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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・春編
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六ノ序 「入学」

 抜けるような青空が広がっている。

 高校の正門から続く急坂。風が吹くたびに、坂の両側に植えられた桜の樹々から花びらが舞う。


 この風景が好きだった、とコウキは思った。

 真新しい制服に身を包む新入生達が、期待と不安が合わさったような緊張した面持ちで坂を上っていく。


 今日は愛知県立花田高等学校の入学式だ。

 ついに、高校生活が始まる。


 コウキがここに通うのは、二度目となる。一度目に得た思い出のほとんどは、吹奏楽部での日々だった。

 この高校の吹奏楽部で、初めて何かに本気で打ち込むということを知った。


 部の伝統を背負っているという自信や、責任を感じさせる上級生の姿が、コウキの心を打ったのだ。

 部長と副部長だけでなく、音楽面のリーダーである学生指導者、金管楽器や木管楽器を束ねるセクションリーダーなど、生徒が担う役職が多い部で、それらに就いた生徒が中心となって部を運営していた。

 

 それまで、コウキはすすんで前に出るような人間ではなかったが、学生指導者として前に立ち、部員を指導する上級生の姿に憧れた。自分も、ああなりたいと思った。それで、立候補した。


 学生指導者になってからは、上の大会を目指すために部員に厳しくあたることもあり、その結果、コウキのことを快く思わず、途中で辞めていく者もいた。

 リーダーの立場でありながら、部員とのコミュニケーションが上手くいっていたとは言い難かった。


 当時は懸命に打ち込んだつもりでいたが、今思えばもっとああしていれば、こうしていればと思うことばかりだった。

 卒業して以来、かつてを思い出して、何度も苦い気持ちに満たされてきた。

 他の部員の気持ちに寄り添うことができない、独りよがりのリーダーだったと言える。


 もう一度、やり直したいと思っていた。それが、叶う。また、ここから始められるのだ。


 呼吸を整え、足を踏み出す。坂を上って、生徒玄関まで向かう。クラスの振り分けが張り出されている。

 自分の名前を探した。

 一年四組。以前とは違う組だ。


 クラスメイトの名前を見ていくと、一度目で顔見知りだった子が何人かはいる。

 だが、ほとんどは話したことの無い子や知らない子である。


 そして、智美の名前もあった。

 よく考えてみれば、前の時間軸では、智美は別の高校に行ったはずだ。

 まさか、同じ高校になるとは思ってもいなかった。これも、仲直りした影響なのだろうか。


 靴を履き替えて、教室へ向かう。校内では指定のサンダルを履かなくてはならず、歩きづらい。だが、この懐かしい感覚が、またここに戻ってきたのだという実感を強くする。


 一年生の教室は生徒棟の一階と二階に分かれていて、四組は二階にある。開けっ放しの扉を抜けて、教室内へ入った。


「おはよう!」


 すでに登校していたクラスメイトの視線が集まってくる。

 何人かが挨拶を返してきたが、ぎこちない。まだ互いの距離感を測りかねているという感じだろう。


 黒板に、出席番号順の座席が書かれている。

 コウキは自分の席を確認した。窓際の、一番後ろだった。

 苗字がま行だと、窓際の後列になる確率が高くてありがたい。苗字が前のほうだと、席替えで当てないかぎり、窓際にはなれない。


「きみどこ中出身?」


 席に鞄を置くと、前の座席の男の子が声をかけてきた。前の時間軸では、見覚えのない顔だ。


「隣町の東中だよ」

「隣、マジ? 遠くね?」

「自転車で三、四十分かな」

「ヤバいねそれ。朝めっちゃ早いじゃん。俺、花田南中。橋田。よろしく」

「三木。よろしく」


 花田町の中学校は、中央、北、南、西の四校がある。その四校の、成績がそれほどでもない生徒は、大体花田高校に進学してくる。

 中には成績は優秀でも、一番近いからという理由だけで来る生徒もいるのだという。そういう生徒は、希望すれば、二年生からは進学クラスに編入される。


 橋田と話している間に続々とクラスメイトが登校してきて、チャイムが鳴る前には全員揃っていた。

 隣の女の子は、前田桃子と名乗った。

 その前の席が、智美だ。智美とは、ちょっと挨拶をして、それで充分だった。


「三木君は何部に入るとか、もう決めてんの?」


 桃子が問いかけてくる。赤縁の眼鏡をかけ、髪を後ろの高い位置で束ねている。桃子も前の時間軸ではいなかった、とコウキは思った。

 

「吹部に入るよ」

「えっ、私も! トロンボーンやってる」

「マジ? 俺はトランペット」

「あー、トランペット、分かる、そんな感じ。橋田君と中村さんは? どこ入るの?」

「俺は野球部」

「陸上だよ」


 智美は中学校でも陸上部だった。確か、三年生の時にはかなり良い成績を出している。

 四人で話していると、前の扉から教師が入室してきた。大柄で、筋肉質の男だ。


「おはようございます」


 野太く、ずしんと来るような声。一言で、教室が静まった。

 いかにも体育会系といった雰囲気をしている。教壇の前まで行って、教師は全体を見回した。


「このクラスを担任する、大川です。よろしくお願いします。数学教師です。弓道部の顧問もしています。良いクラスにしましょう」


 大川から入学式の流れが説明され、生徒の自己紹介が始まった。一人一人立ち上がって、名前や出身校を名乗っていく。

 最後がコウキだった。


 それから体育館へ移動し、入学式が行われた。

 花田高校は、一学年が二百五十人程度いる。二年生と三年生はそれほど人が変わっているとは思えないが、一年生はどれほど一度目の時と変わっているのか。

 自分がこの時間軸に跳んだことで、大きな影響を受けているのは、やはり同学年だろう、とコウキは思った。


 できれば吹奏楽部の同期は、あまり変わらないことを望んでいるが、すでに桃子のように、以前はいなかった子もいる。

 ある程度の変化があるのは、仕方がないだろう。

 たとえ前とは違っても、集まった以上は全員が仲間となるし、やることは変わらない。

 

 教室に戻ってからは、今後の予定などが説明され、昼前で終礼となった。

 まだやることもないので、クラスメイトはさらりと帰っていく。コウキも、橋田や桃子に挨拶をして、智美と教室を出た。


「また同じクラスになれるとは思わなかったね、コウキ」

「ほんと。ラッキー。智美が同じクラスってだけで、もうこの一年は安泰って気すらしてくるよ」

「なにそれ。でも、まあ私も同じ」


 智美が、笑って言った。

 智美がそばにいるという安心感があるだけで、随分と心持ちが変わってくる。一度目の時に仲良くなった子も、この時間軸では初対面で、また一から接することになるのだ。関係が築けるようになるまでは、コウキも多少は緊張するから、そういう時に智美がいるとありがたい。


「明日は、オリエンテーションとか部活動説明会って言ってたけど、オリエンテーションって何するんだろうね」

「学校の説明とか、生徒としてどう過ごすべきかとか、そんなことを話されるんじゃないか?」

「ここって結構校則厳しいんだよね。嫌だなあ」

「スカート短かったり腰パンすると、めっちゃ怒られるらしいな」


 げんなりした顔をして、智美がため息をつく。

 智美は制服のスカートをそれほど短くはしない。むしろ、長いほうだ。私服は小慣れた着こなしをしているから、ファッションは好きなのだろう。そういう子は制服のスカートを短くしたがる傾向があるが、智美はそういうことはなかった。

 何か理由があるのかもしれないが、コウキはそれについて聞いたことは無い。


「電車で来た?」


 急坂を下りて校門を出たところで、コウキは言った。


「うん、そう。コウキも?」

「ああ。なら、駅まで行こう。歩きで良いか?」

「もち」


 徒歩だと、花田高校から駅までニ十分ほどかかるが、構わない。

 智美とこうして帰ることができるのは、わずかな間だろうから、貴重なのだ。

 吹奏楽部に入部すれば、どの部活動よりも遅くまで練習することになる。必然的に、智美とは帰宅時間が合わなくなってしまう。


 智美も、吹奏楽部だったら良かったのに。

 そんなことを思い浮かべて、コウキは一人笑った。智美は生粋の体育会系だから、その願いは叶わないだろう。


「何笑ってるの?」

「いや、何でもない」 

「怪しい」


 細目で睨んでくる智美の顔を見て、また笑いが込み上げてくる。

 他愛もない話をしながら、田園風景の中をのんびりと歩く。

 悪くない時間だ、とコウキは思った。

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