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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・文化祭編
41/448

四ノ十 「洋子と智美、美奈と智美」

「失礼しました」


 頭を下げて職員室を出る。

 扉を閉めて、智美はため息をついた。


 生徒指導の教師にカーディガンを着ているのが見つかって、呼び出されていた。

 注意されてもやめる気は無いと言ったことが、教師の怒りに触れ、一時間近く説教をされた。


 意味の分からない規則には従えないとも言ったら、教師は、


「そんなことでは社会で通用しない」


 と言い、では何故教師はセーターやカーディガンを着ているのかと聞いたら、


「教師と生徒は違う」


 と更に怒られた。

 思わず、呆れてしまった。途中からは言い返すことはやめて、教師の気が済むまで黙っていた。


 説教を受けて、確信した。

 カーディガン着用禁止の規則は無意味だと。ここで本当にカーディガンを着るのをやめたら、この学校はいつまでもおかしいままだ。

 明日からも、構わずカーディガンを着てこよう、と智美は思った。

 おかしいことは、おかしいと示さなくては、なにも変わらない。


 どっと疲れて、身体も心も休みたがっている。

 廊下を歩きながら、次の授業もさぼってしまおうと思った。

 それで、そのまま職員室と同じ二階にある図書室へ向かった。


「いらっしゃい」

 

 いつものように司書の教師がカウンターで本を読んでいる。


「こんにちは。今から使わせていただいても良いですか?」

「良いよ。先客がいるがね」

「え」


 コウキだろうか。

 教師に頭を下げ、司書室への扉を開ける。


「あ」

 

 一つ結びの髪型をした洋子が、ソファに座ってこちらを見ていた。 


「智美先輩、こんにちは」 

「こんにちは。あれ、洋子ちゃんもさぼり?」


 扉を閉めて、中へ入る。

 洋子はばつが悪そうな顔をして、小さく頷いた。

 こんな時間に洋子がいるとは思わなかった。普段は昼放課に会う事が多かったし、積極的に授業をさぼるような子でもなさそうだった。


 一言断って、隣に座る。

 ふとソファの横に目を向けると、竹で編んだ籠が置いてあり、中にひざ掛けが入っていた。


「あれ、前までこんなの無かったよね」


 手に取って、広げる。


「あ、先生が自由に使って良いって言ってました。用意してくれたみたいです」

「へ~」


 洋子も一枚使っていたので、智美もそのまま自分のひざに掛けた。

 暖房の無い部屋なので、これは助かる。


「洋子ちゃんと授業中に会うの、初めてだね。もしかして授業よくサボってるの?」

「い、いえ! これが初めてです!」

「あ、そうなの?」

「はい。なんか……疲れちゃったので一回くらい良いかなぁと」

「そっかそっか。うん、全然良いと思うよ。私はしょっちゅうだし」


 言って笑うと、洋子は顔を上げて驚いた顔をした。


「何回もさぼって、怒られないんですか?」

「んー、まあ厳しい先生は目をつけてくるけど、反抗的な態度取らなければそんなにうるさくないかな」

「さぼっちゃって、叱られないかなって心配してました」

 

 頬を指でかきながら、困り顔をしている。


「私はあんまり授業態度良くないからたまに怒られるけど、洋子ちゃんは良い子っぽいし、初めてならあんまり言われないと思うよ」

「そうなのかなぁ?」

「きっとね。適当に誤魔化せば大丈夫」

 

 くすりと洋子が笑った。

 まだ数回しか洋子とは話してないけれど、華やコウキが言う通り、良い子だ。

 表情と気持ちが一致しているとでも言うか、裏表が無い印象で、話していて気持ちが良い。


 しっかりしていそうで、一人にしておくのが少し不安な感じもあって、つい守ってあげたいとかそばにいたいと思ってしまう。

 華やコウキが彼女を大切にするのも、頷ける。


 洋子がソファの背もたれにもたれかかった拍子に、空気の抜ける音がした。

 智美も真似て、もたれかかる。そのまま、目の前の壁をぼんやりと眺めた。


 生まれて始めて授業をさぼったのは、いつだっただろう。小学生の時だろうか。

 ずっと前の話で、もうはっきりと覚えていない。

 智美はさぼることに抵抗を感じなかった。洋子は、かなり悩んだだろう。

 きっと、そうしたくなってしまう程に、男の子に言い寄られて心が参ってるのだ。


 表情の変化はあってもいつもより弱いし、そもそも元気がない。

 今も、会話が止んだ途端、暗い目になっている。


「ちょっといい?」

「はい?」


 こちらを向いた洋子の頭に優しく触れる。そのまま、自分の腿の上に導いた。洋子の身体が、の転がるような形になる。


「え、せ、先輩?」

「膝枕してあげる」


 洋子の頭の重さが腿にかかる。

 軽い、と智美は思った。


「い、いいですよ、悪いです」


 慌てて起き上がろうとしたので、大丈夫、と一言声をかけて、そのまま寝かせた。

 

「弱ってるときはね、誰かに甘えたほうが良いんだよ」


 出来るだけ優しい声色で言って、洋子の頭を撫でる。

 それ以上抵抗はせず、顔を赤らめたまま、洋子は大人しくなった。


 不思議な子だ。出会って間もないのに、こんなことをしてあげたくなる。それが、全く嫌ではない。

 この子の持つ、魅力なのだろう。  


 しばらくすると、洋子から寝息が聞こえはじめた。

 洋子の膝にかかっていたひざ掛けをそっと取り、身体にかけなおす。

 眠っている横顔をのぞき込むと、その顔は普段よりぐっと幼く見えた。

 寝顔だけなら、生意気な華と同い年とはとても思えない。

 

 こんな大人しそうな子が、文化祭ではあれだけ凄い演奏を見せたのだ。

 まだドラム歴数ヶ月だというから、凄い。

 衣装も似合っていて可愛かったし、あれで魅了されない男がいたら目を疑う。

 とはいえ、だからこんなことになってしまったのだけれど。


「洋子ちゃんは、ちやほやされて喜ぶ子じゃないもんね」

 

 寝顔に向かって、ぽつりと呟く。

 知り合ってまだ日は経っていないけれど、確信を持って言える。

 洋子が軽い子だったらこんな状況になってはいないし、智美も、こうしてあげたいと思わなかっただろう。


 純粋で、人を邪険に扱えない、心の優しい子。

 それが、洋子の印象だ。


 そういう子だから、余計に今の状況が苦しいのだ。

 何とかしてあげたい。けれど、他人の心はどうにもできない。男の子達が勝手に諦めて落ち着くのを待つしかない。


 いっそ、コウキが洋子と付き合えば解決する気もする。コウキという誰が見ても納得の恋人がいたら、大抵の男の子はあっさり諦めるだろう。

 コウキが中学生のうちに洋子を選ぶことは無いのだから、こんなことを考えても無駄だ。それでも、つい考えてしまう。


 ただ、仮にそうなれば、同時にコウキと美奈の関係が終わるということでもある。 

 それは嫌だ。


 洋子と知り合う前だったら、絶対に美奈を応援していた。どうにかコウキと美奈が結ばれてほしいと思っただろう。いや、実際に思っていた。

 けれど、今は洋子のことも知って、洋子も好きになっている。 

 どちらもがコウキと、などありえないことだ。それでも、洋子にも美奈にも幸せになってほしいと願ってしまう。

 矛盾しているけど、本心からそう思う。


 けれど、必ずコウキはどちらかを選ぶ。

 コウキがどちらを選んだとしても、嬉しくもあり辛くもある。


 今、二人が抱える問題の中心には、コウキがいる。

 どうすることが、どうなることが正解なのだろう。


 洋子の寝顔を見ながら、答えの出ない問いかけを繰り返し続けた。






















 見慣れた部屋。

 春には、自分のものではなくなる部屋。

 椅子に座り、部屋の小窓から見える外の景色を眺めながら考え事をしていた。


 世の中には、遠距離恋愛という付き合い方がある。

 遠く離れていても、電話やメールで連絡を取り合って、恋仲を保つのだ。

 それは、恋人と言えるのだろうか。


 美奈は、誰かと交際した経験自体が無いから、偉そうなことは言えない。

 ただ、一番近くにいたい人、思い出を一緒に作りたい人と離れて暮らすのは、辛すぎるではないか。

 メールや電話のやり取りだけで、気持ちを満たせるとは思えない。

 現に、交際しているわけではないけれど、この二年半、会えないコウキのことを想って常に苦しかった。


 コウキに他の好きな子が出来たら。

 美奈のことを忘れてしまったら。

 そんな暗い気持ちが溢れて、何度も潰れそうになった。


 遠距離恋愛など、自分には絶対無理だろう。

 仮にコウキと交際出来たとして、遠距離恋愛になって、互いの気持ちを維持できるだろうか。

 コウキの隣には、洋子がいる。


 嫌な想像が浮かんできて、慌てて頭を振って追い出した。 

 

 本当はコウキに会いたい。

 会って、話をしたい。


 けれど、話せば話すほど、別れが辛くなる。離れた後は、もっと辛くなる。

 今ならまだこのままの気持ちで、これ以上強くならないまま、終わらせられる。

 

 このまま東京に行っても、最初は苦しいだろう。それも最初だけで、いずれは日常に慣れて、いつも通りに過ごせるようになるはずだ。

 

 コウキのことも、今は無理でも、きっと忘れられる。

 その方が深く悲しまずに済む。


 小学校の卒業式の時に、絶対忘れない、とコウキ君に伝えた。

 けれど、もう無理だ。

 これ以上は、耐えられない。


 忘れられるのなら、忘れてしまいたかった。




 私立への進学は、美奈が自ら選んだ。

 自分の責任なのだから、ただ、受け入れるしかない。

 分かっていても、ここ最近思うのは、なぜ私立を選んでしまったのか、ということばかりだった。


 あの時、公立を選んでいれば。

 あの時、コウキのそばにいることを選んでいれば。


 ああしていれば。こうしていれば。

 そんなことを考えたところでどうにもならないのに、そればかりが浮かんできて、一層暗い気持ちになる。


 忘れたくて、振り払いたくて、ひたすら勉強をした。

 難しい問題を解いて、分からない事を調べて。理解できるようになったら次に向かって。

 そうしている間は、何もかも忘れて集中できた。


 後悔していても、良い事はない。

 そんなことは分かっている。

 分かっていても、後悔は止まらない。

 

 母親に当たりたくないのに、母親のせいではないのに、辛く当たってしまうことも増えていた。

 そんな自分がますます嫌になって、あんまり顔を合わせないようにしていた。

 

 今は、智美が週に何回か遊びに来てくれる時だけが、おだやかな気持ちでいられる唯一の時間だった。

 智美は美奈の気持ちを分かってくれているのか、滅多にコウキに関する話題には触れず、他愛もない話だけで心を和ませてくれる。

 一緒にお菓子を焼いたり、食べたり、庭の手入れをしたり。

 進学してから、智美とも会いたいと思っていたから、二人の時間が出来て、嬉しかった。


 不意に、携帯の着信音が鳴った。

 手に取って画面を見ると、ちょうど智美からのメールだった。


「明日は16時くらいに行くね」


 短く、それだけ。

 いつもの智美らしいメール。

 

 たった一行の短文でも、何よりもそれがあたたかい。

 美奈の冷えた心を、少しだけ溶かしてくれるのだ。

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