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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校三年生・合宿編
367/444

十四ノ二十 「校内ソロコン ニ」

 午前中の奏者が全て演奏を終え、昼休憩となった。

 四十五分間の昼食後に、再開される。


 河合良太の出番は終盤の八十番目だから、まだまだ先だ。だが、正直言って校内ソロコンなど、どうでも良かった。

 順位にも興味はない。


 わざわざ遠くからこんな田舎まで来たのは、洋子に会うためだった。


「さてと」


 弁当の入った包みとCDケースを持って、総合学習室を出る。

 洋子は先ほど、同級生の数人と東の廊下へ出て行ったばかりだ。どこかの空き部屋で昼食を食べるつもりだろうから、探せばすぐに見つかるだろう。


 それにしても、と良太は思った。

 花田高は、なんなのだ。光陽高校など比較にならないほど美少女揃いで、レベルが高い学校である。

 吹奏楽部に異常に集まっているのか、それとも、学校全体がこのレベルなのか。


 特に、トランペットの一年生の髪を編み込んだ子など、洋子に負けず劣らずといった感じだし、トロンボーンのハーフらしき子も、良太の好みだ。

 洋子が駄目だったら、他を狙うのもアリだろう。

 

「いたいた、洋子ちゃん」

「あ、河合先輩」


 扉の上のプレートを見る。美術室。

 洋子が、複数人と固まって弁当の蓋を開けていた。


「いやぁ、知ってる人がいなくて居心地悪くてさ。花田高の打楽器の人も、洋子ちゃん以外とはそんなに親しくないし……悪いんだけど、僕も一緒に食べて良いかな?」

「え、あっ、はい、どうぞ!」


 洋子が立ち上がって、隣の椅子を引いた。

 礼を言いつつその椅子に腰を下ろし、洋子に微笑みかけると、顔を赤くしながら目を逸らされた。


「他の子も、初めまして。光陽高校二年で打楽器の、河合良太です」

「中村華です」

「石原れんげです」

「上杉かなでーす!」

「井上真紀です」

「皆一年生?」

「そうですよー」


 華が答えた。


「なんだか皆可愛くて、この空間だけ華があるなぁ」

「やだー、お世辞ですかぁ?」

「まさか。本心だよ、かなちゃん」


 きゃあ、と黄色い声が上がる。


「なんか、言う事がコウキ先輩みたい」

「コウキ先輩?」


 首をかしげると、かなと真紀が、興奮した表情に変わった。


「うちのエースにして学生指導者であり、運動も勉強も出来ちゃう学校一モテるスーパースターです!」

「ファンクラブもあるんですよ! 勿論私とかなも入ってます!」

「学生指導者……ああ」


 今朝、坂の上で出迎えてくれた三年生か。坊主頭をそのまま伸ばしたような、見た目に気を使っていないタイプの男だったが、あれで学校一モテるなど、冗談か何かか。それとも、余程女の扱いのが上手いのだろうか。


「凄い人なんだねぇ」

「そりゃあもう。今日だって、コウキ先輩なら上位入賞間違いなしですよ!」

「何の楽器やってる人だっけ?」

「トランペットですよ」

「へ~」


 そういえば、前半で吹いていたような気もするが、よく覚えていない。

 男に興味はないから、顔や名前はすぐに忘れる。どうでも良い情報に、脳を消費したくないからなのか、昔からそうだ。


「あ、そうだそうだ、洋子ちゃん。忘れる前に、はいこれ」


 話を切り替えるために、良太はCDケースを取り出した。洋子と貸し借りの約束をしていたもので、家から持ってきていた。

 受け取った洋子が、ぱっと顔を輝かせる。


「わあ、ありがとうございます! 凄く楽しみにしてたんです。あっ、借りてたCDも、お返しするために持ってきました」


 洋子が足元に置いていた学生鞄を持ち上げて、中からCDを取り出し、手渡してくる。


「ありがとう。良かったでしょ、これ」

「最高でした! えへへ、もっと聴きたかったです」

「なら、またいつでも貸してあげるよ。メールして」

「あ、ありがとうございますっ」


 顔を見合わせて、笑い合った。

 感触は、良い。じっくりと、焦らずに心を解していけば、すぐに良太のモノになるだろう。

 洋子のような性格の女は、急ぐと駄目だ。オスを見せれば落ちるような軽い女と違って、紳士な態度を前面に出し、徐々に打ち解けていかねばならない。

 手を出すのは、心を落としてからだ。

 手間はかかるが、そうした後に手に入る快感は、想像を絶するのである。














 



 出番を待つ控室となっている三階の理科室で、星子は突き刺さる視線を感じていた。

 気にしないようにしていても無視できない程、背中に気配を感じる。

 

 一体、なんなのだ。

 ため息をついて、振り向いた。


 安川高校の日比野玲子が、こちらを見ていた。目が合っても、逸らそうともしない。

 隣町の学生向けのオーケストラで、数年前まで隣で吹いていた子だ。

 まだ星子が初心者だった頃、複数人で、聞こえるように陰口を言われていた。

 星子が、一番嫌いな子だった。


 入った当初は、玲子とも仲良くなりたいと思っていた。でも、陰口を言われすぎて、そんな想いはすぐに消えた。

 仲良くなんてならなくて良い。自分が誰よりも上手くなって、見返してやる。

 そういう気持ちでオーケストラに通うようになった。


 星子がオーケストラの全てのオーボエソロを担うようになってからは、玲子達が陰口を聞こえるように言ってくることもなくなった。


 オーケストラを抜けてからは、レッスン先の滝沢の家で鉢合わせることは稀にあったが、会話することもなかった。

 

 安川高校にいるのも知っていたから、合同バンドにも入らないようにしていたし、関わることも無いだろうと思っていた。


 まさか、安川高校から送り込まれてきた三人のうちの一人だったとは。


 音楽室の中には、星子と玲子の他には、勇一と万里と夕がいる。三人とも、自分の出番に向けて、音出しを続けている。

 星子と玲子は、互いに、睨み合ったままだ。


 今は安川高校でコンサートマスターをしているらしいが、ひまりのように、地区の同世代のオーボエ奏者に名を轟かすような存在ではなかった。

 所詮、その程度の子だ。星子に負けてから、ずっと負け続けている子。


 気にする価値もない相手だ。

 ふっと笑みを浮かべて、星子は前に向きなおった。


「次、白井先輩上がってください」


 扉の前で進行スタッフの仕事をしていた心菜が、勇一を呼んだ。


「あいよ」


 コントラバスと楽譜を器用に抱えて、勇一が動き出す。出番の一つ前の奏者は、理科室から四階の部室に移動して、待機するのだ。

 勇一が部屋から出て行き、しばらくして、来美が入ってきた。目が合って、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「せんぱーい」

「来美ちゃん」

「はぁ、もうすぐ本番ですねぇ。緊張します」

「そう?」

「えー、星子先輩はしないんですか?」

「全然。コンクールとか本物のソロコンに比べたら、身内しかいないわけだし」

「さすがですねぇ。私なんか、こうですよ」


 そう言って、来美が手を広げて見せてくる。緊張で、かすかに震えている。

 くすりと笑って、来美の頭を撫でた。


「来美ちゃんは上手だから、いつも通りやるだけだよ」

「んー」

「自信持って」

「頑張ってみます」

「うん」

「……まさか、オーボエが三人連続なんてね」


 急に後ろから声をかけられて振り向くと、先ほどまで部屋の隅にいたはずの玲子が、腕を組んでそばに立っていた。


「あ、玲子、先輩」


 玲子が、冷たい視線を来美に向ける。


「ソロの練習、ちゃんとした、来美ちゃん?」

「え、あ、はい、一応……」

「一応ね。ま、頑張って」


 小さく嗤って、玲子は来美から視線を外した。

 相変わらず、気に障る奴だ、と星子は思った。昔から、他人に要らない不快感を与える子だった。


「そういう日比野さんは、どうなの?」


 星子が話しかけると、玲子は鼻を鳴らした。


「私は勿論、完璧に準備してきたわ」


 玲子の真似をして、星子も嗤う素振りを見せる。


「完璧、ね。音楽に完璧なんて、あるのかな?」

「何が言いたいの?」

 

 玲子が、睨みつけてくる。


「別に。現状に満足してるんだなぁって思っただけ」

「そんなこと、言ってないでしょ」

「そう? でも、完璧ってことは、もうその先はないじゃん。そんな歩みの止まった演奏に、意味があるのかなーって思っただけ」

「生意気ね」

「そう? まあ、私、上手いから」


 言ってから、渾身の微笑みをたっぷりとした優雅さを湛えて向ける。

 玲子も、頬を引きつらせながら、笑いかけてきた。


「どっちが上か、ここで決めましょうか。核の違いを思い知らせてあげる」

「別にそんなことに興味ないけど、まあ、受けてあげても良いよ。どうせ、私が勝つし」

「はあ? 言ってなさい」

「わ〜、怖い。日比野さんって、昔から口だけは誰よりも強いよね、口だけは、あはは」

「失礼ね。生意気な人には分からせないといけないでしょ、うふふ」


 お互い引かず、そのまま、心菜が玲子の事を呼ぶまで、笑い合っていた。

 玲子と関わる時は、引いたほうが負ける。強気で行くくらいで、ちょうど良い。


「星子先輩、凄すぎます……」


 玲子が出て行くのを見送ってから、顔を青くした来美が言った。


「そう?」

「あの玲子先輩に、あんな風に言い返せるなんて」

「どうってことないよ、あんなの。威勢が良いだけ」

「うちの部では、恐怖の対象だったのに……」

「小物だよね、日比野さんって。周りを怖がらせて優位に立とうとする」

「あ、あはは」

「あんなの、気にする必要ないよ、来美ちゃん。隣で聴いてた私が一番、来美ちゃんがちゃんと練習してたの知ってるからね」

「は、はい」


 玲子の出番の次は、星子だ。

 審査員の三人も部員達も、嫌でも星子と玲子を比べることになるだろう。


 良い機会だ。

 久しぶりに、あの女を悔しがらせて、その面を楽しませてもらおう。


「楽しみにしてて、来美ちゃん。結果発表の時に、日比野さんが悔しがる顔を見せてあげるから」

「は、はあ」

「じゃあ、私、もうちょっと音出しするね」


 そう言って、星子は来美に背を向けた。

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