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青春ユニゾン  作者: せんこう
番外・美奈編
413/444

二十七 「智美の過去 四」

 智美が、登校してこなかった。

 メールも電話もなかったし、学校にも休みの連絡は入っていないようだった。


 美奈は、嫌な予感がしていた。

 昨日、智美と話をした後、一人で考えたいという智美を残して帰宅した。あの後、智美に何かあったのではないか。

 その考えが、頭を占めていく。


「美奈ちゃん?」


 深刻そうな顔でもしていただろうか。コウキが、気遣うように顔を覗き込んでいた。


「大丈夫か、かなり、顔色悪いけど」

「……ねえ、智美から、何か連絡あった?」

「智美? いや、無いけど」

「だよ、ね」

「風邪か何かかな、智美」

「……どうだろう」

「智美の心配をしてたの?」

「……うん」


 教室の扉が開かれた。


「あっ、先生」


 担任だった。


「何だ、三木」

「智美って、結局連絡あったんですか?」

「ああ、親御さんから、今日は休ませるとご連絡があった」

「あ、そうなんですね」

「席に着け、チャイム鳴るぞ」


 タイミングよく、スピーカーが授業開始の合図を奏でた。


「はい号令」

「きりーつ」

「れい」

「おねがいしゃーす」


 昨日、智美の母親に力を使い、智美の過去を聞きだした。 

 彼女の中で、相当固く隠そうとしていた話だったのかもしれない。無意識に抵抗でもしていたのか、これまで力を受けてきた人達と違って、話し終えた智美の母親は、かなりの疲労感を表に出していた。

 智美はその話を聞いても、記憶を取り戻したような気配はなかった。


 ただの風邪ならそれでいい。むしろ、そうであってほしい。だが、そうでなかったら。

 自分のしたことで、智美に何かあったのではないかという不安が、どんどんと大きくなっていく。


 結局終礼まで、ほとんど授業も聞かず、智美のことを考えていた。


「美奈ちゃん、今日部活の後、智美ん家行ってみる?」

「え」

「そういや、華ちゃんも休んでるらしいんだよな、洋子ちゃんに聞いたけど」


 華まで。


「何かあったのかなぁ……」

「ごめん、今日、部活休むね」

「え?」

「陽介君に伝えといて。代わりにお願いって」

「いや、ちょ」

「智ちゃんのとこ、行ってくる」


 コウキの返事を待たず、鞄を持って、教室を飛びだした。

 学校を出て、智美の家まで駆け続ける。


 智美だけでなく、華まで。絶対に何かあったのだ。美奈のせいで。美奈が、力を使ったせいで。

 逸る気持ちが、身体を前に進めていく。


「……美奈ちゃん!」

「!?」


 声に驚いて振り返ると、後ろからコウキが迫ってきていた。


「なんで、コウキ君」

「美奈ちゃんの様子が普通じゃなかったから」


 美奈は完全に息が上がっているのに、追いついてきたコウキは、少し弾ませているだけで、平然としている。


「俺も行くよ」

「でも……」

「智美の欠席のこと、何か知ってるんだろ?」


 はっとする。


「俺も心配だから、着いていきたい」

「……部活は?」

「こっちの方が重要」


 事情を知らないコウキを連れて行っても良いのか。だが、来るなと言っても、コウキは来るだろう。

 仕方なく、頷く。最悪、家の前で待たせればいい。


 一度止まってしまったら、駆ける力は無くなっていた。コウキと並んで、早歩きで智美の家に向かった。

 呼び鈴を鳴らすと、珍しく、智美の父親が出てきた。平日なのに、日中に家にいる。やはり。


「こんにちは。智ちゃんの……お見舞いに来ました」


 かなり憔悴しているようだ、と美奈は思った。


「あの、智ちゃんのお父さん……大丈夫、ですか?」

「ああ、ごめんね……ちょっと、寝てなくて」

「智ちゃん、何かあったんですか」

「ん、まあ……」

「今、智ちゃんに、会え、ますか?」


 智美の父親は、少し悩む素振りを見せた後、小さく首を振った。


「今は、会いたがらないと思う。また、落ち着いたら来てくれるかな。いつになるかは、分からないけど」

「あ……はい」

「悪いね、せっかく来てもらったのに」

「あ、あの、華ちゃんもお休みしてたって聞いたんですが」

「ああ、うん。華なら会えると思うから、呼ぼうか」

「お願いします」


 智美の父親が、家の中へ戻っていった。

 コウキと二人、顔を見合わせる。


 普通じゃない。絶対に、何かが起きたのだ。

 気のせいかもしれないが、家全体のまとう雰囲気のようなものが、黒く、淀んでいる気がした。

 智美は、大丈夫なのか。














 近くの公園で、三人でベンチに腰かけていた。

 泣きはらしたような目の華は、いつものような活発さはなく、深く沈んだ様子を見せている。

 途中のスーパーで買ったアイスクリームを華に手渡し、三人で黙々と食べた。


「……なあ、華ちゃん」


 アイスを食べ終わったところで、コウキが呟いた。


「何があったのか聞いても、大丈夫?」


 華は、ちょっと目を上げただけで、また俯いてしまった。

 コウキと、そっと目を見合わせる。声をかけづらくて、黙ったまま、待った。


「……」


 かなり長い間が空いた後、華の口が、ちょっと動いた。


「……昨日の夜、お姉ちゃん、突然叫び出したんです」


 か細い声だった。聞き逃さないよう、耳を寄せる。


「それで私も目が覚めて……お姉ちゃんは、また叫んだり、頭をぶったりかきむしったりして……お父さんとお母さんが入ってきて止めようとしたんだけど、お父さんに、触るな出てけって言って…………その後、急に手が変な形になって……そしたら、お姉ちゃんの身体、固まっちゃってっ」


 思い出してしまったのか、華が、泣きじゃくる。美奈は何も言わず、華を抱きしめ、背中をさすった。


「救急車、呼んだの?」

「ううん、お父さんは過呼吸だって言って、お母さんが、お姉ちゃんを落ち着かせようとしたんだけど、お姉ちゃん、ずっと荒い息をしてて」


 華は、美奈の胸に顔を埋めて、周囲の目もはばからず、泣き声を上げた。


「お姉ちゃんっ、おかしくなっちゃったっ、今も、部屋から出られなくなってっ」

「大丈夫だよ、大丈夫」


 出来るだけ優しい声を心がけながら、華の頭を撫で、背をさする。気が済むまで、泣かせた。


 泣きながらの話では全てを聞き取ることはできなかったが、華の話の限りでは、智美は記憶を取り戻した可能性が高い。きっと、母親の話を聞いたからだろう。

 美奈の、せいだ。


「華ちゃん。智美は……今はもう、落ち着いてるのか?」


 美奈に抱かれたまま、華は、頷いた。


「手の形も、落ち着いてた?」

「……はい」

「じゃあ、ひとまず大丈夫だ。華ちゃんのお父さんの言う通り、過呼吸だと思う。過呼吸が酷いと、手足が痺れて固まることがあるんだ。でも、落ち着いたなら安心しな」

「お姉ちゃん、病気なんですか?」

「いや、違う。ただ、何かがあって呼吸が乱れただけだと思う。大丈夫だから……な、美奈ちゃん」

「……うん。華ちゃんは、心配しないで」


 しゃくるような声を上げていた華が、そろそろと、顔を上げた。


「お姉ちゃん、元気になりますか?」

「……まだ分からないけど、私も、落ち着いたら智ちゃんに会ってみるから。智ちゃんが元気になれるように、お話聞いてみる」


 華は、また美奈の胸に顔を埋め、すすり泣きを始めた。

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