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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・成長編
294/444

十二ノ二十四 「光陽高校と安川高校」

「部長の大野なつみさんですね?」


 安川高校の女子部員に声をかけられて、なつみは返事をした。


「安川高校のコンサートマスターを務めている、二年の日比野玲子です。今日は、よろしくお願いします」


 玲子と握手をして、なつみは微笑みかけた。

 安川高校は、コンサートマスターが部長の役目を担っている。つまり、彼女がなつみと同じ立場の人間ということだ。


「日比野さん、よろしくお願いします。今日は、安川高校さんに学ばせていただきます」


 合同練習の誘いは、安川高校からだった。場所も、広い講堂を所有している安川高校である。光陽高校の部員全員で、電車を利用して一時間近くかけてやって来た。


「こちらこそ、光陽高校さんのお手本のようなサウンドの秘密を、是非学ばせてください」

「お互い、実りのある合同練習にしましょう」

「はい。光陽高校の皆さんも講堂に入られましたし、先生方を呼びに行きましょうか」

「分かりました」


 玲子と、並んで歩きだした。

 身長は、なつみと同じ百五十半ばだろう。櫛で丁寧に梳かれた髪や、シワ一つない制服からは、見た目にも気を遣う、意識の高さを感じさせる。スカートの丈が少し短めなのは、校則が緩いからか。確か、安川高校は、生徒の自主性を重んじるという校風だったはずだ。


「安川高校さんは、部員が多くて羨ましいです。今、何人ですか?」

「三年生が引退したので、百人くらいでしょうか」

「百人……うちの三年生がいた頃よりも多いですね」

「人数が多いと、いざこざも増えて、まとめるのが大変ですけどね」

「でも、奏者の層は厚い」

「ええ、そこは良い点ですね。生徒同士の競争もあるから、互いに高め合えます」


 光陽高校は、一、二年生を合わせて六十五人だ。技術力には、ばらつきがある。


「座奏もマーチングもやっている学校って、座奏の音色が損なわれがちだとは思いませんか、大野さん」

「なつみで良いですよ。私も、玲子さんと呼ばせていただきます」


 玲子が、頷いた。


「私達安川高校は、コンクールチームとマーチングチームに別れて活動しているんです。だから、それぞれがそれぞれの演奏に特化する事が出来るんです」


 グラウンドからは、マーチングチームのものであろう練習音が聴こえてきている。


「光陽高校も同じような考えです。マーチングから得られるものは、座奏だけよりもはるかに多いですが、音色を犠牲にしてしまう可能性があります。部員数の少ない光陽高校は、その危険性を回避したいというのが、顧問の王子先生の考えです」

「人数が少ないと言っても、新体制の光陽高校は、黄金世代と言っても良い、という噂を聞いてますよ」

「そんな噂が?」


 誰が言っているのか。


「友人が光陽高校にいまして」

「そうですか。まあ……そうですね。はっきり言えば、先輩方がいた時よりも、今の私達の方が、少数精鋭でレベルの高い演奏をしている自信はあります」


 顧問の王子は、いつだって完璧な指導をしてくれている。それに応えられるかは、生徒次第だ。去年の部長は、頼りなかった。


「それこそ、羨ましいです。私達は、去年の先輩達の代までが黄金世代だった、と言われています。私達の代は、不作だとも」

「誰がそんなことを?」

「卒業生の先輩方でしょうか。安川高校はOB会というものがありまして、先輩方との交流も多いのです」

「言いたくはありませんが、無礼な人達ですね。不作だなんて」

「でも、事実ですから。それに、鬼頭先生も、いなくなってしまいましたし」


 玲子の顔に、寂しそうな気配が浮かんだ。


「新しい音楽監督の先生は、頼りない人なんですか?」

「いえ。鬼頭先生とはまるでやり方が違いますが、素晴らしい人ですよ。今日、何となくその意味は分かっていただけると思います」


 玲子が、着きました、と言った。

 職員室に二人で入ると、顧問の王子と、安川の指導陣が話し込んでいた。王子の向かいに座っている若い男が、新しい音楽監督の進藤という人だろうか。


「先生方、お話し中失礼します。光陽高校の皆さんのウォーミングアップが終わりましたので、合同練習を始めたいと思います」


 玲子が言った。 

 

「お、分かった。では、行きましょうか、王子先生」

「そうですね、進藤君」


 王子と若い男が、立ち上がった。

 やはりこの人か、と玲子は思った。

 体格は、大きい。太っているというほどでもないが、肉付きの良さは服の上からでも分かるくらいだ。一見しただけでは、力が読めない茫洋とした雰囲気の人物である。


 王子と進藤を先頭に、まとまって講堂へ移動した。中へ入ると、一斉に音が止んだ。光陽高校と安川高校の部員が、交互に並ぶ形で合奏隊形を組んでいる。

 なつみも、自分の楽器が置いてあるホルンパートの席へ座った。玲子は、オーボエのようだ。


「おはようございます」

 

 前に立つ進藤が、手を叩いて笑った。


「おはようございます!」

「光陽高校の皆さん、今日は我々の誘いに応えてくださり、ありがとうございます。安川高校の新音楽監督である、進藤です。学生時代は、王子先生に指導を受けていたので、その縁で今日は声をかけさせていただきました。良い一日にしましょう」

「はい!」

「王子先生からもご挨拶を」


 進藤に促されて、王子が頷いた。


「おはようございます。今日はお誘いありがとうございます。まさか、安川高校さんと合同練習をする日が来るとは思ってもいませんでした。うちと安川高校さんは、音楽の方向性が大きく異なりますが、だからこそ、互いの演奏を隣で聴くことで、新しいことを発見できるのではないかと思いますので、よろしくお願いします」

「ありがとうございます、王子先生。では、まずはうちの基礎合奏を、実際に光陽高校の皆さんに体験していただこうかと思いますが、よろしいですか?」

「ええ」


 進藤が頷いて、指揮台に上がった。


「それじゃあ、早速始めましょうか。事前に配っている楽譜を見て」


 なつみは、譜面台の上に置いた楽譜を眺めた。様々な調のコラール曲が書かれた楽譜だ。


「まずは光陽高校さんの初見大会といきましょう」


 指揮者という存在は、ちょっと指揮と指導を見れば、優れた人間であるかどうかが分かる。進藤が玲子の言う通りの人物なら、すぐにでもはっきりするだろう。


 来年、安川高校が脅威となるかどうか。今日の練習で、見定めよう、となつみは思った。

 

 


 











 朝の九時から始まった合同練習は、夕方の十七時まで行われた。

 両校にとっては、普段からそれくらいの練習が当たり前だったから、疲れを見せた生徒はいない。むしろ、新鮮な体験になったのか、活き活きとした表情の子が多かった、と王子は思った。


 安川高校のコラールを中心とした基礎練習は、光陽高校も見習うべきところがあるだろう。実践的な練習が常だからこそ、応用力が身につき、年間何十回という本番を苦も無くこなすのかもしれない。

 前音楽監督である鬼頭の作り上げた土台は、確かなものだということだ。


 教え子だった進藤が、安川高校の音楽監督になったと聞いた時は、驚いたものである。鬼頭と進藤の繋がりも意外だったが、消息不明だった人物が、ふらりと現れて要職に就いたからだ。

 花田高校を卒業して、音楽大学に進学した進藤は、首席で卒業し、そのままプロ奏者になるかと思われた。しかし、突然姿を消した。花田高校の関係者は、誰も彼のその後を知らなかった。当然、王子もだ。

 消えたあとの彼の人生が、どのようなものだったのか。はっきりとは分からないが、今の彼の表情を見ていれば、悪いものではなかったのだろう。


「進藤君、今日はありがとうございました」


 職員室で、進藤と向き合っていた。


「いや、先生、こちらこそ助かりました。うちの子達には、良い刺激になりましたよ。ちょいと、自信を失ってるところもありましたし」

「あれでですか。皆さん、良い演奏をされていましたが」

「まあ、部活動によくある、上下のしがらみというやつのせいですね。恥部なのであまり話したくはありませんが。とにかく、その辺はいずれ取り払うつもりです」

「君が言うと、本当にそうなりそうです」


 にやりと、進藤が笑った。常に自信ありげなところは、花田高で部長をやっていた時と、全く変わらない。体型は少し、いや、かなり変わったが。


「まあとにかく。これを機に、今後もよろしくお願いしますよ、王子先生」

「勿論です。また、こういう機会が作れたら良いですね」

「次は、花田高も交えますか?」

「丘君ですか」

「喜ぶでしょう、丘も」


 丘は、単身で何度か光陽高校に見学に来ていたが、生徒も交えた合同練習は、したことがない。


「良いですね。いずれ、その機会も」

「次にお会いするのは、アンサンブルコンテストでしょうか」

「お互い、上に進めば、ですね」

「では」


 握手を交わして、進藤と別れた。

 生徒達は、一足先に電車で帰ったが、王子は車だ。この時間だと、どの道も混んでいるだろうから、のんびり帰ることになるだろう。


 オーディオを操作して、音楽を再生した。車内で音楽を聴くのは、王子の楽しみの一つだった。大抵は、クラシック音楽か吹奏楽曲を流す。

 家では大きな音を出せないから、車内だけが癒しの空間なのだ。だから、特別に音周りも良い質のものに付け替えている。


 安川高校を出て大通りに入ると、予想通り、道路は混んでいた。会社勤めを終えた人々の帰宅ラッシュだ。

 

 進藤の指導の仕方は、彼なりの方法論が明確に伝わってくる優れたものだった。あれだけ安定した指導ができるのは、今までどこかで指導者として活動していたからだと考えた方が、自然だ。

 鬼頭の引退によって、安川高校の凋落を予想する者は、王子の周りに大勢いた。だが、その予想は外れるだろう。間違いなく安川高校は、再び全国大会へ名を連ねるバンドとなる。


 来年、全国大会を目指すうえで、安川高校も大きな壁となる。そこに鳴聖女子や花田高も絡んでくるし、県外の学校も侮れない存在だ。

 東海大会から全国大会へ進む枠は、三つ。今まで以上に、厳しいコンクールとなるだろう。だが、それは、生徒達にとっては大きな成長の機会にもなる。


 車のフロントガラスから、夕陽が差し込んでくる。王子は目を細めて、バイザーを下ろした。

 生徒達も、まだ電車に乗っている頃だろう。

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