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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・卒業、別れ編
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五の八 「不思議な店と置物」

 智美は、名古屋に一人で来ていた。

 土曜日でも洋子と華は部活動で、里保や三組の子は受験勉強で忙しい。だから今日は遊ぶ相手もいなかった。


 智美が受ける高校は、大して学力が要るところではないから、真剣に勉強しなくても良いのは楽だった。

 勉強は嫌いではないけれど、学力で一番をとりたいわけでもないし、勉強ばかりしていたくもなかった。平日にやっていれば十分だ。

 それに、コウキのことを考えると、憂鬱で集中出来なかった。


 コウキの様子を見に行ってから、数日が経っている。

 もう中学生でいられるのは、あとひと月ちょっとしかない。早くコウキを立ち直らせてあげたいのに、何をしていいのか分からなくて、動けずにいた。


 外に出ていても、結局そのことで頭がいっぱいになってしまう。

 今日は楽しいことに集中すると決めたのだ。

 頭を振って、考えを追い出した。


 もうすぐバレンタインデーである。

 智美は、相変わらず菓子作りが苦手だった。

 美奈と一緒に作るようになって、下手というほどではなくなったものの、手作りのチョコレート菓子はまだ作れそうになくて、買うことにした。


 義理の分は大袋の個包装のチョコレートにする予定でも、コウキには少し良いものをあげるつもりでいた。美味しいものを食べて、少しでも元気になってもらいたい。


 この時期は名古屋駅の百貨店に、チョコレートで有名な店が集まる特設会場がつくられていて、会場では試食もさせてもらえるから、特別なチョコレートを選ぶのに最適だ。


 開店の時間に合わせて電車に乗り、そのまま百貨店に来たのに、すでに中は女性客でごった返していた。

 しかも特設会場はさらに人が多く、結局会場の全店舗を回って欲しいチョコレートを選ぶのに、二時間ほどかかった。

 疲れはしたけれど、納得の行くものを買えたから良しとしよう、と智美は思った。


 これを渡すのを口実に、もう一度コウキの様子を見に行ける。

 別に何もなくとも行けばいいのだけれど、コウキはあまり人にやって来られたくなさそうな顔をしていた。

 だから、何か理由をつくらないと行きづらかった。












 百貨店を出た後は、地下鉄で栄に向かった。

 二月なのに、外にいても暖かい。陽が差しているし、風がほとんど吹いていないからかもしれない。

 寒がりだから、この陽気はありがたかった。


 今日はチョコレートだけではなく、服も買うつもりで来ていた。

 雑誌で読んだ情報によると、名古屋駅の百貨店に入っている服屋は、中学生の小遣いで手を出せる店はほとんどなくて、栄や大須のほうが安い店が多いとのことだった。


 地元でもショッピングモールに行けば服屋は沢山あるけれど、当然周りの皆もそこへ行く。周りと被る服装をしたくはなかった。

 一緒に遊ぶ時に服がかぶっていたら、気分も乗らない。

 その点名古屋まで出てくれば、地元にはない店もあるから、周りと被らない服が手に入る。こういう時のために、小遣いを貯めていたのだ。


 一度降りた地下街で見つけたクレープ屋でイチゴとバナナのクレープを買ったあと、再び地上の久屋大通公園に出た。

 この公園では、休日はだいたい何かしらのイベントが行われているらしくて、今もストリートライヴのミュージシャンの周りに人だかりが出来ている。


 離れたところでそれを眺めながら、クレープを頬張った。

 陽が暖かいし、空は雲一つなく澄んでいるし、クレープも美味しい。

 木がさわさわと音を立てていて、公園の周りからは車の走行音。そこに人の声やライヴの音が混ざってくる。


 こういう休日らしい和んだ雰囲気が、智美は好きだ。心が落ち着く。 

 わざわざ名古屋まで出てきて良かった、と智美は思った。


 食べ終えた後も少しライヴを聴いて、それから栄を散策した。

 途中、大きな百貨店やビルの中の店も見て回って、春先に着れるような服をいくつか試着して購入した。

 あまり女の子らしい服は好きではなくて、今日もスウェットシャツとかパーカーといった、男の子でも着るものを選んでしまった。


 智美は、足を出して外を歩くのが苦手だった。制服や体操服ですら、嫌な気持ちになる。何故そんなに嫌なのか、自分でもよく分からない。足を出すと、むずがゆいような、落ち着かないような、そんな気持ちになるのだ。

 

 イヤリングはぞわぞわしないし、気軽に女の子らしさを出せるところが好きだった。穴を開ける勇気はないけれど、開けずに着けられるイヤリングでも洒落たものは沢山ある。

 アクセサリーと髪型を工夫すると、少しは女の子らしさを出せた。

 女の子らしいことが嫌いなわけではない。むしろ好きなのだけれど、それをはっきりと表すのが苦手だった。

 

 ふと車の走行音が気になって、智美は足を止めた。遠いような近いような、不思議な距離から音が聞こえる。

 周りを見回すと、背の高いビルの陰になっていて、妙に薄暗い路地にいた。

 通行人は、誰もいない。


 いつのまにか、よく分からない場所に来ていたらしい。

 どこからどう来たのか、覚えていない。

 急に、不安な気持ちがわきだしてきた。

 引き返そう。


 そう思うのに、足は勝手に前へと出る。

 ガラガラと室外機の音がうるさい。

 ビルの反対側には、何軒もお店が立ち並んでいるけれど、扉は全て閉まっている。灯りはついているのに、人の気配のようなものを感じない。


 なんだか、この路地全体が現実ではない不思議な場所のように、智美には思えた。


 路地の先は、行き止まりになっている。

 建物が、一つ。

 白い建物で、中央に木の扉がある。


「ようこそ」


 と札に書かれているから、店なのだろう。

 扉の脇に、椅子が一脚置かれている。そこに、珍しい灰色のネコが背筋を伸ばして座っていた。

 目が合う。智美は、不意にネコに何かを語りかけられているような気がした。でも、何を言われているのかは、分からない。


 気がつくと、建物の扉に手をかけて、開けていた。

 ネコが、一瞬小さく鳴いた気がした。


 店へ足を踏み入れると、中は外から見たよりもずっと狭く感じられた。棚や天井には、使い道の分からない妙なものが、統一感もなく様々に陳列されている。


「いらっしゃい……おや、珍しいね」

 

 声をかけられて、智美は身体を固くした。

 カウンターがあり、その向こうに男性が座っていた。座っていても、相当に背が高いだろうということがわかる体格の良い人だ。


「ふうん。迷い込んだわけではなさそうだ。私に会いに来た、いや、連れてこられたか」

「え?」


 男性が立ち上がって近づいてくる。今まで出会った人の中で、一番背の高い人だ、と智美は思った。

 まるで巨人のようで、少し、怖い。


「君、何か変わったものを持ってないか?」


 急に言われても意味が分からず、返事に困った。


「今じゃない。家かどこかに、何か良く分からないものを置いてないかね」


 良く分からないもの。

 言われて、智美は一つだけ思い浮かんだ。

 奈々の家でやったクリスマスパーティの、プレゼント探しで当てた謎の置物。用意した張本人である健に、枕元に飾っておくと良いことがあるらしい、と言われていたもの。


 最初は机の引き出しにしまっていたけれど、年末に大掃除をした時に、気まぐれで取り出してみた。貰った時は不気味に思えたそれが、その時には平気に感じられた。だから、何となく枕元に飾るようになっていた。


「それだよ、それ」


 まるで智美の考えが分かっているかのように、男性が頷いた。


「それがここへ君を連れて来たんだな」

「あ、の……全然、言ってる意味が分からない、です……」


 男性は笑ったかと思うと、智美にカウンターの前の椅子に座るよう促してきた。案内されるまま、椅子に座る。

 

「まあ、今の君に難しいことを言っても、理解できないだろう。それよりも、君がここに来た理由だが」


 カウンターの向こうの椅子に座り、男性が言った。


「あのっ、私、気づいたらここに来てて……来るつもりなんて、なかったんです」

「そうだろう。君はここに連れてこられたんだ。その置物の力だろうな」


 やはり、男性は智美の考えを読んだのだろうか、と智美は思った。


「どうやらその置物は、私と君を会わせたかったらしい。そういうモノなんだろうな。理由は……何か君に悩みがあるからかな。私に断ることは出来ないようだ。普段は私が動くことは無いのだが……相当変わったモノを持っているね、君は」

「あの、どういう……?」

「いや。つまり、君の悩みを私が聞く、と言っているんだよ」

「あなたは、占い師か何か、なんですか?」


 キョトンとした後、男性が豪快に笑った。


「……まあそういうことにしておこう。それで、話を聞かせてもらえるかな? 今、何かについて深く悩んでいるね」

 

 良く分からない状況で、智美の頭の中は混乱が続いていた。

 けれど、尋ねられた時、自然とコウキのことが頭に浮かんだ。

 その瞬間、男性がひどく驚いたような声をあげる。


「彼と知り合いなのか、君は。なるほど……彼は、引き寄せる人間だったのか」


 やはり心を読まれているのだ、と智美は思った。


「コウキのこと、知ってるんですか?」

「まあ、一度、いや二度会ったことがあるだけだがね。それは今はいい」


 コウキが、この店に来たのだろうか。

 この店は、なんなのだ。

 店名はどこにも書かれていないし、置いてあるものは、全く欲しいとも思えない、言ってしまえばガラクタのようなものばかりだ。

 コウキが何かの目的があって来るような店には思えない。


「私は予知能力があるわけではないから、彼がどうすれば元通りになるのかはわからんよ。ただ……」

「……ただ?」


 思わず、聞いていた。


「君の持っている置物は、持ち主の望みを叶える力があるようだ。といっても直接的に叶えるほどの力はなく、手助けをする程度のモノらしい。それでここに君は来たんだね。本来なら君はここには入れないし、入れたとしても、私が客でない者にこうして助言することもない」


 嘘臭いし、信じるのも馬鹿らしい話なはずなのに、何故か本当のことなのだと、智美は信じ始めていた。 


「今日、彼に渡すものを買ったんだろう? それを特別な場所で渡しなさい。そして、自分の気持ちを素直に伝えなさい。それが、君にできることだろう」

「私に、出来ること」

「そうだ。それを、強く意識しなさい。無駄に取り繕っても、他人の心を動かすことはできない。自分の思う通りに行動するんだ。良いね。さあ、もう行きなさい。あまり長居しないほうが良い。ここのことも、すぐ忘れるだろう」


 最後のほうは、聞こえているのに智美の頭には入ってこなかった。

 気が付くと、店を出ていた。


 扉の横の椅子に座っていたネコは、いなくなっていた。


 どこをどう歩いて帰ったのか分からない。

 いつの間にか電車に乗っていて、家に帰り着いた後もどう過ごしたのかはっきりと思い出せず、夜には自室で横になっていた。


 コウキに会いに行こう。思ったことを伝えよう。


 頭の中は、その考えで満たされていた。

 そのうちに急激な眠気が来て、起きていられず、智美は深い眠りについていた。

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