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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・卒業、別れ編
54/444

五ノ十二 「それくらいのことで、嫌いになると思うか?」

 結局そのまま最後まで授業をさぼり、終わりの時間だけ顔を出した。担任にはさぼったことがバレていて、授業後に職員室に呼び出され、叱られた。

 長い説教を受けた後に教室へ戻ると、拓也が廊下で待っていた。教室を覗くと、クラスメイトは誰もいない。


「おう、帰るか?」

「ああ。奈々さんは?」

「先に帰った」

「そうか。すぐ準備する」


 手早く自分の荷物をまとめて教室を抜け、拓也と一緒に歩き出す。廊下にも人はまばらにしかおらず、静かだ。ほとんどの三年生がすでに帰宅したのだろう。


「あのさ、引きこもった事情とか、聞かないの?」


拓也が何も言わないことに耐えかね、問いかけた。


「聞いてほしいのか?」

「いや……ただ、拓也は引きこもってる間も一切何も聞いてこなかったな、と思って」

「まあ……大体想像つくし。大村さんと何かあったんだろ?」

「あ、うん……そう」

「話したくなったらコウキから話すだろ? なら、俺から聞く必要はないよ」

「……分かった」


 自分から聞いておいて何だが、詮索されないのは気持ちが楽だ、とコウキは思った。


「智美が、随分前から皆に念押ししてたらしいよ」

「え?」

「コウキが学校に来るようになっても、質問攻めにしたりするなって。それをされて喜ぶ奴はいない、って」

「そう、なのか」

「コウキが学校に来やすくなるように、色々頑張ってたって奈々から聞いた」

「智美が」


 目が熱くなった。涙が出そうになるのをこらえて、何度も瞬く。

 そこまでしてくれているとは、思わなかった。


 よく考えれば、コウキが引きこもった原因は智美以外知りえない出来事だったはずだし、広まっていたら、智美がばらしたということになる。

 智美が、そんなことをする訳がない。分かり切ったことではないか。

 それなら、周りが事情を聞いてくる。それも無いのだから、智美なり誰かなりが動いてくれたということに、すぐに思い至れたはずだ。

 

 大分、冷静でなかったらしい。

 智美にも、また礼を言わなくてはならないだろう。


 深く呼吸をして気持ちを整え、拓也の方を見た。


「拓也、引きこもってる間、何回も家に来てくれてありがとな。俺、相手にしなかったのに」

「いいよ。俺が行きたいから行ってただけだし」

「はは……確かに好き勝手に過ごしてたな」

「だら?」


 二人で笑っていた。


 智美は、コウキのために陰で動いてくれた。逆に、拓也はただそばにいてくれた。

 そのどちらも、コウキにとってはありがたいことだった。


 引きこもっている間、家族以外の他者との繋がりは、拓也だけだった。

 たとえ会話をしていなくても、拓也が同じ部屋にいるだけで、人との繋がりを感じた。拓也が部屋に来て話しかけてきていたら、余計に他人を鬱陶しいと感じたかもしれない。何も話しかけてこなかったから、そばにいられても嫌ではなかった。


 拓也が分かっていてそうしたのかは知らないが、拓也と智美がいたから、コウキは早く立ち直れたのかもしれない。


「本当にありがとう。拓也がずっと何も聞かないでいてくれたから、楽だった」

「もーいいって」


 照れ臭そうにしている拓也を見て、またくすりと笑いがこみあげてきた。


「分かった、もう言わない」


 そのまま解散する気にならず、拓也と家の近くのスーパーのフードコートへ寄った。

 入り口に入ろうとして、張り紙に気づいた。

 近々、閉店して別のスーパーになるという告知だった。


「え、あ、そうか、閉店するんだ!」

「おん。なんか、別のスーパーになるらしい」


 前の時間軸でも、高校生くらいの時に新しいスーパーになったのである。

 ここの大判焼きが好きだったのに、新しいスーパーになってフードコートが無くなり、二度と食べられなくなった。

 この時間軸でも、これは変わらないのか、とコウキは思った。


 一人の行動が変わった程度で、スーパーの閉店が中止になるような変化が起きるはずもない。

 分かってはいたが、残念だ。


「じゃあ、今のうちに大判焼き、食べられるだけ食べないとだな」

「いや、俺は別にそれほど好きじゃないけど」

「は、なんで? 美味いのに」

「まあ美味いけども。俺は飯の方が良いね」

「大食いだもんなあ」


それぞれ自分の注文をするためそれぞれ目当ての店に向かった。

大判焼きの店でいつもの店員に声をかけ、三つ注文した。


「閉店しちゃうんですね」

「そうなのよ。新しいスーパーにはフードコートが出来ないの」

「残念です。閉店するまで、出来るだけ来ます」

「ありがとねえ。お兄ちゃんほど、うちの大判焼きを好いてくれたお客さんはいなかったよ!」

「だって美味しいですから」


 おばちゃんは嬉しそうな顔をしながら、一つおまけして袋に入れてくれた。


「また来てちょうだい」

「はい」


 席につくと、拓也はかつ丼の大盛りを運んできた。夕食も家にあるのに、相変わらず大食いである。手を合わせると、勢いよくかつ丼をかきこみだした。

 拓也は、美味しそうに食べる。見ているこちらまで腹が減ってくる食べっぷりだ。

 

 コウキも大判焼きを一つ取り出し、かぶりついた。中のあんこが火傷しそうなほど熱々で、適度な甘さがある。生地はどら焼きやベビーカステラに似ているが、若干配合が違うのか、焼き方の問題か、不思議と全く別物なのだ。しかし、実にあんことよく合っていて美味しい。


互いに食べることに夢中になっていたところで、唐突に拓也が聞いてきた。


「そういや、洋子ちゃんには会った?」


 大判焼きを食べる手を止め、固まった。

 拓也が首を傾げる。

 

「会ってないのか?」

「……会おうとはしたけど、いざとなると、行けなかった」

「なんで?」

「だって……洋子ちゃんのこと、傷つけてると思うから」

「……大村さんのことで引きこもったから?」

「うん……」


 拓也も箸を止め、背もたれにもたれかかった。そして、大きなため息を吐いた。


「洋子ちゃんがそれでコウキを嫌ってるかもしれないって?」

「まあ……そう。間接的にとはいえ、傷つけて、また仲良くしようなんて虫が良すぎるっていうか」

「なんで?」

「だって洋子ちゃんは、一度俺のことを好きって言ってくれたんだぞ。でも俺は、高校生になってもまだ好きでいてくれたら真剣に受け止める、って返事した。洋子ちゃんを、待たせたんだ。それなのに、その前に別の女の子のことで引きこもって……洋子ちゃんからしたら、自分のことを待たずに他の女の子になびいた、って見えるだろ。最低じゃん、俺。だから嫌われて当然だし、嫌われてないとしても、そんな俺が、また仲良くしようとか……」


 また、拓也が大きなため息を吐いた。

 それから、鋭い眼差しで睨んできた。


「その告白された時って、洋子ちゃんは、コウキが大村さんのことを好きだと知ってて、それでも告白してきたんだろ?」


 いつもの拓也との様子の違いに呑まれながら、頷いた。


「なら、それくらいのことで、嫌いになると思うか?」

「わ、かんないじゃん、そんなの……」

「ならんわ」

「なんで言い切れるんだよ」

「洋子ちゃんと話してれば分かる」


 拓也は、残っていたかつ丼を一気に食べ切って、コップの水を飲み干した。コップがテーブルに勢いよく置かれ、大きな音を立てた。


「洋子ちゃんは、ずっとコウキの心配しかしてなかったよ。コウキが元通りになる方法ばかり考えてたし、元気になっても、洋子ちゃんのことを気にして悩んだりするかもって心配してた。自分が動くとコウキを余計に辛くさせるだけかもしれないって言って、一度家に様子を見に行って追い返されてからは、コウキに近づかないとも決めたみたいだし。昨日の集まりだって、洋子ちゃんは遠慮して来なかったんだ」


 一息に言い切って、拓也は頭をくしゃっとかきあげた。


「コウキは俺に感謝してたけど、洋子ちゃんだって頑張ったんだからな。一番コウキのそばにいたかったのは、洋子ちゃんだと思うぞ。でも、そばに行けばコウキを余計に苦しませるって思って、離れるって決めたんだ。辛い選択だけど、一番コウキのためになることをしたのは、洋子ちゃんなんじゃねえの。引きこもってる間、そうやって洋子ちゃんのことで悩んだか?」

「……いや」


 確かに、引きこもっている間、こんな風に洋子のことで悩んだりしなかった。一度様子を見に来てくれた時、洋子を家に上げなかった。あの時も、すぐに洋子のことは忘れた。

 昨日、皆と山で会って、そこに洋子がいなくて、それでようやく気になりだしたくらいだ。

 

 もし、洋子が頻繁に来ていたら、洋子への罪悪感と、誰にも会いたくないという気持ちとが混ざり合って、酷く拒絶してしまったかもしれない。


「コウキの頭の中が大村さんのことで埋め尽くされてて、洋子ちゃんが良い気分なわけないだろ。それでも、会うのを我慢したんだ。コウキのためにな。そんな子が、簡単に嫌いになると思うか? 会いたくないと思ってると思うか? よく考えろよ」

「もう、分かった。俺は、まだ自分が傷つくことばかりを怖がってたよ」


 嫌われていたらどうしよう、拒絶されたらどうしよう。

 洋子のことを傷つけておきながら、自分のことばかり考えて、洋子の気持ちを真剣に考えていなかった。

 

「拓也の言う通りだと思う。今から……会ってくる」

「おん、ならすぐ行け」

「ありがとう、拓也」

「大判焼き一つ」


 手を差し出してくる拓也の様子がおかしくて、吹き出してしまった。

 袋から大判焼きを取り出し、その手に置いた。


「また明日」

「ああ。洋子ちゃんに、謝ったりするなよ」


 拓也の目を見て、力強く頷いた。

 鞄に大判焼きの袋を詰め、コウキはフードコートを出た。

 まだ、洋子は部活動の最中だろう。すぐに戻れば学校で会えるはずだ。

 

 明日で良いとか、後回しにしようとか、それでは駄目だ、とコウキは思った。

 今すぐ洋子に会って、話をすべきだ。

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