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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・成長編
296/444

十二ノ二十六 「コウキと月音 三」

 ソロコンテストを終えた星子とコウキが学校に戻ってきていると聞いて、月音は、すぐに総合学習室に向かった。すでに他の部員達が集まって、二人を囲んでいた。人垣の間から、コウキと星子の姿が見える。


「で、二人とも駄目だったんだ」


 智美が言うと、二人が揃ってうなだれた。隣で、ピアノ伴奏を務めた山崎にいなが、申し訳なさそうな顔をしている。

 

「自信あったのにぃ……」


 星子が、今にも泣き出しそうな声で言った。

 会話の内容からして、コウキと星子は、二人とも代表を逃したのか。


「残念だったねえ」

「あと一点だよ、あと一点! そしたら県大会だったのに! 悔しすぎるううう」


 星子は、去年もソロコンテストに出場したものの、些細なミスをしたとかで代表を逃していた。今年こそと意気込んでいたから、悔しさも相当なものだろう。


「星子ちゃんとコウキ君でも、上に行けないんだね。うちらの中で特に上手いのに」


 夕が言うと、コウキが、力なく首を振る。

 

「星子さんはともかく、俺は話にもならなかったよ。緊張して全然上手く吹けなかったし」

「そ、そんなことないです、コウキ先輩。凄く上手かったです」

「ちょっと、にいなちゃん、お世辞なんて言っちゃだめ。コウキ君のあれは酷かったよ。もうちょっとマシな演奏出来たでしょ」

「いやその通りだけどさぁ、厳しいな……」

「土壇場でアがるなんて、コウキ君らしくなかったもん」


 ははは、とコウキが渇いた笑いを上げる。


「まあ、終わったことは仕方ないさ。出ただけでも、良い経験にはなったんだろ?」


 正孝が言うと、コウキは、まあ、と小さく頷いた。


「なら、良いじゃん。少なくともソロコンテストを経験した事の無かった時より、一歩進んださ」

「……そう、ですね。前向きにとらえるようにします」

「うん」

「ちぇっ、ポジティブな人間はこれだから嫌だ」


 星子が、口を尖らせる。

 

「あーあ。とりあえず、今日はもう帰る。疲れたし」


 言って、星子が立ち上がった。


「にいなちゃん、今日までありがとね。付き合ってもらったのに、ごめん」

「いえ、そんなことないです。楽しかったです」


 微笑んで、星子は総合学習室を出て行った。


「よし、他の子も、アンサンブルに戻って。練習再開するよ」


 智美の声に部員達が返事をし、散っていく。アンサンブルの練習が無い三年生達も、定期演奏会の準備のために、どこかへと消えていった。

 コウキも帰るつもりなのか、トランペットを背負って、立ち上がった。


「ねえ、コウキ君」

「あ、月音さん」

「帰るの?」

「はい。今日は俺も疲れたので。先生達にも報告は終わりましたし」

「じゃあ、一緒に帰ろうよ」

「え、でも定演の準備あるでしょ」

「家でやれる仕事だから。ちょっと待ってて、摩耶に伝えてくる」


 コウキの返事を待たずに総合学習室を飛び出し、隣の部室にいた摩耶に声をかけた。

 

「摩耶、ごめんけど家で仕事するから今日は帰る!」


 理絵と一緒にパソコン作業をしていた摩耶が、驚いた顔を向けてくる。


「ええ、急だね」

「今日はもう練習ないから良いでしょ?」

「いやでもリーダー会議はあるのに」

「メールで内容送っといて、ごめん!」


 摩耶が、理絵と顔を見合わせる。


「今日だけ! お願い!」

「どうせあれでしょ。コウキ君と帰りたいんでしょ、月音は」


 理絵が言う。


「うん、そう」

「はあ、そんな理由なの?」

「いや私には一大事なの。コウキ君、今から一人で帰るって言うんだもん。慰めてあげたいじゃん」

「ええー……」

「まあ、良いんじゃない、摩耶。三年は本当は今日出てくる日じゃないし」

「いやそうだけどさあ」

「ちゃんと仕事は家で進めてくるから!」

「んー……」


 かなり迷う様子を見せていたが、渋々といった感じで、摩耶が頷いた。


「分かった。じゃあ、今日は帰って良いよ」

「やった、ありがと、大好き! 理絵もありがと!」


 言って、月音は部室を飛び出した。コウキの元に戻り、親指を立てる。


「じゃ、帰ろう、コウキ君!」

「ええ、オッケー出たんですか?」

「うん、ばっちり!」

「どうやったの?」

「お願いし倒した」

「は~すげえ」

「片付けしたらすぐ行くから、先に下駄箱行ってて!」

「はーい」


 少しでも早く片付けて追いつけば、それだけ長く一緒にいられる。本気を出せば、一分もあれば片付くだろう、と月音は思った。

 


 

 


 

 

 月音と帰る時は、必ず田園地帯を通る。ここに入ると、車が通ることは滅多にないから、二人とも自転車を降りて、歩き出すのが当たり前になっていた。

 どちらからともなく、手を繋ぐ。月音が、指を絡めてくる。コウキも、それに応えた。


 特に、話すことはなかった。いや、話す気がなかった。そういう気分ではなかったのだ。

 月音も分かってくれているのか、学校を出た時から、特に話しかけてこない。それが、ありがたかった。


 ソロコンテストは、本番直前まで緊張もなかった。なのに、舞台に立った瞬間、何かが変わった。後ろに伴奏のにいながいるのに、まるで舞台上に一人きりのような気がした。

 鼓動が、少し早まった。そのせいか、呼吸の仕方がいつもとは微妙に違うものになった。呼吸が違えば、出てくる音も違う。あとはもう、どうしようもなかった。思うような演奏にはならず、せいぜい六十点、という出来になった。


 星子は、堂々とした演奏だった。その星子が代表に届かなかったのだから、コウキが全力を出せていたとしても、結果は変わらなかっただろう。

 だから別に良い、とはならない。反省は、必要だ。


 冬の日暮れは早い。田園地帯の中間あたりに来たころには、辺りは真っ暗になっていて、肌寒い風が吹いていた。

 二台の自転車のライトが、申し訳程度に地面を照らしている。


 今は、この暗さが何となく心地よかった。

 それほど強く落ち込んでいるわけではないが、だからといって陽気な気分なわけでもない。周りから姿を見られにくいこの暗さが、情けない自分を隠してくれているようで、落ち着くのかもしれない。


 ため息をついていた。

 帰ったら、親に報告しなければならないだろう。駄目だった、という事実を口にするのが、たまらなく面倒だ。いっそ、趣味のパチンコにでも出ていてくれたら良いのに。

 少し、寄り道をして帰ろうか。そう思っていたところだった。


「家来る、今日?」

 

 ぽつりと、月音が呟いた。


「一日張りつめて、お腹減ってるでしょ。あったかいもの作ったげる」


 願ってもない誘いだった。

 考える間もなく、コウキの口は、動いていた。


「うん」


 そこからは、すぐだった。

 月音の家に入ると、すぐに月音の部屋に通された。


「先にご飯の準備してくるから、ちょっと待っててくれる? 手伝いとか良いからさ、ゆっくりしてて」

「良いの?」

「うん! 美味しいの作るから、楽しみにしててね」


 満面の笑みを見せた月音に、コウキも笑い返した。

 扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。

 

 ここに来るのは、ふた月前にデートをした日以来だ。あいかわらず、甘い良い香りがする。香料というよりは、月音の持つ香りなのだ。それは、体臭とは違う。何かいけないことをしている気がして、コウキは、香りのことを考えるのを止めた。

 部屋を見回す。少しだけ、模様替えをしたらしい。クッションのカバーや布団のシーツの柄が、変わっている。棚のぬいぐるみも、一つ増えていた。


 勉強机の上に、目が行く。写真立てがあった。近づいて手に取ると、そこには、優しそうな目をした老婆と、抱きかかえられた小さい頃の月音が写っていた。

 月音がトランペットを好きになったのは、おばあちゃんの影響だと言っていたことがある。もしかしたら、この人がそのおばあちゃんなのかもしれない。

 二人とも、笑っている。おばあちゃんのことが、好きなのだろう。


 コウキにも祖母と祖父はいるのだろうが、覚えていない。少なくとも小学生に上がってからは会った記憶がないから、前の時間軸の頃から考えると、三十年近く会っていないことになる。生きているのかどうかも、知らない。

 幼い頃は、他の子が祖父や祖母の話をするのを羨ましく思っていた記憶がある。自分も会ってみたい、と思ったものだが、今ではあまり気にしていない。きっと、親にも実家に帰らない理由があるのだろうし、それをコウキには話せない事情もあるのだろう。そこを、詮索しようと思ったこともなかった。


 写真立てを勉強机に戻し、床に置いていた自分のトランペットケースの前に座った。月音が戻ってくるまで暇だが、部屋の中を物色するのは良くない。トランペットでも磨いて、時間を潰そう、とコウキは思った。

長い間が空いてしまいましたが、また更新していきます。


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