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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
437/444

十五ノ十三 「木下睦美 六」

 学校から一番近いところにあるコンビニには、たまに寄っていた。

 七海と二人で、部活終わりに買い食いをするのだ。大抵、七海はチョコレート菓子で、睦美はアイスを買う。

 箱の中に数個の小さな台形のバニラアイスが入っているもので、表面にパリッとしたチョコがかかっているところがお気に入りだ。時々、星型のものが混ざっていることがあって、それを見つけるとちょっと気分が良くなる。


 アイスの冷蔵庫から、赤い箱のアイスを取り出す。

 七海は、輪っかのチョコレート菓子か、棒状のクッキーにチョコがかかった菓子のどちらにするかで、悩んでいる。


「どっちにするの?」

「うーん」


 入店音が鳴って、複数人の話し声が聞こえてくる。


「何食べよっかなぁ」

「お腹減ったからなぁ」

「洋子はー?」

「うーん、どうしようかな」


 レジの前の通路を、見知った顔ぶれが通り過ぎる。一年生の子達だ。洋子、華、かな、真紀の四人か。

 向こうもこちらに気づいたようで、かなが駆け寄ってくる。


「先輩達ー! お疲れ様でーす!」


 言ってから、かなが睦美と七海を交互に見た。


「えーっと」


 こちらを指差す。


「七海先輩!」

「睦美だよ」

「あちゃっ」

「髪ほどいてると、分かんないかー」


 言って、七海が笑った。

 部活の時は、髪型を睦美がサイドテールにし、七海がポニーテールにしている。周りが見分けられるようにするためだ。

 だが、部活が終われば、二人とも髪をほどいている。


「先輩達も買い食いですか?」

「そう」

「お疲れ様でーす」


 華達も、こちらへやってきた。


「皆、お疲れ様ー」

「七海先輩、二個も買うんですか? お金持ち~」

「違うよ、どっちにするか悩んでるの」

「えー、じゃあ私がこれ買うから、七海先輩こっち買ってくださいよ。分けっこしましょ」


 華がそう言って、七海の手に握られた輪っかのチョコレート菓子を受け取った。


「良いの?」

「はい! 私もどっちも食べたいです。あ、すぐ帰らないですよね?」

「うん! いいよね、睦美」

「いいよ」

「えー、じゃあ私らも決めよ、真紀」

「ん」


 騒ぐ皆の様子を、洋子は一番後ろで微笑みながら見ている。睦美は、そっと、洋子へ近づいた。


「洋子ちゃん、お疲れ様」

「睦美先輩、お疲れ様です」

「何買うの?」

「うーんと、悩んでて」


 言いながら、睦美の手の中のアイスに目を向ける。


「それ、美味しいですよねっ」

「うん」

「私も、アイスにしようかな……」

「いつもは、何食べるの?」

 

 話しながら、二人で、アイスの冷蔵庫の前へ移動する。


「いつもは、華ちゃんとこれを分けるんです」


 指差したのは、コーヒー味のアイスだった。二本入りで、誰かと分けたい時にちょうどいいアイスだ。

 

「華ちゃんが好きで」


 ちらりと、華を見る。

 華は、お菓子をどちらにするか悩んでいた七海を見て、二人で一つずつ買うことを提案した。

 人と何かを分けることが、好きな子なのかもしれない。あるいは、悩む人のために、気を遣う子なのか。


 コーヒーのアイスに目を戻す。

 多分、前者の方だろう、と睦美は思った。


「今日はこれにします」


 洋子が手に取ったのは、あずきのアイスだった。

 随分、地味なアイスを選ぶな、と睦美は思った。


「コウキ君、これ好きなんです」

「へえ」


 意外と、年寄りくさい好みらしい。

 

「よし、決まったー」


 かなと真紀も、商品を決めたらしい。

 会計を済ませ、コンビニの外で、各々商品の袋を開けて食べ始める。


「七海先輩、はい、どうぞ」


 華が、輪っかのチョコレート菓子を、七海に差し出す。一つ取って、七海が口に放り込んだ。


「ん~、美味し。華ちゃんもこっちどーぞ」

「いただきまーす」

「真紀、あんた、このクソ厚いのに肉まんってマジ?」

「お腹減ったんだもん」

「太るよ?」

「かなと違って、私は太らない体質なんで」

「うっざ」

 

 陽は完全に落ちているが、コンビニから漏れる明かりと、道路を行き交う車のライトのおかげで、辺りは明るい。

 睦美は、アイスを一つ口に放り込んでから、洋子の方を見た。あずきのアイスをかじって、美味しそうに顔を揺らしている。

 特に会話に加わることもなく、話を聞くだけで満足しているところも、やはり睦美と似ている。


「七海先輩、リーダーの仕事って大変ですか?」


 華が言った。


「えー、なんで?」

「リーダーって仕事多いんですよね?」

「今の時期はそれほどでもないよ。ちょっとは学生指導者の手伝いとかあるけど、基本は夕先輩がやってるし」

「じゃあ、木管セクションリーダーって、普段はどういう仕事してるんですか?」

「セクション練習のために、コンクール曲とか演奏会の曲のセクション表作ったり、木管指導の蜂谷先生とやり取りしたり、あとは学生指導者が二人ともいない場合は、基礎練の代打をしたりするみたいだけど」

「セクション表って、もしかして全曲やってるんですか?」

「そだよ。金管セクションリーダーと一緒にね。だから、ミニコンがある時期は結構大変だね」

「簡単なやつだと、セクション練習一回もしない曲とかもありますよね。なのにわざわざ作るんですか?」

「そうなんだけど、もしかしたらやるかもしれないでしょ? その時にバタバタしないために作っておくの。練習時間は限られてるから」

「はー、凄いなぁ」

「リーダーに興味あるの、華ちゃん?」

「んー、まー、そうですねー」

「華は東中で部長やってたんですよ」


 かなが、自慢するような表情で言った。


「うちらが県大会まで行けたのは、華のおかげですから」

「あ、知ってる。リーダーの中でも話題になってたもん」

「いや、皆で頑張ったからですよ」

「そんなことないよ。私も、華のおかげだと思ってる」


 真紀だ。


「華がいたから、皆が一つになれたんだもん」

「そうそう」

「それを言ったら、私が部長として頑張れたのは、洋子ちゃんのおかげだし」

「ふえっ?」


 アイスに夢中になっていた洋子が、目を瞬かせる。


「洋子ちゃんが副部長として支えてくれたから、私は部長の仕事に集中できたんだよ」

「わ、私、何もしてないけど」

「洋子ちゃんも、リーダーやったことあるんだ」

「あ、はい、睦美先輩」

「洋子は、二年の時から打楽器のパートリーダーもしてたんですよ!」

「さっきから、なんでかなが自慢気に言うのよ」

「だって、東中の誉れだし」

「何それ」

「恥ずかしいよ、かなちゃん……」 

「副部長とか、嫌じゃなかったの?」


 問いかけると、洋子はかじりかけのアイスを見つめながら、首を振った。


「東中って、先輩達が引退する時に次の部長と副部長を発表されるんです。あの時は、嫌でした。でも、華ちゃんが励ましてくれたから、やろうって思えました」

「あったなー、華の大演説」

「皆の前でね」


 かなと真紀が、くすくすと笑う。


「最後まで副部長の仕事は慣れなかったですけど、でも、そんな私を皆が支えてくれるんです。そんな私で良いって言ってくれるから、だから、私も皆にお返しがしたくて頑張りました」

「ん~、洋子ちゃん、えらーい!」


 七海が抱きつくと、洋子は、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「七海先輩、ずるい! 洋子ちゃんは私のですよ!」


 頬を膨らませながら、華まで抱きつく。

 団子状態になった三人が、笑っている。


「……良いな……」


 思わず、呟いていた。

 心から漏れた、本音だった。


「睦美先輩?」


 洋子が、首をかしげる。


「……何でもない」


 七海の視線を感じた。

 気づかない振りをして、アイスを口に運ぶ。

 話は、もう別の話題に切り替わっていた。


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