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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
430/444

十五ノ六 「大花火 四」

三話同時更新です。

「花火見に来たのにさぁ、結局食べてばっかじゃん」


 ぼやくと、逸乃が唐揚げの刺さった串を口に押し込んできた。


「んぐ」

「良いじゃん、歩きながらでも見られるんだし。それに、場所取り逃したから、もう川原に座るとこほとんど無いんだもん」

「ほうあけお……」


 唐揚げをほおばり、飲み込む。


「大花火が目当てなんだから、それまでは良いでしょ? それに、屋台の食べ物なんて、中々食べられないじゃん?」


 はい、あーん。

 逸乃が、もう一個唐揚げの串を口元に寄せてくる。

 息を吐き、唐揚げを口に入れる。

 

 焼きそばにたこせんに、クレープに唐揚げ。お土産でりんご飴とぶどう飴も買って、逸乃は上機嫌だ。

 月音の為とか言って、本当は自分が祭りを楽しみたかっただけではないかと疑いたくなる。


「はい、おわり」


 空になった唐揚げの容器を、逸乃が握りつぶす。


「さっき、トイレのとこにゴミ箱あったよね?」

「あー、あったかも」

「一回、全部捨てても良い?」

「良いよ」

「じゃ、あっち行こ」


 方向を変え、人の波についていく。 

 花火が始まってから、波の進みはぐんと遅くなっていた。花火を見上げるために、立ち止まる客も多いからだろう。

 別に焦る必要はないし、早く歩いたら歩いたで、下駄の鼻緒が痛くなったりするから、これくらいでもちょうど良いのかもしれない。


「おー、君ら、可愛いねぇ」


 いきなり、横から三人組の男が声をかけてきた。


「二人だけ~?」


 また、ナンパか。

 もう何度目だ、と月音は思った。

 屋台通りを歩いていた時も、三、四組の男達が声をかけてきた。

 

「興味ないんで、邪魔しないで」


 逸乃が、ぞっとするほど冷たい声であしらう。

 それだけで、男達はすごすごと離れていく。意気地のない奴らだ。


「……逸乃といると、楽だわぁ」

「ああいうの相手してると、キリがないからね」

「だねぇ」

「月音も一人の時でも、ちゃんとしなよ? あんた小さいから、すぐ連れていかれちゃいそう」

「子どもか、私は」

「まあ、ギリ中学生に見えなくもないよね」

「……叩くよ?」

「へへ、嘘、嘘。でもほんとに気をつけなきゃ、力づくで連れてこうとする奴だっているんだからね」

「はいはい、気をつけます」

「あーあ、コウキ君が月音の隣にいてくれればなぁ」

「しょうもないこと、言ってないで」

「へーい……りんご飴、食べる?」

「要らない。ってか、それお土産でしょ?」

「そうだけど、甘いもの、食べたくなって」

「さっきクレープ食べたじゃん」

「三十分前にね。今は今」

「あっそ」


 十分程歩くと、トイレの建物が見えてきた。


「ごみ捨てついでに、トイレ行っておこうかなぁ」

「あ、私も」


 人の波から外れ、トイレへ近づく。建物の前も、人の群れが出来ている。


「うわぁ、混んでるねぇ」

「仕方ないよ、この会場、あんまトイレ無いし」


 話しながら、女子トイレの入り口へ近づく。浴衣姿の人が多いから、かなり待ちそうだ。

 不意に、視界の中に、立ち止まる男女が見えた。

 何気なくその二人に目をやって、思わず、固まっていた。


 見間違えるはずもない人が、そこにいた。

 何故ここに。いや、おかしなことではない、のか。部の練習時間は、とっくに過ぎている。終わってから、来たのか。


 肩には、連れの女の子が頭を預けている。顔は見えないが、雰囲気から幸だということに、月音は瞬時に気がついた。

 向こうも月音に気づき、驚愕の表情を浮かべた。慌てて、女の子の頭を肩から離す。


「……どうしたの、コウキ君?」


 幸が、怪訝な顔でコウキを見上げた。


「え?」


 逸乃も気がつき、横を見る。


「……うわっ」


 逸乃が息を呑んだ様子が、伝わってきた。

 幸も、やっとこちらに気がついたようで、目を大きく見開いている。


「あ……こん、ばんは」


 幸が、頭を下げてくる。

 四人の間に、微妙な空気が流れる。


「あー……何、二人、もしかしてデート中?」

 

 逸乃が言った。


「いや、違いますっ」


 即座に、コウキが首を振った。


「皆で来てて」


 なら、今は何故二人で。身体まで密着させて。

 そんな想いが、頭に浮かぶ。


「違いませんっ」


 唐突に、幸が、コウキの腕にしがみついた。ぎょっとして、見入ってしまう。コウキと逸乃も、目を見開いていた。


「今はコウキ君と私の二人です。さっき、ナンパからも、助けてもらったんです」


 幸の目が、月音を向いている。それは、どことなく、嫌な感じのする目だった。

 言ってみれば、二人は恋敵のような関係である。だから幸の態度も、当然か。

 そっちより、関係が深いんだぞ。

 幸に、そんな風に、言われている気がした。


 だが。


「ちょ、やめてよ幸さん」

 

 コウキが、勢いよく幸の腕を振り払った。


「そういうことしないで」

「え、あっ」

「他人に勘違いさせるようなことされるの、俺、嫌いだから」


 その言葉に、幸が狼狽えた。


「智美と陸君と夕さんと元子さんも来てるんですよ。三年の六人で見に来てて。

 今は、トイレに幸さんが一人で行くのはまずいからってついて来ただけです。ナンパから助けたのは、誰がされてても俺は助けます。別に、幸さんが特別だからじゃない。

 肩を貸したのも、怖がってたからだし……二人に変な説明をするのは、やめてよ」


 コウキにしては珍しい、はっきりとした拒絶だ、と月音は思った。

 たとえ嫌なことをされても、コウキはここまではっきりと否定するようなことはしない。


「ご、ごめん……」


 気まずい、沈黙。

 それを破ったのは、逸乃だった。


「あー、まあ、うん、了解了解。えっと、とりあえず今は私ら二人で過ごすからさ、うん。また部活でね、コウキ君、市川さん」

「あ、はい……すみません」

「じゃっ! 行こ、月音」


 逸乃に背を押され、女子トイレの列から抜ける。人の波に紛れ込んでから、逸乃が、大きく息を吐きだした。


「はあ、びっくりした。尿意も引っ込んじゃったよ」


 逸乃がいて本当に良かった、と月音は思った。

 一人だったら、冷静に対応できていなかったかもしれない。

 現に、一言も発することができず、固まっていただけだった。


「とんでもないタイミングだったね。なんでここで鉢合わせるかな」

「……うん」

「でもまあ、良かったじゃん? デートではなかったみたいだし」

「そう、だね」


 人の波に合流し、逸乃が、ぐ、と背を伸ばした。


「コウキ君、市川さんのことは何とも思ってなさそうで、良かったね。ライバルが一人減ったっていうか。あんだけはっきり否定してたら、さすがにね」


 逸乃の言葉が、耳を抜けていく。


 本当に、どうして微妙なタイミングでばかり、コウキと会うのだろう。

 会社の先輩である高木と食事に行った時も、帰りにコウキに見られた。

 どうせ会うのなら、もっと違う時に会いたいのに。


 特大のため息を吐くと、逸乃は慰めるように、無言で肩を抱いてきた。















  



 戻ってからのコウキと幸の様子が、少し変なことに、智美はすぐに気づいていた。

 ぎこちないというか、気まずそうというか、微妙な距離感を感じる。


 これは、何かあったな、と直感した。

 幸がトイレに行くと言った時には、コウキと二人にさせるチャンスと思って送りだしたのだが、その狙いが裏目に出たらしい。


 ちらりと、コウキの様子を見る。

 花火を見てはいるが、先ほどまでのような微笑みは消え去っている。その目は、花火の彩りも全く映ってないのではないか、と言いたくなるような、ぼんやりとした様子だ。


 幸も幸で、しゅんとした顔で小さくなっている。

 何か、幸がコウキを怒らせるようなことでも、したのだろうか。


 つん、と腕を突かれて、横を見る。元子が目くばせしていた。

 他の四人に気づかれないよう、顔を寄せる。


「何かあったよね、二人」

「元子ちゃんも、やっぱそう思う?」

「失敗、か」

「……うん」


 どん、という音が鳴って、一際大きい花火が打ちあがった。キラキラとした無数の光の粒が、流れ星のように落ちて消えていく。

 それから、最後の連発が始まった。スターマイン、というらしい。花火が、次々と打ちあがっていく。

 その締めに、大花火は上がるらしい。

 連発の最初に上がった花火も今日一番だったが、これより、さらに大きいのか。


「おおー!」

「すごーい!」


 何も気づいていない夕と陸が、はしゃぎ声を上げている。

 コウキと幸は、ぼんやりとした様子のままだ。

 この様子で、コウキと幸が同じ想いを浮かべることなんて、出来るのか。


 だが、もう最後の連発は始まってしまった。ここまで来たら、なるようにしかならない。

 元子と顔を見合わせ、智美は、肩をすくめた。 

















 両親が仕事の関係で就寝が早いため、今まで、花火大会を会場で見たことはなかった。

 夜に出歩くことすら、禁止されていたくらいなのだ。

 近くで見ると、こんなにも迫力満点なのか、と洋子は感動していた。

 綺麗な花火が、止むことなく打ちあがり続けている。


 高校生になってから、周りの人達のおかげで、知らなかった世界を沢山経験するようになった。

 他の人からしたら、なんてこと無い日常だろう。だが、洋子にとっては、一つひとつが感動の連続だった。


 大勢の友人と花火を見るなんてイベントも、アニメやドラマの中の話だと思っていた。

 高校一年生で、もうこんな素敵な思い出が出来るなんて。


「えへへ」


 思わず、笑っていた。


「何笑ってんの、洋子」


 かなが、怪訝な顔をした。


「ううん、何でもないの」

「変な洋子」

「なんか変な食べ物でも食べた、洋子ちゃん?」

「た、食べてないよ!」


 皆が、笑い声をあげる。

 こうして、皆と一緒に特別な時間を過ごせていることが、幸せなのだ。

 ただ、それを直接皆に伝えるのは、気恥ずかしかった。


「そろそろ、大花火の時間だよ」


 れんげが言った。


「お、ついにかぁ!」

「何想い浮かべようかなぁ」

「大花火の伝説って、恋愛の願いしか叶わないのかな?」

「他に何を願うっての、華?」

「全国大会に行けますように、とか」

「そういうのは、流れ星に願うものじゃない?」

「やっぱそうかぁ」

「私は、コウキ先輩と付き合えますように、だな!」


 かなが、瞳を燃やしだした。その様子に呆れたように、真紀が肩をすくめる。


「無理に決まってるじゃん」

「分かんないでしょ!! コウキ先輩も、かなちゃんと付き合えますように、って願うかもよ!?」

「夢見すぎ」

「洋子! 今日だけは、私も遠慮しないからね!」

「うん、勿論だよ」


 コウキにはファンクラブが存在していて、かなは、その会員だ。

 かなや真紀によると、ファンクラブにはコウキと洋子の関係を邪魔しないこと、という掟があるのだという。それで普段は、かなも洋子を応援してくれている。

 だが、かなもコウキをかなり好いていることは、今まで一緒にいて良く分かっている。


「私は、誰がコウキ君を好きとか、コウキ君が誰を好きとか、そういうのは気にしないよ。私は私で頑張るだけだもん。だから、かなちゃんはかなちゃんのしたいようにしてね」


 それは、コウキにも宣言していることだった。

 自分がコウキを好きでいられたら、それで良い。絶対に、他の女の子に負けないくらい魅力的になって、コウキに振り向いてもらえるような存在になる。

 それが、洋子の目標である。


 皆が黙っている事に気が付いて、焦った。


「私、変なこと言った、かな?」


 れんげが、ゆっくりと首を振った。


「洋子ちゃん、凄いなぁって感心してただけ」

「さすが、洋子」

「うん、勝てんわ」

「皆、気づくの遅すぎー」


 言って、華が笑った。その時だった。

 どん、という音で、数十秒間、花火が上がっていなかったことに気がついた。

 一筋の光が、夜空を駆けあがっていく。


「始まった!」


 観客のどよめき。


 光の筋が上空で消え、一瞬の後、大きな花火が咲き乱れた。

 身体の芯まで震わすような轟音。


「あれが、大花火?」

「違う、ここから!」


 かなの言った通り、それは、始まりの合図だった。

 大小様々な花火が、次々と打ちあがり始める。

 赤、青、緑、紫。

 形にも様々なものがあって、菊の花のように見えるものや、ハート型や星型などの型物、細かな光の筋が四方八方に飛び散るもの、シャワーのように地上から火花が吹きあがるものなど、多種多様だ。


「凄い……」


 思わず、呟いていた。


「最後に、大花火が上がるんだって」

 

 華が言った。

 一分近くは、連発が続いただろうか。花火が全て消え、空に静寂が訪れた。

 次の瞬間、甲高い音を立てながら、光の筋が飛び出した。そして、歓声。筋は遥か上空まで打ちあがり、破裂した。


「うわあ」


 黄金色に輝く特大の花が、夜空を明るく染め上げた。 

 それは、確かに大花火と言われるに相応しい、今日一番の大きさだった。

 

 コウキ君と、一緒に見たかったなぁ。来年は、見られるかな。 

 

 自然と、そんな想いが浮かんでいた。

 きっと、コウキは満面の笑顔ではしゃいでいるだろう。その姿が目に浮かぶようで、思わず、洋子は笑っていた。

  

  

 














「始まった始まった」


 最後の連発だった。色とりどりの花火が、次々と打ちあがり始める。

 ちょうど花火の見えやすい場所に立っていたおかげで、堤防の上でも花火が良く見える。


「おー、凄い凄い」


 逸乃が、笑っている。


「月音、もうすぐだよ!」

「ん、うん」


 大花火は、締めに上がるのだという。

 周囲の人達も皆立ち止まって、花火に見入っている。

 月音は、視線を花火の方に向けた。


 幼い頃は、両親との関係も良くて、花火大会に連れて行ってもらうこともあった。あの頃は、父のことも母のことも、好きだった。

 高校での喫煙疑惑があってから、両親との関係は壊れた。今はもう、実家に居ても両親と会話することはない。

 別に、それでも構わなかった。最後まで月音を信じてくれなかった人達だ。あの人達には、もうなんの想いも残っていない。


 来月には、引っ越しの費用が貯まる。そうしたら、一人暮らしを始めるつもりだった。

 そうすれば、何もかも、自由になる。

 嫌なものは全て手放して、自分の人生を生きられる。


「逸乃」

「んー?」

「今日、連れてきてくれてありがとう」


 花火に目をやりながら、言った。

 逸乃や理絵達が構ってくれるおかげで、今は一人でも、独りじゃない、と思える。

 友達の有難さを、感じずにはいられなかった。


 逸乃は何も言わず、ただ、親指を立てて、笑いかけてきた。


「来た!」


 周囲の誰かが言った。

 光の筋が、夜空へ上がる。一際高く、高く。

 そして、特大の花びらが咲いた。

 

「……綺麗」

「コウキ君も、見てるかな」

「多分ね」

「一緒に、見たかったなぁ」


 口から、衝いて出ていた。


「……来年は見られるように、頑張ろ、月音。私も協力するからさ」

「……うん、ありがと、逸乃」


 不意に、誰からともなく、拍手を打ち鳴らし始めた。それは次第に周りへ伝播していき、会場中で、拍手が鳴り響いた。

 それは、花火を作り上げた職人達への感謝の拍手か。


 逸乃と顔を見合わせ、笑い合う。

 

「楽しかった」

「ん」


 そして、月音達も、手を打ち合わせた。

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