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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
435/444

十五ノ十一 「長谷川奈美 二」

 学校へ戻るバスの中。コウキは、中間辺りの席に座っていた。隣は心菜だ。

 バスは、豊田市民文化会館を出て数分もしないうちに、渋滞にはまっている。帰宅する出場校のバスや客の車で、周辺の道路が混雑しているせいだろう。

 周辺を抜けてしまえばすんなり帰れるのだが、それまでが、少し長い。


「あ、あ」


 最前列に座っていた智美の声が、マイクを通してバスの中に響いた。


「皆、県大会お疲れ様でした」

「お疲れ様でしたー!」

「無事突破できて、まずは一安心だね。でも、四日後の代表選考会に向けて、気を抜かずに頑張りましょう」

「はーい!」

「それじゃあ、この帰宅の時間を使って、講評のコメントを読み上げます」

「よ、待ってました!」


 勇一が叫んで、歓声が上がる。


「じゃあ、七枚あるから、一つずつ読んでくね。一枚目」


 智美が、用紙をめくる。


「トランペットソロ、素晴らしかった。情景が目に浮かぶようです。全体のハーモニーもよく磨かれていて良かったです。フィナーレがもう少し解放感溢れた演奏になると、もっと引き込まれる演奏になるでしょう」

「さすが華ちゃん」


 心菜が言うと、通路を挟んだ反対の席に座っていた華が、ピースサインを作った。


「二枚目。調和のとれた良い演奏でした。しかし、まだまだ細部で磨ける部分が多々あり。より良い音楽を目指して頑張ってください。

 三昧目。トランペット、ブラボー。曲の世界に誘いこまれました。和声の進行にもう少し気を配れると良いですね。全体の音量バランスも練ることをオススメします」


 四枚目、五枚目と、講評が読み上げられていく。

 おおむね好意的な評価が書かれているが、やはり、細かな部分の指摘はある。

 

「七枚目。立体感のある良い演奏でした。課題曲も上品な休日を表現できていてグッド。自由曲は打楽器が素晴らしい仕事をしていましたね。最後のシンバルは、まだまだ音の研究の良いアリでしょう」


 後ろの方から、舌打ちが聞こえた。

 だいごのものだろう、とコウキは思った。

 『GRシンフォニックセレクション』の最後に、クラッシュシンバルが一発鳴らす。それは、曲中で最も重要で、最も印象的な一発だ。

 だいごは、その一発を納得の行く音に仕上げられず、ずっと苦戦している。言われなくても分かっていることだからこそ、舌打ちをしたのだろう。


「以上だね。じゃー、続いて順位の発表だけど」


 部員が、一斉にざわつく。

 花田高は今日、無事に県大会を突破した。だが、金賞の学校は七校あったから、その中の何番手なのかは、代表選考会の突破にも関わってくる。

 

 代表選考会の出場校は、十四。そのうち、大編成の東海大会へ進めるのは六校。

 県大会は二日に分かれていたから、単純に考えれば、各日の上位三位までが、東海大会へ進む可能性が高い学校、ということになる。


 もったいぶるように、智美が沈黙する。


「結果は……」


 ごくり、と心菜が唾を呑み込んだ音が聞こえた。


「なんと……」


 コウキは、目を閉じた。


「二位でした!」

「うおおおおおおお!」

「きゃああ!」

 

 車内が、歓声で包まれた。

 無意識に、コウキも、拳を握っていた。

 一位でないことは残念だ。だが、二位という結果は、これまでの花田高を考えると素晴らしい成果だと言えるだろう。

 全国大会常連校も名を連ねていた中での、二位。この結果は、部員の士気を大いに上げるだろう。


「はいはい、静かに」


 智美の一声でも、しばらくは騒ぎが収まらなかった。


「皆、喜ぶのは早いよ。確かに二位だけど、あと四日で、他の学校ももっと演奏の精度を上げてくるからね。油断してると、あっという間に追い抜かれる」


 その通りだ。


「明日からも集中して、更に曲を仕上げていこう! 東海大会に行くのは私達だよ。鳴聖女子にも、安川にも、光陽にも負けない演奏をしよう」

「はい!」


 去年も一昨年も、花田高のコンクール結果は、決して良いものとはいえなかった。常にギリギリの結果の中、上位大会へ進む度に大きな進歩を遂げて、他の学校を追い抜いていった。

 何としても上の大会へ行く、という部員の執念が成し遂げたことだった。他の学校も、必ずその執念を持って追いかけてくるだろう。

 

 だが、関係ない。花田高は、今年も全国大会へ行く。

 そして、関わる全ての人の願いである金賞を、必ず得る。

 


















「よ、奈美ちゃん」

「正孝先輩!」


 合奏が終わって、昼休憩の時間だった。

 図書室を出たところで待っていたのは、さっぱりとした髪型になった私服の正孝だった。

 予想していなかった人物の登場に、奈美は、慌てふためいた。


「今日、来る予定だったんですか!?」

「そういうわけじゃないんだけど、奈美ちゃんが苦戦してるって中村さんから聞いてさ。ちょっと練習見てあげようかなと」


 そういうことなら、智美も教えてくれれば良かったのに。

 

「今から昼飯?」

「そうです」

「じゃあ、一緒に食べながら楽譜見る?」

「良いんですか?」

「うん、そのために来たんだし」

「じゃあ、すぐ準備してきます」

「部室で待ってるわ」

「はい!」


 昼食はメイとかおるとひなたと食べる予定だったが、それどころではない。

 すぐに四階の総合学習室へ上がって、三人に、事情を説明した。


「あー、そうなんだ、いってらー」


 三人はそれだけ言って、手をひらひら振って、奈美を見送った。

 弁当箱を持って部室へ向かおうとして、鞄から手鏡を出す。髪型や服装に乱れがないか確認してから、息を整える。

 そんなことをしても別に意味はないのだが、何となく、正孝と二人になるのを意識すると、せずにはいられない。


「よし」


 深呼吸をして、隣の部室へ入った。


「お、来た」


 パソコンの置いてある机の前に、正孝が座っている。


「楽譜持ってきた?」

「はい」


 正孝が、椅子を差し出してくる。それに座って、正孝と向かい合う。


「いや、向かい合ってたら見にくいって」


 言いながら、正孝が隣に移動してくる。


「悩んでるのは、フィナーレだろ?」

「そうです」

「ここはもっとソプラノが出て良い場所だよ。最早、ソロだと思ったほうが良い。オーボエに合わせずにソプラノが主張したほうが、らしくなる」


 正孝の教えを、楽譜に書き込んでいく。


「後で実際に吹いてみようか」

「お願いします」


 手早く昼食を済ませて図書室へ移動すると、中にはまだ誰もいなかった。


「じゃあ、やろうか」


 正孝は、わざわざ自前のソプラノサックスを持ってきてくれていた。

 ケースから取り出して組み立て、軽く音を出す。

 

「うわぁ……」


 その音に、奈美は聞き惚れてしまった。

 正孝は卒業してから、まだほんの四か月程度だ。なのに、その音は以前よりも磨きがかかっている。

 単なる音出しなのに、まるでコンサートに来たかのような贅沢さすらある。


「じゃ、聴いてて」


 言って、正孝がフィナーレのフレーズを吹き始めた。

 うっとりとするような音色に、一息の長さ。心まで震えてくるかのような華麗なヴィヴラート。

 奈美のそれとは、まるで違う。


「ま、こんな感じでさ。どんどん主張してくのよ。私が世界の全てだ、皆私を聞け、くらいの主張でも構わない」

「はい」

「とにかく息は長く。それでいて、しっかりと圧をかけた音に。せっかく一番の見せ場なわけだから、紺野さんに合わせに行くんじゃなくて、紺野さんに合わせさせなきゃ」

「う……はい」


 ばたばたと慌ただしい足音が、扉の外から聞こえてくる。扉を開けて入ってきたのは、星子だった。


「正孝先輩!」

「おう、紺野さん」

「今吹いてましたよね?」

「うん」

「一回、私と合わせてもらえませんか?」


 遅れて、一年のオーボエの来美が入ってくる。


「いいよ」

「すぐ準備します!」


 自然と、来美と並んで、二人の演奏を聴くことになった。

 正孝と星子が、向かい合っている。視線を交わし、何の合図もなく、二人が吹き始める。

 まるで熟練のパートナーであるかのように、自然に、何の違和感もなく、二人の音が混ざり合った。

 いつも奈美が合わせる時は、星子はおおげさにオーボエを振ってくれる。それは、奈美と来美が、正孝のように自然に合わせることが出来ないからだろう。


 二人とのレベルの差に、拳を握りしめる。


「凄い……」


 来美が、呟いた。

 二人の合わせは、今まで聴いたことがないほど美しく、まさに、オーケストラサウンドの核となるような豊かな響きだった。

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