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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・春編
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六ノ三 「入部」

 少ない、と丘は思った。

 二十人。集まった入部希望者の数だ。歓迎コンサートには三十人来ていた。合奏に参加していた者も合わせれば、三十五人だった。

 

 十五人、来ていない。

 だが、仕方がないだろう。毎年こんなものだ。コンサートだけは観に来るという生徒もいる。


 それでも、去年と一昨年に比べれば充分に多い。

 ここ数年、部員の減少が続いていた。途中で辞めていく者もいる。それを思えば、二十人というのは喜ぶべきことだろう。


 音楽室に集まった新入生を見回す。全員、緊張している。そう思ったが、一人だけ落ち着いた雰囲気を放っている生徒がいた。

 三木コウキ。体験入部の初日からずっと合奏に参加していた。トランペットで、腕も悪くない。歓迎コンサートでも堂々と吹いていた。肝が据わっているのか、自信家なのか。


「では、入部説明会を始めます」


 晴子が言った。黒板を背にして晴子が立ち、その前に新入生が並んでいる。後ろには、二、三年生。

 丘は端に寄せられたピアノのそばに立っていた。


「部長の藤晴子です。皆さん、入部希望ありがとうございます。予想より多くの子が集まってくれて、とても嬉しいです。これから一緒に頑張りましょう。大変な部活だけど、先輩は皆優しいから、遠慮なく頼ってくださいね」


 無難な挨拶だ。拍手が起こる。


「では、顧問の丘先生からお話をいただきます」


 促されて、黒板の前に移動した。改めて、一人一人と目を合わせる。


「こんにちは、正顧問の丘金雄です。ようこそ、花田高校吹奏楽部へ。知っている人もいると思いますが、この部は、我が校の中でも特に期待されている、伝統ある部の一つです。かつては連続して全国大会に出場したこともあります」


 丘が現役として、この部に所属していた頃だ。黄金時代だった。優秀な部長がいて、部をまとめ上げて全国へと導いた。正顧問だった当時の先生の力も素晴らしかった。丘は、ついていくのに必死だった。


「しかし、近年の成績は東海大会銀賞が最高で、県大会どまりの年もありました。もう一度、全国大会へ行きましょう。我々にも、可能なはずです。ただ、当然、そのためには厳しい練習が必要です。休みは基本的にありませんし、辛いことも多いと思います。ここに集まった四十一人で、乗り越えてください」


 並の練習では、上の大会へはいけない。

 強豪校は常に隣の生徒がライバルという環境で、熾烈なレギュラー争いをしている。たとえレギュラーになったとしても、少しの油断で降格する世界だ。


 反対に、この部は全員揃っても人数が定員より不足しているため、適当に練習していたとしても、コンクールメンバーになれてしまう。生徒の心構えからして、強豪校とは大きな差がついてしまう環境にあるのだ。

 故に、他よりも多く実りのある練習をしなくては、決して高みへは届かない。


「私は、皆さんの自主性を大切にしたい。皆さんが動けば、応えましょう。私から与えられるだけで満足するのではなく、自ら動いてください。考えてください。それがなくては、高みへ到達することはできません」


 仮に顧問がどれだけ優れていたとしても、生徒に自ら行動する力がなければ大きな進歩は望めない。その力は、もともと子供たちが持っているはずのもので、それが引き出されない限り、どれだけ厳しい練習をしても効果は薄い。


 何人かの顔が、引き締まった。背筋を伸ばした者もいる。


「あの横断幕を見てください」


 黒板の右上に掲げられた幕を示した。全員の視線が、そこへ向かう。金色で縁取りされた紺色の地に、白い字が躍っている。


「調和。我が部の部訓です。音楽だけでなく人としての生き方も学んで行こう、という意味を込めて、創部以来この部訓になっています。なぜこの部訓なのかということを、各々考えてください。私が説明するのではなく、各自が考え、感じて欲しい。上級生も安易に言葉で答えを教えないように」


 上級生が、力強く頷いた。


「部訓は、掲げているだけでは意味がありません。それを皆さんの血肉にして、初めて価値が生まれます。言葉を知っているだけでは無意味です。常に意味を考えつづけてください。部訓が心に染み込んだ時、皆さんの演奏は花田高ならではのものとなるでしょう」


 返事が無い。


「我が部では、生活態度もきっちりしてもらいます。全ては演奏に通じます。指示などに対してははっきりと素早く返事を。基本です。良いですか?」

「はい」


 芯の無い声で、しかもばらばらと揃わない。一人だけ、三木だ。彼は、はっきりと返事をしたのを丘は聞き逃さなかった。


「たかが返事、と思うでしょう。ですが、その返事すらも満足に合わせられない人間に、曲を合わせることなど不可能です。これから、上級生と共に生活態度も磨いていってください。では、この後は部の今後などについて、部長の藤から話してもらいます。先に希望する楽器について書いてもらった用紙を集めます。それを参考に、これから三日間、私が皆さんと面談やテストをして、担当楽器を決めさせてもらいます。希望する楽器に配属されないこともあるかもしれませんが、腐らず、何故その配属になったのか、それもまた意味を考えてください。では」


 後のことを晴子に任せ、集めた紙を持って丘は音楽室を出た。

 初日に話しすぎても、新入生の頭には入っていかない。少しずつ話していく方が良い。


 丘は歩きながら、三木コウキのことを思い浮かべた。妙に目に留まった生徒だ。とても新入生とは思えないような落ち着き具合。合奏での腕も、悪くはなかった。


 希望する楽器の紙の束から、三木コウキの紙を取り出した。第三希望まで書く欄があるのに、第一希望にトランペットとしか書かれていない。


 丘は、にやりと笑っていた。

 不遜だ。だが、こういう生徒は嫌いではない。

 指示された通りに動かないことが良いという意味ではないが、自分の意志を持ってそれを示すことの出来る者は、育てば部にとって重要な存在となることが多い。 

 もしかしたら、期待できる生徒かもしれない、と丘は思った。

















 晴子から今後の予定や、部の運営などについて説明がなされた。


 当面の目標は夏のコンクールだが、先に、前哨戦ともいえるフレッシュコンクールが、ゴールデンウィークに開催される。

 地区の中学校高校の吹奏楽部が集まって、夏のコンクールの課題曲を披露する。本番同様、審査員も招く。

 そして、審査員から講評を貰いながら実際の合奏指導を受けるという、かなり有意義なイベントだ。そこでの仕上がり具合で、今年のその部のレベルがある程度見える、と言われている。


 花田高は、経験者が十三人入った。上級生と合わせて、三十四人。初心者の七人は、フレッシュコンクールには出ない。

 定員に満たない少人数だが、その分、繊細な表現で勝負することになるだろう、とコウキは思った。

 人数がいなくても、それに見合う演奏方法があるはずだ。ないものをあるように聴かせるのではなく、あるもので勝負する。それが最善だろう。


「この後は楽器体験の時間です。希望を提出したパートに第一希望から順にうつっていってください。途中、丘先生から呼ばれたら部室へ行ってくださいね」


 解散して、各パートのパートリーダーが希望者を集めて各部屋に散っていった。

 後で迷わないよう、黒板に各パートが使用している部屋の名前が書かれている。


「コウキ君」

 

 逸乃が手招きしていた。


「なんですか?」

「どうせ君、トランペットしか書いてないでしょ」

「あ、はい。なんで分かったんですか?」

「君みたいなタイプは絶対そうだろうなーって思った」


 得意げな顔をしながら、逸乃はコウキの背中を押した。


「ま、そうでなくてもコウキ君はもうトランペット決定みたいなもんだから。マイ楽器だって持ってるし」

「だと良いですけどね」


 丘は、意外とこちらが思わぬことをする時がある。以前の時間軸でもそうだった。

 さすがに、マイ楽器を持っている人間を、別のパートに転向させたりはしないとは思うが、まだコウキがトランペットパートになれるとは決まっていない。


「大丈夫大丈夫。うちらからも先生に推薦しとくから」


 トランペットパートが使用する美術室へと移動すると、体験希望者が一人いた。


「お、来た来た。全員そろったね。じゃあ、自己紹介しよっか」

 

 まこが、全員を集めて言った。

 半円を作るような形で座り、互いに顔を見合う。


「私は、パートリーダーの杉浦まこ。高校から始めた組です」

「早川修。三年です」

「古谷逸乃でーす。いちのって呼んでね」

「三木コウキです、一年です」


 体験希望者の女の子が、小さく口を開く。


「橋本万里です。吹奏楽は、初めてです」

「万里ちゃん、よろしくね。分かんない事も皆が教えてくれるからすぐ覚えられるし、安心して。それじゃ、早速体験しよっか。他の皆は自主練してて」

「はい」


 コウキは、ちらりと万里を見た。きりっとした目つきをしている。緊張しているのだろうか。表情から感情が読めず、どことなく冷たい印象を受ける。

 以前の時間軸ではいない子だった。


 以前、同期のトランペットだった子は、入部していなかった。気になって探したが、どうやらこの学校自体にいないようだった。きっと、別の学校に進学したのだろう。残念だが、これも行動を変えた影響だから仕方がないと、割り切るしかない。


 万里が体験している間、三人で基礎練を繰り返した。

 修が主導しながら教本を使っての練習だが、細かく何かを指摘するでもなく、ひたすら吹いている。

 ただ決められたメニューをしているだけで、正直言ってあまり意味のある練習だとは、コウキには思えなかった。


 修の問題というよりも、部全体の問題だろう。

 なぜその練習を採用しているのか、ということへの意識が低い。やると決まっているからやる、というような感じだ。

 この数日間でそれは気になっていた。


 だが、かつては自分も同じだった。伝統的に行っている練習に、疑問を持つことがなかった。

 目的意識がなくては、どんな練習も無意味だ。


 今すぐに変えることは無理でも、早い段階で練習内容などについて、改善を提案していきたいところである。

 より良い演奏のためには、必ずそれは必要だ。

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