五 「忘れられた石像」
生徒は学校へ登校すると、校庭を突っ切る間に班を解散して、自由に動き出す。
マンションの子達も、校門を抜けると、一斉に走り出して下駄箱へ向かっていった。
コウキは、のんびりと歩いていた。まだ始業までは時間があるから、慌てて歩く必要もない。
「三木君、おはよ!」
一人で歩いていると、後ろから誰かに抱きつかれた。
「おー、洋子ちゃん、おはよ」
くっついてきたのは、以前図書室で助けてあげた、洋子だった。
始業式の日から、もうひと月が過ぎた。
洋子とは、絵本室で顔を合わせているうちに打ち解けていた。
なかなかクラスに馴染めず、放課は絵本室で過ごすらしい。それで、一日に一度は様子を見に行く。
初めのうちは、会話も無かった。一緒に絵本を読んでいるうちに、ぽつぽつと話すようになった。元々話すのはそんなに得意ではないらしいが、打ち解けてからは、コウキには積極的に話しかけてくるようになっている。本来は、明るい子なのだろう。
コウキの事を、慕っている。妹が出来たようで、コウキも嬉しかった。
「今日、学校終わったらやるんだよね?」
隣に来てコウキの腕にしがみつきながら、笑顔で見上げてくる。
「うん、やるよ。拓也も来るからな」
「うん!」
数日前から、ある事を約束していた。
この学校の鶏小屋とうさぎ小屋の間にある小さな池のそば、木が生い茂ったエリアに、怪獣の石像が置いてある。
良く分からないデフォルメされたこの怪獣の石像が、一体なぜここに置かれているのか。いつから置かれているのか。
その謎を、調査する。
生徒の中で、怪獣の石像が学校にある事を知っていた者は、ほとんどいなかった。
コウキの周りで知っていたのも洋子と友達の拓也だけだ。
教師ですら知らなかった者もいる。
それもそのはずというか、もはや誰も立ち入らないような木々が生い茂った場所なので、わざわざそこに入らないと見つけられないのだ。
コウキも、前の時間軸で小学生だった頃に、かくれんぼをしていて偶然見つけた。
人々に忘れ去られてしまい、ただぽつんと佇んでいる石像。
こういうものに、もしかしたら名古屋のあの店の店員が言っていた、日常と半歩ズレた不思議、があるかもしれない。
そう思うと、心が躍る。
それで、洋子と友達の拓也を誘って、調べることにしたのだ。
放課後。いや、授業後、といったほうが良いだろうか。
愛知県では休み時間のことを「放課」と呼ぶ。授業が終わって下校した後は授業後などと言われる。
他の都道府県では休み時間は休み時間、授業が終わった後のことを放課後と呼ぶが、愛知県はなぜかそういう呼び方をしている。
鶏小屋の前で鶏を眺めていると、待ち合わせていた洋子と拓也が来た。
「お待たせ~」
ランドセルを背負った洋子が、腕にくっついてくる。
「待った?」
拓也は、ランドセルは持ってきていなかった。
「いや、今来た」
拓也は、幼稚園の頃からの友達だった。中学までは仲が良かったが、高校が別になってからは疎遠になっていた。この時間軸に戻ってきて、また拓也と会えたのはなつかしさと嬉しさがあった。
今回の話も、誘ったら飛びついてきた。
三人しか知らない怪獣の謎。大人のコウキでも、ちょっとわくわくする。
「じゃあ、行くか」
「おー!」
まずは勤務歴の長い教師に話を聞くことにした。
音楽の教師が、八年間この学校に勤務しているらしい。
コウキより二年長いだけだと、やや不安だが、その教師より古い人はいなかった。
「怪獣の石像? あ~あったねぇ。でも私もなんであそこにあるのかは知らないなぁ。そもそも私が知ったのも数年前だし」
案の定、音楽教師も知らなかった。
学校内で手掛かりは見つかりそうにもなくなった。どうするか思案した後、音楽教師に尋ねた。
「誰か、知ってそうな人はいませんか?」
唸りながら、音楽教師が考え込んだ。
待っている間、洋子は音楽室をうろちょろして、拓也はピアノの鍵盤を弾いて遊んでいる。その辺りは、やはりこどもなのだ。
「あぁ、そういえば」
かなり待って、やっと音楽教師が顔を上げた。
「学校の近所に、卒業生が住んでるよ。たしか四十年くらい前の卒業生。学校行事とかもたまに顔出してくれる人なんだけど、もしかしたら何か知ってるかも」
「ほんとですか! その人に聞きたいんですけど」
「うーん……じゃあ知り合いだから、特別に聞いてみてあげる」
三人で、立ち上がった音楽教師の後についていき、職員室まで向かった。
中で電話をしてくれている間、廊下で待つ。
園芸業者が、中庭で植栽の工事をしている。小さなショベルカーが土を運ぶのを、洋子と拓也が目を輝かせて見ている。間近で工事を見る機会は、そうそうないだろう。
しばらくして電話を終えた音楽教師が出てきて、にっこりと笑って親指を立ててきた。
「おうちに来てくれって。地図渡すね」
「ありがとうございます!」
メモ帳に書かれた卒業生の家までの地図を貰い、三人ですぐに学校を出た。
地図によると卒業生の家は、学校から歩いて二、三分の距離だった。
「その人、何か知ってると良いね!」
「だね」
洋子は、ずっとコウキにくっついている。すっかり甘えてくるようになっていた。
はじめは警戒されていて、笑顔一つなかった事を考えると、随分打ち解けられたものだ、と思う。
三人で、路地を並んで歩く。
拓也はもともとあまり喋る子ではないので、無言だ。だが、表情は楽しそうにしている。
いつも一緒にいても、拓也とはそんなに喋らない。コウキ自身も、以前はあまり喋るほうではなかったが、それでも拓也とは仲が良かった。
卒業生の家には、すぐに着いた。
和風の大きな家で、見るからに金持ちらしい雰囲気が漂う。
植栽も丁寧に刈り込まれ、通る人の目を楽しませる仕立て具合だ。
インターホンを鳴らすと、緊張しているのか、さっきまでにこにこしていた洋子が、コウキの後ろに隠れるように下がった。服の裾を、ぎゅっと掴まれる。
少し待つと、扉が開いて男の人がでてきた。
「さっき電話で聞いた子達だね。ようこそ、入って入って」
卒業生だった。
招かれて、家へ上がらせてもらうと、奥の部屋に案内されるまでに見えた部屋は、どこも畳敷きだった。い草の香りが、不思議と懐かしさを感じさせる。
実家には畳が無いので、新鮮だ。あまり馴染みが無いはずなのに懐かしさを感じるのは、何か日本人に共通する作用が、い草にはあったりするからなのだろうか。
来客用らしき部屋で正座して待っていると、卒業生がお茶とお菓子を持ってきて対面に座った。
「あの石像がなぜあそこに置いてあるのかと、何のために置いてあるのかが知りたいんだったよね」
「はい」
「あれが置いてある場所はね、かつての校舎だった、木造校舎の前庭だったんだよ」
昔を思い出すように一言一言、卒業生はゆっくりと話し出した。
彼の話によると、当時はまだ今の新校舎は無く、木造校舎が本棟だった。
その頃はあまり遊具もなく、こども達は校庭で遊ぶくらいしか出来なかったそうだ。
当時の校長が、そんなこども達を少しでも笑顔にしたいと考えて、市の石工職人に依頼して作ってもらったものが、あの怪獣の石像らしい。
一応モデルは、あの国民的某怪獣なのだそうだ。
珍しい怪獣の石像は旧校舎の前庭に設置され、こども達に大人気となった。
ところが木造校舎が古くなり、新校舎が建ってそちらに移ると、こども達の学校内での生活場所も変わった。新しい遊具も校庭に設置され、誰もあの前庭に近寄らなくなった。
そのうち木々が成長して怪獣の石像を隠すようになってしまい、今では忘れ去られている、という事だった。
「かわいそう……」
洋子がぽつりと呟いた。
「昔はみんなに可愛がられてたんでしょ? なのに、今はだれにも触られなくなっちゃったなんて、かわいそうだよ」
「そうだね。おじさんもそう思うよ。おじさんも、あの石像は好きだったからね」
四人の間に、沈黙が流れる。
人の勝手で作られ、人の勝手で忘れ去られるもの。そんなもので、この世の中は溢れているのだろう。それを、誰も気にしない。気にする前に、忘れている。
石像の謎は、分かってしまえば、些細な問題だった。ただ、謎を解いて終わり、という気分にはなれなかった。
「……移動させてあげようよ、コウキ」
拓也が言った。
「皆の目に見える場所に、移してあげようよ」
「私もっ、それが良いと思う!」
洋子が言った。
「……移動か……確かに、それは良いかもな」
また、人の目に触れるところに移せたら、あの石像が作られた意味もあるだろう。愛くるしい姿が、意外と今のこどもにも評判になるかもしれない。
「どうやって移すか、だな」
「俺たちの力じゃ、動かせないよ、コウキ」
「そもそも、こどもが勝手に動かすのはまずいと思う」
きっと、校長の許可がいるだろう。
となれば、まずは教師にお願いしてみるべきか。あの音楽教師は、味方になってくれないだろうか。
「おじさん、お話を聞かせてくれてありがとうございました。僕らで、あの石像を新校舎の前庭に移動してもらえないか、先生にお願いしてみます」
卒業生は、にっこりと笑って頷いた。
「楽しみにしているよ」
礼を言って、すぐに学校に戻った。
最終下校時刻までは、まだ一時間ほどある。この時間なら音楽教師もいるだろう。
早足で、音楽室へ向かった。
扉を開けて、中に入る。
「あれ、早かったね」
ピアノを弾いていた音楽教師が、手を止めてこちらを見てくる。
コウキから、卒業生に聞いた話を伝えた。
「そうだったんだ。そういう事なら、移動させてあげたいよね。でも……私が言っただけじゃ多分変わらないかな……。校長先生もあの石像の事は知らなかったくらいだし」
申し訳なさそうに、音楽教師はごめんね、と言った。
それほど、期待していたわけではない。卒業生とつなげてくれただけでも感謝している。
一旦出直すことにして、三人で怪獣の石像の前にやってきた。
肩を落とした洋子が、石像の頭に手を置き、そっと撫でる。
「動かすの、無理なのかなぁ……」
悲しそうに、石像を見つめている。
拓也も良い案が浮かばないらしく、がっくりと項垂れている。
重たい沈黙が、三人の間に流れた。
困った、とコウキは思った。
ここまで二人にがっかりした様子を見せられると、何とかして移設させてあげたい。
石像の謎を調べようと言い出したのはコウキだったし、余計に、やらなくてはという気がする。
だが、教師にただ頼み込むだけでは、おそらく動いてもらえないだろう。
もっと大勢の生徒の希望があれば、話は変わるかもしれないが。そう考えて、コウキははっとした。
「署名を集めようか」
思わず、手を叩いていた。
二人が、顔を見合わせる。
「署名って?」
「石像を移動させてほしいっていう生徒のサインを集めて、先生に渡すんだよ。俺たち三人だけじゃなくて、生徒の数が多ければ多いほど、先生たちも真剣になってくれるかもしれない」
「ほんと?」
「多分ね。ただお願いするより、効果はあるかもしれない」
「じゃあ、やろう」
「うん、やろっ!」
「よし、なら、今日俺が署名を集める紙を作ってくるから、明日から署名を集めようぜ」
二人が、強く頷いた。
署名活動が、実際にどれ程の効果を発揮するかは分からない。
だが、小学生が石像一つに署名活動までしたという事実があれば、教師の気持ちも動くかもしれない。
やってみる価値はあるだろう。
その日はそれで解散し、夜に署名を集める紙を作った。
一枚につき十人の名前が書ける紙を、十枚。
全校生徒が六百人。最低でも百人分集まれば、きっと大丈夫だろう。好評なら追加だ。
翌日から、三人で校内に立ち、生徒に向けて署名を求めた。
噂が広まるにつれて、活動を知った教師の中にも署名する者が現れだした。思いのほか順調に署名は集まっていき、三日もすると署名は百人分埋まり、追加で紙を用意しなければならなくなった。
それも、一週間経つ頃には三百人分、全校生徒の半分の署名が集まって、十分すぎるほどになった。
「三木君のおかげだね!」
図書室で集まっていた。
署名を眺めながら、洋子が満面の笑みを浮かべている。
「ほんと、コウキの文章のおかげだなー」
拓也が言った。
ただ署名を集めただけでは、誰も石像など興味も持たなかっただろう。
そこで、卒業生から聞いた話を、見た人が興味を持ちやすいようにストーリー風に仕上げ、署名と一緒に配ったり廊下に張り出した。
その効果が絶大で、特に低学年はこぞって署名をしてくれた。
「全校生徒の半分だ。さすがにこれを渡せば先生も動いてくれるだろ」
「楽しみだな~。早く移動させてあげたいね!」
「まだ、動かしてもらえるとは決まってないけどね」
「きっと大丈夫だよ! だって、先生も何人も書いてくれたじゃん、名前」
手足をバタバタさせながら、洋子が言った。
ひと月前は暗い感じの子だったのに、今はすっかり明るくなった。拓也ともすぐに打ち解けたし、署名活動をしているうちに、友達も増えたらしい。
クラスに、少しだけ馴染めるようになったそうだ。上級生のコウキと拓也と仲が良いというのも、からかわれる事が減った理由の一つかもしれない。
それだけでも、署名活動をやった甲斐があった。
「んじゃ、渡しに行くか」
三人で職員室へ向かい、教頭に署名を渡した。
教頭も署名活動の話は応援してくれていて、快く受け取ってくれた。
「校長先生に渡して、移設してくれるようお話します」
「よろしくお願いします!」
三人の仕事は終わった。後は、教師次第だろう。
それから数日が経った。
しばらく音沙汰がなかったが、全校集会が開かれた日に、怪獣の石像の移設が発表された。生徒の自主的な活動というところが、校長のお気に召したらしい。
生徒はおおいに喜び、その日の学校は、なんだか浮ついたような、ふわっとした空気が満ちていた。
洋子と拓也をぬか喜びさせたくなくて口にはしていなかったが、実際は、移設はほぼ成功するだろうとコウキは思っていた。
教師陣からすれば、こどもが自ら署名という社会的な行動を取り、目的に向かって様々な工夫を凝らして、他の大勢の生徒の心まで動かしたのだ。
自分達の学校でそういう生徒が現れたとなれば、評判にもなる。当然、移設も実施するだろうと予測はしていた。
こういう打算的な思考ができてしまう自分を、あまり好きではなかったが、それがこども達の為になったと考えれば、たまには悪くはない、と思える。
十月が終わりに差し掛かるかという頃、中庭の工事をしていた業者によって、怪獣の石像は無事に校舎の前庭に移設された。
教室から見えやすい位置に設置され、卒業生から聞いた話も、立派な看板になって隣に設置されることになった。
「皆に見てもらえるようになって、良かった」
洋子が言った。
放課後、三人で石像の前に座っていた。夕陽が、石像に陰を生み出している。
「すごい、すんなり進んだな」
「そうだな。二人が、頑張ってくれたからだよ」
「えー、一番動いてくれたのは、三木君だよ」
「うん。コウキがいなかったら、出来なかった」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
二人の、そうだよ、が見事に揃った。顔を見合わせて、笑い声をあげた。
「怪獣さんも、喜んでくれてるかな?」
不意の事だった。
「うん、嬉しかったよ」
洋子の言葉に反応したその声は、突然目の前から聞こえた。
顔を上げる。誰も、いない。
立ち上がって周囲を見回しても、目に見える範囲には、人の姿はなかった。
「声、聞こえなかった?」
拓也がこちらを見てくる。
「ああ、聞こえた」
「私も」
気のせいではない。洋子の声とも拓也の声とも違った。もちろん、コウキのものではない。
「僕だよ」
また、声が聞こえた。その方向を、一斉に見た。
声は、怪獣の石像からだった。
「……え?」
その呟きは、誰が発したのか。三人ともだったのか。
石像が、ぐにゃりと歪んだ。その一瞬の後には、まるで生き物のように、動き出していた。
「君たちのおかげで、またこども達に可愛がってもらえるようになったよ。自分自身の事も、思い出せた。本当にありがとう」
石像は、こちらを向いて喋っている。
石なのに、動くはずがないのに、身体はなめらかに動作し、声を出す度に口が上下している。
洋子と拓也が、口をぱくぱくさせている。コウキも、驚きのあまり固まってしまっていた。
「動い……てる!?」
「驚かせちゃった? 人前で動くのは初めてなんだ」
言って、怪獣が口を開けて笑った。
なんなのだ、これは。見た目は、石像のままだ。なのに、動いている。動くはずのない石の腕が動き、目はきょろきょろと瞳が動いている。鼻の孔から息の音が聞こえる。呼吸まで、しているようだ。
そこでふと、名古屋のあの店員の言葉を思い出した。
「この世界には、半歩ズレた空間や、モノや生物が存在する」
つまり、初めに予想した通り、この怪獣の石像は、そうしたズレたモノだったという事なのか。
今起きている現象は、そうでなくては、説明がつかない。
「僕は、皆に可愛がられてた頃は、人がいない時になると動けてたんだ。でも、忘れ去られて、誰にも相手にされなくなってからは、自分で自分の事も忘れちゃって、本当の石像みたいになってた。君たちのおかげで、また自分を取り戻せたよ。本当にありがとう」
「本物なんだ……」
洋子が、恐る恐るといった感じで、石像の顔を撫でた。嬉しそうな鳴き声を、石像が上げる。
「すごい!」
洋子が石像に抱きつき、頬を擦りつけた。
拓也も石像を触って、声も出せないくらい興奮している。
にわかには信じがたい事だが、今目の前で起きているのは、真実だった。
いや、そもそも、信じるしかないのだ。
コウキ自身、不可思議な薬によって、この時間軸にきた。コウキの存在そのものが、常識では考えられない。この世界には、そういうものは確かに存在するのだ。
しばらく石像と二人が戯れた後、色々と話をしてくれた。
彼のような置物などに擬態している生物は、この世界に珍しくはないそうだ。
そうした生物は、人に見られていない時は動けるが、決してその場から遠く離れる事は出来ないらしい。彼自身は、さっき言っていた通り、誰にも相手にされなくなった事で、自分が生きている事も忘れて、完全に石像と化してしまっていたのだという。
こうした話は初めて聞くはずなのに、洋子も拓也も、すんなり受け入れている。こどもは、順応するのが早い。
その後も、思い出話を聞かせてもらった。自分を見失うまで、何十年とこの学校とこども達を見続けてきた石像の話は、三人を夢中にさせるのに、充分すぎる程だった。
不思議な存在は、身近にいるかもしれない。いたら良い。それくらいの、軽い気持ちだった。
こうして目の当たりにすると、コウキですら、興奮を隠せない。
まるで、夢のような時間だった。
話し込んでいるうちに、最終下校を告げる歌が流れはじめてしまった。
「あ、もう、帰らなきゃ……」
「石像さん、またお話できる?」
「洋子ちゃん。ほんとはね、僕たちは人の前に姿を現したらいけないんだ。今回は特別だった。だから、もうお話はできないよ」
石像はそう言って寂しそうに笑った。実際に笑ったのかは分からない。だが、不思議とそう感じた。
「……でも、君達の事は忘れないし、話しかけてくれたらちゃんと聞いているからね。本当にありがとう」
石像は、明日からはまた、石像として生きていくのだろう。こども達を見守りながら。
彼のような存在が、なぜそうしてこの世界で暮らしているのか。動けず、その場にとどまるだけ。それに、何の意味があるのだろう。
その謎は、聞く時間はなかった。
特別に見せてくれた、本当の姿。それを、三人だけの秘密にすると誓った。
石像に手を振って別れを告げ、学校を出た。
「なんかさ、ああいう生き物がこの世界にたくさんいるなら、もっと出会ってみたいね」
帰り道で拓也が呟いた。
「私も、もっと会ってみたい!」
洋子も両手を挙げて同調した。
「そうだなぁ」
もしかしたら、日常に潜む謎を解明していくと、またああした存在に出会うことができるかもしれない。
例えば、学校の七不思議とかならどうだろうか、とコウキは思った。
そういうのを探すのも、面白そうだ。
「また、探してみようぜ」
「うん!」
新しい人生でやりたいことが、また一つ増えた。