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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・文化祭編
32/444

四ノ二 「分岐の結果」

 美奈の家に来たのは、数年ぶりだ。

 互いの家は近くではあるものの、東中への通学路からは外れているから、これまでわざわざ前を通ることもなかった。

 美奈が私立へ進学して勉強が忙しくなり、智美は部活動で休みがなくなった。互いの生活のリズムがずれたことで、遊ぶ機会を失ってしまったのだ。


 小さめの、洋風の平屋。美奈の父親が小さい家が好きな人だったらしく、広めの庭と対照的に、家はとてもこじんまりとしている。

 庭には多種類の観葉植物が植えられていて、母親が手入れしているのか、色彩豊かで美しい。

 しばらく庭を眺めながら待っていると、玄関が開いて、中から美奈が出てきた。


「久しぶり、美奈」


 ちょっと手をあげて、遠慮がちに声をかけてみると、美奈も似たような感じで手をあげてきた。


「ほんとに、久しぶりだね、智ちゃん」

「二年半ぶり?」

「だね」

「入って」


 家の中へ招かれ、靴を脱ぐと、美奈の部屋へと案内された。


「懐かしい」


 昔と、ほとんど変わっていない。美奈の部屋は四畳半程度の広さで、扉を入って正面に、姿見が備え付けられている。その脇にはクローゼットがあり、部屋の奥の壁にはロフト。ロフトの下には折り畳んで収納可能な勉強机。勉強をしている最中だったのか、机の上には教科書や参考書が開かれている。

 美奈がクローゼットから折り畳み式の椅子を出してくれたので、そこに座った。


「中学に上がってから忙しいと思って連絡しなかったら、凄く時間が経っちゃったね」


 久しぶりに会った美奈は、小学生の時より随分身長が伸びて、髪も長く伸ばしていた。輝くような黒い髪が印象的で、小学生の頃も隠れ美人だったけれど、成長して、より綺麗な女の子になっている。ちょっと、羨ましいくらいだ。


「私も、私だけ私立に行っちゃったから、智ちゃんや他の子に連絡しづらくなっちゃってた。来てくれて嬉しい。ありがとね」

「ううん」


 小学生の頃は、二人とも可愛いものが好きで、よく一緒に雑貨屋や服屋へ買い物に行ったりしたし、美奈は智美が空を見るのが好きなことも肯定してくれていて、二人で公園で空を眺めたりもしていた。 

 今、目の前に居る美奈は、見た目はあの時から随分と変わっているけれど、中身は、どうなのだろう。あの頃のままなのだろうか。


「部屋、変わってないね。懐かしい」

「相変わらず狭いでしょ」

「ううん、一人部屋なら、これくらいがちょうど良いよ。それに、無駄がなくて、私は好き」


 美奈が手作りのビスケットとココアを持ってきて、折り畳み式のテーブルに置いた。

 美奈の家は、小さいからこそ、据え置き型ではなく折り畳み式の家具を使って、部屋のスペースを上手く使っている。机や椅子を仕舞えば、四畳半でも狭く感じない。


 小さな部屋だから、余計なものを置く場所もなく、美奈の部屋は整然としている。カーテンや椅子のクッションなどの布物は薄い桃色だったり、ロフトの下の張り出した小窓の前には小さなぬいぐるみが置いてあったり、女の子らしさも感じさせる、素敵な部屋だ。

 

「うちは華と同じ部屋だからさ、いつも場所の取り合いだよ。小さくても、自分の部屋があるのが羨ましい」

「華ちゃん、懐かしい~。元気?」

「元気元気。大きくなったら余計にうるさくなった」


 美奈がくすくすと笑った。

 机に置かれたココアから白い湯気がゆらゆらと立ち上り、甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。


「あ、お菓子、朝作ったんだよ。食べて」


 美奈は、菓子作りが昔から好きだった。よく食べさせてもらった思い出がある。


「わーい、いっただきまーす」


 ビスケットを一つ手に取り、口に放り込んだ。噛んだ瞬間にほろりと砕け、しっとりとさくっ、という二つの食感が同時にやってくる。バターの濃厚さとミルクの風味濃厚で、美味しい。


「うん、美味しい。久しぶりに美奈のお菓子食べたけど、やっぱり上手だね」

「ほんと? 良かった」


 美奈も一つビスケットを取り、皿の上で半分に割った。それを、口に入れ、味わうように目を細めている。

 上品な食べ方だ、と智美は思った。丸ごと口に放り込んだ智美とは、天と地の差である。女の子らしさとは、こういう所にも表れるのか。


 美奈の母親の話では、ずっと元気がないという事だったけれど、こうして話していると、今の美奈に落ち込んでいるような様子はない。

 母親の勘違いなのか、何か本当に悩みがあるのか。それを聞きに来たのだった。


「ところで美奈、お母さんから、最近元気がないって聞いてたけど……」


 そう問いかけた瞬間、美奈の顔がさっと曇り、重たい沈黙が訪れた。

 やはり、何かあったのか。

 どれくらい待ったのか。かなり間が空いてから、美奈が口を開いた。


「……私、東京の高校を受験するんだ」 

「え……」


 東京の高校。今聞いたばかりの言葉が信じられず、一瞬、思考が止まった。

 

「引っ越す、の?」

「うん。お母さんの実家に住むことになる」

「え、それ、もう……決まってるの?」

「うん。二つ受験するけど、どっちも東京。来年合格したら、引っ越すんだ」

 

 美奈は昔から、母親のために、が口癖だった。父親が早くに亡くなってしまって母親と二人で生活していたから、世話をしてくれる母親に喜んでもらいたい、とよく言っていた。

 私立中学へ進学したのも、母親が望んだからだ。


「何で、こっちじゃなくて、東京なの」

「お母さんの実家、向こうだし、一番良い高校へ進学してほしいっていうお母さんの希望を叶えるため、かな」

「そう、なんだ」


 何を言えば、良いのだろう。頭の中はせわしなく動いているのに、次の言葉が見つからず、かたまってしまう。

 おもむろに美奈が立ち上がって、ストーブをクローゼットから引っ張り出した。コンセントが繋がれたストーブが作動をはじめ、音を立てだす。


「六年生の時からね」


 美奈が言った。


「智ちゃんも気づいてたかもしれないけど、私、コウキ君が好きだったんだ」

「……うん、気づいてた」

「だよね」

「何となく、そうだろうな、とは」

「……うん。それで、コウキ君がね、私立に行くか悩んでた私に、自分が心からしたいことを選ばないと後悔する、って言ってくれたんだ。だから、自分で考えて、お母さんとも話して、私立を選んだ。でも、中学に上がってから、ずっとあの頃の事を思い出してた」


 熱を発し始めたストーブの温度を調節しながら、美奈が言葉を紡ぐ。


「どうしても……コウキ君のそばにもいたかった、って思っちゃうんだ。私が本当にしたかったことは、私立へ行くことじゃなかったのかも、って」


 そう言ってから、美奈は智美を見て、笑った。けれど、うまく笑えていない。くしゃくしゃな笑顔で、目が潤んでいる。


「東京に……もし、東京に行ったら、きっともう二度とコウキ君には会えないと思う。それを考えると、辛くて」


 答えられない。


「勉強ばっかりしてきて、一番一緒にいたいと思う人と離れて、今は、もっと離れようとしてて。私、何やってるんだろうなぁって思っちゃう。それで、最近、気分が良くなくて」


 美奈は、コウキと離れてしまったことを後悔しているのだ、と智美は思った。

 小学生の美奈は、傍から見て分かるくらいには、コウキに好意を抱いていた。その気持ちがまだ残っていて、今、苦しんでいる。


「東京の受験をやめるつもりは、ないの?」


 愛知で進学すれば、コウキとの物理的な距離はそんなに離れない。

 智美の問いに、美奈は首を振って即答した。


「お金的にも将来的にもね、東京の学校に行くのが私のためだからって、お母さんが決めてるから。お金のことは、私じゃどうにもならないもん」

 

 あと半年。いや、もっと少ない。それで、美奈は東京に行ってしまうのか。

 どうしたら、美奈は元気が出るのだろう。

 何が、最善なのだろう。


 結局、その後は美奈にかける言葉がなく、ほとんど話を聞くだけで終わってしまった。

 もう一緒にいられる時間も少ない。これからはもう少し、一日に一時間くらいでも、会って話したりしよう、と約束をして、美奈の家を出た。


 智美が帰った後も、美奈は勉強をするらしい。中学校に上がってからの二年半、勉強が人生というくらいに勉強しかしてこなかった、と美奈は自嘲した。

 勉強は苦ではないし、嫌なことを忘れられるから、とも。

 それが、悲しかった。


 美奈のためを思うなら、コウキにこの事実を伝えて、会わせてあげたほうが良いのではないかとか、会わせたら余計に美奈はつらくなるのではないかとか、そんなことを考えた。

 美奈は、このままコウキと会わないまま東京へ行ってしまって、大丈夫なのだろうか。

  

 どうするのが正解で、美奈にとって最良なのか、智美一人ではどれだけ考えても、答えは出なかった。


 

















 テスト期間の土日は部活が休みなので、集中してバンドの練習をできる貴重な日だ。

 午前まるまる使ってのスタジオでの合わせを終えて、今は近くのバーガーショップで昼食を食べていた。


 文化祭で有志の出し物に出場するガールズバンドに誘われて、洋子はドラムを叩くことになっている。

 最初は、断った。人に見られると、緊張で演奏が崩れるのだ。バンドの場合は、一人一人に客の視線が集まりやすいから、きっと良い演奏は出来ないだろう、と予想がつく。洋子が出ても迷惑をかけるだけだとも思った。

 けれど、バンドの人達は打楽器パートのリーダーと友人関係にあるらしく、リーダーからもあがり症克服に役立つから出ろ、と言われてしまった。

 リーダーから指示されたら断るわけにもいかず、結局、周りに押し切られるようにして、参加する羽目になった。


 演奏自体は、難しくはない。テンポの早い激しい曲が多いから、速度を維持しつつ叩くことをしっかり意識すれば、吹奏楽の曲よりは単純である。

 問題は、人前で練習と同じように叩けるかだけだ。

 

「最後の演奏ヤバくなかった?」

「分かる、この調子ならマジで本番盛り上がるって!」

「うん! すごいステージ出来そう!」

 

 興奮気味に、メンバー達が言う。

 バンドのメンバーは、洋子以外三年生だ。年上の人達の会話には入りづらくて、聞くだけなってしまっている。

 ただ、洋子も最後の合わせは良かったと思った。全員が自分のパートを仕上げてきていて、演奏に乱れもなく、叩いていて気持ちが良かった。

 中学生になってからずっとバンドを組んでいたそうで、それだけの実力を彼女達は持っている。

 

「ドラム抜けてどうなるかと思ったけど、洋子ちゃんが入ってきてくれてほんと良かったー!」

「ほんとほんと。一年でこの腕前って、やばくない?」

「才能ありすぎ」

「そ、そんな……」


 口々に褒められて、小さく縮こまってしまう。褒められることには、まだ慣れない。


「なんかさあ、これだけ演奏良いなら、ちょっと遊びも入れたいよね」


 バンドのリーダーが、ストローの入っていた包みをくしゃくしゃにしながら言った。小さく畳んだ包みをテーブルに置くと、ストローからジュースを一滴垂らした。水分を得て、包みがぐねぐねと動き出す。それを見て、ひとりでくすくすと笑っている。


「何が面白いの?」


 メンバーの一人が言った。


「え……なんだろ?」


 その言葉に、全員の口から一斉にため息が漏れる。

 リーダーは、普段はどこか抜けた感じがある。歌って演奏している時ははっとするような凛々しさがあるのに、そうでない時との差が激しい。


「まあいいや。で、遊びって何?」

「ん~、なんかさ、ただ上手い演奏するだけでも盛り上がるけど、せっかくなら超大盛り上がりさせたいじゃん。何かやりたいんだよね」

「だから、具体的には?」

「思いついてないけど」

 

 言いたい事は、何となくわかる。

 パフォーマンスの面で、ということだろう。洋子も、頭を捻って脳を回転させる。とはいえ、バンドの経験がない洋子には、良い案は思い浮かばない。

 しばらくしてメンバーの一人が何か閃いたようで、ぽん、と手を叩いた。


「なんか、可愛い衣装とか良いんじゃない? せっかく出し物に出る時は服装自由なんだしさ! お揃いの衣装とか」

「ああ、それ、良いかも」

「えーでも、衣装用意するの大変じゃない? 作る暇ないよー?」

「それもそっか……」


 沈黙。


「あの、すみません、衣装は、作らなくても、私服でスタイルとか色を合わせて着るとか、どうですか?」

「私服で? あー……なるほど……」

「うん……良いね」 

「それ、いけるんじゃない?」

「私服なら、既製品で行けるし、スカートとかリボンで可愛らしくしたら、どうかな、って」

「ヤバッ。洋子ちゃん天才じゃん!」

「それ採用!」

 

 ファッションは、母親の影響で昔から好きだった。バンドのことに関しては何も言えないが、衣装に関してなら、洋子にも協力できることがあるかもしれない。

 その後も食事を続けながら、どんな私服にするか、色は何色にするかなど、テーマを決めることに夢中になった。


 文化祭のステージでは、数年前に解散したインディーズのパンクロックバンドの青春曲を、コピーして演奏する。彼女達に教えてもらって聞くようになったけれど、ぐっとくる曲が多い。

 ハードなスクールロック調の曲だから、せっかくなら、かなり甘い系統の服にして、ギャップを狙うと良いかもしれない。

 小一時間話が弾んで、ぼんやりとしたテーマは決まった。来週、全員で実際に服を選んで決めようということになった。


 食べ終えたトレーを下げて、店を出る。並んでスタジオに向かっているところで、


「洋子ちゃんはうんと可愛くして、三木君を虜にする作戦決行ですな~」


 とリーダーから言われて、大きな声を出してしまった。


「そ、そんなの必要ないですっ」

「いやいや、良いじゃ~ん、それ採用!」

「アイドルみたいな恰好させますか!」

「ヤバい! アイドルの洋子ちゃん、見てみたい!」

「もう! 先輩たち面白がってませんか!?」


 多分、顔が赤くなっているのだろう。

 そんな洋子を見て、皆で笑ってくる。

 

 四人とも、コウキとも友人らしい。そして、洋子のコウキへの好意も知っている。

 それで、コウキに関することを色々と教えてくれたり、相談に乗ってくれたりもしている。嬉しいし有難いけれど、時々こうしてからかわれるのも困りものだった。


「実際やつには罰が必要だよ。こんな可愛い洋子ちゃんの告白を保留にするとかね。許せん!」

「ですな~」

「後悔させてやろう!」

「それ採用!」

「いやあんた……さっきからそれ採用、しか言ってないよ」

「ばれた?」

 

 このままでは、本当にアイドルの格好をさせられかねない。


「うう、とにかく、私はそういうの良いですから!」


 一人だけ目立つ格好をしたら、羞恥心でまともに演奏できなくなる。

 絶対に嫌だ、と洋子は思った。

 何とか、無難な感じの服にしてもらわなくては。

 

 そんな新たな不安も生まれてしまったけれど、バンド自体は参加して良かった。

 最初は、年上の人達とバンドを組むなど、自分にできるわけがと不安だった。けれど、会ってみれば、全員良い人で、怖くはなかった。


 本番で緊張しないかも心配ではあるものの、今は練習が楽しくて仕方がない。

 新しいリズムや叩き方も覚えられて、自分のドラムの腕が上がっていくのが分かるのも嬉しかった。


 からかってくるのだけ、ほんとに恥ずかしいからやめてほしいんけれど、参加したのは間違いではなかったと思う。

 衣装のことは置いておいて、コウキに良いところを見せたいという気持ちはある。

 上手くいったら、ちょっとだけでも、洋子を意識してくれるようにならないか、という淡い期待もある。


 スタジオについて、午後からの練習がはじまった。

 今はとにかく、さらに演奏のレベルをあげることに集中しよう。貴重なスタジオでの練習だし、ドラムを思う存分叩けるんだから。

 

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