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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
428/444

十五ノ四 「大花火 二」

 花火が打ちあがる度、頭上で轟音が鳴り響く。一瞬の後に、身体全体へ芯を震わすような衝撃がやってくる。始まってから三十分ほど経っているが、まだ序の口だからか、盛大な連発こそないものの、一発一発が色彩豊かで見飽きない。


 どん、という音がまた鳴って、夜空に緑色の花が咲いた。川原で見物する客達の歓声が沸き、緑の花が、オレンジの花に変化した。

 途中で色が変わる花火というのは、どうやって作るのだろう、と幸は思った。

 時間差で爆発するような仕掛けでもあるのか。


「うう~、近いからか、すっごい迫力」


 身体を揺らしながら、智美が笑った。

 

「綺麗だよなぁ」


 コウキが言った。

 また、花火が咲く。


「俺、この花火大会見に来るの何年振りだろ」

「私も」


 夕が答えて、元子や陸も頷いた。

 

「吹奏楽を始めてから、コンクールと日にち被ってたりで、行く暇なかったもんね」

「そうなんだよな。俺は家族で来て、母さんの作った料理を食べながら眺めるのが、好きだった。中学入ってから来なくなっちゃったけど」

「私なんて、家族でもあまり来なかったから、下手したら七、八年振りくらいかも」

「私も、最後に見たのそれくらい前」

「幸もかぁ」


 花火が打ちあがり、ぱらぱらと、火花を散りばめるように拡がって消えていった。次に咲いた花火は、二つの色違いの輪が交差したものだった。


「こうして皆で見るのって、良いね」

「ほんとにねー」


 コウキとの時間を作りたい。そういう想いで企画したものだったが、皆を誘って良かった。最後の夏の思い出として、これ以上ないほどの時間だ。

 幸は、隣に座るコウキの顔をそっと盗み見た。

 夜空を見上げる横顔は、やわらかな微笑みをたたえている。


 自分に異性の容姿の好みがあるということに気がついたのは、コウキと出会ってからだった。

 すっと伸びた顎のラインに、男の子にしては長いまつ毛。さらさらと風で揺れる髪。どこか中性的な雰囲気もあるコウキの容姿は、たまらなく幸の心をくすぐる。

 

 今まで交際した男の子達は、皆、告白されたから付き合ってみただけの関係だった。心から好きになることができなくて、大した時間も経たないうちに別れるのを繰り返していた。

 なのに、コウキのことは、まだ付き合ってもいないのに好きだとはっきり感じている。

 初めて、自分の中の好きという気持ちを自覚させてくれた相手が、コウキだ。

 容姿だけではない。その優しさも、懐の深さも、男らしく皆を引っ張ってくれるところも、何もかもが、魅力的である。

 

「ん?」


 幸の視線に気づいたのか、コウキがこちらを見てきた。慌てて、視線を逸らす。


「何、幸さん」

「う、ううん。ちょっと見てただけ」

「何それ。恥ずかしいじゃん。花火見なよ」

「ご、ごめんごめん」


 また轟音が鳴って、夜空が明るくなった。

 コウキの視線は、頭上に戻っている。


「った」


 わき腹を小突かれて、そちらを見る。元子が、目を細めていた。顔を寄せて、そっと耳打ちされる。

 

「そこは、コウキ君に見惚れてた、とか言うところじゃないの?」


 瞬時に、自分の顔が朱くなったのを感じた。


「そんなこと、言えるわけないじゃん」

「意気地なし。せっかくこの時間を作ったのに、勿体ないよ」

「そう言われても」

「……しょうがないなぁ。じゃあ、ひと肌脱いであげましょう」

「どういう意味?」

「いいから、任せといて」


 そう言って、元子は黒縁の丸眼鏡をくい、と持ち上げた。それから、深呼吸して、他の四人に聞こえるように、声を上げた。


「ええ、幸ちゃん、それくらい一人で行ってきてよ」

 

 急に意味不明なことを言われて、目を丸くする。皆の視線が、元子に集まった。


「どしたの」

「幸ちゃんがお手洗い行きたくなったんだって」

「行ってきなよ?」


 いや、そんなこと言ってない、と否定しようとしたが、元子に遮られる。


「一人じゃ戻ってこれないかも、だって」

「あ~、方向音痴だもんね、幸って」


 夕が言って、智美が笑った。


「でも、私は、花火見てたいから行きたくない」

 

 白々しく、元子が言う。

 

「んじゃ、コウキ、ついてってあげてよ」


 智美が言った。


「え、なんで俺?」

「だって、女子だけだと、ナンパされるかもしれないし」


 幸は、元子の方を見た。

 これ、智も仕込みなの。

 目で問いかけると、元子がわずかに首を横に振った。まさか、智美は自然にアシストしてくれているのか。

 

「される、か?」

「されるでしょ、ねえ、陸君」

「うん、されそ~。四人とも、超可愛いもん。こういう日って、ヤ~な男子増えるし。コウキ君、行ってあげたら~?」

「いや、でも俺についてこられたら恥ずかしいでしょ、幸さんも。てか、男なら陸君でも良いじゃん」

「うちも元子ちゃんと一緒で、花火見てたいから、パース」

「んだそれ、卑怯くさ」

「じゃ、よろしくね、コウキ君」

「決定事項かよ!」


 元子の言葉に、コウキが息を吐く。それから、目が合った。


「……幸さん、行くか」

「あ、う、うん。ごめんね、付き合わせて」

「いや、まあ良いよ。ついでに何か買うかな」


 二人で立ち上がって、シートの脇に脱いでおいた靴を履いた。


「ちゃんと守ってあげてよ、コウキ」

「痴漢とかもいるかもだから、気をつけてね」

「分かってるよ」

「幸ちゃん」


 元子に呼びかけられて、振り向く。

 頑張れ。

 口の動きでそう伝えられ、曖昧に頷いた。


「行こう」


 促されて、コウキの後をついていく。

 堤防を下りたこの川原一帯が、花火の見物スポットだ。多くの客は、ここに思い思いにシートを敷いて見物する。

 幸達は、ちょうど川原の真ん中あたりに陣取っていたから、堤防に向かうまで、他の客のシートを踏まないように慎重に歩かねばならなかった。


「階段遠いから、この坂から上がろう。滑るから気をつけて」

「うん」


 他にもそう考える人達はいるようで、堤防の坂を上がろうとしている人が、ちらほらいた。

 雑草の生えた坂を、一歩ずつ上がっていく。スニーカーは履いてきたが、油断すると転びそうである。

 幸が苦戦している一方で、コウキは、難なく上がっている。幸の方を気にかける余裕もあるようで、さすがだ。

 などと、よそ事を考えたせいか。


「あっ!」


 右足を、滑らせていた。


「あぶね!」


 咄嗟に、コウキに手を掴まれていた。慌てて両手で掴まり、滑り落ちかけたのを耐える。


「セーフ!」

「あ、ありがと、コウキ君!」

「転ばんくて良かった」


 に、と笑いかけられて、頬が熱くなる。


「危ないから、このまま引っ張りあげるよ」


 言って、コウキが手を握ったまま、歩きだした。おかげで、あっというまに坂を上りきっていた。


「ふう、到着」

「た……助かったぁ、ありがとね、コウキ君」

「ん」


 笑って、コウキが手を離す。

 

「あ」

「ん?」

「あ、う、ううん」


 手を繋いだままがいい、とは言えなかった。

 隣に元子がいたら、また脇腹を小突かれていただろう。


「トイレ、あっちだったよな」

「確か、そう」


 堤防の上は、人の波でごった返している。しかも、花火が打ちあがる度に立ち止まる人がいるからか、あまり動いていない。

 トイレまで、かなり時間がかかりそうだ。

 コウキが背をそっと押してきて、そのまま、人の波に割り込んだ。


「すいません」


 小声で、コウキが後ろの女性グループに謝る。

 また、どん、と花火が鳴った。コウキが、おお、と声を上げる。


「ここからでも、花火よく見えるなぁ」

「ほんとだね」


 祭りの提灯頼りの暗い道でも、花火の光で照らされた時だけは、コウキの顔が良く見える。だが、その表情からは、何を思っているのかは読み取れない。


「……ねえ、コウキ君は、今日、来て良かった?」

「ん、どしたの、急に」

「私が誘ったからさ、どうかなぁって」

「めちゃくちゃ楽しんでるよ。皆と見れてるし」

「ほんと? なら良かった」

「良い気分転換になってる。幸さんが誘ってくれなかったら、コンクールのことで頭の中いっぱいだったと思うし」

「三日後、だもんね」


 県大会は二日に分けて行われ、愛知県の各地区大会を抜けてきた強豪校が競うことになる。

 安川高校と光陽高校は一日目で、花田高が出るのは二日目。出演順はニ十校中、十七番目である。

 悪くない順番だろう。本番は午後の遅めの時間だから、午前中に練習もできる。部員の集中力も、高めやすい。


「私達、代表選考会に行けるかな?」

「行くんだよ」


 力強く、コウキが言った。


「今年は色々問題もあるけど、曲作り自体はちゃんと進んでる。去年の今頃と比べても、遜色ないはずだ」

「それは、私も思う」

「自信を持って演奏すれば、俺達なら行ける」

「そうだよね」


 代表枠は二十校中の七校。鳴聖女子のような全国大会常連校も二、三校は二日目にいるが、今の花田高のレベルで考えれば、代表枠を勝ち取るのは、それほど苦労はないはずだ。

 県大会を抜けたら、四日後には代表選考会があり、月末には東海大会がある。

 時間は、それほど多くはない。


 今年も全国大会へ行く。

 それが花田高の総意である以上、県大会程度は難なく突破できて当たり前でなくてはならない。


「頑張ろうね、コウキ君」

「ああ」

 

 顔を見合わせて、笑いあった。

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