表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春ユニゾン  作者: せんこう
番外・美奈編
410/444

二十四 「智美の過去」

「何か、考え事?」


 ベランダの手すりに肘をついて、町並みを眺めていたところだった。

 いつの間にか隣にコウキがいて、美奈の顔を覗き込んでいる。


「一人でぼーっとしてるから、気になってさ」

「……考え事」

「やっぱり。悩み?」

「そうだね」

「俺で良ければ、聞くけど」

「うーん」

「話したくない?」

「そうじゃないよ。ただ、なんて言うか」


 智美のためにどうするべきなのか、迷っている。

 智美は、美奈の力を信じてくれたし、秘密にするとも約束してくれた。態度も以前と何も変わらない。突拍子もない話でも受け入れてもらえたから、少しだけ心が安らいだ。

 そんな智美のために、力になってあげたい気持ちはある。


 だが、智美の母親が隠している過去を明かすことが正しいのか、判断がつかない。

 美奈が当時のことを憶えていれば良かったのだが、この時間軸に来てから得た幼い頃の記憶をたどっても、智美が重い病気や怪我をしたことはないし、事件や事故に巻き込まれたなんて憶えもない。

 コウキに相談するのはありだが、具体的な内容を話すわけにはいかない。それで、伝わるだろうか。

 

「……すごく、曖昧な相談でも、良い?」

「勿論。どんな話でも」


 なら話してみよう、という気に美奈は、なった。


「誰かに悩みを相談されてさ。自分ならそれを解決することができるのに、そうすると別の誰かにとって望まない結果になるかもしれない、って場合、コウキ君ならどうする?」


 コウキは、美奈が言ったことをそのまま呟くように繰り返してから、深く唸った。


「ごめんね、分かりにくい話で」

「いや」

 

 コウキは、手すりにもたれるようにして、教室の中へ目を向けた。その目は、どこかに向けられているようで、どこも見ていないようだ。


「……相談者の悩みを解決する方が、別の誰かが望まない結果よりも、より重要で正当性があることなら、力を貸す。逆に正当性を感じないなら、力は貸さないかな。

 相談者の求めていることが、誰かを傷つけることじゃないのなら、力になってあげたい」

「やっぱり、そうだよね」

「実際には状況によるから、その時になってみないと分からないけど」

「うん」

「美奈ちゃんは助けたいのか? その相談相手を」


 問われて、智美の事を考えた。教室に姿はない。たまに授業中でもいなくなることがあって、秘密の場所でサボっているのだという。きっと、今もそうだろう。


「助けたいよ。だけど、迷ってる。そうすることで、誰かの意思を歪めたり、嫌な想いをさせるかもしれないから」


 そうだな、とコウキが呟いた。


「誰も傷つけないって、難しいよな」

「ほんとにね」

「助けない選択肢だって、ある」

「でも、それを選んで後悔しないか、って言いたいんでしょ?」

「うん。最後は、自分自身の気持ちじゃないか。懸念はあっても、やっぱり助けたい、と思うか」


 肌の熱を冷ますような、涼しい風が吹いた。

 今日は晴れていて、気持ちの良い空気を感じる。三年生の教室は四階にあるから、風の通りが良いのだろう。


「……できることなら、助けたい」

「そっか」

「助けて、良いのかな」

「その行動の責任を負う覚悟があるなら、良いんじゃないか。美奈ちゃん自身の選択なんだから」


 中学生のくせに、コウキは時々、大人びた物言いをする。本当の大人であるこちらの方が、はっとさせられることもあるのだ。

 だが、不思議とそれが、似合ってもいる。


「その通りだね」

「美奈ちゃんなら、出来るだろ?」

「……ありがとう、コウキ君。話を聞いてくれて」

「上手くいくといいな」

「頑張ってみる」 

「何かあれば、また言ってよ」

「うん。コウキ君に話して良かった。やっぱり頼りになるね、コウキ君は」


 そう言って笑いかけると、コウキは照れ臭そうに目を逸らした。

 そんなところは、年相応の表情を見せるのだな、と美奈は思った。


 









 


 何故、記憶がないのか。それも、過去まるごとではなく、一時期だけ。

 妹の華も、親しい友人である美奈や里保も、智美の過去に何かがあった憶えはないという。

 他の人は誰も知らなくて、親だけが、智美の過去を知っている。

 そういうことが、在り得るのか。 


 人が記憶を忘れるという現象について、知りたくなった。

 図書室の司書の教師に相談したら、人の脳や記憶に関する本を、数冊持ってきてくれた。

 気分は授業を受けるどころではなかったから、いつもサボる時に使わせてもらっている司書室にこもって、借りた本を読みふけった。

 

 本によれば、人は、記憶を簡単に忘れることはないという。

 忘れたと思っていた記憶も、何かのきっかけで突然思い出すことがあるように、頭の奥には、きちんと情報として大切に仕舞われているらしい。

 

 記憶を忘れることがあるとすれば、相当なショックやストレスを受けて、その記憶を消し去りたいと強く思った時だという。

 他にも怪我や老化、病気なども原因となり得るらしいが、どれも智美とは無縁のものだったはずだ。


 もし記憶を失ったとしたら、その失った記憶と縁のある場所に行ったり、人に会ったり、あるいは匂いや光景に触れることで、失った記憶が蘇るかもしれない、とも書かれていた。

 だから、当時通っていた幼稚園にも行ってみたし、教室も見せてもらった。智美の担当をしてくれていたという保母とも話した。小学校にも行って、一年生時の担任とも話した。二、三年生時の担任はすでに転任してしまっていたが、いても、変わらなかっただろう。


 どこに行っても、誰と話しても、何も、思い出せなかった。


 記憶を取り戻す確実な方法はなくて、どうしても取り戻したいのなら、詳しい医者にかかるしかないのだそうだ。

 それで記憶が取り戻せるのなら、喜んで病院へ行こう。だがそれよりも、美奈が力を貸してくれたら、母から全てを聞くことが出来る。いつ記憶を取り戻してくれるかも、本当に取り戻してくれるかも分からない医者に頼るよりも、その方が確実だ。


 美奈は、しばらく考えさせてくれと言っていた。しばらくがいつまでかは言われていないが、力を貸してくれることを、願うしかない。

 本を閉じて、智美は深く、ため息を吐きだした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ