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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・春編
62/444

六ノ二 「歓迎コンサート」

 新入生が来るまでの三十分の間に、会場となる総合学習室のセッティングも、自分達の音出しも済ませなくてはならない。

 この日だけは、一秒でも早く終礼を終わらせてくれるように、全部員が担任に頼み込んでいた。


 全校生徒の模範であるとかいう理由で、吹奏楽部は優遇されているから出来る無茶だ。その甲斐もあって、すでに二、三年生は全員集まって、セッティングや飾りつけを始めている。

 黒板には、新入生歓迎コンサートの文字。


「まこ先輩、コウキ君来ましたよ」


 逸乃が声をかけてきた。見ると、扉の前にコウキが立っている。頭を下げてきたので、杉浦まこは軽く手を振った。


「こんにちは、早いね。セッティングは上級生でするから、コウキ君は楽器の準備を音楽室でしてくれる? 準備出来たら音出ししてて」

「分かりました」


 丁寧に返事をして、コウキは総合学習室を出て行った。

 コウキは、部活動体験の初日から練習に参加していた。新入生なのに、技術力が高い。芯のあるまっすぐな音をしていて、ハイトーンもそれなりに吹ける感じらしく、即戦力だった。

 楽譜の覚えも早く、練習期間は数日だけだったのに、全ての曲についてきている。


 とりあえず今回のコンサートは全ての曲でサードを吹かせているものの、多分、すぐにセカンドくらいなら任せられるだろう、とまこは考えていた。

 認めたくないが、まこより力がある。


 まこは、高校からトランペットを始めた初心者だった。

 最初は満足に音が出ず、辛い時期が続いた。先輩が厳しい人で、しかし、決してまこを見放さずに付きっきりで教えてくれた。そのおかげで鍛えられて、今はパートリーダーとセカンドを担当出来ている。

 初心者だからと、まこを甘く見る人は部員にはいない。けれど、自分では決して上手い方だとも思っていない。コウキのような腕のある経験者が入ってくれば、簡単に抜かれてしまう。


 とはいえ、コウキの参加は、トランペットパートにとっても部にとっても、幸運なことだ。今まではトップの逸乃の負担が大きすぎたし、トランペットパートの力量が足りていないせいで、選べる曲も限られていた。

  

「自分の仕事が終わった人から、音楽室で音出しとチューニングを始めてください」

「はい!」

 

 部長の晴子の指示に全員が返事をして、テキパキと作業を済ませた。

 いかに準備を早く終わらせられるかで、ウォーミングアップの時間も変わってくる。それだけに、皆真剣だった。まこもセッティングを終わらせて、音楽室へ移った。


 同じ三年生の早川修と逸乃とコウキが、チューニングをしている。トランペットパートは、仮入部のコウキを合わせて四人だ。軽く音出しをしてから、まこも加わった。


 チューニングは、演奏の前に音程を合わせる重要な仕事である。音程をしっかり合わせて吹かなくては、一体感は生まれない。

 音楽室の中心に置かれたハーモニーディレクターから、基準となるB♭の音が流れている。

 B♭は、トランペットでいうとドの音となる。ドから始まって、ドソレシドと五つの音を合わせるのが、この部でのチューニングの仕方だった。


 トップの逸乃がハーモニーディレクターの鳴らすB♭に音程を合わせ、他のトランペット奏者が逸乃に合わせる。

 音程の変化は、トランペットの管の抜き差し具合で行う。管の長さが変わると、音程も変わる。吹き方で音程を変えることも出来るが、それでは安定せず、意味がない。

 

「コウキ君、緊張してるのか?」


 チューニングを終えて、修がコウキの肩を揉んだ。


「うーん、少しはしてます」

「まあ楽しく吹こうよ。コウキ君の歓迎も兼ねてるんだから。楽しく楽しく」

「修は真面目に吹いてよ?」

「分かってるって、まこ」

「集中切らさないようにね、皆」


 三人が、頷いた。

 歓迎コンサートでは、五曲演奏する。国民的アニメ映画のメドレーと吹奏楽の定番曲、流行りのポップス曲を三曲。

 少人数なので、あまり編成の多い曲は選べなかった。


 今、部員は二十一人しかいない。

 コウキのように新入生で参加している子を足しても、三十人に満たない。どれだけ新入生を確保できるかが、今年の部の最重要課題だった。

 

 学生指導者の相沢奏馬が、手を叩いた。すぐに楽器の音が止み、静かになる。


「時間がないので、ロングトーンだけ合わせましょう」


 短く一言発して、ハーモニーディレクターを操作した。接続されたアンプから、規則正しいリズム音が放たれる。


「吹いてる最中に音程も聞きあって合わせてください」


 奏馬の合図で、全員で吹いた。

 一つの音を四拍ずつ、音階を八音上がって、最初の音へ下がる。

 普段は、チューニングの時間も基礎の時間も、しっかり取られているが、今日は時間が無い。ロングトーンを吹きながら、互いに合わせて調整していく。

 それだけで、もう時間が来た。


 奏馬が全体を見回す。


「音出しが足りてなくて不安かもしれないけど、今日の目的はこの部に入ったら楽しそうだと、新入生に思ってもらうことです。上手く吹かなきゃとか、間違えないようにと考えるよりも、楽しそうに見えるように、かつ実際に楽しんで吹くことを意識してください」

「はい!」


 全員で、総合学習室に移動した。晴子が一人残って、新入生の対応をしていた。


「準備できたようなので、入ってもらいましょう」


 晴子の司会に合わせて、部員が入室していく。新入生の拍手。まこも入ると、さっと新入生の方を見た。

 多い。

 三、四十人は観に来ているかもしれない。

 

 全員が席に着くと、部長の晴子が挨拶を始めた。


「新入生の皆さん、今日は来てくれてありがとうございます。見ての通り、今、うちの部は部員がとても少ないです、二年と三年で二十一人。強い学校は、合奏では五十人とかが当たり前です。百人とか二百人いる学校もあります。でも、私達は人数だけがすべてじゃないと思ってます。今日は皆さんに、それを証明します。少ない人数でも、こんなにすごいんだって思ってもらえたら嬉しいです。そして、そこに皆さんも加わって欲しいです。皆さんが加わってくれたら、もっと良い演奏を作れます」


 晴子が礼をすると、新入生から拍手が起きた。

 それから、顧問が入ってきた。指揮台の横に立って、新入生を見回した。


「顧問の丘です。よろしく。皆さん、是非入部してください。最高の三年間を共に送りましょう」

 

 丘が短い挨拶を済ませ、指揮台に上がる。部員一人一人と目を合わせ、それから静かに指揮棒を構えた。部員も、楽器を構える。丘に、部員の視線が集中する。


 一曲目は、吹奏楽の定番曲だ。

 まこは意識を丘の手に集中させた。

 丘の右手に握られた指揮棒が、動いた。


















 窓の外は完全に真っ暗になっている。部活動が終わった後だった。

 

「リーダー会議を始めます」

 

 晴子の言葉で、部室に集まっていたリーダー全員が黙る。人が多すぎて、狭い総合学習準備室がさらに狭く感じてしまう。

 普段のリーダー会議は、部長、副部長、学生指導者、それと金管セクションリーダー、木管セクションリーダーの五役職だけが集まる。 

 各学年一人ずつだが、兼任もいるので、八人。

 

 今日はそこに、まこを含めたパートリーダー達も加わっていた。

 議題の中心が新入生についてだからだろう、とまこは思った。


「まずは今日の歓迎コンサートについてね」

「三十人観に来てくれてたよ」

「うっそ、すごくない? 去年は参加してる子合わせても二十五人だったよね?」

「全員入ったら五十人超えるじゃん!」

「晴子先輩、経験者は何人いるんですか?」


 晴子が手元のメモ帳に目を落とした。


「丘先生が調べてくれた人数だと、一年生全体では十八人だね。だけど、今日のコンサートには何人か来てなかった。体験にも来てなかった子もいる。皆分かってると思うけど、今年のコンクールで上に行くためには、経験者は絶対全員確保したい」

「入部届の提出日は明後日だ。二日間で、来てない子も必ず全員接触しよう」


 奏馬が言った。


「特に、今奏者がいない楽器の経験者は絶対欲しい」

「即戦力だと良いなあ」

「今年、上手い子います?」


 誰かが言った。咄嗟に、まこはコウキの名前を出していた。


「あー、彼ね。うん」


 奏馬が思い出すような表情をしながら、頷く。


「まああの子は絶対入部するだろ、まこ?」

「うん。やる気凄いよ」

「コントラバスの白井勇一君も、即戦力だったな。あとユーフォの元口久也君も。他は伸びに期待、って感じかな」


 奏馬が言うなら、そうなんだろう。演奏や技術の事に関して、奏馬は的外れなことを言わない。だから、学生指導者として全員が認めている。

 

「じゃあ、明日からはパートリーダーが中心になって、経験者の確保に回ってください。後で担当してほしい子を知らせます。初心者はリーダーで担当します。今日来てくれてた子達の顔は皆覚えてくれたと思うから、学校で見かけたら絶対声かけてね」


 晴子の指示に、全員が返事をする。

 部では、指示に対しては素早い返事が絶対だ。だらだらとした行動は、演奏にも表れると考えられている。


 その後は、明日以降の練習予定が奏馬から発表され、その他のこまごまとした話し合いがあって、会議は終了した。

 部室から出ると、廊下で修とコウキが話し込んでいた。


「コウキ君まだいたの。もう遅いから帰んなよ」

「あっ、はい。いや、まこ先輩を待ってたんです」

「私を? 何か用?」

「三人で一緒に帰りましょうよ。自転車だし、途中まで方向一緒ですよね」


 いきなりの提案に、まこは驚いた。修は、何とも言えない顔をしながら頭をかいている。

 まこは、普段は一人で帰宅している。誰かと一緒に帰ることなど、考えたこともなかった。


 どうするか、少しの間考えて、それから頷いた。


「良いよ。鞄取ってくるから先に下りてて」

「分かりました。待ってます」

 

 二人が階段を下りていった。

 修とは同じトランペットパートで、出身中学も同じだから、帰る方向も合う。それでも、一緒に帰ったことはなかった。別に仲が悪いわけではない。ただ、何かとだらしないところは嫌いだ。

 それに、二人で帰っているところを誰かに見られて、恋人だと勘違いされたら嫌だったというのもある。三人なら、気にしなくて良い。


 コウキのぐいぐいくる感じは、悪い気はしなかった。慕われている気がして、嬉しくなる。

 少しだけ、自分の足取りが軽くなっていたことに気づいて、まこは慌てて歩調を緩めた。

 こんな姿を誰かに見られたら、恥ずかしい。


 ゆっくりと階段を下りながら、今日の歓迎コンサートについて思い返した。急ごしらえにしては、出来はまずまずだった。観に来ていた新入生の反応も良かった。

 今年は結構な人数が入部してくれるかもしれない、と期待したくなる。


 トランペットパートにも、あと一人は欲しい。今はコウキを含めても四人。せめて、五人、理想は六人欲しい。

 新入生全体の中で、トランペットの経験者はコウキだけだったから、初心者から連れてくることになるだろう。初心者は戦力になるまで時間がかかるが、やる気さえあれば問題ない。まこも初心者だった。


 ずっと、トランペットが弱いと言われてきた。それが、まこは嫌だった。

 トランペットパートのレベルを、引き上げたい。コウキが入れば、少しは厚くなる。初心者も鍛えて、トランペットが弱いと言われなくしたい。

 それが、まこの仕事だ。


 靴を履き替えて外に出ると、コウキと修が待っていた。

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