表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・春編
74/444

六ノ十四 「苦悩、結束」

 自分は何なのか。

 パートリーダーとして、失格ではないか。

 何度も、その考えがまこの頭をよぎった。


 新たに取り入れられることになったペア練習で、まこは逸乃と組むことになった。教える側ではない。逸乃に、教えられる側だった。

 まこが教えることになるだろうと思っていた初心者の万里は、コウキと組んだ。


 三年生で、パートリーダーでありながら、二年生の逸乃に教わる。初心者に教えてあげられない。

 自分の価値を否定された気がした。


 上下を気にせず教えを受ける。言葉では理解できても、納得は出来なかった。

 パートリーダーとして努力してきた自信があった。それが、打ち砕かれたようなものだった。


 まこの雰囲気を察してか、逸乃はペア練習ではあまり物を言わない。ただ、逸乃が普段やっている基礎練習をまこにも教え、一緒に吹くだけだ。

 まこがやっているものとは大分違う。高音域の練習と、リップスラーという息や唇、舌使いだけで音を上下させる練習の比率が多かった。


 話すのが気まずいのか、ひたすらその練習の繰り返しで、ペア練習が始まってから、まともに逸乃と話していない。

 何となく、パートの他の三人とも話しづらく、一人でいる時間が増えた。


 今日も夕練の後、まこはそそくさと音楽室を抜けて、美術室にいた。一人のほうが、気が楽だった。


 メトロノームを鳴らしながら、逸乃に教わった基礎に取りかかる。悔しくても、逸乃から習った練習は吹いていて効果を感じている。自分で練習していた頃は、合奏で使う教本のリップスラーなどしか練習していなかった。

 細かく音が上下する。それを、唇の形を急激に変えたりせず、流れを意識して音を変化できるようにする。最低音から高音域まで、なめらかに上下していく。

 

 なぜ、自分はこんなに下手なのか。

 練習をさぼったことはない。出来る限りのことをしてきたつもりだった。それでも、逸乃には遠く及ばない。しかも、教えられる側になってしまった。

 自分の練習が、そんなに良くなかったのか。

 トランペットを握る手に、力が入る。


「まこ先輩」

 

 呼びかけられて、メトロノームを止めて振り返った。コウキと万里がいた。

 音を聞かれていたのだろうか。

 目を合わせていられず、うつむいた。手の中のトランペットに、ぐにゃりと歪んだ自分の姿が映っている。


「何?」

「先輩と、話したいです」

 

 コウキが言った。

 

「最近、先輩が苦しそうにしてるなって、二人で話してて」


言い当てられた気がして、喉を詰まらせた。震える声で、答える。


「そんなこと……ないよ」

「でも、まこ先輩、最近私に教えてくれません」

「……万里ちゃんは、コウキ君が見てくれてるでしょ?」

「まこ先輩にも、教わりたいです」

「そんなの」


 必要ない。まこが教えなくても、万里は日に日に上達している。コウキの教え方が良いのだ。音も、どんどん良くなっている。何を教えたらそうなるのだというくらい、万里の成長が早い。

 まこに聞く必要など、ないはずだ。


「私に教わっても、上手くなれないよ」

「上手くなるとかならないとかじゃないですっ。まこ先輩と、練習がしたいです」


 普段、小声で喋る万里が、声を張り上げた。それでも、小さい。大きな声を出すのが、苦手なのか。

 そんなどうでも良いことが、頭に浮かんだ。

 

「先輩が元気なくなってから、トランペットパートはばらばらです」


 コウキが、そばに来て言った。万里はその場に留まったまま、じっとまこを見つめている。


「俺達にとって、パートリーダーはまこ先輩しかいないんです。先輩に、皆をまとめて欲しいです」

「私は……教えられる側の人間だよ。皆を引っ張る人間じゃないって、言われたようなものじゃん」

 

 逸乃が、パートリーダーをやればいい。上手い人間が上に立つ。当然の理屈だ。


「俺は、上手いからリーダーになるとか、下手だから従う側だとか、そんなの違うと思います。まこ先輩は、間違いなくパートリーダーに相応しい。先輩がいつもパートのために動き回ってたの、見てました」

「わ、私も」

 

 万里もそばに来た。


「リーダーの仕事で忙しいのに、時間が空いたら絶対私のこと見てくれて、嬉しかったです。最初は先輩の言ってること全然分かんなかったけど、吹けるようになってからは、少しずつ理解できるようになってきました」

「先輩が自主練習の時間削ってたの、俺も橋本さんも知ってます」

「それは」

「先輩は、誰が何と言おうと俺達のリーダーです。先輩だから、ついていける。修先輩じゃ、無理です」

「おい、酷いなコウキ君」


 いつからいたのか、入り口に、修が立っていた。後ろに、気まずそうな表情をした逸乃もいる。

 思わず、目を逸らした。


「まあ確かに、俺はパートリーダーとか絶対嫌だけど」


 二人が、中に入って来る。


「まこは、何か勘違いしてると思うんだよな」


 そばの机に腰かけて、修が言った。


「……私が、何を?」

「なんでまこと逸乃ちゃんが組まされたのかってさ。まこがもっと上手くなったら、すごいパートリーダーになるからじゃないの。そのためには、まこが教える側だと駄目だから、逸乃ちゃんが教える側になったんじゃない?」

「どういう……」


 逸乃が、前に出てくる。ぎゅっと唇を噛んで、苦しそうな表情をしている。その表情が、まこの胸を締め付けた。


「ペア練習が発表された日に、丘先生に言われました。まこ先輩には言うなって言われたけど、言います。まこ先輩は高音が苦手で、その苦手意識が音の全部に出てる。そこを克服したら、もっと上手くなる。だから、私が教えて吹けるようにしてくれ、って。そしたら、まこ先輩は一段階上がるって」


丘がそんなことを。


「まこ先輩が自分でそれに気づくまで、言うなって言われました。でも、我慢できません。まこ先輩と気まずいままなのが、嫌です」


 逸乃が、泣きそうな顔をしている。瞳が潤んで、今にも粒がこぼれだしそうだ。

 逸乃の頭を修が撫でようとして、勢い良くはたかれた。


「気安く撫でないでくださいっ」

「せっかく慰めようとしたのに!? 何なの君達!? 俺のことなんだと思ってるの!」

「駄目な先輩」

「だらしない先輩」

「変な人……」

「全否定かよっ」


 笑うつもりなんてなかったのに、四人のやり取りを見て思わず吹き出してしまった。慌てて真面目な顔に戻してみたけれど、今更だ。


 そんなこと、考えもしなかった。なぜ教えられる側なのだと憤り、ひとりで拗ねて、落ち込んで、腐っていた。丘の思惑にも気づかず、自分を否定された気になって、へそを曲げて。

 まるで、子どもだった。

一番しっかりと立っていなくてはいけない人間が、一番弱くて、皆に心配をかけていた。


 ペア練習の立場など関係なく、皆はまこを認めてくれていたのに。


「ごめん、皆」

 

 立ち上がって、頭を下げた。

 皆、まこを気にかけてくれていたのだ。


「一人で拗ねて、勝手に気まずくなってた」

 

 頭を上げ、四人の顔を見回した。皆が、まこを見ている。

 まこも、自分の気持ちを言おうと思った。


「ずっと、上手くない自分が嫌だった。練習、もっとしたかった。そうしないと、私より上手い逸乃ちゃんにも、指示なんて出来ないと思って。でも、私はパートリーダーだから、自分の事ばかりじゃ、駄目だから……パートのために動くのが私の仕事だと思ってて…そんな時に、教える側じゃなくて教えられる側になって、それで自分を否定された気がして、頭ぐちゃぐちゃになってた」


まこが間違っていた。気にしていたのは、自分だけだった。


「逸乃ちゃん、私、上手くなりたい。今まで、こどもみたいな態度取ってごめん。もっと、沢山教えてくれる?」

「っ……はい!」

「万里ちゃん。ごめん、しばらくは見てあげられない。上手くなるまで、待って。自信を持って教えられるようになったら、また一緒にやろ」

 

 静かに、万里が頷いた。


「それまで、コウキ君、万里ちゃんお願いして良い?」

「はい」

「パート練習は、ちゃんと私が皆を見る。でも、それ以外は、しばらく自分が上手くなることに集中させてください」


 四人が、頷いた。


「それと、気遣って話に来てくれて、皆、本当にありがとう」

「……仲間じゃないですか」

 

 コウキが笑って言った。三人も笑っている。

 仲間。真っすぐにそんなことを言われて、くすぐったいような気持ちになった。

 誰かに面と向かって言われたのは、初めてだった。

 

 修が手を叩いて、ぽん、と気の抜けた音を立てた。


「よし、解決かな。良かった良かった。あとさ、まこに言わせてもらうと、俺も後輩に教えられる側になっちゃったんだからな。しかもホルンの武夫だよ。そもそもパート違うやんけっていう」

「修先輩は仕方ないですよ。先輩が教える側だったらヤバイです」

「ちょいちょい。コウキ君さぁ、俺にだけキツくない!?」

「事実ですから」

「同意!」

「逸乃ちゃんまで……」


 修が、がくっとうなだれた。それを見て、万里がくすくすと笑っている。また込み上げてきて、まこも笑い声をあげていた。


 さっきまでの暗い気持ちは、嘘のように無くなっていた。

 見放されたわけじゃない。期待してもらえている。頼ってもらえている。

 嬉しくて、まこの胸の中が、あたたかな気持ちで満たされた。

 

 自分でも、単純だと思う。それでも良い。


 肩を落とす修をなぐさめるように、コウキと万里が背中を押しながら出て行った。逸乃だけが、残った。


「まこ先輩。私にとってもパートリーダーは、まこ先輩だけですよ。先輩に教わること、まだまだいっぱいあります」

「……うん、ありがとう」


 コウキと万里が入ってくるまで、こんな風に、逸乃や修と互いの気持ちを話し合ったことは無かった。

 皆と話せて、良かった。少しだけ、気持ちが近づいた気がする、とまこは思った。


 逸乃の笑顔を見て、また、まこも笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ