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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・文化祭編
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四の序 「一人の小さな行動とその責任」

 季節は瞬く間に過ぎていく。

 春の陽気が消え失せ、しとしとと雨の降り続ける梅雨がやってきて、台風がそれを吹き飛ばした。

 生徒の衣替えが終わり、暑い日差しが降り注ぐ季節になった。


 コウキの三年生の夏は、受験は頭の隅に追いやって、吹奏楽コンクール一色だった。

 今年こそは、今年こそはと毎年三年生は考える。だが、その熱量は一、二年生との間に差があり、部員一丸となって県大会へ、という雰囲気ではない。

 こどもの時間は、中学生の時間は、コンクールは、いつもその時限りだ。それでも人は、つい「まだ先がある」と考えてしまう。

 自分達がそうであったように、きっと今の一、二年生も、三年生になってやっと本気になるのだろう。


 夏のコンクールは、地区大会で終わった。金賞を得ながら、代表には選ばれなかった。

 どうすれば部員全員が一つの目標に向かって突き進めるのか。

 卒業し、大人になってからも、度々それについては考えていた。

 今こうして過去に戻ってきてやり直していても、やはりその絶対的な方法は思いつかない。


 自分の力不足だ、とコウキは思った。

 別に、驕っているわけではない。コウキ一人で、今すぐ何かが変えられるわけではないことは、分かっている。だが、自分だけが未来から来たのだから、その知識で何か部にとって役に立てることが、あったはずなのだ。それでも、この結果だった。


 そうは言っても、地区大会止まりの落胆を引きずりながら生活できるほど、中学三年生は暇ではない。コンクールの余韻はそこそこに、部員の気持ちは次のイベントへと向きはじめている。

 三年生にとって最後の舞台となる文化祭が、秋の風と共に迫っているのだ。

 

 東中の文化祭は毎年二日間かけて行われ、文化部の発表、有志による出し物、メインの合唱コンクールがある。吹奏楽部が舞台に上がるのは、初日の文化部の発表ステージだ。

 ポップス曲を中心に、生徒に楽しんでもらえる曲目を選んである。十曲近くあるので、その練習で段々と忙しくなるだろう。

 文化祭が終わると、三年生は部を引退し、受験に頭を切り替えていく。三年生部員にとって、中学校生活最後の一大イベントが、文化祭なのだ。

 

 出し物はダンスや歌、劇、漫才など、生徒の一芸を発表するステージで、公募日までに名乗りを上げたグループが、教師と生徒会のオーディションで選ばれ、全校生徒の前でその芸を披露する。それなりの質でないと認められないから、必然的に全体のレベルもそこそこ良いものとなる。

 運動部にとっても出れば目立てる重要なステージであり、生徒にとっては、これがメインイベントといっても良いくらいだろう。


 驚くべきことに、洋子はそれに出るバンドに、ドラムとして誘われたらしい。

 楽器に触れてまだ数か月だというのに、洋子はドラムが叩けるようになっていた。梅雨時に母親に電子ドラムを買ってもらってから、毎日叩いているとは聞いていたが、異常な速度で上達している。

 素直な性格で、教わったことをすぐに吸収するし、練習を苦だと思っていないからだろう。ドラムとスネアの腕は、もう初心者とは思えないほどだ。

 その分、他の打楽器の練習がおろそかになっていて、鍵盤打楽器やシンバル、ティンパニなどは、お世辞にも上手いとは言えず初心者らしいレベルのままではある。


 しかし、始めて半年程度で、一つだけとはいえ楽器の技術が高いのは凄い事だ。管楽器の奏者はもともと一つの楽器しか練習しない。それなのに、半年程度では素人に毛が生えた程度の技量の子が多い。洋子は、一応他の楽器も練習しながら、なおかつドラムを上達させているのだから、その努力の量は相当なものだろう。

 好きは一番の才能だと言うが、洋子を見ていると本当にその通りだと思う。

 

 なぜバンドに誘われることになったのか聞いてみたところ、洋子はたまに打楽器のパートリーダーに許可を貰って部の所有するドラムを叩いていたが、その音を聞きつけたバンドの子が乗り込んで勧誘してきたらしい。

 目立つのが苦手な洋子は断ったそうだが、あまりにも熱心に頼まれたうえに、その子はパートリーダーの友人で、パートリーダーからもあがり症克服のために出ろと指示され、出るしかなかったようだ。

コウキもそのバンドの子とは友人関係にあるが、押しの強い子だった。強く説得されて、洋子が押し負けるのも無理はない。


 洋子は、合奏練習の時に自分一人での演奏を指示されると、途端にボロボロになる。合奏では問題がないのに人に見られると上手く演奏できなくなるというのは、奏者として問題だ。

 吹奏楽と違って、バンドはそれぞれの楽器が一人ずつしかいない。必然、視線も一人一人に多く集まる。確かに、あがり症の克服にはうってつけだろう。


 顧問から部のドラムの使用許可もでたようで、思う存分ドラムを叩けるのは嬉しい、とはしゃいでいた。やはり電子ドラムとでは感覚が違うらしく、生のほうが圧倒的に楽しいらしい。

 そのあたりはコウキには経験がないのでよく分からなかったが、確かに洋子はドラムを叩いている時が、一番活き活きとしている。

 パートリーダーも文化祭までは、部活後なら好きなだけドラムを叩いていいと許可をくれたらしく、洋子は喜んでいた。


 ふと、洋子は前の時間軸では、どんな人生を送っていたのだろう、とコウキは思った。

 おそらく、コウキは前の時間軸でも、洋子を小学校の絵本室でいじめから救っている。ぼんやりとだが、女の子を助けた記憶があるのだ。あの女の子は、洋子だったのではないか、と考えている。


 助けただけで、それきり関わることはなかった。あの後、どうなったのかも知らない。

 吹奏楽部には入部していなかった。だからきっと洋子はドラムにも出会わなかっただろう。コウキを好きだと言ってくれた事実もなかった。 


 直接コウキが洋子の人生を操作したわけではない。だが、結果的にはコウキが過去に戻ってきたことで、洋子の人生は大きく変化した。

 それで彼女は今、幸せなのだろうか。


 洋子だけではない。

 コウキが過去に戻ってきたことで、多くの人の人生に変化が生まれた。

 一人の小さな行動には大した意味はないと言われるが、そうは思わない。現に、コウキの動き一つで、未来は変わった。もうこの時間軸は、前のそれとは全く別物だ。


 特別何かをしたわけではない。ただ、人との関わり方を変えただけだ。それで、ここまで変化が起きた。

 それは、世界という広い視点で見れば些細な変化だろう。だが、こうやって小さな場所から小さな変化が起き、それが世界中で常に繰り広げられて、未来が作られているのだ。


 だからこそ、自分の行動に責任が生じる。

 自分の選択一つで、自分に与える影響、周りに与える影響、世界に与える影響が変わってくる。世界を、未来を形作っているのは、今生きている自分達なのだ。

 過去に戻ってきて、改めてその事を強く実感している。


 大人の記憶を保持したまま、こどもからやり直しているのだから、好き放題やろうと思えばやれただろう。思うままの人生にすることも可能だったかもしれない。仮にそうしたとしてもペナルティは無いと、薬をくれたあの不思議な店の店員は言っていた。

 だが、そうすることで起きる変化に、自分は責任が持てるのか。

 責任が持てるなら、行動して良いのか。


 この問いかけに、正解があるのかは分からない。

 それでも、考え続けることをやめないだろう。答えが出るか出ないかではなく、常に考え続ける事。

 それが人間に与えられた責任だ、とコウキは思った。

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