘を見つめている。

 深く息を吸って、立ち上がった。


「改めて、この部に全力を注ぎましょう。私達は、貴重な時間を共にしている。その時間を、良きものにしましょう。私が、ではなく、私と皆さんで、部を変えていきましょう」


 生徒の心に響いたのかは分からない。

 それは、今後分かってくることだろう、と丘は思った。







 


 

「今日のさあ、ミーティング、皆どう思った?」


 部室にリーダーが集まって、顔を突き合わせていた。今日は、パートリーダーにも集まってもらっている。

 いつもの会議の雰囲気とは違う、どこか、引き締まったようなものを晴子は感じていた。


「丘先生も、私達に本気を出せって言ったんじゃないかな」

「でも、企画とか、全然思いつかないんだけど。最低月一回コンサートって、曲の練習とかどうするわけ?」

「コンクール間に合わなくなるよね」

「でも、先生の言う通りだと思います。俺達、本番の回数が少なすぎる」


 正孝の一言で、皆、押し黙った。

 確かに花田は、演奏を披露する機会が少なかった。突発のイベントを含めても年間で十回前後だ。

 

「……やるしか、ないよね」

「でも、私達だけで考えるって、コンサートの企画なんてしたことないですよね?」

「私達だけで、っていうか、部員皆で考えることだと思う」

「どうやって?」

「ミーティングの回数を、増やすとか」

「それこそ、練習時間削れちゃうよ」

「でも、他に皆で話せる時間って無くない?」


 いつも以上に、議論が活発に交わされている。

 皆の心にも、何かしら感じるものがあったのかもしれない。

 晴子自身も丘の話を聞いて、もっと意識を変える必要性を感じだした。

 しかし、具体的にどうすれば良いのか、考えは思い浮かばない。


 話はまとまらず、全員が黙ってしまった。


「丘先生に、聞こう」

 

 奏馬が言った。


「いきなり俺達だけで考えてても、どうすれば良いのか、思いつかない。何か、アドバイスを貰ったほうがいい」

「……じゃあ、誰が聞きに行く?」

「いや……全員聞いたほうがいい。職員室に押し掛けるのは迷惑だから、頼んでこっちに来てもらおう」


 異論を挟む子はいなかった。

 晴子と副部長の大野都で、丘を呼びに行った。

 まるで部員が来るのが分かっていたかのように、丘はすんなりと承諾して、部室まで来てくれた。


「方針を改めていくっていうのは、私達も分かったんですけど、実際にどう動いていけばいいのか、何を考えれば良いのか、全然分かんないんです。今まで、そういう風に考えたことがなかったから……」


 晴子が言うと、丘は頷いて、皆を見回した。


「はじめは、そんなものでしょう。ですが、今、皆さんは考えることを始めました。それが第一歩です。考える事をやめないように。とりあえず皆さんが今頭を悩ませているのは、コンサートについてでしょう。開催の仕方などについては私が知っていますから、頼りなさい。ただ、どこでどんな演奏会を開きたいかといった意見は、部員全員で話し合って出し合うほうが良いでしょう。ミーティング時間を取っても構いません」

「練習の時間が、削れてしまいます」

「時間を決めてやりなさい。今の皆さんには、必要なミーティングです。それに、行き詰まった時には、きっと何かしら意見を出してくれる生徒がいますよ」


 丘が、経験談で言っているのか、部員の誰かを指して言っているのか、晴子には分からなかった。


「堅苦しい雰囲気ではなく、緩やかな雰囲気で。出来るか出来ないかではなく、やってみたいと思う意見を出し合いなさい。それが実際に可能かどうかを判断するのは、後で良い。それを話し合いの場でしてしまうと、思考が固くなって意見は出なくなる」

「分かりました」

「完璧を求めないこと。その時の最善を考えなさい。後から考えれば、もっとこうしたほうが良かったと思う可能性もあるかもしれません。ですがそれを恐れていては、結局何もできない。まずはやってみなさい」

「はい」


 それから、もう少し丘と話して会議は終わった。

 ひとまず、明日、全体ミーティングを開くことになった。そこで、六月以降のコンサートや曲について意見を出し合う。

 もう明日から六月だから、ゆっくりしていると間に合わなくなる。


 会議の終わりに、丘からは別の指示も入っていた。

 六月は他校の定期演奏会が多い時期である。部員で手分けして、各学校の演奏会を観てこい、というものだった。それも物事を考えるきっかけになるからと。


 近隣の全国レベルである安川高校や海原中といった学校の演奏会は、必ず観る事。そのためなら欠席も許可する、とのことだった。

 練習と同じくらい、生の演奏やステージを見てくることが大切だということか。

 レッスンで、蜂谷も言っていた。


 今まで練習漬けで、そんな機会は作ってこなかった。それが本当に効果があるのかどうか、晴子には判断がつかない。

 でも、やってみよう、と思った。

 

 まずは、やってみる。丘が言った。

 それがどういう結果をもたらすのかは、やってみてから考えれば良い。

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