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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
426/444

十五ノニ 「大花火」

 今年の夏の夜は、蒸し暑い。

 団扇で扇ぎながら、メイはため息をついた。

 エアコンはついているが、両親が節約の為とか言って、温度を外気温と一度差にしかさせてくれないのだ。そのせいで、家の中に居ても、大して外と変わらない。

 むしろ、外の方が風が抜けて涼しいのでは、というくらいである。


「ねえ、お母さん、エアコンもう一度下げてよ」

「しつこいわね、駄目って言ってるでしょ」

「今日くらい良いじゃん、ほら、室温三十度だよ? 暑すぎるって」

「涼しすぎる部屋で過ごすのは、身体にも良くないのよ。氷枕でもあててなさい」

「も~!」


 身体に良いかどうかなどどうでも良くて、この身体にまとわりつく不快な蒸し暑さをどうにかしたいのに、母には分かってもらえない。

 頬を膨らまし、テレビのリモコンを母の手から奪う。ドラマを見ていたところだった母は怒ったが、構わず、チャンネルを回した。


「次のニュースで……」


 つまらない。次のチャンネルへと、変えていく。


「どうしたらそうなんねん!」

「わはは!」

「んん~、美味しい~! とろける柔らかさで……」

「うちの花火にはね、恋に関する伝説があるんですよ」


 一つのチャンネルの内容が気になって、メイは指を止めた。


「花火師の鈴木さんはそう語る」


 ナレーターの渋い声。地元のケーブルテレビのようだ。


「毎年一万発打ち上げるでしょ。その中で、目玉の大花火があるんですけどね。これを想い人と共に見上げながら、同じ想いを示し合わせる事なく思い浮かべられたら、その恋は成就する……って伝説がありまして」

「えっ、本当ですか?」

「さあ、どうなんですかねぇ。でも、毎年、手紙が来るんですよ」

「手紙?」

「ええ。大花火を見た人からね、伝説のおかげで付き合えましたとか、告白が成功しましたとか……まあ、色々と。そんな調子ですから。もしかしたら少しは効果があったりしてね、ははは……」

「鈴木さんが率いる花火師集団は、少数精鋭。全国の花火師の間でも有名な腕利きが揃っているという。彼らの作り上げた自慢の花火は、八月三日、夜空に咲き乱れる」


 ナレーターの声で、インタビューは締めくくられた。


「これ、今度の花火大会の話ね」


 母が言った。


「伝説って、ほんとかな」

「さぁねぇ、でも、メイはこういうの好きでしょ」

「別に好きじゃないし」

「でも、部屋に占いの本とか、あるじゃない」

「なっ、入ったの!? 勝手に部屋に入らないでよ!!」

「じゃあ洗濯物くらいちゃんと出しときなさい。お母さんが取りに行かなくてすむように」

「余計なお世話!」

「あらそう。でも、汚れた服を着て学校に行って、好きな子に嫌われても知らないわよ」

「すっ……好きな子とか、いないし!」

「高二にもなるのに? お母さんがその年の頃は、彼氏いたけど?」

「うえ、聞きたくないよ、そんな話。恋愛なんて、大人になってからすれば良いもん」

「はあ……そういうことを言う女の子に限って、どんどん行き遅れてくのよ。我が娘ながら、心配だわぁ」

「うるさいなぁ、ほっといてよ!」


 リモコンを母に押しつけて、メイは立ち上がった。くすくすと笑う母を背に、居間を出て、自室に入った。ベッドに、仰向けにダイブする。


 メイの両親は、もう良い年なのに、未だに家の中でもいちゃいちゃとしている時がある。親のそんな姿は見たくもないのだが、二人は構わないらしい。

 年頃の娘に与える影響を、考えてほしいものだ。


 特大のため息を吐いて、メイは天井を見上げた。

 

「……想い人と共に見上げながら、同じ想いを思い浮かべる、か」


 先ほどの花火師の言葉を、思い出していた。

 示し合わせることなく、というのが難しい。そう簡単に相談せずに同じ事を思い浮かべられはしないだろう。

 そういう難しい条件だから、効果があるのだろうか。


「って、馬鹿馬鹿しい。そんなの、あるわけない」


 鼻を鳴らし、メイは、うつ伏せなった。

 枕に顔を埋めていると、頭の中に、だいごの顔が思い浮かんでくる。


 だいごは、誰かと花火大会に行くのだろうか。

 まさきやクラスメイトの男子とは、行きそうだ。でも、同じクラスには沙也もいる。沙也とは打楽器同士だし、妙に仲が良いし、もしかしたら。

 自分の浮かべた嫌な想像に、舌打ちをした。


「アホくさ。どうでもいいもん」


 頭の中の雑念を振り払って、携帯を掴んだ。

 かおるに、メールでもしよう。どうせ今の時間なら、暇をしているはずだ。

 メールを送信すると、案の定、数分もしないうちに、かおるからの通知が届いた。
















 昨晩、ケーブルテレビで花火師のインタビューが流れたせいだろう。今朝の部内は、花火大会の話題で持ちきりだった。

 主に女子部員が、花火師の語った伝説について、盛り上がっている。

 バリトンサックスを布で優しく磨きながら、元子は、聞こえてくる会話に耳を傾けていた。


「えー、でもさ、思い浮かべる内容を相手と相談しちゃいけないんでしょ、むずくない?」

「それねー。結構運だよねぇ」

「本当に好き同士なら、同じこと思い浮かべられるのかなぁ?」


 一年生が、はしゃぎ声をあげた。


「望は、祐介と行くの?」

「行かなーい。祐介、人混み嫌いだし」

「えー、もったいないじゃん」

「そお? でも、そもそも花田町からだと遠いもん。二人とも、親が許さないよ」

「あー、そっか……残念だねぇ」

「華達は行くんでしょ?」

「うん、行くよー」

「いいなぁ。私も、行けるなら行きたかった」

「伝説のために?」

「それは……まあ、少しは?」


 笑い声。

 

「てかさ、それで言うとずっと気になってたんだけど」


 望が言った。


「華って好きな人いないの? 伝説を一緒にやるような相手」

「……それ、私も気になるなぁ」


 トロンボーンの美代が、言った。


「私にいると思う?」


 華のあっさりとした返事に、美代とホルンの望が、顔を見合わせる。


「まあ……そうだよね」

「予想はしてた」

「華ちゃんに釣り合う人って、あんまりいなさそう」

「コウキ先輩なら行けるんじゃない?」

「コウキ先輩は、洋子ちゃんのものだから」


 華の言葉に、素っ頓狂な声を上げて、洋子が手足をばたつかせた。


「べ、別にコウキ君は私のものじゃないもん!」

「またまたぁ」

「もう、華ちゃん!!」

 

 あのグループは、仲が良いな、と元子は思った。

 華が中心にいるのだから、当然だろう。一年生の中で、一番人付き合いが上手い子だ。自然と周りに人が集まるし、険悪なムードにもならないように、他の子が気づかないレベルで、華が空気を作っている。

 そういうところは、さすがにコウキの弟子を公言するだけはある。


 ふふ、と笑って、元子は別のグループに意識を向けた。


「もう誘った、心菜?」

「……まだ」

「早く誘いなよ」

「だってさぁ……断られたら? 立ち直れないよ」

「断るわけないでしょ、真二が」


 トランペットの莉子が言った。

 ちらりと目を向けると、心菜が、頭を抱えている様子が見えた。


「分かんないじゃん! あいつ、鈍感だもん」

「最近の二人を見てれば、大丈夫だと思うけどねぇ」

「みかもそう思う?」

「うん、莉子。真二君も、かなり心菜のことを意識してそうには見えるよ」

「そうかなぁ……自信ない」

「情けないなぁ、心菜」

「なになに、何の話~?」

「あ、千奈」

「この子、花火大会に、まだ真二を誘ってないんだって」

「うそでしょ。もう今週末だよ、おっそ」

「うっさいなぁ、簡単じゃないの、こういうのは! てか、そもそもなんで女子の私から誘わなきゃいけないの。普通、男子からでしょ?」

「そういう甘えたこと言ってると、積極的な子に先を越されるんだよねぇ」

「真二って、あれで案外モテそうだしね」

「うう~!」


 心菜は、頭を抱えて机に突っ伏してしまった。

 元子が観察してきた中では、二年生で恋愛に発展しているのは、心菜と真二のペア、メイと沙也とだいごの三角関係、あとはののかがコウキを慕っているということくらいか。


 その中で、一番進展しそうなのは心菜と真二のペアだ。

 あの二人はもっと素直になれば、今すぐにでも交際できるだろう。だが、両者とも恋愛経験の無さが裏目に出ている。


 幼馴染という関係性のせいで、踏み込みづらい気持ちも働いているのかもしれないが、素直になれないせいで恋愛の時期を逃すというのは、ありがちだ。それで叶うはずだった恋が遠のくなんて、腐るほどありふれた話である。

 それこそ、隣に座っている幸のように。


「皆、花火の話題で持ちきりだねぇ」


 幸が、息を吐いた。


「そりゃあ、現役花火師の語る伝説ですから」

「元子ちゃんが合宿の帰りに言ってたのって、あの伝説のこと?」

「帰り?」

「バスで言ってたじゃん。花火には力があるって」

「ああ、あれね」


 確かに、元子は隣町の花火大会の伝説については、知っていた。ただし、それは伝説ではなく、真実だ。

 隣町の大花火に限らず、腕の確かな花火師が魂を込めた花火には、人々の想いや願いを吸い寄せる力が宿る。そして、その想いや願いが集まって出来た幸福のエネルギーを、人々に分け与える力も。


「そうだね」

「やっぱり。だから花火大会、薦めてくれたの?」

「まあね。成功するかは運だけど、やってみる価値はあるでしょ?」

「うん……よ~し、頑張るぞ!」


 両拳をぎゅっと握りしめて、幸が瞳を燃やした。その様子を横目に、元子は微笑んだ。

 幸の恋は、上手く行って欲しいと思っている。

 仮に大花火の恩恵を受けられなかったとしても、デートをするという行為自体が、たとえ複数人であっても、幸とコウキの関係に良い影響を与える可能性はある。


 コウキが恋愛禁止を課していようと、幸までそれを守る必要はない。

 他の誰かに遠慮する必要だってない。

 幸は、幸の恋を大切にすべきなのだ。


 今すぐ付き合うのを目的にせずとも、卒業後を視野に入れて関係を深めるくらいのことは、誰も咎めない。

 恋に関して不器用で下手で、だが、誰よりもコウキの事を想っている幸には、幸せになってほしい。

 それは、友としての、ささやかな願いだ。

















 インターホンが鳴って、月音は画面の応答ボタンを押した。


「鍵開いてるから、入って良いよ」

「はーい」


 返事があって、扉が開く。


「お邪魔しまーす」


 居間に、逸乃が入ってくる。


「やっほー、月音」

「んー」


 月音が何も言わずとも、逸乃は食卓の横に荷物を置いて、椅子に腰を下ろした。ここ最近、逸乃はやたらと月音の家に来るものだから、遠慮がなくなってきている。

 別に、月音もそれを気にしていないから、一向にかまわないのだが。


「今日もご両親いないの?」

「うん。居ない方が快適だから良い」

「あっそ」

「今日は何の用?」

「べっつにー。だべりに来ただけ」

「またぁ? 他にも目的、あるんでしょ」


 じと、と睨むと、逸乃が目を潤ませた。


「月音のおやつも食べたくてです」

「だと思った」


 息を吐きだし、キッチンの冷蔵庫に向かう。中からホールのレアチーズケーキを取り出した。


「夜ご飯は?」

「もう済ませてきた」

「ケーキだけど、どれくらい食べる?」

「マジ? 大きめが良い!」

「はいはい」


 言われた通り、逸乃の方を少し大きく切り分け、二人分をテーブルに持っていった。


「おお~、チーズケーキ!」

「今日のは良い出来だよ」

「さすが月音! いただきまーす!」


 フォークを手に取り、逸乃が一口、食べる。すぐに目を輝かせ、親指を立てた。


「最っ高!」

「良かった」


 月音も一口食べて、頷く。

 レアチーズケーキは、もう何度も試作していた。今回もタルト生地から手作りして、チーズの種類や配合を少し変えた。

 酸味が強すぎず、それでいて濃厚なクリームチーズの風味が、良い具合に主張している。


「ね、ところでさ月音」

「何?」

「今年の花火大会、うちらで行かない?」

「八月三日の?」

「そそ」

「やだ、めんどい」

「えー、昨日のテレビ観てないの?」

「何の話?」

「あの花火大会、毎年目玉の大花火ってあるじゃん」

「ああ、うん」

 

 小さい頃は、親に連れて行ってもらったこともある。確か、最後の締めで特大の打ち上げ花火が上がるのだ。


「あの大花火に関する恋の伝説ってのがあるらしいよ。昨日放送してた花火師のインタビューで言ってたの」


 かいつまんで、伝説とやらの内容を逸乃が聞かせてくる。


「嘘くさ」

「ほんとだって! 花火師が言ってたんだよ? 絶対御利益あるって」

「別に、願う相手いないし」

「コウキ君がいるじゃん」

「一緒に行けないのに、どう願えと?」


 むすっとして言うと、逸乃が顔の前で指を振ってきた。イラッとして、思わず睨みつける。


「別に一緒に行く必要はないでしょ。だって、目玉の大花火を同時に見上げて、同じ想いを思い浮かべれば良いんだもん。離れてても良いの」

「それだけで恋が成就するって?」

「そ」

「都合の良い伝説だね……てか、そもそもコウキ君が行くとは限らないじゃん」

「ううん、そこは心菜ちゃん達に聞いて、コウキ君は行くって確認取れてる。だから、コウキ君も間違いなく大花火見るって」


 だとしても、そんなことに時間を使うために、あの人混みに行きたくはない。毎年、物凄い人の量なのだ。特に、花火大会が終わった後の帰りなどほとんど列が進まず、最寄りの駅で電車に乗るまでに、一時間かかることも珍しくない。

 あんなところにわざわざ行くのは、余程間近で花火を見たい人か、出店目当ての人か、それこそカップルくらいだろう。


「別にさ、やってみてほんとだったらラッキーだし、嘘でも、たまにはこういうイベント行くと、息抜きになるじゃん」

「パス。だるい」

「駄目駄目。もう私は予定空けてあるんだから、付き合ってもらうよ」

「一人で行きな」

「ブー。強制です」

「勝手に決めんなー」

「でもさぁ、コウキ君のこと、まだ好きなんでしょ? なら出来る事は、しようよ」

「……」

「コウキ君だって、きっとまだ月音のこと好きだから。チャンスだよ。二人なら、同じ想いを抱けるって」

「私、占いとかそういうスピリチュアル系、信じないから」

「じゃあ、洋子ちゃんや幸ちゃんが、もしコウキ君と一緒に花火大会行くとしたら?」


 心臓が、跳ねた。


「そこで、もし同じ想いを思い浮かべちゃったら? それで、伝説が本当だったら? 月音、もうコウキ君と寄りを戻せなくなるかもしれないんだよ。それでも、後悔しないの?」


 真面目なトーンで言われ、身を固くする。

 俯いて、唇を噛んだ。

 そんな昏い想像、させないでほしい。


「……」


 嫌に決まっているではないか。

 コウキの隣に他の女の子がいるなんて、悪夢でしかない。

 コウキへの想いが消えたことも、小さくなったことも、一度たりともないのだ。別れてから今日まで、コウキへの想いは、ずっと変わっていない。

 そんなこと、逸乃は、分かっているくせに。


「ずるいよ、そんな風に言うの……」


 言葉が、口を衝いて出ていた。

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