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青春ユニゾン  作者: せんこう
小学六年生・美奈編
3/434

二 「後悔していたこと」

 今後のことも含めて、じっくりと考えていたいところではあるが、そうも言ってはいられなかった。

 だらしない小学生の夏休み最終日間近といえば、あとは言うまでもないかもしれない。大量の宿題をやり残していた。


 小学校から高校卒業まで、夏休み中に余裕を持って宿題を片付けた事は、一度たりともない。

 毎年八月末はこんな調子だった。

 母親からは、始業式の九月一日までの三日間で、全て片付けるようにきつく言われた。それまで、外出も禁止されてしまっている。


 せっかく人生をやり直すというのに、宿題などというくだらない事に時間を使いたくはない。だが、母親に目をつけられている以上、やるしかない。

 幸い、小学六年生の宿題は、今のコウキにとっては考える必要もないくらい簡単なものばかりだったので、順調に進み、なんとか三十一日の昼には残っていた全ての宿題を片付けられた。

来年からは、早め早めに終わらせておきたいところだ。こんな事で時間を無駄にしたくはない。


 無事に母親からは外出の許可が下り、昼食を食べた後は外へ出かけることにした。家にこもりきりだったので、まずは気分転換がしたい。


 コウキが出かける頃には、母親はもういなかった。また、パチンコだ。

 置かれていた昼食代の千円はいただいておく。これから先、うまくやっていくには、金はかなり重要になってくる。今のうちにしっかりと確保しておかなくてはならない。

 前の時間軸ではお年玉は全て親に預けていたが、結局一円たりとも戻ってこなかった。親に預けるというのは、そういう事だ。だから、これからは自分で貯めていく。


 今は何か欲しい物があれば申告して金を貰う方式だが、いずれは親と交渉して、賃金制か小遣い制を導入してもらった方が良いだろう。

 以前はほとんど買うものがなかったからそれで良かったが、これから先は使い道も多くなる。その度に申告していては、家計への負担が大きくなる。両親にとっても、どちらかの方が良いはずだ。


 外に出て、コウキは小学校に向かった。家から小学校までは、歩いて三分程度で着く。

 四年生の頃に今のマンションに引っ越したが、一つ前のアパートよりかなり近くなったので、登校が楽だった。

 

 学校へやってきた目的は、とりあえず二学期初日である明日の登校日の前に、学校を観察しておく事だ。

 明日になって、自分の席やクラスメイトの名前も分からないような不審な行動を取ると、周りに変な目で見られるかもしれない。事前に、懐かしの小学校に慣れておく必要がある。


 大人になってから一度だけ思い出に浸りに訪れていたが、未来と今とで、小学校は大分違っていた。

 未来では時間が経って成長していた中庭の植栽が、造園業者によって今まさに整備されているところである。

 前の時間軸でも、ちょうどこれくらいの時期に、それまで鬱蒼としていた中庭の整備がはじまって綺麗になったのだった。

 

 教師が職員室にいたので、校内に入れてもらい、散策した。

 図書室が小さい。窓から見える本の名前だけでも、いかにも小学生用と言わんばかりのものしかない。隣には低学年用の絵本室。

 PC室もある。この頃は、まだ画面が大きく箱型だった。


 渡り廊下も、その窓から見える風景も、生徒が過ごす教室のある生徒棟も、全てが懐かしい。

 大人になってからの視点と子どもの視点では、見える景色も全然違う。

 かつて見慣れた景色のはずなのに、コウキは得も言われぬ感動で、胸がいっぱいになった。

 懐かしい友人達とともに、またここで学ぶのだ、と思った。

 

 校内を回っているうちに、不思議な現象が起きた。

 元々あまり記憶力が良いほうではなかったので、小学生の頃の記憶は、ところどころしか覚えていない。

 突然、次々とその記憶が脳内に押し寄せてきた。

 小学校一年からこの夏休みまでの、この学校で得た今までの記憶全てが、洪水のように流れ込んでくる。  

 これはコウキ自身の記憶だったのか、それとも、この時間軸の消えてしまった自分の記憶だったのか。


 なぜ、忘れていた記憶が全て思い出せたのかは、分からなかった。

 ただ、鮮明な記憶に触れた事で、未来から戻ってきたのではなく、まるで、ずっとこの身体で生きてきたかのような錯覚を感じた。

 小学生以前の幼い頃の記憶と、中学生以降から薬を飲むまでの記憶は、相変わらず自分が覚えている限りの事しか分からないのに、小学生の時の記憶だけ、はっきりと思い出せるようになっている。

 

 形容しがたい感覚。

 今の記憶と未来の記憶がごちゃ混ぜになっているようで、頭が混乱気味だった。


 少し、身体を休めたい。

 自分の教室は六年四組だ。

 コウキは六年四組の教室へ向かい、中へ入った。

 

 席は、窓際にある。そこまで行き、窓を開けてから椅子に座った。

 一息ついて、教室内を見回す。

 各席の椅子の背もたれに、名前の書かれたシールが貼ってある。懐かしいクラスメイト達の名前を見て、一人一人の顔が思い出される。先ほど押し寄せてきた記憶のおかげで、全員の顔がはっきりと分かる。


 明日には全員と会えると思うと、ちょっとした高揚感を感じた。

 コウキは、クラスの人気者ではなかった。むしろ、短気な性格が災いして、友人は少ない方だった。それでも、またクラスメイトに会えるというのは、嬉しい気持ちが大きい。

 中学までは同じ学区だったが、高校になってほとんどの同級生とバラバラになったので、それ以来会っていない子ばかりである。


 押し寄せてきた記憶では八月頭の登校日に顔を合わせているが、コウキ自身が生でクラスメイトに会うのは、十年以上ぶりだ。

 早く会いたい。


 蒸し暑い教室の中で、セミの声に耳を傾けながら休んでいると、足音が近づいてくるのが聞こえた。

 この教室は生徒棟の三階の一番奥にある。明らかに、足音はこちらへ向かってきている。

 扉の前で足音がやみ、やってきた誰かが、扉を開けた。


「あれ?」


 女の子だった。


「三木君じゃん」


 コウキの名前を呼んだのは、クラスメイトの桑野奈々だった。きょとんとした表情をしている。

 可愛らしい容姿で、クラスでも結構人気のある子だった。コウキ自身は、あまり話した事はない。

 コウキの顔を見ながら、中へ入ってくる。手を挙げて、声をかけた。


「奈々さん、久しぶり。元気だった?」

「……はっ!?」


 奈々は大きな声を上げたかと思うと、目を見開き、のけぞるような姿勢で、こちらを凝視してきた。


「えっ? な、何?」

「あ、いや、ううん……」


 奈々は首を振ると、自分の席に向かい、持ってきたカバンの中から道具箱を取り出して机の引き出しへと入れた。


「うわ、頭いいね」


 思わず口に出していた。

 この小学校では、机の引き出しにちょうど収まる大きさの道具箱が一人ひとつあって、そこに筆記用具や教科書といった持ち物を入れる。

 長期休みになる度に持ち帰るため、始業式や授業開始日に改めて持ってくる際には、嵩張って邪魔になる。事前に持ってきておけば楽というわけだ。

 

 奈々はこちらをちらっと見ただけで、何も言わず、そのまま出て行ってしまった。


「あれ……?」


 奈々とは、あまり会話する仲ではなかった。それでも、冷たい態度をとられる間柄でもなかった。

 何かおかしいことをしただろうか。

 考えてみても、思い浮かばない。明日以降、また声をかけてみれば良いだろう。


 奈々が教室を出ていってしばらくして、頭も大分落ち着いたので、コウキも学校を出ることにした。

 帰りに校庭を横切ったら、低学年の子達が遊具で遊んでいるのが見えた。

 鉄棒を上る遊具や滑り台、クジラの形をした鉄パイプの骨組み。

 懐かしい遊具だ。明日以降、絶対やろう。

 大人の身体では小さすぎて遊べない遊具も、この身体なら楽しいだろう。


 帰宅した後は、少し腹が空いたので、近所のスーパーへ行った。未来では、閉店してマンション併設型のスーパーに作り替えられたが、今はまだ、昔のスーパーのままだ。

 ここのフードコートの大判焼きが、美味い。

 潰れてしまって、もう二度と食べられないはずだった。

 

 席に座り、買ったばかりの大判焼きを手に取る。中央で半分に割ると、こぼれそうなほどの餡子が顔を出し、大量の湯気を吐き出した。

 大判焼きは、タイヤのような丸い形の小麦粉生地の中に、餡がぎっしりつまった和菓子で、どら焼きともまた違った味わいがある。小豆餡やカスタードクリームなど様々な味があるが、コウキは小豆餡が好きだった。

生地の焼けた香ばしさと餡の甘さと風味が、実にバランス良く合わさっていて、これが一つ八十円という安さである。

 懐かしさと美味さに、笑いが浮かび上がる。


 もう一つ買い足して食べていると、フードコートに二人組のこどもが入ってくるのが見えた。


「あ」


 吉田里保と中村智美だった。

 向こうもこちらに気づいたらしいが、声をかけてくる事はなく、離れた席に座った。

 当たり前の反応だ。

 コウキは、五年生であの二人と同じクラスだった。

 その時、里保の事をキモイ、ウザイ、と言っていじめていた。


 コウキが、後悔していた事の一つだった。 

 コウキは、こども時代、いじめっ子でありいじめられっ子だった。

 時には里保のようなちょっと暗い子をいじめ、時にはクラスの人気者に短気だった自分を馬鹿にされ、いじめられた。


 いじめられる側の辛い気持ちを理解していながら、いじめる側にも回る。その自分の醜さが嫌いだった。大人になってから、強く後悔し続けていた。

 相手を異質な存在だと勘違いし、排除しようとする。正しい事ではないと頭では分かっているのに、平然としてしまう。いじめとは、そういうものだ。


 いじめを否定するようになってから、自分がかつていじめに加担していた事実が忘れられなくなり、頻繁に里保の事を思い出していた。

 いじめなど、無くなってしまえばいい。大人になってそう思いながら、しかし、自分もかつては加害者の一員だったのだという事実に、やりきれない思いを抱いていた。

 ずっと、彼女に謝りたいと思っていた。


 智美とは、五年生まで仲が良かった。一緒に遊んだ事もある。

 智美は、里保と仲が良かった。里保をいじめるようになってから、智美に嫌われるようになった。

 当時はその二つが結びつかず、不思議に思っていたが、今ならわかる。

 友達をいじめる人間と、仲良くしたい訳がない。

 自分は、そんな簡単な事にも気づかない愚か者だったのだ。


 こうして偶然でも会えたのは、幸運だ。

 許してもらえるかは分からないが、気持ちだけは伝えておきたい。

 大判焼きを食べ終えて、二人の傍へ近づいた。


「吉田さん」


 びくっ、と里保の身体が跳ねる。緊張が、全身から伝わってくる。

 智美が、睨み付けてきた。


「ごめん」


 深く、頭を下げた。


「五年生の時、キモイとかウザイとか言って、ごめん。吉田さんをいじめた事を、後悔してた。酷い事を言って傷つけて、本当にごめん」

「急に、なに……」


 料理を食べる手を止めて、里保がこちらを見てくる。怯えにも似た感情が、その瞳に見え隠れしている。疑いの感情も、見て取れた。

 

「俺、自分もいじめられる側の気持ちとか、馬鹿にされる側の気持ちを知ってるのに、吉田さんの事をいじめていた。今になって、最低な事をしたって気づいたんだ。それで、謝りたかった。いじめた事実は消えない。吉田さんを傷つけた事実も。許してもらえないかもしれないけど……それでも、謝りたかった」


 里保は、俯いて何も答えない。沈黙が広がった。

 フードコートの調理場で回る換気扇の音と、店内に流れる音楽の音が、場違いに騒がしい。

 ちらりと智美を見ると、彼女も困惑した顔をしていた。


「明日から学校はじまるけど、もう、いじめは絶対にしないって決めたんだ。だから、吉田さんとも、話せたらと思う。でも、無理にじゃない。許せないなら、無視してもらって構わない。俺がした事は、許されない事だから。本当に、ごめん」


 それだけ伝えて、踵を返した。元々、返事がもらえるとは思っていない。伝えておきたかっただけだ。

 歩き出そうとしたところで、里保が声をかけてきた。


「三木君を、すぐには許せない。だけど……謝ってくれたから、もういいよ」


 驚いて、振り返った。里保は俯いている。

 思わず固まってしまったが、慌てて頷いた。


「……分かった。ありがとう」


 今は、これ以上ここにいないほうが良いと思った。

 二人に別れを告げ、そのまま家へ戻る。

 帰宅して、自室のベッドで寝転がった。白い天上を見上げて、息を吐く。


 すぐには、里保も納得できないだろう。もういい、とは言ってくれたものの、まだ疑いの気持ちもあるはずだ。

 謝れば、里保をいじめた罪が消えるわけではない。

 里保の心にも、まだわだかまりは残っているに違いない。


 それでも、もういいよ、と言ってもらえた事が、素直に嬉しかった。

 拒絶する事も出来たはずだ。罵倒して、近づくなと言う事も出来たはずだ。

 里保は、許しを選択してくれた。


 誰かをいじめる、傷つける。

 大人になってからもずっと心にひっかかっていた。

 その愚かさが。


 もう、二度とそういう事はしない。そして、出来れば里保とも智美とも、友達になりたい。

 二人だけではない。関わる全ての人と、良い関係を築きたい。

 本来、人間とはそういうものであったはずだ。


 つまらない価値観で、敵対し、拒絶し、排除する。それは、人間の持つ負の面だ。

 昔のコウキは、容姿で人を選ぶ人間だった。

 容姿が整っているか、そうではないか。自分のくだらないその基準のみで相手を判断し、選んでいた。

 智美は、小学生には見えないような大人びて、はっとする程の容姿をしている。里保は、普通の女の子だ。


 たった、それだけ。容姿が良いか悪いか。

 それだけで、優劣を決める人間の底辺。

 それが、こどもの頃のコウキだった。

 

 大人になってから、それが嫌だった。なぜ人を見た目で判断していたのかと、後悔を重ねた。

 仲よくしなかったあの子やこの子も、向き合って話せば友達になれたかもしれない。

 自分から人を遠ざけておいて、孤独に至り、それを嘆く愚かな人間が、自分だった。

 

 いじめの加害者でもあり、同時に被害者でもあった。

 その経験があったから、いじめをやめ、誰とでも分け隔てなく接する事の大切さを知れた。


 だが、本来ならそんな経験が無くても、理解する事は出来たはずだ。

 いじめの過程で、多くの人を傷つける必要など、無かったはずだ。

 そんな事実を積み重ねずとも、人と人は分かり合えると、こどもだった自分は、理解しようとしなかった。


 過去に戻りたかった理由の一つは、それだった。

 過去のどの時点に戻るのかは分からなくても、戻った時点から、やり直したかった。


 誰とでも分け隔てなく関わる。

 それがしたかった。

 

 大人になってからは、そうしてきた。それでも、子どもの頃の事実と罪は、消えないのだ。 

 ぼんやりと思っていた"後悔していた事"を、コウキははっきりと意識した。

 まずは、一つ。

 

 明日から学校が始まる。

 今までいじめてきた子や、避けてきた子達と、もう一度よく話してみよう。


 許してくれない子もいるだろう。

 それでも良い。

 

 ただ、もう自分がこれ以上他人を傷つけたりはしないと、伝えたい。

 自己満足にすぎないが、それをする事で、コウキは前に進めるかもしれない。


 過ちを繰り返してきた。

 それを、やり直す。


 決意が、心の中で大きくなった。

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