四ノ四・五 「ある男の過去」
高校を卒業し、企業へ就職して二年目のことだった。
同期が集められ、社内で研修教育が行われた。
三週間の研修で、三十人ずつのクラスに分けられて様々な研修を受けた。そのクラスで、コウキは彼女に出会った。
昼食を一緒に食べたり、クラスでの懇親会で話したりするうちに仲良くなり、研修が終わる頃には、二人は交際を始めていた。
なんとなく馬が合う、という感じで、緩やかに始まった恋だった。
最初は順調で、食事に行ったり買い物に行ったり、普通の若い恋人らしく、互いの関係を深めつつあった。
だが、研修が終わってそれぞれの部署に戻ってから、ひと月ほど経った頃に、彼女の他県への異動が決まった。
車で高速道路を飛ばしても、三時間はかかる距離だ。
遠距離恋愛になることに、二人とも不安は感じていたが、それほど長い期間にはならないだろうという淡い期待もあって、互いに乗り越えよう、と約束しあった。
彼女が転勤してから最初の数か月は、月に二、三回はコウキが彼女に会いに行った。だが、次第に彼女の仕事が忙しくなり、月に一回、ふた月に一回と会う回数は減っていった。
彼女と付き合いだして一年ほどして、彼女の誕生日に、コウキは彼女の元へ向かった。
若さゆえの軽率さと無知は恐ろしい。
彼女を驚かせて喜ばそうとしたコウキは、内緒で彼女の家に向かい、そこで別の男と家に入っていく彼女を見てしまった。
コウキは、彼女に詰め寄ることも、男に暴言を吐くことも出来なかった。ただ、事実に打ちひしがれ、何もしないまま、帰宅した。
彼女との連絡は断ち、ほどなく自然消滅のような形で、彼女との縁は切れた。
よくある話だ。
彼女も、最初はコウキと会えることを心から喜んでくれていた。
だが、時間が経つほどに、その顔から喜びは減っていた。コウキはそれに気づきながら、そんなわけはないと気づかないふりをしていた。
二人なら乗り越えられると思っていた。
そのつけだ。
彼女を責められるものではない。
誰だって、大切な人にはそばにいてほしい。
そばにいられないのなら、その気持ちは離れてしまう。
もしかしたら、他の恋人を作ったのは、彼女ではなくコウキであったかもしれないのだ。
遠距離恋愛のすべてが同じ結果になるわけではない。だが、それでもコウキは、大切な人と離れるのは、もう嫌だった。
なぜ離れなくてはならないのか。
仕事だからか。生活だからか。
大切な人のそばにいること。目の前にいる人を大事にすること。それが、何よりも重要ではないか。
大切な人が隣にいないのに、何が人生なのだ。
彼女とのことがあったから、今のコウキがある。
コウキにとっては辛い過去の一つだが、そのおかげで、今、コウキの周りには大切にしたいと思える人が大勢いる。
もう二度と、あんな思いはしたくないのだ。
そうなるくらいなら自分の気持ちを告げないほうが良い
告げてしまって、また同じことが繰り返されたらと思うと、恐ろしい。
またあの気持ちを味わいたくはない。それなら、この気持ちが消えるのを待つほうが、ずっと楽なのだ。




