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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
427/444

十五ノ三 「真二と心菜 四」

 結局、逸乃の押しに負けて、花火大会へ来ることになってしまった。

 しかも、着たくもない浴衣まで着させられて。


「動きづらい……」


 浴衣なんて、いつぶりだろうか、と月音は思った。


「いいじゃん、可愛いんだから」


 下駄の軽やかな音を鳴らしながら、逸乃が笑いかけてきた。

 会場に来る前、逸乃と一緒に、浴衣のレンタルから着付けまでしてくれる美容室へ行った。逸乃がこれがお勧めだ、とか言って選んだのは、白の地に藍色の朝顔が描かれた浴衣だった。

 別に、柄はなんでもよかったから、逸乃の言う通りにそれを着た。


 逸乃は白の地に花火の柄。花火大会にぴったりだ。鮮やかな柄が、逸乃に良く似合っている。腰まで伸ばしている自慢の髪は、美容師が巻き上げてくれたようで、いつもは隠れているほっそりとした首筋が見えている。


「でも、なんで私のは朝顔?」

「ん-? なんか、月音らしいなぁって思ってさ」

「どこが?」

「何となく!」

「まあ……可愛いから良いけど」

「でしょ。私、こういうのはセンスあるんだよね」

「普段着のお洒落は、壊滅的だけどね」

「うっさい!」


 顔を見合わせて、笑った。

 卒業してから、逸乃とそう頻繁に会っていたわけではなかった。もともとがそれほど濃い関係だったわけでもなくて、同期の同じトランペットとしての絆はあっても、二人で遊んだりはしなかった。

 花田高の合宿に誘われた辺りから、関係が濃くなったように思う。それは、逸乃から月音に歩み寄ってきてくれたからだ。

 どういう想いが逸乃にあったのかは、知らない。知らないままでも、構わなかった。 


「さーて、まだ時間あるし、まずは腹ごしらえでもしますか。何食べたい、月音?」

「焼きそば」

「私はたこせんだなー」

「花火の開始までに、買えるかな」


 町で一番大きな河川で行われるこの花火大会は、観客は川原にシートを敷いて座りながら眺めるのが定番だ。そして、堤防を超えたところの道路を中心に、周辺一帯が歩行者天国になって、屋台が並ぶ。

 噂によると、毎年二万人近くは会場付近で花火を楽しむというから、人の混雑具合も相当なものだ。現に、先ほどから人の列はのろのろとしか進んでいない。


「ま、のんびりとね。目玉の大花火は最後なんだし」

「大花火、かあ」


 前を歩くカップルが、肩をくっつけて、甘い雰囲気を醸し出している。人混みの中でも、恋人の世界に夢中で気にならないのだろう。

 この二人も、大花火の伝説とやらを楽しみにしているのだろうか。


「どしたの、月音?」

「ん-ん」


 月音とコウキは別れて時間も経ち、互いに過ごす環境も変わった。

 恋人という関係でもなくなった今、想いが通じ合っている自信など、これっぽっちもない。第一、花火を見上げながら、何を想えというのだ。


 どうせ、迷信なのに。


 心の中ではそう呟きつつも、ならお前は何故ここへ来ている、という突っ込みも思い浮かぶ。

 結局、足を運んでいる時点で、月音も花火の伝説を真に受けている者の一人になっているのだ。















「華ちゃん! わたがし! わたがしあるよ!」

「おーっ!! 買おう、洋子ちゃん!」

「うん!」


 二人が、わたがしの屋台に向かって人の列をすり抜けていく。


「高校生で、わたがしって」


 かなの言葉に、れんげはくすくすと笑った。


「洋子ちゃんらしいよね」

「まだまだお子様なだけじゃん?」

「分かってないな、洋子はそこが良いのよ」


 真紀が言った。


「そうそう。洋子ちゃんには、ずっと無邪気なままで居て欲しいよねぇ」

「ねー」


 真紀と笑い合うと、かなが肩をすくめた。


「さいでっか」


 二人が戻ってくる前に進むわけにはいかないから、後続の人達に道を譲り、端で待った。

 わたがしの屋台に集まっているのは小学生が多いのだが、その中に高校生の美少女が二人混ざっている光景は、中々面白い。周りの通行人の視線も、二人に注がれている。


 花田高の一年生の中では、洋子と音葉の二人が名を馳せているが、洋子の護衛として常に隣にいる華もまた、注目の的だ。

 人を怖がりがちな洋子と気が強い音葉は、親しくない者にとっては、どちらも近寄りがたい存在である。

 だが、華は誰とでも気さくに話すから、好かれやすい。今も、屋台の店主と楽しそうに話しているのは、華だ。


 嫌味なところがなく、裏表も無いのだろうと感じさせるような快闊さ。女子にありがちな空気の読み合いなどとは無縁なまま付き合えるところが、華の良さだ。


 しばらく待って二人が戻ってくると、大きな白い雲を見せつけてきた。満面の笑みで、洋子がほおばる。ふわふわの雲が千切れ、洋子の口の中へ消えていく。


「あまーい!」


 華も同じように、ほおばっていた。


「あまーい!」

「わたがしなんて、ただ甘いだけじゃん」


 かなの言葉に、華が舌をだす。


「甘いだけのチョコバナナ食べてる人に言われたくないね~」

「チョコバナナはチョコがかかってるし、果物だから栄養豊富だもん。そっちはただの砂糖の塊でしょ」

「祭りの食べ物に栄養と健康を求めてどうすんの?」


 れんげは、思わず吹き出した。

 それはそうだ。


「それに、どうせかなは、コウキ先輩がチョコバナナ好きだから、自分も食べてるんでしょ」

「そうですけど?」

「やっぱり」

「きっとコウキ先輩も今、チョコバナナ食べてるはずじゃん? 私も今、チョコバナナを食べてる。これはもう、一緒にチョコバナナを食べてるようなものでしょ?」


 むふふ、とかなが笑う。


「うわぁ……」


 一堂ドン引きなのも、気にしていないようだ。


「きっしょ」


 真紀のストレートな感想にも、こたえていない。

 かなと真紀はコウキと同じ東中から来て、腐れ縁というやつらしい。ファンクラブにも一緒に入っているはずだが、かなの方が、より一層コウキに熱を上げている。反対に真紀は、静かに遠くからコウキを見つめるといった感じで、冷静だ。


「れんげちゃんは、何も食べないの?」


 洋子に聞かれて、れんげは首を振った。


「まだ良いや。お面も結構高かったし」


 様々なキャラクターの面が売っている屋台で、れんげは狐の面を買っていた。

 初めて買ったが、目元に小さな穴が空いているから、視界が完全に遮られることはない。とはいえ、本当に少ししか見えないから、走ったりするのは危ないだろう。


 友達と花火大会に来るのは、初めてだった。中学までは、家族で来ていたのだ。

 母が、せっかく友達と行くんだから、と浴衣の着付けと化粧までしてくれたのだが、見慣れない自分の姿が恥ずかしすぎて、子ども用の面でも良いから隠していたかった。

 

「他の部員も、誰か来てるのかな」


 話を変えたくて、れんげは誰にともなく言った。


「コウキ先輩は、三年の先輩達だけで行くって言ってたよ」


 華が言った。


「へぇ、智美先輩とか?」

「そうそう。あと幸先輩、元子先輩、夕先輩、陸先輩」

「変わった組み合わせ」

「でもないみたい、たまに遊ぶらしいし」

「そうなんだ」

「後は、心菜先輩達も行くって言ってたなー」


 トランペットの二年生の人だ。学生指導者サブで、れんげはたくまと一緒に、音楽の基礎的な部分の勉強で世話になっている。

 合奏指導をしているコウキとはまた違った切り口で、分かりやすく丁寧に教えてくれる人だ。れんげとたくまの物覚えが悪くても決して怒らないし、人生相談にも乗ってくれたりと、良い先輩である。


 何より、良い匂いがするのだ。香水とか柔軟剤とかそういうものではなく、心菜特有の、甘い香りとでもいうのか。

 れんげは、心菜のその匂いが好きだ。

 

 確か、二年のトロンボーンの真二を好いているという話を、聞いたことがある。


「やっぱ、真二先輩と?」


 かなが尋ねた。


「そそ」

「え! どっちから誘ったの?」

「そこまでは聞いてないけど、多分、心菜先輩からじゃない?」

「まー、そうだよねぇ。真二先輩が誘うわけないか」


 かなが言って、真紀が笑った。確かに、真二はトロンボーン一筋という感じの人で、恋愛面は弱そうだ。


「洋子ちゃんは、コウキ先輩と行けなくて残念だったね?」


 れんげが問いかけると、洋子はきょとんとした顔を浮かべてから、大きく首を振った。


「私、皆とも行きたかったから平気だよ! それに今楽しいし!」


 満面の笑みで言われて、胸がきゅんとなった。

 洋子が周りに愛される理由は、こういうところにあるのだろう、とれんげは思った。


 同期の中で一番仲良くなったのは、洋子だ。洋子にとってはそうではないのだろうが、一緒に居て、癒される子だ。

 それで、構わない。洋子にとって一番かなど、大した問題ではないのだ。

 

「私も、洋子ちゃんと来れて、超楽しい」


 れんげが言うと、洋子は、頬を朱くして笑った。

 

 



 








 真二の動きは、まるでロボットにでもなったかのように、ぎこちなかった。

 それがおかしくて、心菜が思わず笑ってしまっても、真二は反応しない。


 会場に近づいてきたところで、勇気を出して、手を握ったのだ。真二は嫌がる素振りは見せず、代わりに、これだった。

 そう固くなられると心菜まで緊張してしまうのだが、拒絶されなかった安心感から、ほんの少しは余裕があった。


 結局、花火大会には心菜から誘った。

 真二が、女子をデートに誘うわけがないのだ。待っていては、他の誰かに奪われてしまうかもしれない。そんな事になるくらいなら、自分から動くしかなかった。

 肉食系女子などと、周りに思われたって構わない。


「ねえ、真二、どの辺で見る?」

「え、、あー、そうだな」

「川原?」

「うん、でも、人多いだろうしな。知り合いにも見られたくないし」

「この人混みなら、会わないでしょ。何万人と来てるんだよ」


 言いながら、心菜は繋いでいない方の手でハンカチを取り出し、額を拭った。人の熱気と蒸し暑さのせいで、さすがに汗が止まらない。

 汗臭いと真二に思われたくないのだが、こればかりは、どうしようもなかった。


 不意に、真二が道を曲がった。

 会場の川原に向かうのとは別の道だ。そこも人の波でごった返していて、屋台がずらりと並んでいる。


「どこ行くの?」

「あの店」


 真二が指差した方には、ドリンク類を売る屋台があった。


「喉乾いたの?」

「お前、暑そうにしてるから、何か冷たいもんでもって」

「気づいてたんだ」

「まあ」


 店の前で、繋いでいた手を離されてしまった。名残惜しさを感じて、真二の手を見つめてしまう。


「いらっしゃい!」

「何飲む?」

「あっ……じゃあ、ラムネにしようかな」


 言いながら財布を取り出すと、真二が手で制してきた。


「ラムネ二本ください」

「あい、八百円ね!」


 そのまま小銭を取り出し、支払ってしまった。

 店員から受け取ったラムネ瓶を一本、渡してくる。


「おごってくれるの?」


 こちらを見ずに、真二は頷いた。


「……ありがと」

「ん」


 ラムネのラベルを外し、中のビー玉を落とす。しゅわ、と泡が立って、炭酸の刺激と香りが鼻をくすぐった。


「優しいじゃん」

「まあ……こういう時くらいな」 

「真二のそういうとこ、好きだよ」


 言って、ラムネを一口飲んだ。冷たくて甘い。身体の暑さが、内から冷まされるようだ。

 しゅわしゅわとした炭酸が、口と喉を刺激してくる。

 コウキが、炭酸飲料は飲まない方が身体の調子が良いと言っていたから、何となく心菜も飲まないようにしている。実際に意味があるのかは知らないが、少しでもコウキのようになりたくて、密かに真似ている。

 去年の夏にはもう飲まなくなっていたから、一年ぶりか。


「久しぶりに飲むと、美味し」

 

 心菜の言葉に、真二は何も言わなかった。

 横を見ると、ラムネも飲まず、手で顔を隠している。


「どうしたの、真二?」


 下から覗き込むと、真二の顔は、真っ赤になっていた。

 どうしたのだろう。

 首をひねり、何があったのか考えてみて、自分の放った言葉を思い出した。途端に、顔が火を噴いたように熱くなる。


「いや、好きってそういうことじゃなくて! かっこつけてくれるところとか、こう、大事なところでは女の子扱いしてくれるのとか、そういうのが良いよねって、そういう意味だからね、勘違いしないでよ!?」


 早口でまくし立ててしまって、余計に恥ずかしいことを言った事に気づき、顔を伏せた。

 無意識にぼんやりとでもしていたのだろうか。まともに、真二の顔を見れない。


「……行こう」


 真二が歩きだす。自然と、手を繋がれた。

 心臓の音が聞こえそうなほど、激しく脈打った。繋がれた手のごつごつとした男の子らしさに、嫌でも意識が向く。

 自分から繋ぐのと、真二から繋がれるのでは、こんなにも違うのか。

 幸せが全身を駆け巡りだして、火照った。


 まだ、花火は始まってすらいない。なのに、もう最高潮とでも言いたくなるような時間で。

 本当に、勇気を出して良かった。

 少し前を歩く真二の顔は、良く見えない。だが、耳は、赤いままだ。

 真二も、意識してくれているのだろうか。


 そうだと、いいな。

 

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