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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・コンクール編
425/444

十五ノ一 「夏の始まり」

「え、西野さん、もう来ないんですか?」


 丘が、ゆっくりと頷いた。


「楽器店にも、不況の波は押し寄せているのかもしれませんね」


 心菜と顔を見合わせ、唸った。

 西野は、花田高の吹奏楽部が備品楽器のメンテナンスを依頼していた個人の楽器店の主だ。部員からも慕われ、コウキも好印象を抱いている人物だった。

 腕の良い修理師でもあり、花田高が備品楽器の質を保てていたのは、西野が定期的に見てくれていたからである。

 

 その西野が、八月末で楽器店を畳むのだという。もうひと月もない話だ。

 学校吹奏楽部にとって定期契約の楽器店は、父母会や卒部生と同じくらい、重要な存在だ。楽器という無くてはならない道具の品質を維持するのに、欠かせないのである。


「急ですね」

「継続できるように資金の確保などの努力をされていたそうですが、限界だったようです」

「西野さんのところって、うち以外に学校の顧客はいなかったんですか?」

「ええ。基本的に学校吹奏楽部は、大手の楽器店に頼むことが多いですからね」


 個人の楽器店が、安定した契約先がないまま経営を維持するのは、大変なことだろう。

 それでも、三十年店を構えていたという話は聞いていたから、大したものだ。

 前の時間軸では、コウキの在学中に西野の楽器店が潰れはしなかった。もしかしたら、卒業後には潰れていたのだろうか。そうだとすれば、未来が変わって、閉店の時期が早まったということだ。


「うちはこれから、どうするんですか?」


 心菜が言った。


「新しく契約してもらえる楽器店を、探すしかありませんね」

「でも、そんなにすぐ、あるかな」

「そこです。楽器店なら、どこでも良いわけではない」


 この辺りの市町にある楽器店には、管楽器専門の店はない。大抵、ピアノやギターなど、一般の音楽愛好家に向けた楽器販売がメインで、管楽器専門の修理師が常駐していないような店ばかりだ。

 西野の店も、車で二時間近い距離の名古屋にあって、わざわざ月一で来てくれていたのだ。


「伝手は当たってみますが、さて、困りました」


 そう言って、丘は黙考しはじめてしまった。

 心菜と顔を見合わせ、そっと職員室を出る。


「西野さん、良い人だったのになぁ」

「そうだなぁ」


 あらゆる管楽器の知識があり、出張メンテナンスにも対応してくれる楽器店となると、そうはないだろう。

 安川や光陽高校が契約している楽器店を紹介してもらうのも手かもしれないが、今時は、どこの楽器店も手一杯だったりする。丘が動くだろうが、簡単に契約は結べないだろう。


 四階の部室に戻ると、華と洋子と音葉が、談笑をしているところだった。


「あ、お帰りなさい」


 三人が、頭を下げてくる。


「お疲れ様。練習は、終わったの?」

「はい。もう帰るだけです」


 時計に目をやると、あと十分で、閉校時間だった。


「俺達も帰るか、心菜ちゃん」

「はーい」

「あ、先に校門に行ってる、って真二先輩が言ってましたよ、心菜先輩」

「そうなんだ、ありがと、華ちゃん」

「いえいえ、お疲れ様でした!」

「うん。コウキ先輩も、お疲れ様です!」

「お疲れー」


 心菜は、軽く手を振って、部室を出ていった。足取りが軽やかだったのは、真二が待っているからか。

 最近は、真二への好意を隠さなくなっているようだ。真二もまんざらではなさそうだし、あの二人が交際する日も、遠くはないのかもしれない。

 

「……じゃあ、私も帰る」


 音葉が言った。


「あ、桜さん」

「はい?」

「明日、丘先生の家行く日だけど、来る?」

「あぁ、どうしようかな」

「行こ行こ、音葉。私と洋子ちゃんは行くよ。ね?」

「うん」

「何かすぐ帰らなきゃいけない用事があるわけじゃないなら、良い経験になると思うぞ」

「……まあ、用事はないですけど」

「なら、決まりだな」

「けってーい!」


 音葉は肩をすくめただけで、部室を出ていった。

 少し前に、智美が丘の家へ行ったのだという。その話を聞いた他の部員も、丘の家に行きたがった。

 丘は気軽に部員を家に招くような人ではなかったのだが、何か心変わりでもあったらしく、来たい者は来い、と言うようになった。

 それで、土曜日の夕方に、丘の家に行きたい者は行く、という流れになったのだ。 

 前の時間軸では、丘の家に行った事はなかった。智美の話を聞いた時、正直に言えば、コウキも羨ましいと思ったものだ。


 智美を一人だけ招いたのは、それだけ部長として信頼し、心配もしていた、ということなのだろう。

 つい最近まで部長としての在り方に悩んでいた智美は、丘とのやり取りで、自信を取り戻したようだった。

 他の部員にとっても、最も近しい大人である丘との部活動の時間以外での交流は、良い刺激になるだろう。


「そういえば、西野さん、今月で店を畳むらしい」


 三人で部室を出ながら、言った。


「ええ、そうなんですか!?」

「うん」

 

 丘から聞いた話を、二人にも聞かせる。


「私、西野さん腕が良くて好きだったのになぁ。安心してメンテナンス任せられたし」

「俺もだよ」


 コウキや華のように、自分の楽器を持っている部員は意外と多いのだが、備品楽器と違ってメンテナンスは自分でする必要がある。ただ、自費で西野に依頼することも可能で、大抵の楽器持ちの部員は、そのまま西野に任せていた。

 

「どっか、良い楽器屋があるといいんだけどなぁ」

「うーん」


 三人で同じように腕を組み、唸りながら、階段を下りていった。
















 洋子から丸山雄太の話を聞かされたのは、五日後の夕練の時間だった。

 以前、洋子と二人で、浜松の楽器屋へ行ったことがある。

 大手の楽器メーカーが経営する店で、ドラムの試奏もできる場所があり、洋子が試奏した。その時に声をかけてきたのが、店員の丸山だった。


 洋子は名刺を貰っていて、文化祭にも呼んだり、緩やかな交流はあったのだが、その丸山が、今年から独立して豊橋市に小規模な店を構えたのだという。

 一般的な楽器店とは違い、管楽器修理専門の店で、楽器の販売はせずにメンテナンスをメインとしているらしい。

 その話を丘に伝え、丸山が花田高へ来ることになった。


 丘と丸山の間でどのような話がされるかは分からないが、そのまま契約となれば、今後は、丸山が花田高の楽器を一手に引き受けることになるだろう。

 花田高としても、楽器のメンテナンスに空白期間ができないで済む。


「洋子ちゃんが、丸山さんと繋がっててくれたおかげだな」

「でも、まだ正式に契約するかは分かんないんだよね?」

「まあね。でも、丘先生が声をかけた楽器屋はどこも駄目だったらしいからね。丸山さんが引き受けてくれるなら、何よりでしょ。大手で修理師として働いてた実績もあるし。

 実際に丸山さんの腕や人柄が信用できるかとかは、丘先生がきちんと判断すると思うから、あとは先生に任せるだけだな」

「そっか、上手く行くといいなぁ」

「ありがとな、洋子ちゃん」

「ううん、役に立ったなら良かった」


 洋子は柔らかく笑ってから、窓の外に目を向けた。コウキも、窓の外を見る。


「雨、強いなぁ」


 バスの外では、雨が降っている。梅雨はもう終わったはずなのに、今年は雨が多い年だ。

 雨の日だけは、二人ともバス通学だった。夜の八時近くともなると、乗客の数は少ない。雨音もうるさいから、少し大きな声を出していても、迷惑にはならなかった。


「来週、花火大会なのにね。晴れるかなぁ」

「予報じゃ、晴れだけどな。洋子ちゃんは、華ちゃん達と行くんだっけ?」

「うん! かなちゃん、真紀ちゃん、れんげちゃんも行くよ」

「へえ、幡野さんは?」

「幡野さん、家が遠いから来れないの」

「ああ、そっか」

「コウキ君は、智美先輩達と行くんだよね」

「そう」


 智美、幸、元子のサックスパート三人と夕、それに陸だ。

 隣町の花火大会は、それほど大きなものではないが、それでも一万発ほどの花火が打ちあがるため、見物客もそれなりに集まる。六人程度の方が、はぐれる心配も無くて安心だ。

 

「途中で会えたり、しないよね」

「うーん、人混みが凄いからなぁ。合流は簡単じゃないだろうね。運が良ければ、かな?」

「そうだよね……」


 しゅんとしている洋子の頭を、そっと撫でた。


「花火大会は今年だけじゃないから、またいつか行こうよ。拓也も誘ってさ」

「ほんと!?」

「うん、三人で行こう。岡崎市の花火大会とかもいいかもな。あっちの方が大きいし」

「絶対だよ!」

「ああ」


 洋子と拓也とは、小学校の頃からいつも一緒だった。拓也が別の高校に進学してしまったことで、会う機会はぐっと減ってしまったが、今でも三人の関係性は変わっていない。

 コウキにとっても、三人で過ごす時間は、特別なままだ。


 拓也は、サッカーを続けるために大学進学を目指すと言っていた。コウキも今のところはそのつもりだから、大学生になれば、少しは時間も出来るだろう。

 洋子の部活次第ではあるが、会う時間は少しは増えるはずである。


「約束だ」


 小指を差し出すと、洋子は嬉しそうに自身の小指を、絡めてきた。

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