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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・卒業、別れ編
52/444

五ノ十 「夕陽」

 引きこもっている時は誰とも会いたくないとずっと思っていたのに、こうして久しぶりに会うと、やはり友達は良いものだと思わされる。

 固く閉ざしていた心が、解きほぐされていく。


 拓也だけは何度も家に来てくれていたものの、会話する気にはなれず、ほとんど互いに無言のままだった。自分の好きなことをして、時間になると拓也は帰っていくだけだった。

 だから、誰かといて楽しいという感覚は、随分久しぶりだ。


 皆が持ち寄った弁当は、すっかり食べ尽くした。最後に、里保が作ってきたというパウンドケーキを切り分けて、茶と一緒に一切れずつ食べた。


 これほど食べたのは、ひと月ぶりだ。家に居た時は食欲も無くて、一日に一食か二食、ほんの少しの白飯と味噌汁程度しか食べていなかった。それを、特に美味しいとも感じなかった。

 今は違った。心から、美味しいと思えた。


 一息ついて、それぞれ自由に過ごしている。

 拓也と健は横になって目を閉じていて、茜と華は部活の話をし、智美達はファッションの話で盛り上がっている。


 コウキは、また町に目をやり、ぼんやりと考え込んでいた。

 本当は、もう学校には行かずに、受験関係と卒業式のみ出るだけのつもりだった。

 学校に行っても辛い気持ちが消えるわけではないし、美奈とのことを思い出してしまって、何も手につかないに決まっている、と思っていたからだ。

 それに、今周りにいる友人達も、卒業すれば離れ離れになり、別れの辛さがやってくる。それを考えたら、皆に会うのも怖かった。


 だが、今日こうして皆と過ごしたことで、その気持ちは変わった。

 常に頭から離れなかった美奈のことが、談笑している間、忘れられた。今まで一瞬たりとも頭から離れなかったことを思うと、自分でも驚くべきことだ。

 こんなに簡単に、たとえ一時でも心が楽になるなんて。

 

 気を遣われていると感じさせない、皆の接し方のおかげだろうか。

 いつも通りの、引きこもる前と何ら変わらない日常の続きという気がした。


 こんな毎日なら、学校に行くのも良いかもしれない、と思った。

 たとえ、すぐに終わってしまう時間だとしても。


「何考えてるの?」

 

 話の輪から抜けて、智美が隣に来た。


「……来て良かったなって」

「そっか、なら良かった。迷惑かなとも思ったんだけどね」

「そんなこと、ない」


 二人で、黙って景色を眺める。

 雲が、ゆるやかに流れていく。時折、飛行機や鳥の姿が空に現れる。

 そういえば、智美は空を見るのが好きだった、とコウキは思った。

 隣を見ると、やはり智美も空を見ている。


「ん?」


 視線に気づいて、智美が首を傾げた。


「いや」


 首を振って、また空に目を移した。

 流れる雲を見ていると、時間の経過を忘れる。

 引きこもる前までは、日々を生きるのに精いっぱいで、こうやって一日中景色を眺めるだけなんて、したことがなかった。

 

 こんな時間も、悪くない。


「皆、寝ちゃったね」

 

 言われて振り返ると、コウキと智美以外の全員が、横になって眠っていた。

 食べて騒いで、眠くなったのだろう。コウキはさっき寝たおかげで、全く眠気は無かった。

 

「今日は、智美が企画してくれたんだよな」

「そう。ここで皆で騒いだら、暗い気分も吹き飛ぶんじゃないかな、って思って」

「そうか……ありがとう」

「どういたしまして」


 それから、また黙った。時折、ぽつりぽつりと言葉を交わした。

 穏やかな時間が流れた。


 太陽がだいぶ西に傾きだした頃、ふいに真顔になって、智美が話し出した。


「私は、コウキになんて声をかけたら良いんだろう、ってずっと悩んでた」


 何か、大切な話なのだと思った。

 黙って、耳を傾ける。


「結局、思った事を伝えるのが一番だって思った。コウキは……美奈をすぐに忘れる必要はないと思う。私には分からない苦しさとか辛さが続くかもしれない。だけど、それを一人で抱えこまないでほしいんだ。コウキは、いつもいろんな人の助けになってきたでしょ。皆、コウキに感謝してるんだよ。もちろん私も」


 身体をこちらに向けて、智美がじっと見つめてきた。だから、コウキも見つめ返した。


「コウキを大切に思ってる人は、いっぱいそばにいる。心に空いた穴はすぐには埋まらなくても、少しずつ一緒に埋めていってくれる人が、沢山いるから。ここにいる皆はね、誘ったら、コウキの事情も聞かずにすぐ行くって言ってくれたんだよ」

「……そうだったのか」 

「一人で抱えきれない気持ちも、私達が一緒に抱える。コウキは、そうしてもらえるだけのことを、私達にしてくれたんだよ。だから、私達を頼って、甘えてよ」


 何故だろう。前に部屋で話を聞いていた時は、何も耳に入ってこなくて、鬱陶しいとすら思ってしまった智美の言葉が、今は染みこむようにすっと入り込んでくる。

 胸の奥がじんわりと温かくなるような、そんな感覚。同時に、寂しさのようなものも湧いてきた。


「嬉しいけど……皆すぐに離れ離れだよ。高校も別だし」

 

 智美が首を横に振った。


「……私は違う。コウキと同じ高校を受ける」

「え?」


 思わず、智美の顔を凝視した。

 初耳だった。

 智美がどこの高校を受けるのか、今まで聞いたことがなかった。勉強や受験の話になると何となくはぐらかされていたし、そもそも智美の学力がどれくらいなのかも、教えてもらったことがなかったのだ。


「あそこは楽だって聞いてたから、もともと受けるつもりだったんだ」

「そう、だったのか。なんで内緒にしてたんだ?」

「別に内緒にしてたつもりはないよ。言うと、周りからもったいないとかもっと上を目指したら、って言われるのが分かってたから、言いたくなかっただけで」

「ああ……それは、俺も言われてたから分かる」

「でしょ」

 

 智美が言った。

 

「確かに皆と居られるのは、あとひと月くらいだけどさ……そのひと月を、辛い事を思い出す暇もないくらい、思いっきり楽しもうよ。少しでも気持ちが楽になると思う。卒業した後は、私がそばにいるから。悩みがあったら、私に言って。辛くなったら、頼って。いつでも力になる。コウキにとって、一番の協力者でいるから」


 咄嗟に言葉が返せず、俯いた。


 高校では、一人で一から始めるのだと思っていた。中学とは話が違って、ほとんどの子がばらばらの学校から集まってきて、初めて顔を合わせる、という状況になるのだ。

 前の時間軸で、ある程度知っている子が集まるのだとは分かっていても、全員同じであるはずがない。時間軸が変わっていることで、多少は顔ぶれも変わるはずである。

 だから、ほとんど新しい場所のようなもので、胸の辛さを抱えたまま、そこで上手くやらなくてはならないのだと思っていた。


 でも、一人ではないかもしれない。一緒にいてくれる人がいるかもしれない。

 それは、コウキの心を大きく揺り動かした。 


「そっか……」


 呟きが漏れた。


「そうだよ」


 智美が、力強く頷いた。


「……実際、今日はすごい楽しかった。こんな日が続くなら、あと少しだとしても、学校に行くのも良いかもしれないと思えた」

「うん」

「同じ高校に、行けると良いな」

「行けるでしょ。私もコウキも、多分成績は余裕だし」

「だと良いけど……そうなったら、安心だ。俺は、高校では一人になると思ってたから」

「私がいる。一緒に高校、行こうね」

「……ああ」

「ね、見て」


 智美が町の方角を指さした。つられて目を向けて、息を呑んだ。

 

 綺麗な夕陽が、目に飛び込んできた。

 いつの間にか夕暮れになっていて、視界が、茜色に染まっていた。

 空の、茜色と雲の影との対比が、見事だ。

 眼下の町が、美しく輝いている。


 言葉が出なかった。

 

「この時間が一番好きなんだ」


 智美が言った。


「一人の時は遅くなると怒られるから、この時間までいられることはあんまりないんだけど、今日は特別。皆もいるしね」


 いたずらっぽく、智美が笑った。


「コウキにこの景色を見せたかった」


 もう一度、夕陽と町に目をやった。

 昼と夕方で、こんなに見え方が変わるのか、とコウキは思った。

 この町に、こんな場所もあるのだ。こんな景色もあるのだ。

 心が震えた。


「うお、すっげ」


 目を覚ましたらしく、拓也が大きな声を上げた。

 他の皆もその声で目を覚ましたらしく、次々に起き上がりだした。そして景色を見て、同じように声を上げている。

 

「早く起こしてよ、智美!」


 里保が興奮した表情で言った。肩を揺さぶられて、智美が笑っている。

 コウキは、景色に夢中になる友人達の顔を見た。

 夕日に照らされた彼らの表情が、とても眩しく見えた。


「ねね、写真撮ろうよ!」

 

 亜衣がカメラを取り出した。


「良いね!」

「撮ろう撮ろう!」

「急ごうぜ!」


 慌てて皆で夕陽を背にして並び、亜衣がカメラの準備をした。

 少しの間があって、カメラが音を立てた。


「今度はこっち!」

 

 次は夕陽に照らされた状態で、写真を撮った。

 何枚か撮り終える頃には、夕陽も町の向こうに沈みだしていた。


「良いもん見れたなぁ」

「飯も美味かったしな」

「また皆で来ようよ」

「賛成です!」

「春だと、山桜が所々で咲いてるからもっときれいですよ!」

「うわー、それ見たい!」

「絶対来ようよ!」


 次の話で、皆が盛り上がっている。それを見ていると、自然と笑みがこぼれた。

 

「暗くなるから、急いで下りよっか」


 智美が言った。

 皆が岩を下りていく最中、コウキはもう一度景色に目をやり、それを目に焼き付けた。


 山の中は、この時間になると懐中電灯無しでは怖いくらいに暗い。だが、皆準備がよく、それぞれで懐中電灯を持ってきていた。

 何事もなく自転車の前まで戻ってきて、その頃にはすっかり空も暗くなっていた。かすかに西の方が明るい程度だ。


 そこからはまとまって帰り、途中少しずつ別れていく。

 去っていく時に、皆からまた明日、と声をかけられた。コウキが学校に来ると、信じて疑っていなかった。

 最後に、智美と華と別れる道で、二人と向かい合った。


「今日は本当にありがとう。来て良かったよ」

「先輩、明日から、学校来ますか?」

「……そうだな。行く、と思う」


 コウキの答えに、華も、智美も顔を輝かせた。


「迎えに行くから」

「……分かった」

「それと、これ」


 智美が、鞄から、可愛く包まれた箱を取り出して渡してくる。


「何?」

「バレンタインのチョコ。十四日は過ぎちゃったけど、ここに皆で来るには休みの日しかなかったから。ちょっと遅いけど、渡すね」

「悪いな、ありがとう」

「家で食べて」

「今年は一個も貰ってないから、すっかり忘れてた」

「あー、私も先輩の分用意すればよかったです……」


 華が、がっくりと肩を落とす。


「気持ちだけでも嬉しいよ」

「ごめんなさーい……」


 智美と顔を見合わせて微笑んだ。


「それとね」


 別れ際に、智美が振り向いて言った。


「さっきは私がそばにいるって言ったけど、私よりも、コウキの隣が似合う子がいるよ。コウキのことを誰よりも心配してた子が」


 言われて、誰の事か、すぐに分かった。


「事情は、多分なんとなく気づいてたと思う。それでもコウキのことを変わらず心配してた。コウキのそばには、あの子もいるから。コウキにとって一番大切な子でしょ? 学校に来たら、会ってあげてね」

「……ああ」


 手を振りながら、智美と華は去っていった。二人の姿が見えなくなってから、再び自転車を走らせた。


 あの子には、どんな顔をして会えば良いのか、分からない。

 智美はああ言っていたが、コウキに会ってくれるだろうか。


 直接的にではないにしろ、コウキは彼女の気持ちを傷つけたはずだ。それでもそばにいてほしいなどと、そんなことを考えてしまって良いのだろうか。

 

 そんなことが、許されるのだろうか。

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