表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
431/444

十五ノ七 「丘の指導」

 三階から、吹奏楽部員達の練習の音が聞こえていた。

 今は、基礎合奏でコウキが指導している時間だ。

 夏休みの間はクーラーのある図書室の使用が許可されているから、扉も窓も閉め切っているはずで、それでも芯のある音を感じるということは、全員の音をきちんと一体化させ響かせられている証拠である。


 丘は、コーヒーをすすりながら、自由曲の総譜を眺めていた。

 県大会は、明後日に迫っている。今年、最初の大会だ。


 今日と明日は、課題曲と自由曲の通し合奏を中心として、時間計測も行い、県大会でタイムオーバーにならないよう、入念な確認をするつもりである。

 『ブライアンの休日』と『GRシンフォニックセレクション』を通して、十二分以内。

 それが絶対だが、時間配分はかなりギリギリの構成だった。


 ほんの少しのミスが、時間オーバーに繋がる。

 それだけは何としても阻止しなければならず、例年以上に、通し合奏が重要になる。


 もう一度コーヒーをすすり、立ち上がった。

 総譜を持って四階へ上がると、メンバー外となった部員達が、総合学習室や音楽室で練習していた。

 何人かは、卒部生が来て付きっきりで見てくれているようだ。


「あ、丘先生。おはようございます」


 部室へ入ると、二年生のオーボエのひなたとフルートのかおるがいた。


「おはようございます」

 

 近づいて、譜面台を覗き込む。


「どうですか、調子は」

「うーん……ひまり先輩に教わったことを、自分でも出来るようにしようとしてるんですけど、難しい、です」

 

 ひなたが言った。


「何を教わったのですか?」

「フレーズの音を、一音ずつで捉えず、流れを意識したほうがフレージングが上手くなるって言われました」

「合奏でも、いつも言っていることですね」

「はい」

「曲は、音の集合体です。特にフレーズは、音と音が並びくっついて出来上がっている。それを楽譜通りに吹こうとすると、一つひとつの音に意識が向きすぎてしまう」

「私はそこの癖が強いみたいで、ひまり先輩にも、直したほうが良いと言われました」

「どう直すのかは、教わりましたか?」

「息を、ずっと流し続けるように、って」

「ふむ、詳しく」

「えっと……フレーズを吹き終わるまで息の流れを変えずに、一本の息で吹くように、音が高いとか低いとか、音量が大きいとか小さいとかに関係なく、息の調子を変えないことを意識してみて、って言われました」

 

 どの吹奏楽器であっても、大切なことだ。

 やはり、ひまりにひなたの指導を任せたことは、間違いない。丘があれこれ言わずとも、ひなたに適切な指導をしてくれるはずだ。


「是非、それをしっかり続けなさい」

「はい!」

「谷地はどうですか」


 かおるは、合宿の時は牧絵に教わっていたはずだ。ただ、牧絵は大学が県外にあって、普段は練習を見に来ることが出来ない。

 だから、別の卒部生が普段は担当している。


「私は、牧絵先輩にもっと力を抜いたほうが良いって言われましたぁ」


 のんびりとした話し方の子だ。動作もいつもゆっくりで、二年生の中でもあまり目立つ方ではない。

 その割に、楽器を吹く時は、常にぐっと力が入ったような身体の使い方をする。


「でも……力を抜くって、良く分からなくて」

「ふむ」

「楽器を構えるのも、息を吸ったり吐くのも、唇を固定するのも、力って要るのになぁって」

「それはそうですね。では、溝口はどういう練習をしろと言っていましたか?」

「無理に吹こうとしない方が良い、とは言われたんですけど……」


 口ぶりからして、かおるにはあまりピンと来ていないようだ。

 

「せっかくですから、今から言う事を、一ツ橋も一緒に考えなさい」

「あ、はい」

「二人とも、音を出すために必要なものはなんだと思いますか?」


 二人が、顔を見合わせる。


「リード、です」

 

 ひなたが言った。


「私は、息だと思いまぁす」

「あ、そっか」


 丘は、頷いた。


「どちらも正しいですよ。オーボエはリードが無ければ音が出ないし、どちらも息がなければ音は出ない。

 では音を出す時のことを考えてみましょう。フルートなら楽器を構え、唄口に唇を当て、息を吐ききってから息を吸い、唄口へ吹き出して音にしますね」

「はい」

「その時、例えばドの音を出すためには必ず、ドを出すのに必要な息の量や唇の力加減、フルートの持ち方がある。それは、どれくらいの加減なら出るのか、というのは分かっていますか?」


 かおるが、首をかしげる。


「つまり……ドを出すための必要最低限の力、というものがあるのです」


 丘は、顔の前に指を一本立て、ふ、と軽く息を吹き出した。


「ピアノでもメゾピアノでも、自然に出てくる小さな音量で構いません。必要最低限の息の使い方で、ドの音を出してみるのです。無理に出そうとするのではなく、あくまで自然に出るように。出そうと思わずに。やってみなさい」


 かおるが、楽器を構えた。


「楽器を構える時も、肩や腕や肘、足や腰……身体のどこかに無理な力がかかっていないこ事を意識しなさい。谷地は普段、実にリラックスした動き方をしていますから、その普段通りの身体の使い方で構いません。無理に背筋を伸ばそうとか、腕をしっかり上げようとか考えず、楽に構えなさい」


 かおるが、少しだけ楽器の位置を下げた。


「その状態で、ゆっくりと鼻から息を吐き、吐ききってから、息を吸う」


 言った通りに、かおるがする。


「そして、ふ……と、自然に、ドが出るだけの息を出す」


 プ、とフルートから、はっきりとしたドの音が出た。


「今は、かなりはっきりと音が出ました。ドを、きちんと出そうと意識しすぎましたね?」

「そう、かもしれません」

「それは、どこかに無理な力を加えてしまっているということです。そうではなく、自然に息を出し、自然にドが出るのを待つのです。待つ、というのが大切です」


 かおるが、目を閉じ、静かに、呼吸した。

 それから、静かに、息を吹き出した。最初は、息の音がするだけで、音にならない。


「それで良いので、何度か繰り返してみなさい。自然にドが出るまで。身体や唇や舌に、余計な力を加えずに」


 何度か繰り返すうちに、息の音に混じって、少しだけドの音が聞こえてくる。


「そうです、続けて」


 さらに繰り返すと、息を出した瞬間に、静かにドの音が鳴った。

 それは、力みのない、実に済んだ良い音だった。


「それです。それが、フルートでドの音を出すための必要最低限の力です。どうですか、力は必要でしたか?」


 かおるが、首を振った。


「唇や身体にも強い力は不要でしょう?」

「はい」

「それが、音を出すという事です。どの音を出す時も同じですよ。高かろうと低かろうと、その音に必要最低限の力で出せることが大切です。

 力を使えば、無理やり音は出る。だが、それでは楽器本来の美しい音にならない。楽器ごとに必要な力というのは決まっているのです。後はそれがメゾピアノなのかフォルティッシモなのか、速い曲か遅い曲かといったところで変わるだけで」


 表情の明るさから、何となくでも、かおるにも伝わったようだ。ひなたも、感心したように頷いている。


「ドだろうとレだろうと、オクターブ上だろうと……全て、必要最低限の力で、無理なく自然に出せるように意識してみなさい。美しい音で、というのを忘れずに」

「はーい!」


 声に、明るさが出た。大丈夫だろう。

 頷いて、丘は二人から離れた。


「丘先生、ありがとうございました!」

「頑張ってください」


 部室を出て、他のメンバー外の生徒の元へ向かう。

 合奏の前には、ひとり一人を回って、必要であればアドバイスをするようにしていた。

 代表選考会を抜ける事が出来れば、東海大会の前には再度オーディションを実施する予定になっているから、今メンバー外でも、そこでメンバーになる可能性はある。

 去年の万里が、そうだった。


 メンバー外になったからといって腐ってしまわないよう、心のケアをするのも、顧問としての仕事の一つだ。

 その積み重ねが、部員一人ひとりの成長に繋がる、と確信している。


「おっと……」


 最後の一人を見終えたところで、合奏の時間が迫っていた。もうすぐ、コウキが呼びに来るだろう。

 一足早く、図書室へ向かおう、と丘は思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ