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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・成長編
299/444

十二ノ二十九 「メイン曲」

 年が明けると、花田町には雪が降っていた。三河地方は比較的暖かな地域だから、雪自体、珍しい。

 窓の外で、弱い雪が地面に落ちては溶けていく。

 この程度なら、積もりはしないだろう、と丘は思った。


 ストーブの稼働音が、暖気と共に吐き出されている。腰の高さもない小さなストーブでは、職員室全体を暖めることは不可能だ。せいぜい丘の周りがマシになる程度で、厚着をして、熱いコーヒーを飲んで、どうにか過ごしていられる。


 窓から視線を外して、自分の机に戻った丘は、広げていた総譜を手に取った。

 昨日、宅配便で届いたばかりだ。

 演奏時間はさほど長くはないが、金管セクションがかなりハードな曲である。


 新年度のコンクールも見据えて、生徒のレベルアップは重要な課題だった。定期演奏会を簡単な曲だけで終わらせるのではなく、難易度の高い曲を組み込むことで、成長の機会としても利用する。

 そのために、この曲を第一部のメインとして選んだ。


 それに、今年は全国大会へ行ったことで、来場者も増えることが見込まれる。客にインパクトを与えるためにも、この曲は最適だった。

 生徒が集合したら、音楽室で発表する。

 生徒の反応が楽しみだ、と丘は思った。






 







「新たに届いた曲です。『サモン・ザ・ヒーロー』。一部のメイン曲にします」


 万里は、丘の言葉に一瞬耳を疑い、それからすぐに、コウキと顔を見合わせた。

 それは、万里とコウキが、いつか演奏したいと語り合っていた曲だった。


「マジか!」


 コウキの顔が、紅潮している。


 パート譜が配られ、手元にやってきた。目を落とすと、譜面が音符で埋まっていて、見るからにトランペットにはハードな曲であることが分かる。隣のみかが、嫌そうにうめき声を上げた。


 曲の冒頭は、トランペットパートによるアンサンブルから始まり、金管セクションが開幕を告げるファンファーレを鳴らす。そして、トランペットによる長いソロだ。


「金管セクションが鍵になる曲です。頑張ってください」

「はい!」

「トランペットパートは、ソロのオーディションをやりますよ」

「はい!」


 もう一度、コウキと顔を見合わせる。コウキが吹きたがっていたソロだ。そして、万里も聴きたかったソロでもある。


 しかし、このタイミングでか、と万里は思った。

 今のトランペットパートには、逸乃と月音もいる。この二人からソロを勝ち取るのは、いくらコウキでも容易ではない。確かにコウキのレベルはすでに逸乃と月音に劣らない段階まで来ているが、それでも、二人とは経験の差が違う。


「……だから、今か」


 コウキが呟いた。


「え?」


 小声で、聞き返す。


「俺は何度も先生にこの曲をやりたいと言ってたんだ。それを先輩達もいるこの時に持ってきたってことは」

 

 はっとした。


「ソロを吹きたいなら先輩達を超えろ、ってこと」

「そういう事だと思う」


 来年度からトランペットパートの核になるのは、コウキだ。それは、部員の誰に聞いても間違いなく返ってくる答えである。日頃からコウキに対する丘の接し方を見ていれば、丘もそう思っていることは分かる。


 今、コウキが逸乃と月音を超えられなければ、来年、トランペットパートは大きくレベルダウンすることになる。それでは、全国大会をもう一度目指す事は難しい。だからこそ、超えてみせろというのだろう。


 万里も他人事ではなく、コウキ一人が上手くても、合奏としては成り立たない。パートでソロのオーディションをするということは、全員がソロを獲るつもりで上手くなれ、と丘は言いたいのだ。


 身が引き締まる思いがして、万里は、背筋を伸ばしていた。














「えげつない曲持ってきたね、丘先生」


 月音と二人で、話していた。英語室で、他には誰もいない。


「これ吹けるかなあ。どう思う、月音」


 楽譜を眺めながら、逸乃は言った。

 昔のオリンピックのテーマソングとして作られた曲で、映画音楽で有名なジョン・ウィリアムズの作品である。相当な技量がなければ吹ききることは不可能な、難曲だ。

 トランペットパートに、一曲で唇を死なせろと言っているのか、丘は。


「やるしかないけども、いや、厳しいよ」

「だよね。番手割り、どうしよう」

「六番まであるとか、見たことないもんね」


 通常の吹奏楽曲なら、トランペットパートは三番まで、多くても四番までだ。

 花田高にはトランペットパートが7人だから、ほぼ、各パート一人ずつの配置になるということである。


「ソロに選ばれた子がファーストで、もう一人がサポートって感じかな」

「そだねえ。コウキ君は、絶対ファースト獲りに来るよね~」


 月音が言った。


「なんで?」

「コウキ君、この曲めちゃくちゃやりたいってずーっと言ってたもん。丘先生も、それを分かっててこの曲選んだと思うよ」

「そうなんだ」

「コウキ君が好きな奏者のティム・モリソンがソロやってる曲だよ」

「へぇ」


 丘の意図を、推察してみる。

 コウキにソロをやらせたいのなら、来年コウキが三年生の時にやればよかったはずだ。なのに、丘は今年の定期演奏会にこの曲を持ってきている。

 コウキの要望に応えたのは間違いないだろうが、ただそれだけではないのだろう。


 しばらく考え込んで、逸乃は、ああ、と言った。


「丘先生、私達にコウキ君を止めてみせろって言いたいのかな」


 月音が、首を傾げた。


「どういうこと?」

「月音の言う事が本当なら、丘先生はコウキ君にソロやらせたいんだろうね。でもそれだけなら、来年やればよかった。なのにわざわざ私達がいる今年にやるってことは、私達にコウキ君の壁になってほしいんだよ」

「んー?」

「つまり、コウキ君には、このソロを吹きたいなら、全力で私と月音を超えてみろって言いたいんじゃないかな。で、私と月音には、コウキ君が超えようとしてくるから更にその上を行け、って言いたいんだと思う。そうすればコウキ君はもう一段上を目指さなきゃいけない。結果的に、更にレベルアップする。多分、来年のコンクールを見据えて、このソロをレベルアップの機会にしたいんだと思う」

「なるほどねぇ。私、コウキ君に譲るつもりでいた」

「駄目だよ。それじゃ多分、丘先生がこの曲を選んだ意味が無い」

「ちぇっ」


 とは言っても、逸乃と月音でも、『サモン・ザ・ヒーロ―』のファーストは、かなりきつい。

 休むことなく一曲吹き続けるだけのスタミナは、あるだろうか。

 

 譜面をざっと見ただけでも、今まで吹いてきたどの曲よりも、各段に唇への負担がある。

 それに、定期演奏会はこの曲だけをやるわけではない。

 この曲さえ吹ければいい、というものでもないのだ。スタミナの配分を考えないと、他の曲まで駄目になりかねない。


 ソロにまで気を配る余裕が、あるだろうか。


 

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