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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・文化祭編
31/444

四ノ一 「前兆」

 文化祭がひと月後に迫り、ステージで披露する曲の練習に、吹奏楽部は連日励んでいる。

 流行のポップス曲は比較的簡単な楽譜が多く、中学生の技術力でも演奏しやすいものが多いし、客にも受けが良い。

 とはいえ、何曲かは、立ち上がって身体や楽器を動かすスタンドプレイや、教師陣とのコラボダンスといった企画が計画されていて、その練習もあるから楽なわけではない。


 コウキはトランペットのソロを貰っているので、その練習も日々行っている。

 過去に戻ってきて、確実に以前よりトランペットの腕は上がった自信がある。それでも、ソロには不安がついてまわる。

 前の時間軸でも何度かソロを担当したが、美しい演奏は出来た記憶が無い。それだけに、苦手意識が強かった。


 そんな不安定な心情では、まともな音が出るわけもない。居残りをして毎日練習をしていても、納得のいく演奏にはなっていなかった。焦りばかりが募っている。


 録音したばかりのソロをレコーダーから流す。過去に戻ってきて貯めた金で、中学に上がって最初に買ったものがこのレコーダーだ。

 聴き終えて、もう一度ソロの頭から再生した。

 自分の演奏を、たとえ機械的な音だとしても客観的に聴くことは、価値がある。


 録音された音では、生の音に比べて薄っぺらさが気になってしまう。だが、その薄っぺらくなる録音ですら良く聞こえないのでは、生の音も良く聞こえるわけがない。


 だから録音を繰り返し、自分の演奏の問題点を洗い出し、修正を繰り返していた。

 もちろん、ソロばかりを演奏していても上手くなる訳がない。自分に足りないのは、基礎の力だということも分かっている。


 以前、高校生だった時は部の顧問の薦めでプロの奏者からレッスンを受けていた。その時に教わった基礎練習は、この二年間ほど、毎日欠かさず行っている。

 当時はプロのレッスンに効果を感じていなかったが、改めて自分でやるようになって、それはプロのレッスンが無意味だったのではなく、自分の心構えと練習メニューの理解度の問題だったのだと気がついた。


 どんな練習でも、自分がどういう意識を持ってやるのかによって、結果が違ってくる。

 教わったことは今、役に立っていた。


「コウキ君、そろそろ帰ろ」


 肩を叩かれて、はっとした。左隣のトロンボーンパートの席に、洋子が座っている。

 周りを見回すと、窓の外はすでに日が暮れて暗くなっており、音楽室にいた部員の姿もまばらになっていた。

 時計を見ると、もうすぐ最終下校の音楽が鳴りだす時間を指そうとしている。


「ごめん。片付けるよ」

「うん!」


 笑顔で頷くと、洋子はコウキの右隣で練習していた華にも声をかけ、一緒に準備室へと入っていった。


 譜面を閉じ、台を畳む。

 トランペットの中にたまった水を捨て、軽くボディを拭いてから、ケースにしまった。外したマウスピースを廊下の水道で洗い、丁寧にふき取ってからそれもケースに入れ、準備室の棚に戻す。

 コウキは自分の楽器を持っていないので、学校の備品を借りている。マウスピースだけは自前だが、楽器を持ち帰ることは出来ないのでいつも一緒に学校においておくのだった。


 マウスピースだけで練習出来ないことはないが、楽器をつけた時とは吹く感覚が違う。やりすぎは悪い癖がつく可能性もあるから、家では譜面を見ながら指の練習をする程度にとどめている。


「お待たせ」


 準備室で話していた洋子と華に話しかけたところで、スピーカーから最終下校の音楽が流れだした。

 最近は、洋子と華と帰ることが多い。

 家が同じ方向だし、練習も最後まで残る組なので、自然な成り行きだった。二人の仲が良いというのもある。


 夏前に知ったが、華は智美の妹だった。

 言われて初めて、名字が同じだし、顔も似ていると気がついた。

 小学校のバンドクラブの時から同じパートとはいえ、積極的に会話する仲では無かったので、どんな子なのかあまり知らなかったのだ。

 五月くらいから、段々と話すようになってきた。練習は熱心だし、コウキの助言もよく聞いて吸収していく、優秀な子だ。


「洋子ちゃん、ドラム問題なさそうだね」

「うん! ばっちり。凄い楽しいよ!」

「よく叩けるよね。私は絶対無理。同時に頭でいくつも処理なんて出来ないよ」


 華が言った。

 洋子は出し物のバンドだけでなく、吹奏楽部のステージでもドラムを叩くように顧問から指示されていた。パートリーダーからも推薦を受けたようで、ポップス曲のうちの何曲かは、洋子が担当する。


「俺も同感。家ではキーボードの練習してるんだけど、両手を使うだけでも難しいのに、ドラムは両足も使うもんな。出来る気がしないよ」

「慣れると勝手に身体が動くんだよね。難しいけど、上手く叩けるとすごく気持ちいいんだよ」


 心底楽しそうに、笑顔を浮かべながら洋子言った。

 最近、洋子はいつも上機嫌だ。有志のバンドで舞台に上がることだけはいまだに不安なようだが、ドラムを毎日叩けることがよほど嬉しいらしい。


 洋子は、コウキから見ても才能を感じる。努力を苦だと思っていない。

 華も、そうだ。同じトランペットを吹いているからよく分かる。一年生だった時の自分と比べても、圧倒的に高い音を出せるし、音も綺麗だ。華も、自分の楽器が好きなのだろう。

 いずれ、華がトランペットのトップを担うことになる、とコウキは見ている。その頃には、各段に技術力も上がっているに違いない。


 できれば、高校でも同じ部に来てほしいと思う。

 前の時間軸で高校生の時、一学年下の後輩に、上手い子がいた。あの子と華がいれば、高校のトランペットパートは、最強の布陣になるに違いない。

 この時間軸でもあの子が同じ高校に来るかは分からないし、華の進路も不明だ。未来が読めないのだからどうしようも無いことだが、トランペットの強い部は、かなりハイレベルになる傾向がある。だからこそ、トランペットの上手い子に集まってほしいと願ってしまう。


 暗い夜道を、楽器や曲の話で盛り上がりながら帰宅した。

 夏の暑さが去り、ひんやりとする季節になっている。日が暮れるのが早まって、練習時間も短くなった。

 三年生に残された時間はあとひと月。

 悔いのない舞台にしたい、とコウキは思った。















 休日のフードコートは、それなりの人の入りだ。昼時は過ぎているから満席ではないものの、ぱらぱらといる客の話し声で賑やかである。

 智美は、端の席で大判焼きを頬張っていた。

 コウキに教えてもらってから、ここのフードコートの大判焼きが気に入っていた。確かに彼の言う通り、美味しい。餡が絶妙なのだ。智美の好みの甘さをしている。

 あまり食べすぎると太る心配はあるけれど、一つ食べると、ついもう一つ余分に買いたくなる。


 陸上部は夏の大会で引退していたので、ここ最近の休日は、やることが無い。受験生とは言っても、勉強は好きではないし、進学先も学力の高いところに行く気もない。だから、ほとんど勉強らしい勉強もしていないせいで、受験生という感覚も薄い。


 今も、近くの公園で日溜まりに座りながら空を見上げてぼんやりと過ごしてきたところだ。

 この季節は、空の色も良いし雲が綺麗で、眺めているだけで一日が終わる。

 公園は、小さいこども達が走り回っていて適度に賑やかで良い。ベンチに腰かけているだけで、気分が和むから好きだ。


 樹で囲まれた公園なので周りの建物は隠され、ぽっかりと切り取られたように空が見える。そこを流れていく雲は常に姿を変えているから、いつまで見ていても飽きない。

 何かを考えている時もあれば、全く何も考えていない時もある。それが、楽しい。


 そうして空を眺めた帰りに、このスーパーのフードコートへ寄って、大判焼きを食べる。

 最近の休日のコースは、大体これだった。


 大判焼きの供には、自販機のミックスジュースと決めている。フードコートの外にある自販機には裏技があり、ある手順で二種類のジュースを選ぶと、その二種類が混ざって出てくる機能がある。これも、コウキが教えてくれた。

 自販機本体にもそんな説明は書かれていないので、コウキに教わって初めて知った。

 コーラとピーチジュースを合わせたり、ブドウジュースとサワーを合わせたり、組み合わせで味が変わるのが面白い。 


「あら、智美ちゃん?」


 後ろからカートを押すガラガラという音が近づいてきたかと思うと、聞きなれない声に呼ばれた。

 振り向くと、懐かしい人が立っていた。久しぶりでも、すぐにわかるくらい変わっていない。


「美奈のお母さん!」

「やっぱり! 大きくなったねえ!」

「お久しぶりです」


 美奈が私立へ進学してから遊ぶ機会も無くなったので、美奈の母親と会うのは、小学校の時以来だった。


「元気そうね。今日は? お休み?」

「あ、はい。もう部活も引退したんです」

「あら、そうなの。なんだか、見ない間に一段と可愛くなったねえ、智美ちゃん。一瞬別人かと思っちゃった」

「ええっ、いや、そんな……」


 急に褒められて、照れてしまう。

 美奈の母親は良く喋る人だった。昔から、家に遊びに行くと、なぜか美奈と美奈の母親と、三人で遊んでいた。美奈とよく似ていて、綺麗な人だ。四十代だったと思うけれど、三十代と言われても信じてしまいそうな若々しさである。


 美奈の母親が向かいに座ってきた。


「あ、美奈は、元気ですか?」

「うーん、元気なんだけど……ちょっと受験のことで神経質になっちゃってて、参ってるみたいなの」

「そう、なんですか」


 昔から美奈は勉強熱心で、母親のために、とよく言っていた。あの美奈なら、今頃、高校受験のために勉強漬けなのだろう。


「最近、というか、もうずっとなんだけどね。心配だけど、あの子、大丈夫としか言ってくれなくて」

「ずっとって……そんな状態で、大丈夫なんですか?」

「私立だし、勉強が大変でストレスなのかも。私にも、弱音を吐いてくれないのよ」

「じゃあ、今度、会いに行っても良いですか?」

「え?」

「美奈に元気がないなら、相談に乗ったりとか、できないかなって。久しぶりに会いたいですし」

「良いの? こっちからお願いしたいくらい! 是非来てね! 美奈にも伝えておくわ!」

「じゃあ、また美奈の携帯に連絡します」

「お願いね。きっと喜ぶから」


 それからもう少し美奈の母親と話した後、大判焼きとジュースを食べ終えて、フードコートを出た。

 朝は天気が良くて暖かかったので薄手の白ブラウスの上にグレーパーカーを羽織っただけで出てきた。夕方になると、この恰好では少し肌寒さを感じる。開けていたパーカーの前をしめて、ポケットに手を突っ込んだ。


 静かな路地を、足元に目を落としながら進んでいく。

 美奈に最後に会ったのは卒業式だった。それからは連絡も取っていなかったから、連絡するのも会うのもちょっと緊張する。けれど、美奈が元気がないというのは心配だった。


 小学生の頃は、性格は真逆だったのに気が合う部分があって、クラスも違うのによく遊んでいた。大人しい子だった。本を読むのが好きだったはずだ。智美は読書は苦手で、美奈が本を読む時は、横で少女漫画を読んでいた。

 蘇ってきた思い出に、懐かしさを感じる。

 まだ、美奈は自分のことを友達だと思ってくれているだろうか。


 帰ったら、すぐに連絡しよう、と智美は思った。

 自然と、家に向かう足が速くなっていた。

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