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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
443/444

十五ノ十九 「三木コウキ 三」

 四階の総合学習室を覗くと、部員は、誰もいなかった。


「んー。皆帰ったか」


 部室にもいない。ただ、鍵はかかってないから、誰かは残っているようだ。

 音楽室へ移動する。空っぽである。ということは、図書室か。

 三階へ降り、図書室の扉を開ける。


「お、洋子ちゃん、華ちゃん」

「コウキ君!」


 洋子の顔が、ぱっと明るくなる。


「残ってたんだ」

「コウキ君のこと待ってたんだよ。指揮指導、終わったの?」


 二人が、そばに来る。


「うん」

「じゃあ、帰る?」

「それがさ、体育の先生が体育倉庫の片付けするらしくて、手伝うことになったんだよね」

「体育倉庫? なんでです?」

「誰かに荒らされたらしい」

「あらま」

「ま、それで誰か残ってたら手伝ってくれないかなぁと思ったんだけど、男子、誰もいないな」

「もう皆帰りましたよ。お姉ちゃんが強制的に帰らせました。帰って休めーって」


 想像がついて、笑ってしまった。


「じゃあ、いいや。俺、ちょっと行ってくるから、二人は先に帰って良いよ。待っててくれたのにごめんな」

「え、どうして? 私も手伝うよ!」


 洋子が言った。


「いやいや、大変だし、いいよ」

「お手伝いはコウキ先輩だけなんですか?」

「うん」

「じゃ、私達もいたほうが良いでしょ。少しは役に立つと思いますよ、ね、洋子ちゃん」

「うん!」

「でもなぁ……」

「一緒に帰りたいし、良いじゃないですか。皆でやって、早く終わらせましょ」


 うーん、とコウキは唸った。

 体育倉庫の片付けなら、重い物も運んだりするだろう。女の子の二人には、あまりやらせたくはない。それこそ、怪我でもさせたら大変だ。


「先輩、早く行きますよー」

「んん?」


 いつの間にか、洋子と華は、図書室の外へ出ていた。

 完全に、行く気でいる。

 後頭部をかいて、息を吐きだした。


「怪我したら危ないから、ゆっくりやるんだぞ」

「はーい!」


 二人が、揃って手を挙げた。

 簡単な作業だけやらせて、重たい物は、コウキと体育教師で運べば良いか。



















「うっへぇ、凄いですね」


 三人で、目を丸くしていた。

 体育館横にある倉庫の中は、ぐちゃぐちゃだ。


「用務員さんが、鍵を閉め忘れたんだろう。夏休みの間に、バカがここでたむろしていたようだ」


 中央の床には、吸い殻と空き缶、それに菓子などの袋が汚らしく放置されている。

 授業で使う体育用具類は、座るスペースの確保のためか隅に適当に追いやられ、パイプ椅子や跳び箱が、乱雑に置かれている。


「バケツと雑巾はそこに用意しておいた。ゴミはこれに入れてくれ」


 体育教師が、町指定のゴミ袋の束をひらひらとさせた。


「分かりました」

「それじゃ、まずは用具を全部外に出すぞ」

「はーい」

「あ、洋子ちゃんと華ちゃんは、パイプ椅子とかコーンとか、軽いものを運んでよ。くれぐれも、怪我しないように、ゆっくりでいいから」

「了解でーす」


 手分けして、中の物を運び出していく。小さい倉庫とはいえ、授業で使うものが全て仕舞われているから、相当な量だ。

 

「それにしても汚いですねぇ。ゴミの量的に、かなり長期間使われてた感じですよね」


 華が言った。


「部活で使うものはここには仕舞わないから、夏休みの間は人が寄り付かない。それで、気づくのが遅れたんだ。バカの隠れ家として、ちょうど良かったんだろう」


 体育教師と共に、跳び箱を運び出す。


「どうせなら、徹底的に綺麗にして、二度と汚したくなくなるくらいの空間にするつもりだ」

「え~、そこまでする必要ありますか? 鍵しておけば解決じゃないですか」

「そういう問題じゃない」


 体育教師は、口を動かしながらも、手は止まらない。


「この学校の生徒が不良になるのは、こういう見えにくい場所に淀みがあることが原因の一つだ。正しい心は、正しい場所から生まれる」

「はあ」

「学校中が清潔で整頓された空間なら、生徒の心も、自然とそうなる。吹奏楽部も、そうだろう?」

「そうです、かねぇ」

「細かな場所まで手を抜かず綺麗にする。そういうことが大事なのだ」

「先生って、意外と真面目なんですねぇ」

「悪いか」

「いいえ、私はそういう先生の方が好きです」


 二人のやり取りを聴きながら、コウキは微笑んでいた。

 授業で会う程度の関係だから、深いところまで人間性を知る機会はなかった。

 中々、骨のある教師らしい。今時、そういう教師は珍しいのではないか。

 

 花田高は、学力では県内でも下の方に位置しており、当然、素行の悪い者が選びやすい高校だ。

 だから、吹奏楽部やバスケ部といった活動が盛んな部に所属する生徒は特殊で、一般的な花田高の生徒の生活態度は、良いとは言えない。

 そして、そういう生徒を相手にする教師の方も、やはり、質はまちまちである。


 動き回っているうちに、パイプ椅子と跳び箱は、出し終えた。まだ、得点板やポール、三角コーンなど、出すものは山ほどある。

 結局、三十分程かけて中の物を全て出し終えて、そこからゴミ拾いと雑巾がけだった。

 一時間、二時間、黙々と作業を続ける。

 八割方、雑巾がけや埃払いが終わったところで、体育教師が声を上げた。


「そろそろ休憩するか」

「はーい」 

「うあー!!」


 叫んで、華が倉庫の外に置いてあったパイプ椅子を出して座り込んだ。洋子も、その場にへたり込んでいる。

 コウキも、四つん這いになったり、天井付近を雑巾がけしていたから、腕や足に疲労がたまっている。


「飲み物を買ってきてやるから、ちょっと待ってろ」

「え、やったー!」

「ありがとうございます!」


 ちょっと手を挙げて、体育教師は、校舎の方へ歩いていった。


「はー、疲れた……」

「二人とも、手伝ってくれてありがとな。ちょっと掃除する程度だと思ってたら、思ったより本格的だったわ」

「ほんとですよ」

「先生と俺だけだったら、今日中に終わらなかったかもな」

「あと、三十分くらいで終わるかなぁ」


 洋子が呟いた。


「そう、だなぁ。この感じならな。でも、道具類を戻す作業もあるから、一時間くらいか」

「うへぇ……」


 華と洋子が、舌を出してぐったりした。


「疲れてたら、もう帰っても良いよ」

「いやいや、始めたからには、最後までやりますよー」

「うん、私も」

「無理すんなよ」

「コウキ先輩こそ」

「俺は、別に平気だけど」

「体力おばけですか? 吹部なのに」

「コウキ君、スポーツとかもするもんね……」


 洋子の隣に、パイプ椅子を出して座る。地面に座り込んでいた洋子が、腿の上に、頭を置いてきた。


「頑張った頑張った」


 頭を撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らしだした。

 洋子は、犬みたいだと思う時もあれば、猫みたいに見える時もあり、ころころ様子が変化していくのが、見ていて微笑ましい。 

 自分の表情も、緩んでいくのが分かる。


 以前は、こんなことをするのも当たり前だったのに、最近は、二人になる時間がないから、こうして甘えられることも減っていた。

 はっとして横を見ると、華が、にやにやしている。


「なんだよ」

「あーあ、洋子ちゃんは良いなぁ~、甘えさせてくれる先輩がいて」

「からかうなよ」

「人目を気にせずやるからですよ」

「華ちゃんになら、見られても良いもん」

「洋子ちゃん」

「コウキ君だって、そうでしょ?」

「……まあ」


 拓也や智美に見られても平気なのと、同じことか。


「ちぇっ、見せつけないでください」


 華が立ち上がって、伸びをする。


「話題変えましょ」

「何に?」

「んー……先輩、音葉の様子変なの、気づいてました?」

「ああ」

「元気、ないですよね」

「そうだな」


 今朝から、音葉の様子がおかしかった。

 演奏に問題はないが、雰囲気が暗い気はしていた。華もそう感じたのなら、当たっているだろう。


「家で、何かあったのかなぁ」


 遠い目をしながら、華がぽつりと言った。

 音葉の家庭事情は、母子家庭ということだけ教えてもらっているが、それ以上は聞かされていない。

 繊細な話題だけに、コウキも、突っ込んで聞くようなことは、するつもりがなかった。


「私達って、特権を持ってますよね」

「特権?」

「はい、特権」


 華が、振り向く。


「優しい父親と母親がいて、あたたかい家庭があるじゃないですか。でも、それを持ってない人もいる。両親のいない孤児とか、片親の子どもとか。そういう人からしたら、私達みたいに、両親がいたり家庭がある人は、特別なんだろうなって」

「……そうだな」

「特権を持った人間が、そうじゃない人間に、どういう言葉をかけられるんでしょう。どういう言葉をかけたら、上から見下されてるって思わせちゃったりせず、寄り添ってあげられるんでしょう」


 洋子も、顔を上げて、華に注目している。

 難しいな、とコウキは思った。

 人は、それぞれ立場や環境が違う。ある人から見れば当たり前の環境も、別の人から見れば、恵まれていると見えることもある。

 両者の立場には隔たりがあり、その状態で相手の心に言葉を届けるのは、繊細な注意が必要だ。


「音葉は、音楽のことで悩むような子じゃない。悩んだとしても、暗くならない。私と同じタイプの子だから。人付き合いだって、あの子はそんなことで悩む子じゃない。なら、ああなってる原因は、家のことなんじゃないかって思うんです。

 私、オーディションでは、音葉と公平に競いたいんです。全力のあの子と競って、それで、もう一度私がソロを手に入れたいんです。どうしたら、良いかな」

「俺も、考えてみるよ」

「でも、時間がないんですよね」

「そうだな」


 三人で沈黙していると、体育教師が戻ってきて、音葉の話はそこで終わり、また雑談が始まった。


 音葉のことは、何とかしてあげたい。だが、家族の問題だとすれば、そこに部員が立ちいって良いのか。

 智美は、かつてひまりが家族の問題に悩んでいた時、踏み込んでいった。それは、同性だからできたという部分も、あったかもしれない。

 コウキが動くのではなく、他の子達が動く方が、良いのではないか。

 

 何が最善かは、分からない。

 だが、出来ることをするしか、ないだろう。

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