十五ノ十三 「木下睦美 六」
学校から一番近いところにあるコンビニには、たまに寄っていた。
七海と二人で、部活終わりに買い食いをするのだ。大抵、七海はチョコレート菓子で、睦美はアイスを買う。
箱の中に数個の小さな台形のバニラアイスが入っているもので、表面にパリッとしたチョコがかかっているところがお気に入りだ。時々、星型のものが混ざっていることがあって、それを見つけるとちょっと気分が良くなる。
アイスの冷蔵庫から、赤い箱のアイスを取り出す。
七海は、輪っかのチョコレート菓子か、棒状のクッキーにチョコがかかった菓子のどちらにするかで、悩んでいる。
「どっちにするの?」
「うーん」
入店音が鳴って、複数人の話し声が聞こえてくる。
「何食べよっかなぁ」
「お腹減ったからなぁ」
「洋子はー?」
「うーん、どうしようかな」
レジの前の通路を、見知った顔ぶれが通り過ぎる。一年生の子達だ。洋子、華、かな、真紀の四人か。
向こうもこちらに気づいたようで、かなが駆け寄ってくる。
「先輩達ー! お疲れ様でーす!」
言ってから、かなが睦美と七海を交互に見た。
「えーっと」
こちらを指差す。
「七海先輩!」
「睦美だよ」
「あちゃっ」
「髪ほどいてると、分かんないかー」
言って、七海が笑った。
部活の時は、髪型を睦美がサイドテールにし、七海がポニーテールにしている。周りが見分けられるようにするためだ。
だが、部活が終われば、二人とも髪をほどいている。
「先輩達も買い食いですか?」
「そう」
「お疲れ様でーす」
華達も、こちらへやってきた。
「皆、お疲れ様ー」
「七海先輩、二個も買うんですか? お金持ち~」
「違うよ、どっちにするか悩んでるの」
「えー、じゃあ私がこれ買うから、七海先輩こっち買ってくださいよ。分けっこしましょ」
華がそう言って、七海の手に握られた輪っかのチョコレート菓子を受け取った。
「良いの?」
「はい! 私もどっちも食べたいです。あ、すぐ帰らないですよね?」
「うん! いいよね、睦美」
「いいよ」
「えー、じゃあ私らも決めよ、真紀」
「ん」
騒ぐ皆の様子を、洋子は一番後ろで微笑みながら見ている。睦美は、そっと、洋子へ近づいた。
「洋子ちゃん、お疲れ様」
「睦美先輩、お疲れ様です」
「何買うの?」
「うーんと、悩んでて」
言いながら、睦美の手の中のアイスに目を向ける。
「それ、美味しいですよねっ」
「うん」
「私も、アイスにしようかな……」
「いつもは、何食べるの?」
話しながら、二人で、アイスの冷蔵庫の前へ移動する。
「いつもは、華ちゃんとこれを分けるんです」
指差したのは、コーヒー味のアイスだった。二本入りで、誰かと分けたい時にちょうどいいアイスだ。
「華ちゃんが好きで」
ちらりと、華を見る。
華は、お菓子をどちらにするか悩んでいた七海を見て、二人で一つずつ買うことを提案した。
人と何かを分けることが、好きな子なのかもしれない。あるいは、悩む人のために、気を遣う子なのか。
コーヒーのアイスに目を戻す。
多分、前者の方だろう、と睦美は思った。
「今日はこれにします」
洋子が手に取ったのは、あずきのアイスだった。
随分、地味なアイスを選ぶな、と睦美は思った。
「コウキ君、これ好きなんです」
「へえ」
意外と、年寄りくさい好みらしい。
「よし、決まったー」
かなと真紀も、商品を決めたらしい。
会計を済ませ、コンビニの外で、各々商品の袋を開けて食べ始める。
「七海先輩、はい、どうぞ」
華が、輪っかのチョコレート菓子を、七海に差し出す。一つ取って、七海が口に放り込んだ。
「ん~、美味し。華ちゃんもこっちどーぞ」
「いただきまーす」
「真紀、あんた、このクソ厚いのに肉まんってマジ?」
「お腹減ったんだもん」
「太るよ?」
「かなと違って、私は太らない体質なんで」
「うっざ」
陽は完全に落ちているが、コンビニから漏れる明かりと、道路を行き交う車のライトのおかげで、辺りは明るい。
睦美は、アイスを一つ口に放り込んでから、洋子の方を見た。あずきのアイスをかじって、美味しそうに顔を揺らしている。
特に会話に加わることもなく、話を聞くだけで満足しているところも、やはり睦美と似ている。
「七海先輩、リーダーの仕事って大変ですか?」
華が言った。
「えー、なんで?」
「リーダーって仕事多いんですよね?」
「今の時期はそれほどでもないよ。ちょっとは学生指導者の手伝いとかあるけど、基本は夕先輩がやってるし」
「じゃあ、木管セクションリーダーって、普段はどういう仕事してるんですか?」
「セクション練習のために、コンクール曲とか演奏会の曲のセクション表作ったり、木管指導の蜂谷先生とやり取りしたり、あとは学生指導者が二人ともいない場合は、基礎練の代打をしたりするみたいだけど」
「セクション表って、もしかして全曲やってるんですか?」
「そだよ。金管セクションリーダーと一緒にね。だから、ミニコンがある時期は結構大変だね」
「簡単なやつだと、セクション練習一回もしない曲とかもありますよね。なのにわざわざ作るんですか?」
「そうなんだけど、もしかしたらやるかもしれないでしょ? その時にバタバタしないために作っておくの。練習時間は限られてるから」
「はー、凄いなぁ」
「リーダーに興味あるの、華ちゃん?」
「んー、まー、そうですねー」
「華は東中で部長やってたんですよ」
かなが、自慢するような表情で言った。
「うちらが県大会まで行けたのは、華のおかげですから」
「あ、知ってる。リーダーの中でも話題になってたもん」
「いや、皆で頑張ったからですよ」
「そんなことないよ。私も、華のおかげだと思ってる」
真紀だ。
「華がいたから、皆が一つになれたんだもん」
「そうそう」
「それを言ったら、私が部長として頑張れたのは、洋子ちゃんのおかげだし」
「ふえっ?」
アイスに夢中になっていた洋子が、目を瞬かせる。
「洋子ちゃんが副部長として支えてくれたから、私は部長の仕事に集中できたんだよ」
「わ、私、何もしてないけど」
「洋子ちゃんも、リーダーやったことあるんだ」
「あ、はい、睦美先輩」
「洋子は、二年の時から打楽器のパートリーダーもしてたんですよ!」
「さっきから、なんでかなが自慢気に言うのよ」
「だって、東中の誉れだし」
「何それ」
「恥ずかしいよ、かなちゃん……」
「副部長とか、嫌じゃなかったの?」
問いかけると、洋子はかじりかけのアイスを見つめながら、首を振った。
「東中って、先輩達が引退する時に次の部長と副部長を発表されるんです。あの時は、嫌でした。でも、華ちゃんが励ましてくれたから、やろうって思えました」
「あったなー、華の大演説」
「皆の前でね」
かなと真紀が、くすくすと笑う。
「最後まで副部長の仕事は慣れなかったですけど、でも、そんな私を皆が支えてくれるんです。そんな私で良いって言ってくれるから、だから、私も皆にお返しがしたくて頑張りました」
「ん~、洋子ちゃん、えらーい!」
七海が抱きつくと、洋子は、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「七海先輩、ずるい! 洋子ちゃんは私のですよ!」
頬を膨らませながら、華まで抱きつく。
団子状態になった三人が、笑っている。
「……良いな……」
思わず、呟いていた。
心から漏れた、本音だった。
「睦美先輩?」
洋子が、首をかしげる。
「……何でもない」
七海の視線を感じた。
気づかない振りをして、アイスを口に運ぶ。
話は、もう別の話題に切り替わっていた。




