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青春ユニゾン  作者: せんこう
小学六年生・美奈編
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六 「疑惑の少女」

 日曜日で学校は休みだ。午前中から、拓也と洋子と校庭で遊ぶ約束をしている。約束の時間に間に合うように、コウキは少し早めにマンションを出た。


 家から学校までは歩いて数分の近さのため、遊ぶ時も公園にわざわざ行かずに、学校で集まる事が多い。家が近い他の子もそうするようで、校庭で遊ぶ回数が増えた事によって、他クラスや低学年の中にも仲が良い子が増えていた。

 元々、そうやって人の輪を広げる事がいじめなどを無くすために重要になると考えていたから、思わぬ効果である。


 道路を、車が何台も行き交う。

 学校に向かう道の途中で、信号が変わるのを待っていると、ふと、視線を感じた気がした。

 振り返ると、サッと誰かが建物の陰に隠れたのが見えた。一瞬だったので、顔は判別出来ていない。見られていたと感じたのは、あの人影だろうか。


 その後も何度か振り返ると、同じ事が繰り返される。惜しい所で姿を隠されるせいで、正体を捉えられない。

 明らかにつけられている。気味が悪くなり、信号が変わると同時に、全速力で走って学校まで逃げた。


 拓也と洋子は、先に来ていた。


「お待たせ」

「おはよう、三木君!」


 洋子が駆け寄ってくる。そのまま、三人で遊具で遊びだした。

 学校なら大丈夫だと思っていたのだが、途中から、また見られている感覚を覚えた。

 気のせいではない。


 遊びに夢中になっているふりをして、周囲を確認してみる。

 他にも校庭で遊んでいるこども達がいるが、誰もこちらを気にしていない。

 どこかにいるのは間違いない。

 そう思って、もうしばらく周囲を観察していた時だった。


 体育倉庫の裏に、誰かがいるのを視界の端で捉えた。

 気づかれないようにちらっと確認すると、確かにコウキのほうを見ている。

 怪しげにフードを被っていて、顔は分からない。

 間違いない、あれが犯人だ。直感でそう確信した。背は低い。こども、だろう。


「おーい、鬼ごっこしようぜ」


 鬼ごっこに乗じて、犯人の姿を確認しようと思った。


「うん、するー!」


 遊具ではしゃいでいた洋子が降りて、こちらにやってくる。


「三人で?」

 

 三人だと少なすぎる。犯人にも近づきにくい。考えて、校庭で遊んでいた他の子も誘うことにした。

 全員で十人。じゃんけんで拓也が鬼になり、他の九人は学校中に散る。

  

 コウキは、犯人のいる場所とは反対の校舎側へと走った。犯人は西の体育倉庫付近にいる。北東の校舎を大きく裏から回りこんで、西側に出るのだ。犯人はきっとコウキを探すため、追ってくる。だが、姿を見られないよう、校庭を避けて北西方向に移動してから東へ来るはずだ。

 体育倉庫の辺りから、校庭を避けて東側へ向かうために通るであろう道のそばで身を隠し、犯人が来るのを待った。


 どんな奴なのか。背丈的には、こどもだったと思うが、確証はない。警戒しておいて、自分より力がありそうな人間だったら、下手に刺激しないで隠れたほうが良いだろう。


 しばらく潜んでいると、誰かが身を隠しながらやってくるのが見えた。

 短パンに運動靴、グレーパーカーのフードを被っている。鬼ごっこの参加者ではない。フードも被っているし、あれが犯人だろう。

 ぱっと見では性別は分からないが、同い年くらいのこどもの背格好だ。細身だし、コウキよりは背が低い。


 だんだんと犯人が近づいてくる。

 そばまで来たところで、思い切り飛び出して声をあげて驚かせた。


「きゃあっ!」


 甲高い声を上げて、犯人が躓いて転ぶ。声からして、女子だ。勢いよく地面に倒れ、呻きをあげた。 

 すぐに近づき、フードを取って顔を確認する。

 犯人は、クラスメイトの大村美奈だった。意外な犯人の正体に、固まってしまう。彼女とは、特別仲が良いわけではないが、普通に挨拶はする程度の仲だ。つけられる理由がない。

 後をつけていた相手に顔を見られたからか、美奈は顔を真っ赤にして口を震わせている。


「大村さんじゃん……なんで?」


 しゃがみこんで、目を見る。


「ずっとつけてたよな?」


 犯人が一応は顔見知りだったことで、ほっとした。

 こども相手なら、情報を引き出せるかもしれない。下手に詰め寄るよりは、優しく接してみたほうが良いだろう。


「立って」


 手をつかんで立たせる。顔を真っ赤にしたまま、美奈はうつむいている。

 特別目立つ方ではない。ほとんど女の子達としか話さないし、どちらかと言えば大人しい雰囲気の子だ。他人をつけまわす趣味があるとも思えない。


「怖かったよ、誰かにつけられてたって気づいて。なんでつけてたのか、理由を教えて」


 美奈が、はっとした顔をした。

 それから目を伏せ、大きく頭を下げてくる。


「ごめんなさい! ここ最近、三木君が、なんか変だったから」


 風が吹き、木々が葉をこすり合わせて音を立てた。


「一学期までの三木君は、もうちょっと暗い感じだったのに、二学期から急に人が変わったみたいになって。それにクラスの人気者になってて、なんか今までの三木君っぽくなかったから、変だなって思って、それで気になって……朝、おでかけしたらたまたま見かけたから、後をつけたら、なにか分かるかもって思って……それで……ごめんなさい!」


 自分でも、かつての自分と今の自分が全然違うように見えるだろう、とは思っていた。だが、それで怪しまれて、おまけにつけられるとは迂闊だった。もっとよく話す仲になっていれば、防げた事だろう。

 

「いやでも……なんで大村さんが俺を? 疑ってたとしても、わざわざ後をつけるほど?」

「それは、えっと、あの……~~っ!」


 さっきまでと打って変わって、茹で蛸のような顔で目をさまよわせている。どんどん目線が不安定になり、今にも頭から煙を出すのではないかというほど、狼狽しはじめた。


「わかった! とりあえず落ち着こう! な、座ろ!」


 手を引いて、近くのベンチに座らせる。

 胸を手で押さえ、荒く呼吸を繰り返している。

 

 その様子を見て、軽く息を吐いた。

 何か、美奈の中でコウキについて白黒つけたいものがあったのかもしれない。それは今は聞かない方が良いのだろう。


「……あのさ、俺、別に何も変わってないよ。ただ、ちょっと勇気を出すようになっただけで。なんていうか、二学期から、もっと皆と仲良くなりたいなと思うようになってさ」


 それらしく聞こえる言い訳をする。嘘ではない。本心ではある。

 美奈がこちらを見てくる。


「でも……勉強だってすごく出来るようになってるし、体育も前より出来て、授業中はよく寝てたのに、二学期になってからは真剣に教科書読んでるし……まるで別人みたい」


 それは、大人の知識量からすれば、小六の勉強は考えなくても出来るレベルだからだ。

 身体も、恐ろしく軽い。自分の身体の使い方はよく分かっている。その状態だから、苦手だった運動も楽にこなせるようになった。

 教科書を読んでいるというのは、隠して漫画とか小説を読んでいるだけであって、それは美奈の席からは見えないだけだろう。


「夏休み中に頑張ったからね、いろいろと!」


 濁して、笑った。

 しばらくして気分が落ち着いたのか、美奈は深呼吸をしてから、静かに口を開いた。


「……ずっと三木君っぽくなかった。前の三木君はもうちょっと、なんか……クールっていうか、そんな感じだったんだけど、最近の三木君、すごく爽やかな人になってて、なんでだろ、ほんとに三木君なのかなって気になって、それで……」

「そっか」


 確かに、クラスメイトにも、変わったね、と言われることが増えていたが、好意的にとらえてくれていた。まさか、疑っている子がいたとは思わなかった。

 そうならないように、態度や振る舞いにも注意は払ってきたのだ。美奈の観察力が、鋭いのかもしれない。


 何はともあれ、ストーカーや変質者ではなかった事は安心した。

 クラスメイトに疑われているだけなら、うまく取り繕えばどうにか出来るかもしれない。


「確かに前は暗かったかも。でもそれじゃいつまでも友達増えないしさ。もっと皆と友達になりたくて、それで頑張って変わる努力したんだ。大村さんとも挨拶する仲になれて嬉しかったし、そのほうが楽しいじゃん」


 美奈に笑いかける。

 やり直しのことは言えないが、だからといって嘘は言っていない。

 嘘で誤魔化せるとは思えない。

 明かせる範囲の本心を言うのが最善だとコウキは判断した。


「……あの、つけまわして、ごめんなさい」


 美奈が身体をこちらへ向け、頭を下げてくる。

 笑って、身体を起こさせた。


「もういいよ。ストーカーじゃなくてほっとしたし」

「ストーカーじゃっ……ない……けど、それっぽかったよね……」


 自分のした事を思い出したのか、美奈が泣きそうな表情になってうなだれる。

 慌てて、首を振った。


「いや思ってないって。もう良いじゃん、この話は。それより、大村さんもよかったら今から遊ばない? 今鬼ごっこしてんだ」


 立ち上がって、美奈に手を差し出す。


「……嫌いに、なってないの?」

「えっならないよ。ちょっとびっくりしたけど、大村さんだって分かって安心したし」


 美奈はしばらくうつむいていたが、そっと手を差し出してきて、コウキの手を握った。

 引っ張って、立たせる。


 美奈は鋭い。変に怪しまれて噂にされるのも困る。

 仲良くなって、怪しまれないようになってしまったほうが良い。それに、単純にクラスメイト全員と仲良くなるつもりでいた。それが少し早まったと思えば良い。


「美奈ちゃんって呼んでも良い?」 

「うえっ!?」


 驚いて美奈が目を見開いた。また顔が赤くなっている。


「駄目?」


 ぶんぶんと首を振ってくる。


「駄目じゃない!」

「じゃ、俺コウキね」

「う、うん」


 美奈の手を引っ張って、校庭まで走った。

 中央付近で、拓也達が固まって話し込んでいる。こちらに気がついて、拓也が手を振ってきた。


「コウキ! どこにおった!? 全然おらんから二回目始めようとしとったよ!」

「ごめん、美奈ちゃんと偶然会ったから鬼ごっこ誘ってた」

「おー、じゃやろ! 鬼は洋子ちゃんだから!」


 そう言って、拓也は鬼ごっこの輪に戻っていった。


「行こう」


 美奈を促し、皆のところへ駆け出した。


 今回は、疑いの相手が美奈だった。相手が同級生なら、何とかできるだろう。

 別に自分が別の時間軸から過去に戻ってきた事が他人にばれたら、ペナルティがあるとは、あの店員は言っていなかった。

 だから構わないと言えば構わないが、そもそもそんな話は誰も信じないだろう。頭がおかしいと思われるだけだ。

 信じられたら信じられたで、ろくな事にならない。

 

 だから、未来から戻ってきた事は、他人に明かすつもりはない。疑われるのも、余計な問題を抱えないために避けるべきだろう。

 これからは、もう少し周りの、自分に対する様子にも気を付けたほうが良い、とコウキは思った。

 怪しむ人間が今後も出てくると、今回のように厄介な事になる。


 幸い、疑っているのがこどもの美奈でよかった。大人だと誤魔化せるかどうか、微妙だ。

 もう少しだけ、こどもらしく振舞う事も意識していく必要があるだろう。

 鬼ごっこは、すでに始まっていた。 

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