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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・成長編
298/444

十二ノ二十八 「コウキと月音 五」

 誰かと一線を越えないのは、過去の恋愛が原因の躊躇からか。

 周りは本当の自分よりもこどもだからという倫理観からか。

 リーダーとして正しくあるためという責任感からか。

 それとも、洋子と交わした約束があるからか。


 どれもその通りなようで、どれも違う気がする。

 ただ、事実としてあるのは、もうその段階で止まるのは限界に近い、ということだけだ。

 

 目の前にいる美少女が、切ない顔をして、瞳を潤ませている。

 彼女の頬に触れた手のひらからは、その火照りが、はっきりと伝わってくる。

 何故、頬に触れたのか。触れたら、離せなかった。

 吸いつくような肌が、物欲しそうな表情が、情欲を煽る。


 溺れたい。のめりこみたい。

 月音への想いは、本物だ。どうしようもなく、惹かれている。

 月音の身体が、欲しい。


 だが、許されるのか。

 理性と情欲の狭間で揺れる心が、お前はそれでいいのか、と語りかけてくる。

  

 時計の針の音が、沈黙の室内に響いている。


 先に動いたのは、月音だった。

 コウキの胸に、手を当ててきた。その手は、意思を持った生き物のようにコウキの身体を這い、くすぐったいような、痺れるような感覚を与えてきた。


「……男の子の身体だね」


 ひとしきり這わせた後、月音が、呟いた。


「好き」


 言いながら、両腕を回し、抱きついてくる。

 柔らかな双丘の感触、うっとりする甘い香り。慣れているはずのそれらが、今はたまらなく胸をくすぐる。


 不意に首筋にキスをされ、コウキは、大きく震えた。

 目を合わせると、色をまとった笑みを向けられた。


 ああ。この月音だ。

 合宿の時を、思いだした。

 あの時も、月音は魔性の気を放ち、コウキの理性を崩壊させた。

 抗うことも忘れてしまうほどの、魅力。


 ついばむように、首に吸いついてくる。

 キスは徐々に顎へ、頬へ、と位置を変え、唇同士が、触れ合った。そっと確かめるような触れ方を何度か繰り返し、長い口づけに。思考が、ぼやけていく。

 そして、舌が、中へ入ってくる。


 コウキは、拒まなかった。自分から、受け入れていた。

 一度受け入れると、止まらなかった。

 細く柔らかな身体を強く抱きしめ、舌を絡める。


 情欲におぼれていく、心地良さ。好きな相手に求められる、幸福。

 彼女の喘ぎと吐息が、コウキの心を満たす。我慢していた何かが、弾けていた。

 

「コウキ君」


 名前を呼ばれる。


「コウキ君」


 喘ぎに混ざって繰り返される呼びかけに、コウキは答えない。代わりに、月音の身体に優しく手を這わせた。瞬間、月音の全身が大きく震え、すぐに弛緩し、身を預けてきた。

 

 月音は、受け入れようとしてくれている。求めてくれている。 

 壊れ物を扱うかのように、慎重に、服の中へと手を差し入れた。

 触れるか触れないかの微妙な手つきで、肌を撫でる。

 また、月音が震えた。


 一度、呼吸のために口を離すと、月音は完全にとろけきった顔をしていた。

 その顔が、コウキの中に悦びを湧き上がらせる。


「コウキ君」


 甘く、上ずった月音の声。

 答えず、コウキは、ただ笑いかけた。

 


 



 



  

 




 



「おーい、犬助くん」

 

 通学路の途中にある民家。柵の向こうにいる柴犬に向けて、声をかけた。

 気がついた犬が首をもたげ、尻尾を振る。

 年老いた犬だ。以前は柵の前まで来て撫でて欲しそうにしていたのに、最近は動こうとしない。

 けれど、前と変わらず洋子のことは見てくる。


「今日も大人しいね」


 小学校の頃からの付き合いだった。この辺りの小中学生に人気の、地域で愛される犬。

 飼い主の顔は、見たことがない。散歩の時間も洋子の行動時間とは合わないようで、柵のこちら側で犬と会ったことは、一度もない。

 柵で隔てられた、近いようで遠い存在。


「明日も元気でいてね。ばいばい」


 手を振ると、犬は、興味を無くしたように寝てしまった。

 歩き出し、空を見上げる。曇り空。日が出ていないせいで肌寒く、ウインドブレーカーを着ていても、震える。


 交差点に差し掛かって、赤信号で立ち止まった。行き交う車の音を聞きながら、ぼんやりと信号機を眺めていた。

 あと十五秒。十四秒。心の中で予想した秒数通り、零になったところで、信号が青に変わった。

 

 足を踏み出し、歩行のテンポに合わせて、リズムを刻む。簡単なリズムから、やったことのある曲のリズムまで。たんたんたん、と舌を弾いて出した音が、小気味よく鳴り続ける。

 そうしている間に、家に着く。鍵を取り出し、中へ入る。


「ただいま」


 誰もいない空間に声をかけ、靴を脱ぐ。そのまま自室に入ると、すぐに鞄とウインドブレーカーを机に置き、電子ドラムの椅子に座った。

 準備をし、ヘッドホンを着けて、スティックを構える。あとは、無心だ。


 湧き上がるリズムを、音に変えていく。強弱を変化させたり、リズムを変化させたり。ドラム中心のビートから、シンバル中心のビートまで。

 叩き続けていると、身体が熱くなって汗ばみ、動かし続けた腕や足には心地良い疲労が生まれてくる。そうして全身でリズムを堪能しているうちに、夕暮れになる。


「ふう」


 薄暗い部屋の中、ヘッドホンを外して、窓の外に目を向けた。夕陽に照らされた家々が、赤と陰のコントラストで彩られていた。

 冬の日暮れは早い。そろそろ、家族も帰ってくる頃か。


 携帯を開くと、待ち受け画面に、コウキと二人で撮った写真が表示された。画面の中で微笑むコウキを見て、笑みが浮かぶ。

 メールを開き、コウキとのやり取りを見返していく。携帯を開いたら必ずこれをするのは、癖のようなものだ。

 滅多に会えないから、貰ったメールの一通一通が宝物である。何度見返しても、心が満たされ、幸せな気持ちが胸に広がっていく。


 この時間なら、コウキは部活動中か。きっと、美しい音色をトランペットから放っているのだろう。また、あの音が聴きたい、と洋子は思った。世界で一番、コウキの音が好きだ。他の誰が奏でる音よりも、コウキの音は胸に来る。


 全国大会の後、正学生指導者になったと聞いた。予定より早かったらしいが、コウキなら問題なく務めるはずだ。それくらい、コウキの指導者としての才能はずば抜けている。 

 智美からも、コウキのおかげで急速に上達した人が花田高には多いと聞いているが、当然だろう。

 洋子も、東中から吹奏楽を始めた。打楽器を学ぶ上で、コウキのアドバイスが最も活きた。自分の中の音楽観はコウキが作ってくれたといっても過言ではないし、そのおかげで、上達が早まった。

 

 来年には、コウキとまた一緒に演奏できる。その時には華もいるし、同期のかなや真紀もいるだろう。智美もいるし、一緒に演奏したい人が、花田高には大勢いる。

 

「早く、四月にならないかな」

  

 遥か未来だと思っていた高校生活も、気づけば、すぐそこまで来ている。

 待ちわびた日々は、近いのだ。

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