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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・卒業、別れ編
42/444

五ノ序 「クリスマスにパーティー」

「ぎゃーっ! 待って待って、早い!」


 自分に向かってきたサッカーボールを受け止め損ねた奈々が、後方へ転がっていくそれを慌てて追いかけている。

 だが、追いつく直前で、脇から飛び出してきた小学生にボールを奪われた。

 

「んもー!」


 地団駄を踏みながら、奈々が頬を膨らませた。 

 ボールを運ぶ小学生に声をかける。


「へい、パス!」


 少年の目の前から拓也が迫っている。拓也に捕まれば、絶対にボールを奪われる。拓也は相手にしないよう、チームの全員で取り決めていた。

 少年は無駄のない動きでボールをコウキへと回してきた。走りながらそれを受け取り、群がってくる相手チームの小学生をかわしてゴールへ向かう。


「コウキ!」


 耳に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。智美だ。すぐに、そちらに向かってボールを蹴った。

 智美は難なくボールを受け止め、ゴールに向かって勢い良く蹴り込んだ。

 小学生キーパーの守るゴール(地面に線を引いただけのものだが)に、ボールが吸い込まれていく。


 決まるかに思えたが、寸前で滑り込んできた拓也がボールを弾き飛ばした。

 弾かれたボールが、ゴールそばに駆け寄っていた奈々の足元にころころと転がっていく。


「うわ、わ!」

 

 あたふたとボールを止めた奈々は、周囲をきょろきょろと見回し、手近な小学生へとパスを出そうとした。

 いかにもサッカーに不慣れな動作で、隙だらけだ。またしても脇から小学生がボールを奪い、奈々の足は盛大に空振った。


「ちょっと!! 取んないでよ!!」

「いやこれそういうゲームだから!」


 奈々が顔を真っ赤にして小学生を追いかける。 

 小学生はニヤニヤと笑いながら、追い付きかけた奈々をあざ笑うかのようにボールを蹴り上げた。

 ボールは弧を描いて別の小学生の元へと飛んでいく。


「もー!! 生意気!!」

 

 良いようにもてあそばれ、憤慨する奈々。


「小学生に怒るなよ!」

 

 拓也に言われ、奈々の顔が茹でだこのようにさらに赤くなる。ぷるぷると全身を震わせ、大きな声で叫んだ。


「うるさい!」


 そのやりとりに、笑いが巻き起こる。

 奈々はテニス部だったので運動神経は悪くないはずなのだが、サッカーのセンスは全くないらしい。

 休憩中に、


「ラケットで戦うテニスと足で戦うサッカーじゃ訳が違うんですー」

 

 とふてくされていた。 

 長期戦が多いテニスで鍛えられたからか、体力はあるし足も速い。これでまともにボールが蹴れたら充分サッカーもいけるだろうが、それが奈々にとっては難関のようだ。


 むきになって小学生に振り回されている奈々が不憫に思えたのか、拓也が助けに入ってボールを奪った。

 そのままこちらのチームの小学生も智美も抜き去り、コウキも触れることすら出来ずに、あっという間に抜かれてゴールを決められてしまった。


 さすがに引退したとはいえサッカー部に本気を出されると、止めようがない。 

 奈々と拓也がハイタッチをして喜びあっている。

 

「よし、また休憩しようぜ」

 

 公園の端に置いていた荷物のところに集まる。かなり動いたから汗をかいている。二十分ほどはやっていただろうか。

 座り込んだり、お茶を飲んだりして思い思いに休み始める。


 いつもトランペットを練習している公園に集まって、サッカーをしていた。

 きっかけは四人で下校中に、拓也と奈々から誘われたことだ。

 拓也と奈々が、学校の後は受験勉強ばかりなので、たまには身体を動かして息抜きをしたいと言い出した。

 ならサッカーでもしようということになり、智美も面白そうだから、とついてきた。

 

 最初は四人でパス回しをしていたのだが、途中から小学生集団がやってきたので一緒に試合をすることにした。

 彼らはコウキがトランペットの練習をしている時に頻繁に顔を合わせていたので、いつの間にか会話する間柄になり、仲良くなった。


 小学生とはいえ、毎日のようにサッカーをしている子達だけあってなかなか上手い。

 中学になってからはあまりサッカーをしなくなっていたこともあって、コウキも真剣にやらないとボールを奪われるのだ。


「は~たまには良いね、こういうの」

 

 清々しい笑顔で汗を拭きながら、智美が言った。

 制服姿のまま来たので、智美と奈々はジャージを下に履いている。


「うん、良い運動になるなあ」

 

 コウキは制服の上とカーディガンを脱いでいたのだが、それでもほんのりと汗ばんでいる。

 奈々に至っては走り過ぎて、前髪がぴったりとおでこに張り付いて濡れている。


 拓也はさすがというか、あれだけ動いても汗一つかいていなかった。

 今も余裕の表情でボールをもてあそんでいるし、小学生が拓也からボールを奪おうと群がっているが、軽々とそれをかわしている。


「ねえ、智美と三木君は今年のクリスマス何するの?」


 タオルで汗を拭きながら奈々がそばにやってきた。


「私は特に予定ないよ」

「多分俺も」


 毎年、クリスマスは特にイベントもなく過ごしてきた。

 今年も同じだろう。

  

「えー、じゃあ今年は皆で集まらない? 皆同じ学校なのってこれが最後だし、もうちょっと思い出作りたいじゃん」

「うーん……そうだね。良いかも」

 

 智美が頷く。

 

「三木君は?」

「うん、いいよ」


 奈々が嬉しそうに笑った。


「じゃあ、せっかくなら他にも何人か誘おうよ! 誘いたい人いる?」


 どんどん話を進めようとする奈々の隣に、拓也もやってきて腰をおろした。小学生の相手は終わったらしい。

 彼らは休まずに、また自分達の持ってきたボールでサッカーを始めていた。


 あれだけ動いてまだ元気が有り余っているあたり、小学生は侮れない。

 コウキもこの時間軸に戻ってきた頃は、自分の身体の軽さと体力に驚いていたものだが、中学にあがって吹奏楽に打ち込むようになってからは、運動量が減ったせいか以前より身体を重く感じた。


 やはり運動をしないと身体は鈍くなるものだ。

 楽器の演奏でも身体の使い方が重要になる。自在に身体を動かせたほうが確実に良いのだから、これからは少し運動も取り入れるべきかもしれない。


「洋子ちゃんも誘おうぜ」


 拓也が言うと、智美も頷いて同調した。


「うん、洋子ちゃん来てほしい」

「なら、洋子ちゃんだけ年下になるし、華ちゃんと茜ちゃんと、あと里保さんも呼ぼう」

「いいねいいね、決定! 亜衣と健と、亮と直哉と、由美と沙知も誘お」


 奈々の口から、次々と呼びたい人の名前が挙がっていく。


「どんどん増えていくけど、そんなに人が入る家ある?」


 俺が尋ねると、奈々は、大丈夫、と言った。


「私の家が結構広いから、私の家で集まろ。料理とかもお母さんがパーティ好きだから用意してくれると思う」

「へー、奈々さんとこってお金持ちだったの?」

「え、どうなんだろ?」

 

 ぽかんとした表情で首をかしげている。

 思い返してみると、奈々は裕福な家庭のこどもならではの空気感や雰囲気が昔からあった。それを鼻にかける子ではなかったのであまり意識していなかったが、そこそこ良い家なのだろう。

  

「まあいいや。なら、皆それぞれで声かけてみようよ」

「おっけー、亜衣とか由美たちは私から聞いとく。あの子達がOKなら男子も来るでしょ」

「洋子ちゃんには明日拓也と三人で会うから、聞いておく」


 洋子ならきっと来たいと言ってくれるはずだ。


「ねえ、美奈も誘わない?」


 不意に、智美が言った。

 その一言に、心臓が跳ねる。予想していなかった言葉だった。

 奈々が興奮気味に手を叩いた。


「わー、懐かしい! 卒業してから一回も会ってないよ! 会いたい会いたい!」


 拓也も頷いている。

 智美が、窺うように俺の顔を見てくる。


「うん、いいね」


 それだけ言うのが精いっぱいだった。

 ほっとした表情で、智美がため息をついた。


 美奈には、会えるなら会いたい、とコウキは思った。

 最後に会ったのは、新しい図書館に行った時だ。あれから随分と時間が経ったが、彼女を忘れたことはない。

 元気にしているだろうか。今はどんな風になっているだろう。

 向こうも、今も会いたいと思ってくれているだろうか。

 

 美奈の名前を出されたことで、頭が美奈のことでいっぱいになっていた。 

 考えに没頭しそうになって、思考を振り払った。

 美奈のことになると、つい周りの会話が遠くなる。


「じゃあ、華と里保達と美奈には私が聞いとく」

「よろしくね~」


 クリスマスパーティについて話し込んでいたら、小学生達が帰る時間になったらしく、声をかけてきた。


「またやろうなー」

 

 見送ると、小学生達は手を振りながら公園を出ていった。

 いずれ彼らも東中に上がってくるだろう。有望なサッカー部員候補だ。


 暗くなってきたから帰ろうという流れになって、歩きながら話すことにした。


「クリスマスプレゼントも交換したいね。一人千円くらいで」

「お、それ良いな」

「やろやろ!」

「うん、賛成」


 プレゼント交換と聞いて気づいたが、コウキは生まれてから今まで、クリスマスパーティというイベントに参加したことが、一度もなかった。

 一体どういうものなのか、検討もつかない。話や物語の中で見聞きしてきただけだ。


「料理の代金とかどうやって集める?」

「そんなの多分お母さん気にしないから、良いよ」

「いや、それは悪いでしょ」

「良いの良いの。今度別の何かの時にまた皆で出し合ったりすればいーじゃん」

「そんなんで良いの?」

「うん。お母さん、家でパーティとか大好きだから、絶対気にしないから!」

「じゃあせめて何か食べ物かお菓子持っていこっかな」

「あ、それ良い! 楽しみ! 一品持ち寄りとかも楽しそう!」


 皆平然としているが、パーティーに慣れているのだろうか。帰ったら対策を練った方がよさそうだ、とコウキは思った。

 プレゼントもおかしなものは選べない。かなり吟味する必要があるだろう。


 頭の中はクリスマスパーティとは、という疑問と、美奈は来てくれるのかという期待で満たされていた。

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