表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
436/444

十五ノ十二 「木下睦美 五」

「コウキ君っ」


 睦美の目の前を、洋子が通り過ぎた。部室から出てきたコウキのそばへ駆け寄り、顔を輝かせながら、見上げている。

 コウキの身長は、男子の中では平均的な高さだろう。洋子の方が背が低いから、ああして見上げる形になっているのだ。

 誰もが見惚れる美少女と、誰もが認める好青年。その二人が談笑する姿は、まるでドラマか映画のようだ。

 二人から目を離し、音楽室へ入る。


「お、睦美」


 絵里と莉子が、黒板の前にいた。


「休憩終わり?」

「うん。何の話してたの?」

「恋バナ」

「へぇ」

「へぇ、って興味なさそー」


 恋愛に夢中になる暇は、今の自分には無いのだ。


「私、今の彼氏と別れようと思ってさぁ」


 お構いなしに、絵里が話を続ける。


「また?」


 絵里は入学してから今日までで、確か三人、彼氏を変えている。いずれも、学年で人気の高い男子だったはずだ。


「だって、つまんないんだもん、あいつ」


 今の彼氏は、二年に上がってから絵里と同じクラスにいるという男子だったか。話したことはないから、顔もぼんやりとしか思い出せない。


「はーあ、どっかに良い男いないかなぁ」

「絵里と長続きする子なんて、そうそういないでしょ」


 莉子が言った。


「そーなんだよねぇ」

「いっそ、吹部の男子と付き合えば?」

「候補いないじゃん」

「雅也君とか」

「年下ァ?」

「良いじゃん、年下でも」

「まあ、顔は悪くないけど……もうちょっとクラが上手ければ、考えてやろうかな~」

「じゃ、だいごとかまさき?」

「合わない」

「だよね。言っただけ」


 二人の話を聞きながら、睦美は指を動かしていた。自由曲の連符の箇所をもう少し正確に吹きたくて、ここ最近は時間が空いていれば、ずっと指を動かしている。

 ほんの少しのもつれでタイミングがずれ、他の人と音が合わなくなるのだ。そうならないために、正確に指を動かせるようになる必要がある。

 

「莉子は、もうデートしたん? いい加減しなよ~」

「聞いてよ。お盆にすることになった」

「マジ?」

「マジ」


 思わず、睦美も指を止めていた。


「おめでと、莉子ちゃん。良かったね」

「ありがと、睦美。もー、ずっと緊張してる」


 莉子は、一年生の頃から野球部の人を好きだったはずだ。随分長い片想いだが、少しずつ前進しているらしい。


「じゃ、初デート記念に、これプレゼント」


 言って、絵里がポケットから何かを取り出し、莉子の手に握らせた。

 莉子が、手のひらを開く。四角い包装に、輪っかのようなものが入っている。

 見たことのない物だ。


「何、これ?」

「知らないの、二人とも?」

「うん」

「うん」

「コンドーム」


 莉子が慌てて、それを絵里に突き返した。


「要らないよ!!」

「なんで、必要でしょ」

「デートするだけ! こんなもの、使うわけないでしょ!」

「分かんないよ? 莉子はそう思ってても、向こうはそのつもりかも」

「そんなわけないでしょ」

「いやいや、男は皆そんなもんだよ」


 言いながら、絵里はコンドームを莉子の制服のポケットにねじ込んだ。


「要らないってばぁ!」

「良いから良いから。お守り程度に持っときなよ。いざするってなって無かったら、困るでしょ?」


 二人のやり取りに、睦美は耳を塞いだ。聴いていると、こちらまで恥ずかしくなってくる。

 絵里は確かに性の方面でも進んだ子ではあるが、そういうこともしているという事実は、知らなかった。そういうことは、大人になってからするものだろう。

 

「わ、私、もう行くね」


 二人の会話についていけず、睦美は自分の席へと向かった。












 

 


 個人練習を終えて総合学習室へ入ると、隅の方で、コウキと洋子が話し込んでいた。

 何かゴミでもついていたのか、コウキが洋子の髪に触れ、払う仕草をした。洋子は、顔を赤くして髪を抑えている。


 自分の荷物が置いてある席に座って、睦美は、そのまま二人の様子を眺めた。


 コウキが何か言って、洋子が口元に手を当てながら笑っている。他の子には見せず、コウキと接する時にだけ見せる笑顔だ。

 

「見てるこっちがキュンキュンしてくる」


 隣に座っていたひなたが言った。


「あの二人、お似合いだよねぇ」

 

 睦美は、頷いた。


「なんかさ、洋子ちゃん見てると、一途だなぁって思うよね。コウキ先輩のこと大好き―って感じが、外から見てても分かるしさ、全身で好きって表現してるじゃん」


 洋子がコウキの耳元に顔を寄せ、何かささやいている。コウキは吹き出すと、洋子を冗談めかして小突いた。

 いたずらを成功させた子どもみたいに、洋子は笑っている。


「私恋愛とかしたことないから、ああいうの、羨ましいなぁって思う」

「恋愛、したいの、ひなたちゃん?」

「ううん、そうじゃないけど。吹部って、結構恋愛してる人多いからさー、なんか、私達の方が異端なのかなって」

「どうなんだろう」

「コウキ先輩も、きっと洋子ちゃんのこと、好きなんだろうなぁ」

「そうかも」

「でも、幸先輩とか月音先輩は、どうなんだろう?」

「どうって?」

「コウキ先輩は幸先輩とも仲良いじゃん」

「うん」

「月音先輩もさ、別れたって言っても、嫌いになって別れたわけじゃないんだろうし」

「うーん……」

「コウキ先輩、本当は誰を好きなんだろうね」


 そう言いながらも、ひなたは、もう自由曲の楽譜に目を落としている。

 代表選考会を抜けたら、メンバーオーディションがもう一度ある。そこで選ばれなければ、今年のコンクールにはもう出られないということになるから、ひなたにとってはそちらの方が、他人の恋愛事情よりもはるかに重要だろう。 

 ひなたから視線を外し、もう一度、二人の方を見た。


 引っ込み思案で、他人と接するのが苦手で、大人しい。洋子の印象は、初めからそんな感じだった。

 どこか、睦美と似ている。似ているのに、根本的な部分では、まるで違う。洋子には、暗さがないのだ。周りに愛され、黙っていても、人が寄ってくる。 

 睦美にもああいうところがあれば、過去の恋愛も、上手くいっていたのだろうか。


 何が、睦美と洋子では違うのだろう。

 どうして、洋子はあんなにも輝いているのだろう。


 コウキが卒業まで恋愛をしないと宣言したとはいえ、女子部員の中には、今もコウキに好意を寄せている部員は多い。

 ああして二人の時間がある一方で、他の女子部員とコウキが仲良くしている姿も珍しくない。

 

 洋子からすれば、内心は穏やかではいられないはずだ。

 なのに、心の屈折、とでも言えば良いのか。

 そういうものが、洋子からは感じられない。

 

 睦美は、七海が睦美と同じ人を好きになって、積極的に近づいていくのを見る度、心が苦しくなっていた。七海と好きな人がどんどん仲良くなっていく光景に、耐えられなかった。

 でも、それが普通ではないのか。

 好きな人を誰かに取られるかもしれないとなれば、冷静ではいられないはずだ。

 

 なのに、何故、洋子はいつも笑顔でいられるのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ