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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・卒業、別れ編
58/444

五ノ十六 「ずっと友達」

 受験をした東京の高校は、難関と言われている学校だったものの、美奈からすれば大したことはなかった。

 別に行きたい高校だった訳ではなく、母親の希望で選んだ学校だった。

 合格したことで、母親は泣いて喜んでくれた。それで、良い。


 東京の母親の実家に引っ越すため、業者のトラックに家の中の荷物が次々に積み込まれている。といっても、物はそれほど多くはなく、美奈と母親の部屋に置くようなもの程度だ。

 不要なものは母親がガレージセールを開き、やってきた人達が買っていった。残ったものも売ったり譲ったりして手放したのが先週のことで、もう、家の中はかなりがらんとしている。

 いよいよ、この家から離れるのだ、と美奈は思った。


 家の外の道路に出る。

 どこにでもあるような住宅街の路地。美奈にとっては、歩きなれた思い出の詰まった道でもある。

 幼稚園も、小学校も、中学校も、この道を歩いて学校へ通った。父親がまだ生きていた頃、手を繋いで公園に行ったりした。

 

 もう、ここを通ることも無い。


 引っ越し業者の掛け声が、家の中と外でしきりに交わされていて、母親は、別れの挨拶に来た近所の人と庭で立ち話をしている。


「美奈ー」


 路地の向こうから、智美が手を振りながら走ってきていた。

 思わず笑顔になって、手を振り返す。


「智ちゃん、来てくれたんだ」

「そりゃあね」


 笑って智美が言った。

 今日が引っ越しの日だと、智美にだけは伝えていた。

 中学校で出来た友人はあまり深い仲にはなれず、学校を平穏に過ごすための関係といった感じだった。だから、伝える必要はなかった。


「美奈に、プレゼント用意したんだ」

「えー、何?」

「開けてみて」


 智美がにこにこしながら、鞄から包みを取り出す。

 それを受け取って、包みを解いた。

 それほど重さは感じない。小物か、何かだろうか。


 ゆっくりと箱を開けて、中を覗いた瞬間、美奈はうめき声をあげてしまった。


「……これ、なに?」


 箱の中には、お世辞にもセンスが良いとは言えない、不気味な物体が入っていた。

 形容しがたい見た目の代物で、直視していられない。


「良いことが起きる置物なんだって」

「良いこと?」

「そう。同じ小学校の健は覚えてるよね。クリスマスパーティの時のプレゼント交換で健から貰ったんだけどさ、何か、これを枕元に飾ってたら良いことがあるって言われて」

「……置物、なんだ」

「そう。私もずっと仕舞って眠らせてたんだけど、最近になってそれを飾ってみたら、ほんとに良い事があったんだ。といっても、何があったかは覚えてないんだけど……」

「覚えてない?」

「うん、うっすらとこれを飾ってから何かあったのは覚えてるんだけど……具体的に何があったのかは思い出せないの。でもまあとにかく、だから本物なのかもと思って。曖昧でごめんだけど、美奈にも必要になる時がそのうち来るかなと思って」


 渡された置物を、もう一度見る。

 生き物を模しているのか、それとも形に意味はないのか。どう表現していいのか分からない不思議な形状をしている。材質も、良く分からない。金属っぽくもあるし、そうでない気もする。

 智美には悪いけれど、これを枕元に置く勇気はない。


「あり、がとう」

「それと、これ」


 智美が、小さなビンを取り出した。中には、チョコチップ入りのクッキーが入っている。


「練習して、美味しく作ったよ。行きの車の中で食べて」


 型でくり抜いたのか、しっかりと見た目も整えて焼かれていて、見るからに美味しそうだ。

 智美が菓子作りは全く駄目だと言うから、一緒に遊ぶようになって何度か菓子作りもした。いつの間にか、これだけのものを一人で作れるようになったのか。


「私のために作ってくれたんだね……ありがと」


 嬉しくて、涙が出た。


「食べたら、感想メールする」

「うーん、あんま期待しないで」

「そんな、絶対美味しいやつだよ、これ」

「期待しすぎると、なんだこんなもんか、ってなるからダメ!」

 

 ちょっと顔を赤らめて必死に言う様子が面白くて、美奈は笑ってしまった。


「ありがとう、智ちゃん。こっちを飾るのは、まだちょっと勇気がいるけど……」

「あはは、私も最初は飾る気起きなかったし、良いよ。必要だと思ったら、飾ってみて」

「うん」


 その後は、庭の小さなベンチに座って、二人で話し込んだ。その間も、引っ越し業者は積み込みを進めていた。

 

「大人になったら、東京に遊びに行くよ」

「うん、来て来て。その頃には、観光案内できるようになってるかも」

「渋谷とか原宿は近いの?」

「んー、電車なら割とすぐっておばあちゃんが言ってたかな」

「良いなぁ、お洒落し放題じゃん」

「どうだろ、私、あんまりファッション得意じゃないからなあ」


 可愛い恰好は憧れるけれど、智美ほどファッションセンスはない。コーディネートも何が良くて悪いのか分からないから、持っているのは一枚で着られるワンピースが多い。


「美味しいものもいっぱいなんだろうね」

「東京だもんね」


 実際、東京と聞いてもどれだけ凄いところなのかは、よく分かっていない。多分、東京なら手に入らないものはないのだろう、という漠然とした印象くらいだ。

 そんなところで生まれた時から暮らしている子達に、田舎から来た美奈が馴染めるのか、という不安はある。

 

「向こうでも友達出来ると良いね」

「うーん……私、人付き合い苦手だからなあ」

「大丈夫だよ。最初に勇気だして、話してみなよ」

「頑張る……」

「何かあったら、すぐ電話して。いつでも聞くから」

「うん、ありがと」


 話しているうちに積み込みが終わり、母親と引っ越し業者が何かやり取りをした後、トラックは発進していった。近所の人もいなくなっていて、トラックを見送った母親がこちらへ近づいてきた。


「終わったよ。行こっか、美奈」

「……うん」


 ベンチから、立ち上がる。

 別れの時間だ。

 智美の方を見る。寂しそうな表情だ、と思った。


「お別れだね」

「っ……私、美奈のこと絶対忘れないからっ」

「うん、私も忘れないよ。智ちゃんだけは、忘れない」

「大人になったら、私もお金稼げるようになる。そしたら、何回だって東京行くから」

「うん」

「メールも電話も、いっぱいするから」

「うん」


 智美が、ぼろぼろと涙を流し出した。次から次に溢れ、頬を伝って地面へと落ちていく。


「絶対、会いに行くから」

「うん」


 涙を流したまま、智美が抱きしめてきた。美奈も、智美の身体に腕を回す。

 一緒になって、泣いていた。


「元気でね、智ちゃん」

「……うん」


 これから先、智美のぬくもりを忘れないで済むように、長い間抱きしめ続けた。自分の身体に、刻み込んでいく。

 それは、智美も同じ気持ちだったのかもしれない。

 二人の涙が落ち着いた頃、どちらからともなく、身体を離した。

 智美は、無理やり作ったのが丸わかりの、くしゃくしゃの酷い笑顔を浮かべていた。


「またね、美奈」

「またね、智ちゃん」


 家の戸締りをした母親が、車に乗り込んでエンジンをかけた。

 貰った置物とクッキーの入った瓶を抱えて、助手席に乗り込む。窓を開けて、横に立つ智美をもう一度見た。

 泣き止んだはずなのに、また智美が泣いている。


「智ちゃんの泣き虫」

「だってっ」


 拭っても拭っても、智美の涙は止まる気配がない。肩が震え、しゃくりあげるような声が、耳に、心に、突き刺さってくる。

 美奈まで、また泣きそうになった。

 

「お母さん、行って」

 

 無言で頷いて、母親はゆっくりと車を発進させた。

 弾かれたように智美が顔を上げる。


「美奈!」

「メールも電話も一杯するから、智ちゃん!」

「約束だよ!」

「ずっと友達だから!」

「うん!」


 車が家の敷地を出て、速度を上げ始める。

 追いかけてくる智美が、どんどん離れていく。


 窓から顔を出して、手を振った。

 智美が、大きく振り返してくる。

 見えなくなるまで、互いに手を振り続けた。


 最後まで、智美は泣いていた。

 身体をシートに戻したところで、母親が声をかけてくる。


「お母さんがこっちに戻ってくる時、美奈も来ていいんだよ?」

「ううん、いい。辛くなるもん」


 引っ越した後も、家の処分や様々な手続きで、母親は何度かこちらに戻ってくるらしい。

 でも、美奈はもう戻るつもりはない。

 

 新しい場所でやっていかなくてはならないのだ。

 戻ってきて、智美と会ったりしたら、気持ちが折れるかもしれない。

 だから、戻らない。


 景色が、どんどん流れていく。

 サイドミラーを見ても、もう智美の姿は見えるわけがなかった。 

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