十五ノ四 「大花火 二」
花火が打ちあがる度、頭上で轟音が鳴り響く。一瞬の後に、身体全体へ芯を震わすような衝撃がやってくる。始まってから三十分ほど経っているが、まだ序の口だからか、盛大な連発こそないものの、一発一発が色彩豊かで見飽きない。
どん、という音がまた鳴って、夜空に緑色の花が咲いた。川原で見物する客達の歓声が沸き、緑の花が、オレンジの花に変化した。
途中で色が変わる花火というのは、どうやって作るのだろう、と幸は思った。
時間差で爆発するような仕掛けでもあるのか。
「うう~、近いからか、すっごい迫力」
身体を揺らしながら、智美が笑った。
「綺麗だよなぁ」
コウキが言った。
また、花火が咲く。
「俺、この花火大会見に来るの何年振りだろ」
「私も」
夕が答えて、元子や陸も頷いた。
「吹奏楽を始めてから、コンクールと日にち被ってたりで、行く暇なかったもんね」
「そうなんだよな。俺は家族で来て、母さんの作った料理を食べながら眺めるのが、好きだった。中学入ってから来なくなっちゃったけど」
「私なんて、家族でもあまり来なかったから、下手したら七、八年振りくらいかも」
「私も、最後に見たのそれくらい前」
「幸もかぁ」
花火が打ちあがり、ぱらぱらと、火花を散りばめるように拡がって消えていった。次に咲いた花火は、二つの色違いの輪が交差したものだった。
「こうして皆で見るのって、良いね」
「ほんとにねー」
コウキとの時間を作りたい。そういう想いで企画したものだったが、皆を誘って良かった。最後の夏の思い出として、これ以上ないほどの時間だ。
幸は、隣に座るコウキの顔をそっと盗み見た。
夜空を見上げる横顔は、やわらかな微笑みをたたえている。
自分に異性の容姿の好みがあるということに気がついたのは、コウキと出会ってからだった。
すっと伸びた顎のラインに、男の子にしては長いまつ毛。さらさらと風で揺れる髪。どこか中性的な雰囲気もあるコウキの容姿は、たまらなく幸の心をくすぐる。
今まで交際した男の子達は、皆、告白されたから付き合ってみただけの関係だった。心から好きになることができなくて、大した時間も経たないうちに別れるのを繰り返していた。
なのに、コウキのことは、まだ付き合ってもいないのに好きだとはっきり感じている。
初めて、自分の中の好きという気持ちを自覚させてくれた相手が、コウキだ。
容姿だけではない。その優しさも、懐の深さも、男らしく皆を引っ張ってくれるところも、何もかもが、魅力的である。
「ん?」
幸の視線に気づいたのか、コウキがこちらを見てきた。慌てて、視線を逸らす。
「何、幸さん」
「う、ううん。ちょっと見てただけ」
「何それ。恥ずかしいじゃん。花火見なよ」
「ご、ごめんごめん」
また轟音が鳴って、夜空が明るくなった。
コウキの視線は、頭上に戻っている。
「った」
わき腹を小突かれて、そちらを見る。元子が、目を細めていた。顔を寄せて、そっと耳打ちされる。
「そこは、コウキ君に見惚れてた、とか言うところじゃないの?」
瞬時に、自分の顔が朱くなったのを感じた。
「そんなこと、言えるわけないじゃん」
「意気地なし。せっかくこの時間を作ったのに、勿体ないよ」
「そう言われても」
「……しょうがないなぁ。じゃあ、ひと肌脱いであげましょう」
「どういう意味?」
「いいから、任せといて」
そう言って、元子は黒縁の丸眼鏡をくい、と持ち上げた。それから、深呼吸して、他の四人に聞こえるように、声を上げた。
「ええ、幸ちゃん、それくらい一人で行ってきてよ」
急に意味不明なことを言われて、目を丸くする。皆の視線が、元子に集まった。
「どしたの」
「幸ちゃんがお手洗い行きたくなったんだって」
「行ってきなよ?」
いや、そんなこと言ってない、と否定しようとしたが、元子に遮られる。
「一人じゃ戻ってこれないかも、だって」
「あ~、方向音痴だもんね、幸って」
夕が言って、智美が笑った。
「でも、私は、花火見てたいから行きたくない」
白々しく、元子が言う。
「んじゃ、コウキ、ついてってあげてよ」
智美が言った。
「え、なんで俺?」
「だって、女子だけだと、ナンパされるかもしれないし」
幸は、元子の方を見た。
これ、智も仕込みなの。
目で問いかけると、元子がわずかに首を横に振った。まさか、智美は自然にアシストしてくれているのか。
「される、か?」
「されるでしょ、ねえ、陸君」
「うん、されそ~。四人とも、超可愛いもん。こういう日って、ヤ~な男子増えるし。コウキ君、行ってあげたら~?」
「いや、でも俺についてこられたら恥ずかしいでしょ、幸さんも。てか、男なら陸君でも良いじゃん」
「うちも元子ちゃんと一緒で、花火見てたいから、パース」
「んだそれ、卑怯くさ」
「じゃ、よろしくね、コウキ君」
「決定事項かよ!」
元子の言葉に、コウキが息を吐く。それから、目が合った。
「……幸さん、行くか」
「あ、う、うん。ごめんね、付き合わせて」
「いや、まあ良いよ。ついでに何か買うかな」
二人で立ち上がって、シートの脇に脱いでおいた靴を履いた。
「ちゃんと守ってあげてよ、コウキ」
「痴漢とかもいるかもだから、気をつけてね」
「分かってるよ」
「幸ちゃん」
元子に呼びかけられて、振り向く。
頑張れ。
口の動きでそう伝えられ、曖昧に頷いた。
「行こう」
促されて、コウキの後をついていく。
堤防を下りたこの川原一帯が、花火の見物スポットだ。多くの客は、ここに思い思いにシートを敷いて見物する。
幸達は、ちょうど川原の真ん中あたりに陣取っていたから、堤防に向かうまで、他の客のシートを踏まないように慎重に歩かねばならなかった。
「階段遠いから、この坂から上がろう。滑るから気をつけて」
「うん」
他にもそう考える人達はいるようで、堤防の坂を上がろうとしている人が、ちらほらいた。
雑草の生えた坂を、一歩ずつ上がっていく。スニーカーは履いてきたが、油断すると転びそうである。
幸が苦戦している一方で、コウキは、難なく上がっている。幸の方を気にかける余裕もあるようで、さすがだ。
などと、よそ事を考えたせいか。
「あっ!」
右足を、滑らせていた。
「あぶね!」
咄嗟に、コウキに手を掴まれていた。慌てて両手で掴まり、滑り落ちかけたのを耐える。
「セーフ!」
「あ、ありがと、コウキ君!」
「転ばんくて良かった」
に、と笑いかけられて、頬が熱くなる。
「危ないから、このまま引っ張りあげるよ」
言って、コウキが手を握ったまま、歩きだした。おかげで、あっというまに坂を上りきっていた。
「ふう、到着」
「た……助かったぁ、ありがとね、コウキ君」
「ん」
笑って、コウキが手を離す。
「あ」
「ん?」
「あ、う、ううん」
手を繋いだままがいい、とは言えなかった。
隣に元子がいたら、また脇腹を小突かれていただろう。
「トイレ、あっちだったよな」
「確か、そう」
堤防の上は、人の波でごった返している。しかも、花火が打ちあがる度に立ち止まる人がいるからか、あまり動いていない。
トイレまで、かなり時間がかかりそうだ。
コウキが背をそっと押してきて、そのまま、人の波に割り込んだ。
「すいません」
小声で、コウキが後ろの女性グループに謝る。
また、どん、と花火が鳴った。コウキが、おお、と声を上げる。
「ここからでも、花火よく見えるなぁ」
「ほんとだね」
祭りの提灯頼りの暗い道でも、花火の光で照らされた時だけは、コウキの顔が良く見える。だが、その表情からは、何を思っているのかは読み取れない。
「……ねえ、コウキ君は、今日、来て良かった?」
「ん、どしたの、急に」
「私が誘ったからさ、どうかなぁって」
「めちゃくちゃ楽しんでるよ。皆と見れてるし」
「ほんと? なら良かった」
「良い気分転換になってる。幸さんが誘ってくれなかったら、コンクールのことで頭の中いっぱいだったと思うし」
「三日後、だもんね」
県大会は二日に分けて行われ、愛知県の各地区大会を抜けてきた強豪校が競うことになる。
安川高校と光陽高校は一日目で、花田高が出るのは二日目。出演順はニ十校中、十七番目である。
悪くない順番だろう。本番は午後の遅めの時間だから、午前中に練習もできる。部員の集中力も、高めやすい。
「私達、代表選考会に行けるかな?」
「行くんだよ」
力強く、コウキが言った。
「今年は色々問題もあるけど、曲作り自体はちゃんと進んでる。去年の今頃と比べても、遜色ないはずだ」
「それは、私も思う」
「自信を持って演奏すれば、俺達なら行ける」
「そうだよね」
代表枠は二十校中の七校。鳴聖女子のような全国大会常連校も二、三校は二日目にいるが、今の花田高のレベルで考えれば、代表枠を勝ち取るのは、それほど苦労はないはずだ。
県大会を抜けたら、四日後には代表選考会があり、月末には東海大会がある。
時間は、それほど多くはない。
今年も全国大会へ行く。
それが花田高の総意である以上、県大会程度は難なく突破できて当たり前でなくてはならない。
「頑張ろうね、コウキ君」
「ああ」
顔を見合わせて、笑いあった。




