二十三 「美奈と智美 三」
智美に頼まれてもう一度簡単な命令をかけた後、色々試してみようと言われた。
力が本当にあるのか、もっと確かめたい、というのだ。
公園に行き、遊んでいる小学生に智美にしたことと同じことをさせられた。気は進まなかったが、時限的な命令だから影響は残らないし、智美に信じてもらえるなら、とやってみせた。
「本当なんだね」
「信じてくれた?」
「そりゃあ、実際にやられたらね」
「……引いた?」
「まさか。驚いたけど、引いたりしないよ」
ほっと、息を吐く。
「超能力って、実在するんだなぁ」
「私も、自分がそうなるまで、信じてなかった」
「じゃあ、幽霊とかもいるのかな」
「それは、どうなんだろう」
「意外とああいうテレビ番組とか心霊写真とかも、本物だったりして!」
「だとしたら、怖いなぁ」
「美奈、怖いの苦手だもんね」
言って、智美が笑った。
「でも、そんな力があるなんて羨ましいなぁ」
「そうかな」
「だって、何でも言う事聞かせられるんでしょ」
「私は、力を使うつもりはないけどね」
「えっ、なんで?」
「こんな力、ない方が幸せだし。その人の嫌なことでも無理やりさせられちゃんだよ。私だったら、そんな風に言う事を聞かせられたくないもん」
「それは、確かに」
「だから、この力のことを教えてくれた人に、力を封印する方法を探してもらってるの」
「ふーん」
公園のブランコに、二人で座った。ゆらゆらと、揺れはじめる。
「どうして、私には明かしてくれたの?」
智美が言った。
「一人で抱え込むには、ちょっと重かった。智ちゃんは、私の親友だから。智ちゃんなら、受け入れてくれるかな、って思って」
「そっかぁ」
「……もしさ、私がこの力を部のために使ってたら、コンクールは、上の大会に行けたかもしれないよね」
「皆がちゃんと練習するように、って操って?」
「そう」
「まあ……でも、しなかったんでしょ」
「うん。したくなかった……けど、それって、本当に正しかったのかな」
智美が、唸る。
「私は、誰かに言うことを聞かされて動くなんて嫌なんだ。だから、他の人にもそうしたくなかった。でも、部員の中には今回で大会に出るのは最後っていう子達もいた。高校では、吹奏楽をやらないから。そういう子のことを想えば、何が正しかったんだろう、とは思う」
少し間があってから、智美は口を開いた。
「私は、音楽のこと何も分かんないし、正しさなんてことも分かんないけどさ。誰かに操られた心で奏でる音楽より、心の底から奏でる音楽の方が、良い音楽、なんじゃないかな」
その言葉に美奈は、あ、と思った。
「だから、美奈がしたことは間違ってはない、と私は思う」
「なんか、心が軽くなった」
「そう? 良かった」
「ありがと、智ちゃん」
「ん」
ブランコの上で立ち上がって、智美は大きく揺れ始めた。
「それにしてもさ、力があるなんて、凄いことじゃん。特別な子ってことだよね、美奈は」
「私なんて、別に特別じゃ」
「いやいや、何言ってんの。東中最高の頭脳を持ってて、数々の賞を受賞し、吹奏楽部の優れた部長であり、超能力を持つ少女。誰がどう聞いても、特別じゃん」
「言葉にされると、なんか変な感じ……」
「その力、他の人には秘密?」
「うん。智ちゃんだけに、知っててほしい」
「コウキには?」
「一度、伝えた事がある。その時はまだ具体的なことが分かってなかったから、はっきり話せなくて、伝わらなかったけど」
「じゃあ、もう一度話す? コウキなら、引いたりしないと思うよ」
「……いいや」
「そう?」
別に隠したいわけではなく、智美だけ知ってくれていれば、それで良い。わざわざ、言いふらすことでもない。
「美奈がいいなら、秘密にしとく」
「ありがと」
夏休みは過ぎていき、二学期が始まったばかりの頃。
教室のベランダに、二人は居た。
今日も、コウキと拓也が校庭でサッカーに興じている。洋子と華は、それを離れたところから見守っている。そんな様子も、ベランダからは良く見えた。
「ねえ、美奈?」
「何?」
「前のさ、力のことだけど」
声を落として、智美が言った。
「あれから、やっぱり使ってない?」
「うん。一度も」
他人への話し方も気をつけている。命令や指示にならないようにすれば、力が発動することはない。
「もう、使わないんだっけ」
「そうだよ」
どうしたのだろう、と美奈は思った。
夏休みに打ち明けた日以来、智美がこの話をしてくるのは初めてだった。
「……私が、お願いしても、無理かな」
「え」
「私のお母さんに、力を使って欲しい、って」
もたれていた壁から背を離し、智美の方を向いた。智美も、こちらを向いてくる。
向かい合って、視線が交わる。
「どうして、そんなことを?」
「私の過去を、知りたいの」
「過去?」
「私ね、記憶がないんだ」
「えっ?」
「小さい頃の記憶……」
「小さい頃、って?」
「幼稚園から小学三年生くらいまでの、かな」
どんな顔をして良いのか分からなくて、無表情を装った。
そんな話は、初耳だった。
「私さ、コウキと同じ幼稚園だったんだって」
「そうなの?」
「夏休み前にね、たまたまコウキのお母さんに会ったんだ。そこで聞いたの。それで、家の中でアルバムも探してみたら、コウキと写った写真も、沢山あった。
でもね、そんな記憶、私、一切ないの。それどころか、幼稚園でどう過ごしたかとか、誰と一緒だったかとか、小学生になってからも行事の思い出だって、一切ない。
今まで、ずっと忘れてた。自分の中に記憶がないなんて、気にしたこともなかった。でも、思い出そうとしても、何も思い出せない」
寂しそうに、智美が俯く。
「お母さんとお父さんに聞いても、何も教えてくれない。アルバムだって、倉庫に隠すように仕舞われてた。私のことなのに、誰も、教えてくれないの」
「コウキ君は?」
「聞いてない。でも、聞けない。二人の思い出を私が忘れてるなんて、言えないよ」
コウキはそんなことで怒るような子ではない。だが、智美の気持ちも、分かった。
「お母さんは、私が記憶を無くしてる理由を、知ってると思う。でも、それを話してくれない。だから、美奈の力で、お母さんから聞きだしてほしいの」
「それ、は」
「お願い」
親友の願いだ。出来る事なら応えてあげたい。だが、美奈は首を振った。
「お母さんが隠したがってることを、私が無理やり明かすことはできないよ。例え力で無理やり聞きだせるとしても」
「でも、私のことなんだよ。私には私自身のことを知る権利がある、でしょ」
「それは……そうだけど」
「お願い、美奈。私、自分のこと、知りたいの。何で記憶がないのか、はっきりさせたい」
すがるような目で見つめられ、美奈は、視線を逸らすことができなかった。
智美の言い分も、分かる。自分のことなのに記憶が抜け落ちているなんて、すっきりしないだろう。それをはっきりさせる方法が目の前にあれば、すがりたくなるのも頷ける。
その場では答えず、美奈は、返事を持ちこした。




