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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
440/444

十五ノ十六 「桜音葉 一」

 なるべく良い所で聴きたくて、客席の中央辺りを陣取っていた。

 課題曲が、ちょうど終わったところだ。

 華のソロが、始まる。


 ひなたは、拳を握りしめ、舞台上を凝視していた。

 何度吹いても、華の演奏はぶれない。感情が伝わってくるような、朗々とした響き。

 それを支えるハーモニーのバランスも、抜群に良い。


 課題曲から自由曲への意識の切り替えは、しっかり出来ている。

 怪しげな響きが、地を這うように蠢く。丘の指揮が、徐々に大きくなっていき、だいごと千奈のシンバルがクレッシェンドを描いて、幕開けを告げた。

 トランペットが音の粒を刻み込む。それぞれが異なる動きをしながら、一体感を作り上げている。さすが、トランペットパートだ。

 中低音セクションが、そこにサウンドの厚みを生み出している。


 にいなのピアノが主張し、千奈のクラベスが拍を刻む。少し進んで、星子のソロ。そこに、メイが合わせに行く。

 息の合ったアンサンブルに、ひなたは唾を飲み込んだ。同学年でありながら、メイは、フルートパートの要になっている。

 対して、自分は、今、客席にいる。


 経験と時間の差と言えば、それまでだ。だが、悔しさが薄まるわけではない。

 自分より年下の来美が、星子の隣で上半身を揺らしている。あそこに自分がいないことの、虚しさと、惨めさ。


 隣に座るかおるが、膝に手を置いてきた。


「オーディション、頑張ろ」


 同じ想いなのだな、と思った。

 かおるの呟きに、ひなたは、力なく微笑んだ。

 











 満場の拍手を受けながら、音葉は、トランペットを抱きしめた。

 手ごたえはあった。

 会場の反応、部員達の様子、そして音。それらが、去年参加し代表権を得たコンクールの時と、似ていた。

 だから、きっと、代表になれる。


 この先に待つのは、月末の東海大会だ。

 そして、その前に、オーディションがある。

 

 舞台上から、部員がはけていく。華とコウキの後に続いて、音葉も舞台袖へと下がる。

 脇の小道を抜けて出ていくと、会館の外へ出た。


「花田高さん、写真撮影はこちらでお待ちください」


 ホール裏の広場にいた会場スタッフの指示で、部員が一塊になって止まる。前の団体が、まだ撮影が終わっていないらしい。


 オーディションは、十日後の八月二十日。

 東海大会が三十一日であることを考えると、遅いと言えるかもしれない。

 だが、メンバー外の部員にも最大限の配慮をしたギリギリのタイミングとして、丘はこの日を選んだのだろう。


「お待たせしましたー、花田高さん、こちらへどうぞ!」

「番手順に並ぼっか、コウキ君」

「そうだね」


 メンバーオーディションに関しては、心配することはない。音葉が外れることなど、万に一つもあり得ないからだ。

 重要なのは、ソロオーディションである。

 合宿では、ほんの一瞬の気の迷いが、ミスを誘発した。あれがなければ、結果は変わっていたかもしれない。

 もう、あの時のような失敗はしない。

 

「右端の背の高い君、もうちょっと中に入って、そう、そう!」

「ちょっと押さないで!」

「皆、全体的にもうちょい詰めて!」

「はい、おっけーです! じゃあ、一枚目、行きまーす」


 カメラのストロボが眩しくて、音葉は顔をしかめた。

 

「もういちまーい!」

「音葉ちゃん、笑顔笑顔」


 隣に立つ莉子に、眉間の辺りを触られた。

 仕方なく、笑みを浮かべる。


「サン、ニ、イチ……はぁい、おっけーです! 次はパート毎の写真撮影でーす。自由なポーズで良いんでね、お願いします」


 あと十日で、華を超えるソロを作り上げる。その道筋は、まだ見えないが、出来る出来ないではなく、やるだけだ。

 本当は、こんなことをしている時間すら惜しくて、今すぐ帰宅して、練習に明け暮れたい。


「トランペットはどんな感じにする~?」

「いつものやつでしょー」

「ええ、俺嫌なんだけど、あれ」

「何でですか、ほんとは嬉しいでしょ、コウキ先輩」

「いやいや、マジで嫌」

「他の男子が聞いたら、贅沢だって怒りますよ?」

「なんで毎回なんだよ。たまには違うのにしようぜ」

「はーい、次トランペットパート、お願いします!」

「ほら、もう時間ないですよ!」

「音葉も、ブツブツ呟いてないで撮るよ」


 華に腕を引っ張られる。


「はい、音葉はこう!」

 

 華に操られるまま、腕を動かす。

 

「良いねぇ~~君、羨ましいよぉ~! はい、いきまーす!」


 ストロボが、二度、焚かれる。


「はーい、おっけーでーす!」

「ん?」


 気づくと、自分の右手が、コウキの肩に置かれていた。

 慌てて、手を離す。

 いつの間に。


 華や万里達は、コウキにぴったりとくっついている。

 コウキが中央に座って、他の女子でコウキにくっつく。去年から、パート写真の時はそうしているらしい。

 県大会の時も、この撮り方だった。音葉は嫌だったから、少し離れて撮ったのに。


「華がやったでしょ」


 問いかけると、華はいたずらっ子のような表情を浮かべた。


「音葉が考え事してて動かなかったからじゃん」

「もう」


 ため息をついて、その場を離れる。

 どうせ、自分は買わない写真だから、どうでも良い。

 

「この後って、自由だっけ、華」

「うん、閉会式まではね。その前に楽器の積み込みだけど」

「じゃあ、積み込み終わったら、私一人になるから」

「ん、りょうかーい、皆にも伝えとく」

 

 一秒も無駄にはしたくない。

 ロビーの人気の少ないところで、自由曲の楽譜を見直そう。ソロの表現方法などを考えるためだ。マウスピースも持っておけば、少しは練習になるだろう。

 写真撮影を終えてはしゃぐ部員達を横目に、音葉は、さっさと歩きだした。


 


 












 光陽高校の出演順は、一番だった。 

 コンクールで、最も不利と言われている番だ。

 まだ会場内が暖まらないうちに吹かねばならないし、審査員も最初の学校だから無難な評価をつけやすいという噂がある。


 だが、光陽高校には、そんなことは関係なかった。出演順の不利など跳ね除けるだけのものを、築き上げてきたのだ。

 間違いなく、光陽高校は東海大会へ駒を進める。他の学校の演奏を聴いていても、その確信は揺るがない。


 客席に座って、鳴聖女子の演奏を聴きながら、大野なつみは目を閉じていた。

 『ローマの祭り』。

 オットリーノ・レスピーギ作曲の交響詩だ。ローマ三部作とも呼ばれ、ローマの祭り、ローマの噴水、ローマの松の三曲は、吹奏楽でも度々演奏される名曲である。


 かなり高度なテクニックが求められる難曲だが、それを易々と吹いているかのように聴かせてくるところは、さすがは鳴聖女子と言える。

 全員女子生徒でありながら、音の圧もホール全体へ響いている。


 愛知県内で、別格の高校として君臨し続ける鳴聖女子は、私立だ。学校経営は安定しているという噂で、吹奏楽部は学校の顔ともなっている。

 吹奏楽部が成果を出すほど、生徒が集まる。だから、学校からの援助も惜しみなく注がれ、県内でも有数の優れた設備と楽器を保持しているという。


 顧問も十数年同じ人が務めているから、おそらく、吹奏楽部は完全にその人の王国となっているだろう。

 実際、鳴聖女子の部員達は、顧問を崇拝している。

 規律を重んじ、思想と行動も共有し、まるで軍隊のように優れた組織行動と演奏をする。


 なつみの目指す組織運営の形でもある。

 だが、光陽の顧問である王子は、そういう運営の仕方を好まない。あくまで個々が活躍し、それらが噛みあうことで生まれる調和を求めている。

 だから、どれだけなつみが実現しようとしても、鳴聖女子ほどの組織行動は難しい。


 実際、河合良太のような厄介な部員もいる。部のエースでありながら、奔放な性格で、女子部員を食い物にもする、組織の一員としての自覚が足りない男だ。

 目ざわりだが、良太がいなければ、打楽器パートは今のレベルにはなっていない。実力があるがゆえに、なつみでも御しきれない、厄介な存在。


 ちらりと、周囲に目をやった。

 光陽は、客席に一塊になって演奏を聴いている。全部員が揃っているか、数を数えていく。


「副部長」


 鳴聖女子の演奏が終わったタイミングで、後ろに座っていた志野に、声をかけた。


「はい」

「河合君は?」


 慌てて、志野が部員を見回す。


「いない、ですね」

「すぐに探してください」

「はい」


 志野が、数人に指示を出し、客席から飛び出していく。

 舞台を見つめたまま、なつみは口の中で舌打ちをした。


 あの男の勝手にさせておくと、無用な問題を起こしかねない。

 さすがに、こんな日に他校の女子に手を出す馬鹿だとは思わないが、絶対にないとも言い切れないくらいには、信用はしていない。

 次の出演順の学校が舞台に入ってくるのを眺めながら、なつみは目頭を抑えた。

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