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青春ユニゾン  作者: せんこう
番外・美奈編
422/444

三十六 「コウキの気持ち」

 雪だ。それも、かなりの降雪量である。あまりの勢いの強さに、窓の外が白で埋め尽くされている。

 この地方にしては、珍しいことだった。雪が降るだけなら毎年あるが、この勢いだと明日は積もるだろう。


「何か、雪ってテンション上がるね」


 ストーブの前で丸くなりながら、洋子が言った。美奈の部屋は狭いから、このストーブ一台でも充分に暖まるのだが、寒がりの洋子には辛いらしい。


「そうだねぇ。久しぶりだもんね」


 答えて、美奈は窓から離れ、ストーブの前に移った。自分が使っていたひざ掛けを、洋子の肩にかけてやる。

 ありがとう、と言われ、美奈は微笑んだ。


「お姉ちゃん、ちゃんとやれてるかなぁ」


 トランペットのボディを布で磨きながら、華が言った。学校から持ち帰ってきたらしい。


「もうコウキ君と会ってるの、華ちゃん?」

「多分。朝に出て行ったし」

「智美先輩にも、食べて欲しかったなぁ」


 折り畳み式の机の上には、洋子の作ったフォンダンショコラと、美奈のガトーショコラ、華の生チョコが置かれている。

 バレンタインデー当日。深夜から雪が強まった影響で、今日は学校が臨時の休校になっていた。だから、昼にもかかわらず三人で集まれているのだ。

 別に来なくても良いと言ったのに、二人は雪の中やって来た。


「コウキ君と智美先輩、付き合うのかな?」

「どうかなぁ。コウキ先輩って、恋愛のことどう考えてるのかよく分かんないし」

「私は、付き合って欲しいなぁ。二人とも大好きだもん」

「まぁ、私も、そうだけどねぇ~。美奈先輩はどう思います?」

「うーん。コウキ君と智ちゃんなら、上手くいくと思うけど」

「けど?」

「どうなんだろうねぇ」


 今まで、コウキと恋愛の話をしたことはなかった。モテることは知っているし、ファンクラブの存在も知っている。常にと言っていいほど隣にいたから、コウキに告白をしてきた子は何人も見てきた。

 それでも、そういう話をする機会はなかったのだ。美奈も、同年代は皆子どもに見えてしまうから、そういう想いになったこともない。


 時折、自分が幼い十五歳の大村美奈に感じることはある。だが、やはり主の感覚は大人の美奈のようで、周りの子達を大人の眼差しで見守るような、常に一歩引いた立ち位置になりがちだ。

 そういう状態だからか、恋愛というものにも、興味が沸かない。


 そもそも誰かを好きになること自体、前の時間軸のコウキが最後の相手だった。今の時間も含めれば、十五年以上、そういう気持ちを異性に抱いてこなかったことになる。

 好きとか嫌いとか、そういう感覚そのものが、分からない。


「早く報告聞きたいなぁ」


 無邪気に言う洋子。この時間軸の洋子は、コウキへの好意の形が違っていた。乙女としてではなく、兄に対する妹が持つ好意のような、そんな類のものだ。

 頼る存在として、美奈という同性がいたからだろうか。コウキも、洋子の事を妹のように扱っている。

 だからこそ、智美の想いが分かった今でも、こうして和やかに過ごせている。前の時間軸では、考えられないことだった。


















 二人で、ゲームをしていた。

 ピンク色の丸い生物が、敵を吸収して力をコピーする。その力を使って、ステージをクリアしてボスを倒していくアクションゲームだ。

 コントローラーを二つ用意すると、二人プレイもできる。幼い頃、コウキと二人で遊んでいた時によくやっていたものだ。


「そこ! そいつ倒して!」

「やるやる、待ってくれ」

「あ、ホイール! 私これになりたい」

「オッケー」


 はしゃぎながら、次々とステージをクリアしていく。二人だけでこうして遊ぶのは、いつぶりだろう。

 

「よし、クリアー!」


 最後のボスを倒して、エンディングが流れる。コウキと手を打ち合わせた。


「久しぶりにやると楽し~。しかも、昔のゲームってすぐ終わるから良いよね」

「だな。俺もめっちゃ久々にスーファミ出した」

「おっきくなったら、やらなくなるよね~」


 オープニング画面に戻ったゲームを消し、コウキが息を吐いた。


「はぁ、腹減った。そうだ、ケーキ食べて良い?」

「もち! いっぱい食べてよ。全部食べても良いから」

「そんなん、ほんとに食べ切っちゃうぜ」

「どうぞどうぞ」


 美奈に教えてもらって、チョコケーキを自作した。今日は、それを持ってきたのだ。十二センチのホールだから、それ程大きいわけではない。

 フォークで一口切り分け、コウキが口へ運ぶ。瞬間に、その目が、とろんと緩んだ。


「めっちゃ美味い!」

「でしょ。頑張ったんだよ」

「智美がなぁ。凄いじゃん」


 菓子作りがそれほど得意ではないことは、コウキも知っている。


「コウキの為だけに作ったんだよ」

「なっ……何だよそれ」


 顔を赤らめて、コウキが目を逸らす。


「ほんとだって! 私、バレンタインデーに手作りを男の子にプレゼントするの、初めてなんだからね」


 目を瞬かせ、また逸らされた。コウキの顔は、完全にゆで蛸のように染めあがっている。


「昔はさ、よく二人で遊んだよね。ここで」

「え、ああ、そうだな」

「私が記憶を無くしてからさ、遊ぶことなくなったじゃん」

「だな」

「コウキはそのことについて、どう思ってたの?」

「え……どうって」


 もう一口ケーキを食べて、コウキは視線を上に流した。


「あの頃は、俺人見知りだったからさ、ああなんか智美に嫌なことしちゃったのかなと思って、声かけられなかったよ」

「そうなんだ」

「次に同じクラスになった時には、なんか初対面みたいな対応されて、ちょっと寂しかったのは覚えてる。そんなことがあったなんて、想像もしてなかったからさ」

「……もし私が事件に合わなくてさ、記憶もなくしてなかったら……私達、どんな関係になってたんだろ」

「どうだろ。変わらず、仲は良かったんじゃないか?」

「かな」


 すでに、ケーキは半分になっている。コウキの手が止まらないところを見ると、相当気に入ってくれてるらしい。作った甲斐があるというものだ。


「あ、そういえば、コウキって幼稚園の頃さ、私と遊んだ日には私の話ばっかおかあさんにしてたんでしょ」


 コウキが激しく咽せ、目を白黒させながら紅茶を流し込んだ。口元を拭い、こちらを見てくる。


「ど、どこ情報だよ!?」

「コウキのおかあさんが言ってたよ。前にスーパーで会った時」

「余計なことを……」

「私のこと、大好きだったんだねぇ」


 からかうと、またコウキの顔が朱くなった。


「小さい頃の話だろ!」

「えー、今はじゃあ好きじゃないの?」

「何言ってんだよ!」

「私は、コウキの事好きだよ?」


 そう告げると、コウキの動きが止まった。


「だから、頑張ってケーキ作って会いに来たんだもん」


 コウキの目が、ケーキに落ちる。


「好きじゃなきゃ、こんなケーキ作らないよ、私が」

「え、あ」

「今日は、今までのお礼と、私の気持ちも伝えたくて来たんだ」


 コウキの顔が、真剣なものに代わる。智美も、姿勢を正して、真っすぐにコウキを見た。

 

「色んなことがあってからさ、私のこと、ずっと守ってくれてありがとね、コウキ」

「……いや」

「凄く嬉しかったよ。大切にされてるって感じてた」

「うん」

「コウキが傍に居てくれたから、私、今日まで毎日楽しかった。それは、美奈もそうだけどね。二人のおかげで、私は普通に生きられてる」


 コウキが頷く。


「やっぱり美奈に心の認識を変えてもらった影響なのかな? 私ね、自分でも不思議な感覚になるんだけど、それまでとそれ以降でがらっと変わった自分自身っていうのを、はっきり自覚してるの。

 前までは、男の子にドキドキするなんてこと、なかった。好意を見せられたり、優しくされるのも、なんだか凄く嫌だった。例外はコウキだけだったかな。

 でもね、あれ以降は、コウキに優しくされるとね、凄くドキドキするようになったんだ。変だよね。認識っていうのが変わるだけで、こんなに自分が変わるなんて」


 自分でも、驚いている。

 元々、女の子らしいことをするのは嫌いではなかったし、お洒落だって好きだった。一方で、周りから女の子として見られたくないという想いもあった。 


 今では、自分の女の子らしさというものを、きちんと表現したいと思っている。そしてそれを、コウキに見て欲しいと思っている。


「コウキって、こんなにかっこよかったっけ?」

「な、何言ってんだよ」

「ほんとにそう見えるんだもん。なんか、変だよね」


 冗談めかして言っても変に茶化さないところも、コウキの良いところだ。


「でも、この感覚も気持ちも、凄く心地いいんだ。誰かを好きになるって、こんなに素敵なことなんだって気づいた。胸がきゅってなって、あったかくなって、幸せって感じがするの。

 それに気づかせてくれたのはコウキなんだよ。だから、ちゃんと伝えたかったの。コウキのこと、好きだよって」

「智美」

「記憶を取り戻した時はさ、死にたいくらい辛かった。でも、今は不思議なくらいあの時の苦しみって身体の中から消えててね。

 今じゃ、コウキとの記憶も取り戻せたし、コウキを好きっていう気持ちも知れたし、自分を素直に表現できるようにもなったし……良かったって思う」

「……そっか」

「ね、コウキ。コウキは? 私のこと、どう思ってる?」

「それ、聞くのかよ」

「当たり前じゃん。気になるもん。やっぱさ……私より長く一緒に居るし、美奈の方が、好き?」

 

 コウキが、はっとした顔をした。

 智美の中では、それだけが気になっていた。コウキと美奈は、智美以上に一緒に居る時間が長い。いつも二人で学校内の様々なことを解決していたし、校内で知らない者はいないというくらい有名なペアだ。

 コウキに好きな人がいるとしたら、美奈だろうというのは、傍にいる智美じゃなくても分かることだった。


「別にそれならそれで良いの。私は、今のままの関係で。三人の関係を壊したくないもん。でも、コウキの気持ちだけは、はっきり聞きたい」


 じっと、コウキを見つめる。


「今言ったほうが、良いか、やっぱ?」

「聞きたい」

「……」


 コウキの視線が、僅かに揺れる。それから、ぐ、と唇を結び、智美を見つめてきた。


「美奈ちゃんは、信頼できる仲間というか、親友だ。好きとかそういうんじゃないよ。向こうも、多分そうだと思う」

「そうなんだ」

「うん。好きとかそういうので一緒にいるわけじゃないから」

「じゃあ、好きな人、いないんだ」

「そうは言ってないだろ」

「え、じゃあいるの?」


 コウキの顔が、また朱くなる。


「言わなくても分かるだろ」


 首を傾げ、智美は眉をひそめた。


「分かんないよ、どういうこと?」

「……わざとか?」

「ほんとに分かんないんだって!」

「智美以外に、いるかよ」

「へ?」

「だから、俺の好きな人。智美以外にいるわけないだろ。いたら、こんなに一緒にいないだろ。二人っきりにも、なるかよ」


 思わず、自分を指さす。

 コウキも、黙って頷いた。

 コウキを指さす。自分を指さす。コウキが頷く。


 思わず、頬が緩んでいた。


「そうなんだ」

「そうだよ」

「それは、ちょっと、いや、かなり嬉しい」

「そりゃどうも」

「いつから? いつから好きになってくれたの?」

「言いたくない」

「駄目、言って」

「嫌だ」

「言わないと今日帰らないよ」

「どうせ雪が弱くなるまで帰れないだろ」

「コウキのおかあさんに、あれこれ聞いちゃうよ、コウキの昔話」

「やめろっ」

「じゃあ教えてよ。いつからなの?」


 ぐい、と顔を近づけると、コウキは、初心な少年のように唇を震わせ、目を逸らした。

 普段はぐっと大人びた雰囲気で格好いいのに、こういう時は、笑ってしまうくらい可愛い反応になる。そのギャップもまた、コウキの魅力だった。

 昔は気づかなかった。今は、そんなコウキがたまらなく愛おしい。


「それだけは秘密!!」


 言って、コウキが後ろに下がった。


「近づくのも禁止!」

「なんで?」

「恥ずかしくなる、無理だ!」

「やだよー、両想いなら良いじゃん」

「駄目! 徐々に!」

「むぅ」

 

 頬を膨らませても、コウキは両手をバツの形にして拒否した。

 

「じゃあ、そのうち教えてよ?」

「……そのうちな」

「約束だからね?」

「……ああ」

「ね、コウキ」

「何」

「……へへ」

「何笑ってんだよ」

「好きだよ、コウキ」

「……うん」

「コウキも言ってよ」

「ええ~……」

「ほら」


 コウキは、口を開け、息を吸う動作をしてから、また閉じてしまった。すぐに、また開ける。しかし、閉じる。

 空いている方の手で、髪の毛をかき回し、ぶすっとした表情をしながら、また口を開いた。


「好き……だ」

「……うん、ありがと」


 笑いかけると、コウキは、むくれたまま、顔を背けてしまった。

 智美の心の中に、あたたかい幸福感が満ちていた。

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