五ノ二 「……クリスマスだし」
道路の溶け残った雪が、茶色く濁っている。
数日前に降った雪は、楽に雪だるまが作れる程度には積もり、未だにその名残を町に残していた。
雪は、降っている最中と積もりたては、見慣れた景色を白く綺麗に彩ってくれて気分が高まる。
だが一旦降りやめば、溶け残った雪に吸われて地面の汚れが浮き上がってきて、微妙な気持ちになるのが難点だ。
時折、そんな残りものの雪を、冬用のブーツを履いた洋子が踏みしめて楽しんでいた。鈍い目の詰まるような音を立てながら、雪に足跡を付けていく。
誰も触れていないところの真っ白なままの雪を見つけると、掴んで握ってミニ雪だるまを作り、ガードレールのポールの上に並べ、その度に満足げな表情を浮かべていた。
この地方のこどもは、雪が降ると皆はしゃいで外へ出てくるが、特に洋子は雪が好きなようだった。こんな道の端々に残る雪でも、嬉しそうに触れている。
「パーティ、パーティ!」
先ほどから洋子は、はしゃぎまわる幼稚園児のようあちらへこちらへと、ふらふら歩いている。
よほど今日のクリスマスパーティが楽しみなのだろう。
パーティの開催が決まった翌日、拓也と三人で集まった時に誘ったら、文字通り飛び上がって喜んでいた。
クリスマスパーティなど初めてのことだそうだ。
初めてなのはコウキと同じなのに、気負うことなくこんなに楽しみにしていられる辺り、やはり洋子は純粋だ。
「皆どんなプレゼント持ってきてるかなあ?」
独り言のように、コウキの返事があろうとなかろうと構わず、ひたすら喋っている。
こんなに上機嫌な洋子は滅多に見られないだろうというくらい、にこにこ顔で身体を弾ませていた。
昨晩も家族でパーティをしたらしいし、今朝もサンタからプレゼントを貰ったと嬉しそうに話してくれた。その高揚感もまだ続いているのだろう。
時折、コウキが後ろにいるかを確認するように振り返り、笑いかけてくる。
「転ばないようにな、洋子ちゃん」
「うん!」
奈々の家までは、十五分ほど歩いた。
到着して、言葉を失った。
奈々は大した家ではない風に言っていたが、普通のハウスメーカーの建てる家二つ半はあるのではないかという横幅に、三階建てだ。コウキからすれば、豪邸という言葉が相応しい。
洋子も口を開けて家を見上げている。
立派な塀に囲まれていて、まるで要塞のような印象だし、この調子だと地下室もあるかもしれない。
ゾンビの大量発生が起きたら、ここで籠城できそうだな、などと間抜けな考えが頭をよぎる。
いつまでも呆けているわけにもいかず、コウキは塀に設置された呼び鈴を鳴らした。
「いらっしゃーい! もうみんな揃ってるよ!」
出てきた奈々に迎えられて、中へと入る。
玄関の広さが、マンションの我が家と違いすぎる。壁には、なにやら立派な絵画まで飾られている。
ちょっと、ついていけないレベルだ、とコウキは思った。
ここまで広い家に、今まで足を踏み入れたことが無い。
「ごめん遅くなって」
「大丈夫だよ!」
「あの、初めまして、お邪魔します」
洋子が深々と頭を下げた。
「洋子ちゃん、初めまして。奈々です。間近で見るとやっぱかわいいね」
「えっ?」
「文化祭のライブ観たよ。すっごい良かった。今日は話せるの楽しみにしてたから! 上がって上がって!」
「あ、は、はい」
靴を脱いだ洋子が、ひっぱられるようにして奈々に連れていかれた。
後に続いて、居間へと入る。
拓也、智美、亜衣、健、里保、茜、華がソファや椅子に座って談笑していた。こちらに気がついた拓也が、手を上げて声をかけてくる。
「おー! やっと来たか!」
「お待たせ」
扉の横に用意されていたハンガーラックに上着をかけた後、洋子と一緒にキッチンにいた奈々の母親に挨拶をして、持ってきたデザートを渡した。
当初は料理を一品持ち寄ろうかとも話していたが、料理はすべて奈々の母親が用意するからとのことだったので、デザートを持ち寄ることになったのだ。
まさに今、キッチンでは様々な料理が作られているらしい。
オーブンもグリルもコンロもフル稼働で、食欲をそそる香りが漂ってくる。
「パーティって言っても固くるしくなく、適当に食べて楽しんでって感じで、気楽に過ごしてね」
奈々が全員に向かって言った。元気な返事が皆から上がる。
コウキも出来るならそうしたいところだが、空間がそれを許してくれない。
以前はインテリアショップをめぐるのも好きだったので多少知識があるのだが、この家の居間は全て高級な家具で飾られているのだ。
今皆が囲んでいるテーブルと座っている椅子は、無垢の大きな分厚い一枚板と、同じく無垢でスリムなデザインの椅子。このセットだけでおそらく何十万はする。
ソファもかなり有名なブランドの見覚えのあるデザインだ。
ぱっと見ただけで、ほとんどのインテリアがそういう類いのものである。なまじ知識があるだけに、嫌でもかしこまってしまう。
他の皆は、くつろいでわいわいと盛り上がっているのが羨ましい。
きょろきょろと部屋を眺めているうちに、ジュースが注がれたグラスが回ってきて、乾杯した。
前菜はすでにテーブルに並んである。数種類の揚げ物や骨付きの唐揚げ、野菜とチーズの乗ったカナッペ、彩りの綺麗なサラダ、琺瑯の鍋にたっぷりのコーンスープ……。
盛り付けや彩りにもこだわって作られた料理ばかりだし、どれから手をつけていいのか、というくらい種類が豊富だ。
各々、好きな料理に手をだし始める。
これだけでも充分な量だが、メインの料理は今まさに奈々の母親が作っていて、これからどんどん出てくるという。
こどものパーティのために、こんなに豪華な食事を用意してもらって良いのだろうか。
「おい、コウキ。食わねえの? めっちゃ美味いぞ」
骨付きの唐揚げに食らいついていた拓也が声をかけてきた。
「あ、じゃあ一つ」
唐揚げを取って、かぶりつく。醤油とニンニク、生姜以外に、何種類もスパイスを揉みこんでいるのだろう。香ばしさの中に複雑な風味が隠れていて、美味である。
ザクザクとした衣の食感と肉の旨味で、一気に食欲が刺激された。
「うん、美味しいな」
「だろ?」
すでに一本を食べきり、二本目の唐揚げに手を出そうとした拓也に、隣に座っていた奈々がすかさずサラダやカナッペを取り分けた皿を差し出した。
「野菜も食べなよ?」
「う……はい……」
拓也の相変わらずの野菜嫌いに苦笑する。
小学生の時からずっとだ。全く食べないわけではないが、食べないで済むなら食べない、というような具合である。
「奈々さんも拓也の好き嫌い知ってたんだ」
「うん。うちで受験勉強した日は一緒にご飯食べてるからね。拓也、野菜全然食べないんだもん」
奈々がじろりと睨むと、拓也は慌てて弁解した。
「野菜が嫌いなんじゃなくて、肉が好きなんだよ! 美味すぎる肉が悪い!」
「屁理屈言って!」
奈々と拓也のやりとりに、笑いが巻き起こる。
ふと、この場に美奈もいてくれたら、とコウキは思った。
智美から、美奈は来れないと聞いて落胆した。
何か事情があったのだろう。詳しい理由は聞かなかったが、気まずそうに智美が目を逸らしたのが気になっていた。
智美はコウキの隣に座っていて、もう一つ隣の里保との会話に夢中になっている。
美奈に何かあったのか聞けば、智美は教えてくれるだろうか。
そうは思っても、実際に尋ねることはできなかった。
来られないものは仕方がない。美奈のことは今は忘れるよう努めるしかないだろう。
奈々の母親がピザやパスタ、ローストチキン、グラタンなど、次々に出来立ての料理を持ってきて、テーブルが料理で埋め尽くされていく。
十人でも食べ切れるのかというくらいの量だが、お世辞抜きにどれも美味い。
その辺のレストランで食べるより圧倒的に味が良く、盛り付けも美しい。十年後なら、映え、などと言われているに違いない。店で出てきたとしても違和感が全くないレベルだ。
奈々の母親は、この家で趣味の料理教室も開いているらしい。そこそこ生徒がついているそうだが、これだけ凄いと学びたいという人も当然現れるだろう。
その後もゆったりと食事は続いた。昼少し前から始まって、時計は二時過ぎを指している。
あらかた料理を食べ終え、テーブルの上はほとんど片付いていた。
拓也と健と洋子が相当食べた。他の女の子達は小食とまではいかないが、普通の一人前くらいなところ、拓也たちは一人が二人前三人前を平気で胃袋におさめてしまった。
コウキも頑張ったが、一人前半くらいが限界だった。身体のどこにそんなに入るのか、謎である。
「洋子ちゃん、そんだけ食べてるのに太んないの……?」
と、女子一同が驚愕していた。
洋子は小柄な見た目に反して大食いで、一緒に食事をする日は茶碗大盛二杯は米を食べる。それなのに確かに全く太らない。
他の子からすると、夢のような体質だろう。
紅茶やジュースで少し小休止を入れたあと、デザートの前にプレゼント交換の宝探しゲームが行われた。
ただ音楽に合わせて回すだけだと自分の物が当たる場合もある。奈々の提案で、二組に分かれて隠されたプレゼントを探すゲームが行われた。
対抗の組のプレゼントが隠されているので、絶対に自分のものが当たることは無い。
広い家を寝室以外、すみずみまで使っていい許可が出たおかげで、実に盛り上がった。
こんなところに、という場所に隠されていたり、見つけたものはダミーだったり、謎解きになっていたり。こどもが喜ぶ仕掛けが目白押しだった。
全員がプレゼントを見つけ終えて、居間に集まる。
コウキが見つけたのは、智美の用意した図書カードだった。
「誰でも使える無難なのって思いつかなくて」
と智美は苦笑していたが、本を読むので、実にありがたいプレゼントだった。
トランペットを買ったために貯金が無くなって、最近は買いたい本もなかなか買えず、図書室利用が多かった。
これで、欲しかった新刊を手に入れられる。
コウキのプレゼントを当てたのは、洋子だった。
拓也と二人で、奈々のためのプレゼントを買いに行った日、地元で人気の洋菓子屋に寄って菓子の詰め合わせを買った。クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子がおしゃれな缶に詰められたものだ。
大人になった後も何度か食べたことがあるので、味は保証できる。
洋子は感極まったというような表情で、缶を抱きしめた。
「もったいなくて食べられないね、これ」
「いやいや、食べてよ。美味しいから」
「コウキ君からの初めてのプレゼントだもん、手が出せないなぁ」
「そうだっけ?」
言われてみれば、洋子にプレゼントをしたことは無かった。
誕生日でも、いつも洋子は特に欲しいものがないと言っていて、拓也もコウキも似た感じだったから、三人とも互いにプレゼントを贈る習慣が無かった。
「うん。嬉しい」
心から喜んでくれているのが分かる笑顔だ。
「喜んでもらえて良かったよ」
洋子の髪を撫でる。さらさらとした髪の質感が、手のひらに伝わってくる。
洋子は気持ちよさそうに目を細めた。
「えへへ」
「……なっ、何、これ!?」
突然、智美が大きな声を上げた。
全員の視線が智美に集まる。そして、固まった。
コウキも、智美の手の中のものを見て、ぎょっとした。
それは、一体何なのか、形容しがたい謎の物体だった。
動物の形のようでもあり、無機物のようでもあり、いや小学生の図工の制作物の類か、はたまた地方の伝統工芸品か、もしかしたらゴミ捨て場のガラクタか、一周回って有名な芸術家の生みだした傑作か。
何とでも言えそうな、不気味さがある。
「だ、誰のプレゼント、これ?」
智美が見回すと、健が手を上げた。
「俺、俺」
「なんなの、これ?」
「なんだろう?」
がくっ、っと智美の身体が崩れる。
「あんたの用意したプレゼントでしょ……」
「いや……偶然知り合ったおじさんから買ったんだよ。すげえ良いものらしくて、しかもちょうど千円でプレゼントの額にぴったり。枕元に飾っておくと良いことがあるってさ」
「こ、これを……?」
あれを枕元に飾るのは、なかなか勇気のいる行為である。
智美は気の抜けた顔をしたまま、ありがとう、と言って置物を鞄にしまった。
「健のセンスって変だから。ごめんね、智美」
亜衣がため息をつきながら言った。
「……他のみんなは? なんだった?」
場の空気を変えるため、まだプレゼントを開けていない子達に声をかける。
はっとして、今あったことを忘れようとするかのように、皆いそいそとプレゼントの開封にかかった。
一番に、プレゼントを取り出したのは、里保だった。
「あ、ブックカバーだ」
「それ私の!」
華が手をあげる。三毛猫模様で、つんと尖った耳部分ついてる可愛らしいブックカバーだ。
「私本好きだから嬉しい」
「良かった」
次に開封したのは茜で、洋子の用意したバラの蒸留水だった。
他の子は、華が茜の可愛らしいボールペンで、奈々が里保のタオルハンカチ、亜衣は奈々のブランケット。女の子同士、実用的なものを上手い具合に贈り合っている。
微妙な顔のまま肩を下げている智美が、かわいそうに思えてくる。
拓也は亜衣のチョコレートの詰め合わせで、健は拓也のプレゼントだった。
「俺を一回だけ好きに呼び出せる券」
メッセージカードに書かれた内容を、健が読み上げた。
「おう、いつでも良いから困ったときに呼んでくれ。一日俺を貸すわ」
「金のかかんないプレゼントだなぁ!」
「馬鹿言うな、一日、何でも健のために動くんだぞ。人一人動かせるんだから千円じゃきかないだろ」
確かに、それはそうだ、とコウキは思った。
しかも意外と凝っていて、メッセージカードはかなり上質な紙で、それがステンレス製の枠に収められている。
なかなか良いセンスだ。
「ふーん、まあそのうち使わせてもらう」
「おう」
プレゼント交換も済み、その後は持ち寄ったデザートを皆で楽しんだ。
普段集まることのないメンバーなので、互いの話などで会話も膨らみ、大いに盛り上がった。
食べ終わるころには日が落ち、皆で片付けをして解散の時間となった。
「じゃあ皆、今日はありがとね! また遊ぼー!」
玄関で見送る奈々と拓也に手を振って、全員で家を出た。
そのまま各自の家の方角へ別れていく。
拓也はこの後、奈々にプレゼントで用意したブレスレットを渡すのだろう。緊張しているのが丸わかりである。
目くばせをすると、拓也は固い頷きを返してきた。
洋子は、コウキが送り届ける約束になっている。
家の方角が同じ里保と茜と途中まで一緒に帰り、分かれ道で、茜が声をかけてきた。
「三木先輩、また部活にも顔だしてくださいね。ファンクラブの皆待ってますから!」
「ファンクラブって……まだあったの!?」
「当たり前です、不滅ですよ!」
「はは……まあ、分かった、そのうち行くよ」
「約束です!」
指切りをする。
「じゃあね三木君、洋子ちゃんも」
「ばいばい里保さん。気を付けて」
二人も去っていった。
「じゃ、行こうか」
里保と茜の姿が見えなくなったところで、洋子に声をかけ、並んで歩きはじめる。
静かで、寒い。上着のポケットに手を突っ込んで、縮こまりながら進んだ。
街灯が少なくて暗いが、そのおかげで、見上げると少しだけ星が見える。
「おなかいっぱい~」
「すごい食べたね」
「うん、どれも美味しかったんだもん。残すのがもったいなくて!」
洋子が腹をさすりながら、満足そうに笑った。
「今日はどうだった?」
「すっごく楽しかった! またやりたい!」
「うん、楽しかったな」
奈々と奈々の母親の進行が上手かったおかげで、ゲストのコウキ達はほとんど何もしないで良かった。
申し訳なるくらい色々してもらったが、奈々の母親は、
「好きでやってることだから全く気にしないでね。親御さんからのお礼とかも要らないから。また遊びに来てね」
と言っていた。
「ね、コウキくん」
「うん?」
洋子と、目が合う。
「手、繋いでいい?」
「いいよ」
ポケットから右手を出し、洋子の左手を握った。
「あ」
「ん?」
洋子が一度俺の手を離すと、はめていた手袋を外して、それからまた繋いできた。
ひんやりとした冷たさが、右手に伝わってくる。
「えへへ」
恥ずかしそうに笑っている。
「手袋はめてるとコウキくんのあったかさが分かんないんだもん」
心臓が、音を立てた。そのことを気づかれないように、平静を装って歩き続ける。
最近、洋子の何気ない仕草や言葉に動揺させられる。
文化祭のライヴを観た後からだ。意識しすぎている気がする。
そのまま、黙って二人で歩いた。
コウキの家は通り過ぎて、洋子の家まで向かう。
すぐに、洋子の家に着いた。
「終わっちゃうね、クリスマス」
家の前で、洋子と、向かい合う。
「もっと一日が長いと良いのになあ。終わってほしくない」
「そうだなあ」
「お別れ、したくない」
「うん……でも、すぐにお正月になるよ。おせちにお年玉に初詣。楽しみはまだいっぱいある」
洋子が、顔を輝かせた。
「初詣いきたい!」
「一緒に行こうよ」
「やった! 拓也くんも誘う?」
「もち」
「わーい!」
無邪気に笑う洋子。つられて、コウキも笑みを浮かべていた。
会話が途切れる。
ちょうど近くに街灯が無いので、辺りは暗い。洋子の家の玄関灯はあるが、洋子は明かりに背を向けているので、うっすら表情が見えるくらいだ。
「洋子ちゃん」
「うん?」
「ちょっと目閉じてて」
「え?」
首をかしげる洋子。手を添えて、目を閉じさせた。
「何、何?」
鞄から、小さな包みをそっと取り出す。それを、洋子の手に握らせた。ぴくりと洋子の手が反応する。
「良いよ、目開けて」
目を開けて、自分の手に握らされたものを見下ろして、それから顔を上げて俺を見つめてきた。
「これ……?」
「プレゼント」
「え、なんで……?」
「いつも一緒にいてくれるお礼」
開けて、と促して、包みを解かせる。
中から、小さな花のモチーフのヘアピンが取り出される。
「拓也と一緒に奈々さんへのプレゼントを探してた時に見つけてさ、洋子ちゃんに似合いそうだなぁと思って買ったんだ」
「可愛い」
「気に入ってもらえると良いけど」
「……着けてみて、いい?」
「うん」
包みを受け取る。
洋子は左の横髪をさっと流して、それをヘアピンで留めた。
「どうかな?」
顔が見えやすいよう、洋子と位置を入れ替わる。玄関灯の光で、洋子の顔がはっきり見えた。
耳を出すと、華やかさが増す。たったそれだけで、がらりと印象が変わるものだ。
ヘアピンの花のモチーフが、よく似合っている。
「うん、似合う。耳を出すのも可愛いね」
洋子が、頬を赤らめた。
思った以上に似合っている、とコウキは思った。
「見つけたときに買っておいて良かった」
気に入ってもらえるか心配だったのだが、笑顔なところを見ると、良い選択だったらしい。
洋子は、コートの袖で顔を隠すような仕草をした。
「どうしよ、幸せ過ぎておかしくなりそう」
「そんなに? 良かった、プレゼントして」
洋子に、喜んでもらいたかった。ヘアピンを着けて笑ってくれる洋子が、見たかった。
何を話すでもなく、互いに見つめ合っていた。
しばらくして、ふい、と洋子が目線を外した。うつむいて、もじもじと指を絡めはじめる。
「どうしたの?」
「あの……えっと」
上目遣いに、コウキを見てくる。
「……ぎゅって、して良い?」
位置を入れ替わったままだったので、表情がよく見えた。潤んだ瞳に、悩まし気に下がった眉。少しだけ赤くなった頬と、きゅっと結ばれた艶やかな唇。
それは、反則的な可愛さだった。
コウキは、思わず洋子を抱きしめていた。
あ、と思ったが、すでに洋子は腕の中だった。
不意打ちに驚いたのか、洋子の身体が強張った。だが、すぐに力が抜け、そのままコウキの身体に手を回してきた。
柔らかくて小さな洋子の身体。髪からふんわりと石けんの香りがする。
洋子の頭に手をやり、ゆっくりと、撫でていく。
「こんなに良い事ばっかりあって、良いのかなあ」
コウキの胸に顔を埋めたまま、洋子が呟いた。
「……良いんじゃないか、クリスマスだし」
身体に回された腕に、ぎゅっと力が込められる。
洋子が、自分の腕の中にいる。たったそれだけで、こんなにも温かな気持ちになり、安心感のようなもので全身が満たされる。
優柔不断な自分が、こんなことをして良いのか、とコウキは思った。
洋子をぬか喜びさせているだけではないのか。そういう思いも浮かんだ。
コウキの内心を他人が聞けば、罵られるかもしれない。
でも、今だけは、と思ってしまう。
先ほどまでは縮こまるほど寒かったはずなのに、今はそれすらも感じなくなっていた。
ただ、腕の中の洋子の温もりだけを感じていた。




