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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・卒業、別れ編
53/444

五ノ十一 「不安、緊張」

 昨日約束した通りに、朝になると智美が迎えに来たので、一緒に登校することになった。

 そわそわと落ち着かないし、胸のざわつきが寝起きからずっと続いている。

 ひと月ぶりの学校で、周りからどういう反応があるのかと考えると、胃がきゅっとなる。

 不安で足が重くなるコウキの背中を、智美が軽くさすった。


「心配しなくても、大丈夫。皆待ってるから」


 智美が笑いかけてくると、少しだけ気持ちが落ち着く。

 一人だったら、登校出来たか分からない。もしかしたら、途中で嫌になって引き返したかもしれないと思うと、改めて自分の弱さに気づかされる。

 立派な大人になったつもりでいたのに、こういう状況になると、酷く情けない自分が表れる。

 

 学校に近づくと、吹奏楽部の朝練の音が音楽室から漏れ聞こえてきた。校庭からは運動部のかけ声がする。

 門の前で立ち止まって、深く息を吐いて、吸った。


 たったひと月来なかっただけで、学校がとてつもなく入り難い場所に感じる。

 どうやって過ごしていたか、思い出せば浮かんでくるが、その通りにまた出来るのかと不安が湧いてくる。

 

「あれっ、三木君!?」

 

 呼びかけられて、びくっと身体を反応させてしまった。振り返ると、吹奏楽部で同期の萌がいた。


「久しぶりじゃん! 学校来てないって聞いてたけど、もう大丈夫なの!?」

「あっ、うん」

「心配してたんだよ~」


 にこにこしながら背中を叩かれた。

 言葉が出なくて、ぎこちない笑いを浮かべてしまった。萌は、それを意に介した風もなく笑っている。


「今度さ、一緒に部活の様子見に行こうよ!」

「え」

「後輩が、観に来てって言ってるんだよね。良いでしょ?」

「……わかった」

「約束だよ。じゃね!」


 手を振りながら、萌が正門を抜けていった。その姿を、ぽかんと見送る。

 あまりにもあっさりとした反応で、やや拍子抜けだった。

 智美が、顔を覗き込んでくる。

 

「入れる?」

「……ああ」


 気を取り直し、もう一度深呼吸をして、校内へ足を踏み入れた。下駄箱で靴を履き替え、階段を上る。

 一歩一歩教室へ近づくほどに、緊張が高まっていくのを感じる。


 自分が恋愛のことで引きこもったと噂が広まっていたら、皆がどんな反応をしてくるか。それを想像してしまって、嫌な汗が出てくる。昨日の子達はいつも通りに接してくれたが、他の人はどうか分からないのだ。


 四階に上がると、廊下に出ていた別のクラスの友人達から声をかけられた。萌同様、彼らも引きこもっていたことを心配してくれるが、おかしな目では見てこなかった。

 少し会話をしてから友人達と別れ、三年三組の教室の前に立った。閉まっている扉の窓から、室内が見える。すでにほとんどのクラスメイトがいるようだ。

 

 扉に手をかけることが出来ない。いつの間にか止まっていた息を、大きく吐いた。

 隣で、智美がこちらを見ている。

 もう一度挑戦しようとしたところで、大きな声で呼ばれた。


「お? おおっ、コウキじゃん!」


 そちらを向くと、足音を立てながら、亮が駆け寄ってきていた。満面の笑みを浮かべている。


「おまっ来たのか!」


 どんっとぶつかられ、肩に手を回された。亮はそのまま何の躊躇もなく教室の扉を開け、中に向かって大きな声を出した。


「おーい、コウキが来たぞ!」


 その一声で、教室がざわついた。

 何かを言う暇もなく、亮に肩を抱かれたまま教室に引きこまれる。すぐに周りを囲まれ、クラスメイトから一斉に話しかけられた。


 なぜだ。皆、普通に見える。変な目で見られている様子もない。

 何とか聞き取れたものに一つずつ返しながら、自分の席へ連れていかれる。席替えがあったらしく、場所が変わっていた。中央列の一番後ろだ。


 席に着いた後も皆に囲まれたままで、その受け答えに必死になった。一度にわっと話しかけられると、どれに答えれば良いのか困る。だが、久しぶりに登校してきたコウキを、質問攻めにする子は誰もいなかった。

 見かねたのか、智美が囲いを割って入ってきた。


「ちょっと皆、コウキは久しぶりに来たんだから、いっぺんに話しかけると疲れるよ。それに、もうチャイム鳴るから」


 渋々といった様子で、クラスメイトが離れていく。目で感謝を示すと、智美は微笑みを返してきた。

 ほどなくして鐘が鳴り響き、担任が入ってきた。


「あっ、なんだ!? 三木、来てるじゃないか!」

「……おはようございます」

「そうか、来られるようになったか。良かった」


 担任が、白い歯を見せた。

 それからは朝の時間がはじまって、担任からその日の伝達事項が伝えられた。


「三木は進路の話をするので、一時間目の最初のほうは職員室に来るように」

「分かりました」


 ひと月休んでいたら、授業より進路のほうが重要だろう。授業自体あまり受けたくなかったので、ちょうど良い。

 担任の話題が変わると、後は聞き流した。聞いていてもあまり意味はない。


 コウキは、前の席の友人の後頭部を眺めながら、ため息を漏らさずにはいられなかった。

 扉を開けることができなかったのだ。薄い扉一枚なのに、それがコウキにとっては、大きく分厚い壁に感じた。皆がどんな風にコウキを見てくるのかを想像して、怖かった。

 

 だが、誰も事情を知っている様子ではなかった。コウキがひきこもった原因は、智美以外、誰も知らないままなのだろうか。

 それなら、なぜ引きこもったのか、一人くらいは聞いてくるはずなのに、質問をしてくる人もいなかった。

 それが、不思議だった。

 





  

 










 朝の時間が終わると、担任に連れられて一時間目を抜け、職員室で面談した。


「休んでたのは、何か理由があったのか?」


 担任の当然の反応に安心した。普通はこうやって理由を聞いてくる。だから、ますます生徒では誰も聞いてこない事が気になる。


「……はい、言いづらいですけど、ちょっと」

「そうか。まあ、来られるようになったなら良い。これからは、出席するんだろ?」

「そのつもりです」

「じゃあ、あとは受験だな。三木の成績なら、まあ問題は無いとは思うが面接練習だけはこれから集中してやるんだぞ」


 かつて、飽きる程やったし、就職する時も面接練習ばかりだった。今更しなくても平気なのだが、さすがに担任が許さないに違いない。何回か受けて、問題ないことを証明すれば何も言わなくなるだろう。


「分かりました」


 面談はその後もしばらく続き、解放されて教室に戻った後は、放課の度にクラスメイトに囲まれて、常に誰かと話していた。


 そのおかげで、また少しずつ会話が出来るようになってきた気がする。

 ひと月近く、会話をほとんどしていなかったせいか、すぐには前のように会話を成り立たせるのが難しい。数日は感覚を取り戻すためにも、人と話し続けたほうが良いだろう。

 それに、単純に話していたい気分だ。


 少し前まで誰とも話していたくないと思っていた心境が、どこへ行ったのかというくらい、今は誰かと話していることが楽しかった。

 昨日、皆と一日山で過ごしたのが大きかったのだろう、とコウキは思った。


 相変わらず、誰も引きこもりの理由について質問してこない疑問はあったが、こちらから聞くわけにもいかないので、そこだけは引っかかったままだった。


 給食と掃除も終え、昼放課になると、コウキは図書室へ向かった。

 智美から、最近は昼放課には必ず司書室に洋子がいる、という話を聞いていたからである。

 智美には、すぐに洋子に会えと言われていたし、自分でも会ったほうが良いと思っていた。

 

 図書室の中へ入ると、司書の教師がいつものようにカウンターの向こうに座っていた。コウキに気づいて目を見開く。


「随分久しぶりに顔を見せたな」

「お久しぶりです。ちょっと色々あって……使っても良いですか?」

「ああ。先客がいるよ」


 礼を言って、司書室の前に立った。


 中に、洋子がいる。彼女は一度家に来てくれた時に追い返してしまったし、ちゃんと会って話す必要がある。だから来た。

 この扉を開ければ良い。

 そして、話せば良い。


「っ……」


 今朝の教室の時と同じように、扉を開けられない。不安と緊張とで、心臓が痛いほど音を立て、頭はぐるぐると回り続けている。

 しばらく立ち尽くし、やがて諦めた。不思議がる司書の教師に頭を下げて、コウキは図書室を後にした。

 扉を閉めて振り返ると、廊下に智美がいた。心配になって来てくれたのだろうか。


「会えた?」

「……いや」

「そっか……行こ」


 促され、智美の後に続いて図書室を離れた。教室へ戻るのかと思ったが、階段を下りだした。

 教室には戻りたくなかったから構わないが、どこへ行くのだろう、とコウキは思った。

 智美は一階まで下りると、上履きのまま外へ出て実習棟の裏に回った。

 

「ここなら、小声で話してれば誰にも気づかれないでしょ」


 去年の文化祭時期に、ここでコウキがソロの練習をしていたら智美が来たのだった。その時は、トランペットの悩みを聞いてもらったことを思い出す。

 実習棟の壁にもたれかかるようにして、並んで座る。南側だから陽が差しているし、実習棟が風除けになっているおかげで暖かい。


 深いため息が漏れた。

 女の子のことで引きこもったり、悩んだり、動けなくなっている自分の情けなさに、嫌悪感が湧く。


 洋子に関しては自分から進まないと駄目だ。智美や他の誰かの手を借りてはいけない。それがけじめだろう。

 そう思っていても、駄目だった。

 

 智美は特に何を言うでもなく、黙って隣に座ったままでいる。

 あれこれと話しかけられるより、そのほうが助かる。


 その後も、もう授業に出る気が起きずサボることに決めた。

 智美も隣にいようとしてくれたが、これ以上迷惑はかけられないから教室に戻らせて、一人になった。


「このままじゃ、駄目だ」


 だが、会いづらい。会わせる顔が無い、というべきか。

 

 また、コウキはため息を漏らした。

内容修正しました。

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