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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・卒業、別れ編
57/444

五ノ十五 「卒業」

「……の卒業証書授与式を終了いたします」


 式が終わり、在校生や保護者、教師に見送られながら、体育館を後にした。

 泣くかと思ったが、意外と涙は出なかった。


「終わっちゃったね」


 隣を歩いていた智美が言った。


「しんみりしてるのか」

「当たり前じゃん。皆と別れるんだから」

「智美は、笑ってさよならをするタイプに見えるけどな」

「どの辺が? 結構卒業式とか、クるタイプなんですけど」


 智美の目が、少し赤い気がする。


「私は、コウキのほうが泣くと思ってたけどね。小学校の時はぼろ泣きしたって聞いたけど?」

「なっ、どこ情報だよ」

「奈々とか亜衣とか喜美子とか?」

「あー」


 教室に戻ってからの担任の話の時か、とコウキは思った。

 担任やクラスメイトに不意に感謝の言葉を述べられて、泣いたのだった。

 思い出して、恥ずかしくなってくる。


「あれは式は関係ない」

「赤くなっちゃって」


 からかったつもりが、逆にやられてしまった。にやにやする智美を睨みつけ、咳払いをする。


「でも実際、卒業式って泣けるじゃん。なんか雰囲気とかがさ、今までのこと思い出させるし」

「……まあ、な」


 周りのクラスメイトの多くも、智美と同様に目が赤くなっているし、隠さず涙を流し続けている子もいる。

 コウキは、こどもに戻ってから感覚が若返った気がしていた。何気ないことで喜び、悲しみ、笑い、悩んだ。大人になって鈍くなっていた心が、新しくなったようだ、と嬉しく思っていた。

 だが、実際にこういう場面になると、やはり周りの子はコウキよりもはるかに豊かな心と、それを表現する素直さを持っているのだと思い知らされる。

 コウキは、どうしても心を抑えてこんでしまっているところがある。 

 自分にとって、この三年間は特別なものだった。それなのに、こういう時、泣くのが恥ずかしいような気がしてしまう。


 列はそのまま三年生の各教室まで続いた。

 教室で落ち着くと、先ほどまで泣いていた子達も、笑って話している。

 

「コウキー、春休み、全員合格したら遊びに行こうぜ」

 

 亮と直哉がそばにやってきて言った。


「全員って?」

「クラス全員だよ! 皆で集まってお別れ会的なのしようぜって言ってんだ」

「おー、良いね。おっけー」

「コウキも参加だってよー!」


 直哉が声を上げると、クラスメイトが歓声を上げた。


「お別れ会か。そんなもの、初めてだな」


 前の時間軸では無かった。グループ単位でならあったのかもしれないが、クラス全員でというのは記憶に無い。

 そもそもコウキは今のようにクラスメイトと親しくはなかった。


「喜美子と沙知は山高めざしてるから、あの二人が合格するかだな」


 亮が難しそうな顔をしている。

 山高は、この辺りで一番偏差値の高い高校だ。確かに、あそこは難関で合格できるかどうか微妙なラインだと、喜美子も沙知も言っていた。

 

「おーい、席に着け」


 担任が現れ、後ろの扉から保護者もぞろぞろと入ってきた。

 和やかな空気はそのままに、担任の話がはじまった。


「まあなんだ。皆、一年間よくやったな。良いクラスだったと思うぞ。正直な話、あんまり俺のこと良い先生だと思わなかっただろ、いい加減な奴だなって」

 

 担任が言うと、クラスメイトから笑いが漏れた。


「見方によっては間違ってない。でもな、お前達の名簿を見たときに、この組み合わせなら俺があれこれしなくても大丈夫だろうって確信したんだ。だからあんまり口を出さないようにしてきた。実際、どうだった。ほとんど自分達でしてきて。やりにくかったか?」

「やりやすかったでーす」


 奈々が手を挙げて言った。周りからも、同じような声が上がる。


「だろ。修学旅行も、合唱コンも、運動会も、テストだって自分たちで助け合ってやりきっただろ。俺は、自分で考えて動けたお前達なら、どこに行っても大丈夫だと思ってる。高校に行っても、その感覚を大事にしろ。大人は抑えつけるのが仕事だと思ってるから、跳ね返せよ。良いところを無くさないように」


 担任の言葉を全員が静かに聞いている。


「俺が今まで担任してきたクラスはな、いじめが無いなんてこと、あり得なかった。絶対大なり小なりあったんだ。先生の立場から見てるとな、隠してても分かるんだよ、そういうのは。お前達はそれが一切無かった。これってな、すごいことなんだぞ。胸を張れよ。たとえ高校が別になっても、お前達にはこのクラスで一年間一緒だったっていう思い出が残る。これから先辛いことがあっても、この仲間も離れた場所で頑張ってるって思え。どうしようもなく困ったら、仲間を頼れ。一人になるなよ。先生も、まあ時間があれば協力してやらんこともない」


 クラスメイトが、吹き出すように笑った。


「卒業おめでとう。合格の報せ、待ってるからな」


 担任が、自分の思いを口にするのは初めてだった。

 いい加減な教師に見えたが、受験関係ではかなり世話になったし、授業後も不登校から復帰したコウキの面倒を見てくれたりした。

 悪い教師では、無かった。

 

 それからこまごまとした話があって、礼をして、解散となった。当然、すぐには誰も帰らず、写真を撮ったり話し込んだりしている。コウキも、クラスメイトと談笑していた。


「コウキ」


 珍しく正装をした母親が近づいて声をかけてきた。


「お母さん先に帰っとくから、好きに帰ってきなさい」

「分かった」


 コウキがなかなか帰れないだろうことを察したのか、母親は早々に教室を出て行った。


「お母さんと一緒に帰んなくてよかったの?」

 

 喜美子が言った。


「うん。待たせたら悪いし」

「そっか。ねえ……コウキ君、今までありがとね。コウキ君のおかげで、私、楽しい中学校生活が送れたよ」

「それは……俺はちょっと手助けをしただけで、喜美子さんが自分で頑張った結果だよ。でも楽しいと思ってもらえるようになって良かった」

「私、忘れないよ。六年四組も、三年三組も、コウキ君と一緒で良かった。じゃあ、またね」


 明るい笑顔を見せて、喜美子は母親と共に教室を出て行こうとした。


「ばいばい、喜美子さん!」

「じゃーなー喜美子ー!」

「またお別れ会でねー」

「合格しろよ!」


 クラスメイトと共に喜美子を見送る。


「分かったー!」

 

 手を振りながら、喜美子は去っていった。

 この時間軸にやってきて最初にしたのが、コウキが以前いじめていた喜美子に対する、全てのいじめをなくすことだった。彼女を助けることが、コウキには何よりも重要だった。


 いじめる子を変えることも必要だったが、喜美子が自分に自信を持てるようにすることのほうが先だと思った。それで、一緒に様々なことをした。その過程で、彼女とも友達になれた。

 変化していくうちに、前は一度も見たことのなかった笑顔を、喜美子は何度も見せてくれるようになった。その程度でコウキがしたいじめが帳消しになったとは思わないが、少し、救われた気持ちになった。


 喜美子は努力をする子だった。きっと高校も受かるだろう。


「亮、直哉君! 帰ろ!」

 

 由美と沙知がやってきた。


「おう。んじゃあ、皆、次はお別れ会な。絶対全員合格な!」 


 亮が言うと、クラス中から同意する声が上がった。

 直哉が、肩を叩いてくる。


「コウキ、たまには遊ぼうぜ。携帯買えよ」

「ああ。高校になったら買ってもらう」

「そしたら中村さん同じ高校受けるよな? そこ経由で連絡先教えろよ」

「分かった」


 四人が、教室を出て行く。それから、次第に一人、また一人と去っていった。奈々と亜衣は、一組から迎えに来た拓也と健と一緒に帰っていった。

 最後はコウキと智美だけになった。


「智美は、親御さんは?」

「先に帰ったよ。仕事抜けて来てくれてたから」

「そうなんだ。一緒に帰るか」

「うん」

「三木、中村」

 

 出て行く生徒を見送っていた担任が、声をかけてきた。


「あえて名前を出さなかったけどな、このクラスを陰で支えてくれたのは、お前達だったと思ってる。いじめが無いクラスになったのは、三木、特にお前の力が大きかった。そのお前が不登校になってから、クラスの雰囲気が何となく悪かったのも感じていたよ。中村が、お前がまた登校出来るようになる為に、動き回った話も聞いた。お前が戻ってきてから、嘘みたいにクラスの雰囲気が元通りになった。つまり、お前を連れ戻した中村のおかげだな」


 担任が白い歯を見せて笑った。

 戻ってきてからは、自分のことで精いっぱいで、クラスの雰囲気までは気がつかなかった。


「二人とも、良いクラスにしてくれて、ありがとな」

「先生に褒められたの初めてなんですけど。他の先生には怒られてばっかりだったし、私」

「俺はお前がカーディガンを着てる事なんてどうでも良かったぞ。授業をサボったのも、それで成績落としたりしなかったしな。そんなことよりも大切なのは、お前が友達を大事に出来る子だってことだ。校則を守るとか真面目とかよりもずっと大切なことだ」

「なんか恥ずかしい!」

 

 智美の顔が、少し赤くなっている。


「先生、今までありがとうございました。最後の最後で、迷惑かけてすみませんでした。でも俺、このクラスになれて良かったです」

「私も、ありがとうございました。一年間、お世話になりました」

「二人とも、合格しろよ。そんで、高校でも頑張れ。気を付けて帰れよ」


 担任に見送られ、教室を後にした。一度振り返ると、担任が軽く手をあげてきた。会釈してから、階段を下りた。

 下駄箱の周りや中庭では、まだ三年生がちらほらと残って騒いでいる。見知った子達と別れの挨拶をしながら通り抜け、校門を出た。


「意外だったね、先生がああいうこと言うの」

「うん、ちゃんと見てくれてたんだな」


 良いところもあれば悪いところもある。完璧な教師などいないだろう。

 彼は良い教師の側だった。少なくとも、生徒を抑えつけて教育しようという人ではなかった。

 おかげで、この一年は伸び伸びと過ごせたように思う。


 空が晴れわたっている。

 敷地内の桜は、まだ咲いていない。入学式の頃には満開になるのだろう、とコウキは思った。


 二人とも、口数少なく、ゆっくりと学校から離れていく。後ろ髪を引かれるような、とはこういうことだろう。歩みが、どうしても遅くなる。

 最後まで教室に残ったのも、終わりが来たことを感じたくなかったからだ。

 だが、終わってしまった。卒業した。 

 足を進めれば進めるほど、自分があの学校の一員でなくなったことの実感が強くなっていく。


「俺はさ、ああすればこうすれば、って後悔しないように過ごそうと努力してきた。でも、終わってみれば、やっぱり後悔はあるんだよな」

「……私も、そう思う。でも、完璧に生きれる人なんて、いないよね」

「そうだな」


 例えどんな後悔があろうと、いつだって今を一生懸命生きることだ。

 人は皆、一度きりの人生で、様々な後悔を抱えながら生きていく。

 たまたま過去に戻ることが出来た自分は、幸運だった。

 自分は他の人よりも幸運を得られたのだから、少しでも後悔しないで済むように、もっと一瞬一瞬を大切にしなくてはならない。

 そして、自分だけでなく目の前にいる人も同じように悔いなく生きられるように、力を貸す。

 それが、自分に与えられた役割だ、とコウキは思った。


 中学校生活を振り返って、立ち止まっている暇はない。

 高校生になっても日常は続き、新しいことが待ち受けているのだ。


 この時間軸に来て、三年以上が経つ。その間、やはりわずかにコウキの周りも世間の様子も、以前とは変わってきている。

 高校の同期も、前とは違う顔ぶれになるだろう。もう、コウキにとっても未知の場所と言ってもいい。


 不安はある。だが、隣には智美がいる。


「智美」

「んー?」

「高校でも、よろしくな」

「あはは、気が早いね。でも……うん。約束したもんね。私は、コウキのそばにいるよ」


 一人じゃない。心強い味方がいる。それだけで、絶対大丈夫だと思える。前と同じにはならないと。


「コウキくーん!」


 後ろから呼ばれて振り返った。手を振りながら洋子と華が走ってきている。在校生も終わったらしい。

 すぐに、二人が目の前までやってくる。


「ご卒業おめでとうございます! 一緒に帰ろ!」


 洋子が深く頭をさげ、それから起きて、眩しい笑顔を見せてきた。

 頷き返して、コウキも笑った。


 春が近い。

 入試も、もうすぐだ。

 新しい生活が、やってくる。

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