表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・智美編
29/444

三ノ八 「一番は、」

 翌日の部活動でも、休憩時間に華と茜と話していた。今日の練習も個人練習が中心で、音楽室に人はまばらだ。

 他の部員に聞かれないよう、打楽器パートの陰で輪になって座り込んでいる。顔を寄せて小声で話しているから、はたから見ると怪しい会議に見えるかもしれない。


「どうだった?」


 茜が華に問いかけた。

 きっちりメモしてきたようで、姉から聞いた話を、華が読み上げ始める。


「やっぱり、里保ちゃんをいじめたっていう話は本当みたいです。でも、六年の夏休みに里保ちゃんに直接謝ってきたそうですよ。それからは一切いじめをしたっていう話もなくて、むしろ二学期頃からどんどん人気者になったらしいです。で、最近お姉ちゃんが機嫌よかったのも、三木先輩と仲直りしたからっぽいです。小五から今までずっとお互い避けてたそうで」

「私がお姉ちゃんから聞いた話もおんなじだった」


 今度は茜が語りだす。


「お姉ちゃん、確かに五年の頃に三木先輩にいじめられたことがあるんだって。それで嫌いだったけど、六年の夏休みに謝られて、中一で同じクラスになって仲良くなったって言ってた。凄く良い人だって言ってたよ」


 二人ともが同じことを言うのなら、きっとこれは事実なのだろう。。

 ただ、肝心の、なぜ六年生の二学期から人が変わったように良い人になったのか、については分からなかった。

 洋子がコウキに助けられたのも、同じ時期だ。


「三木先輩がいじめっ子だったっていうのは本当みたいですね。でも、三木先輩自身も人からいじめられてることがあったって、お姉ちゃん言ってましたよ」

「ますます謎だわ」


 三人で唸る様子を、フミ・フミコンビが不思議そうに見ている。

 結局のところ、要の部分については誰にも分からないのだろう。コウキはあまり自分のことを人に話さないし、聞かれてもはぐらかすことが多い。たとえ一番の友達である拓也でも、知っている可能性は低い気がする。


「でもさ」


 茜が、天井を見上げながら言った。

 茜は所作が粗雑で、今も姿勢を変えてあぐらをかき、その拍子にスカートの中が見えてしまっているのも全く気にしていない。


「昔そういう人だったとしても、今は違うってことでしょ? なら、三木先輩はやっぱり三木先輩だよね」


 華が頷いた。頷きながら、茜のスカートをいじって中を隠してあげている。


「まあ、そうですね。私のイメージが古かったみたいです。確かに今の三木先輩からそんな印象まったく受けませんでしたし」


 洋子も、そう思う。

 昔のコウキがどんな人であったのかは、確かに気になる。けれど、今のコウキがそれで否定されるわけではない。

 コウキはコウキだ。

 もし昔のことでコウキを決め付けてしまうのなら、洋子も四年生までは、まともに会話も出来ないいじめられっ子だった。それが自分、ということになってしまう。


「てか、いじめられてたお姉ちゃんが三木先輩のこと許してるなら、もうそれで終わりって感じだよね」

「ですね。わざわざ他の人に言う必要はないでしょう」

「そうだね。元から言うつもりはないけどさ」


 広まったとして、誰にも良い結果にはならないのだから、あえて触れ回る必要もない事だ。

 華と茜の中では、むしろこの話を知ったことで、コウキへの印象がより良くなったらしい。

 

「コウキ君の昔のことを知れて良かった。詳しいことは分からないままだけど、以前のコウキ君があるから、今のコウキ君がいるんだよね」


 それは、洋子にとって、コウキを嫌いになる理由には全くならない。


「三木先輩って、不思議な人だね」


 華が呟いた。それに茜が答える。


「その謎なところも好きなファンが多いよ。紳士で謎が多くて誰からも好かれる。モテない要素がないって感じじゃない?」


 その言葉に、華が笑った。


「確かに」


 自分のことではないのに、コウキが褒められるのが嬉しくて、つい誇らしげな顔をしてしまった。それを目ざとく見つけた茜が、脇腹をつついてくる。


「三木先輩のこと褒められて嬉しいんでしょ」

「ちっ、違います!」


 図星だけどそう思われるのは恥ずかしくて、否定してみた。けれど茜はにやにやしたままでいる。

 華もにやついていて、洋子は顔が熱くなってしまった。真っ赤になっているかもしれない。


「洋子ちゃんは三木先輩一筋だからね~」

「ですねぇ。ま、昨日今日の話で、三木先輩が良い人だってのも納得できたんで、分かりますけど」


 うまく答えられず、慌てた。別に隠すつもりはなかったけれど、示すつもりもなかったので、二人にコウキへの気持ちがばれていることを知って、急に恥ずかしくなってしまった。


「洋子ちゃんって、他の男の子を好きになったことないの?」

「へえっ!? な、ないですよ!」

「え~、そうなんだ~。でも三木先輩ってライバル多いし大変じゃない?」


 言われて、心臓が音を立てた。

 咄嗟に、美奈が思い浮かぶ。


「三木先輩って告白されても全部断ってるんですよね?」

「らしいよ。本命がいるんじゃないかっていう噂もあるんだけど、それが誰なのか、誰にも分かんないんだよね」


 茜によると、ファンクラブの情報網は結構広いらしい。それでも、誰もつかめないそうだ。

 多分、本命は美奈のことで、美奈は違う中学校に通っているから、誰も思い浮かばないのだろう、と洋子は思った。

 コウキは、小学生の頃から美奈が好きなはずだ。町の図書館で美奈と会った時のコウキの様子を考えれば、すぐに分かる。洋子にも見せたことのない顔だった。

 思い出してしまって、胸が痛む。


「洋子ちゃんはモテるんだし、他の子も狙ってみようとか思わないの?」


 思考に落ち始めていたせいで、華の言葉に反応が遅れた。

 今かけられたばかりの言葉を頭の中で反芻して、驚いて、また変な声を上げてしまった。慌てて口を抑える。


「わ、私モテないよ!」


 否定すると、二人とも口を開け広げて、まじまじと洋子を見てきた。

 何を言っているのかこの子は、と心の中で言われている気がする。

 二人はそれから目を伏せて、一際大きなため息をついた。


「鈍感だねぇ」


 茜が肩をすくめている。

 けれど、身に覚えがなかった。今まで、男の子に告白されたこともない。昔はいじめられていたし、人とまともに話すことも出来なかった。二人の勘違いだろう。

 そう言ったら、華が肩に手を置いてきて、言った。


「昔は昔。そいつらに見る目が無かっただけでしょ。誰も告白してこないのは、洋子ちゃんのそばにはいつも三木先輩がいるからだよ、きっと」


 茜も同意するように、何度も頷いている。


「私が男の子だったとしたら、可愛い可愛い洋子ちゃんのそばに、誰からも好かれる男の人がいたら自分なんて……ってなっちゃうよ。絶対告白とか無理! 遠くから見つめるだけで精一杯」


 華に真面目な顔でそんなことを言われて、どう反応すればいいのか分からない。

 他の男の子からどう思われているのかなど、考えたこともなかった。好きになるという発想も、浮かんだことがない。


「そう考えると、いつも洋子ちゃんのそばにいるんだし、案外三木先輩の一番って洋子ちゃんだったりして!」


 きゃあっ、と茜がはしゃいだ。

 それを聞いて、洋子の心は急に冷たくなった。

 自分で、よく分かる。コウキの一番は、洋子ではない。 

 コウキは洋子を隣に居せてくれているけれど、本当は、隣に一番居てほしいのは、美奈だろう。


「違いますよ」


 自分でも怖くなるくらい、冷めた声だったと思う。二人もびくりとして、洋子を凝視してくる。

 取り繕う気も起きなくて、そのまま立ち上がって歩き出した。


「ど、どうしたんだろ」

「わかんないです……」


 後ろから二人の小声が聞こえたけれど、無視をした。

 コウキの、一番。考えると苦しくなるから、考えないようにしていたこと。

 頭に浮かんできて、胸が痛くなった。気持ちが乱れ、不快感で全身が満たされる。

 練習する気も起きず、とりあえず自分のスティックだけを握りしめて、音楽室を出た。

 


















 三日目も四日目も大きな出来事はなく、平常通り過ぎていった。

 昼頃になって三年生がバスで帰ってきていた。バスから降りてくる三年生。教室のベランダから、その様子をぼんやりと眺める。

 出発した時より多くの荷物を持っている人が、大勢いる。全部土産だろうか。


 コウキのクラスはどのバスか探したけれど、分からなくて、その姿も見つけられない。

 拓也と萌はすぐに分かった。萌が、こちらに気づいて手を振っている。すぐに、手を振り返した。

 

萌は、優しい先輩だ。

去年の夏のコンクール会場で、コウキと仲良く話している姿を見かけたのを覚えている。それで、萌もコウキのことを好きなのかと思っていた。話してみると全くその気はないようで、萌は誰とでも友達になってしまうような、気さくな人だった。

それで、洋子もすぐに仲良くなっていた。上級生の中で、一番一緒にいる時間が長いかもしれない。それくらい、萌のことを好きになっていた。


 三年生は校庭で先生の話を聞いた後、そのまま解散していった。

 部活動も、今日までは三年生が不在での活動になる。


「はかない自由の四日間だったねえ」


 隣で茶を飲んでいた華が、しみじみと言った。


「先輩達が帰ってきて、嬉しくないの?」


 聞くと、華は空を見上げた。


「嬉しいよ。ただ、一、二年しかいないっていうあのいつもと違う感じ? 不思議な空気感? も良かったんだよねぇ。特別な時間って感じで」


 華は空を見上げるのが好きで、よく見上げてはぼんやりしている。雲の形や名前にも詳しかったし、空にまつわる話も、色々と聞かせてくれた。


「ちょっと分かるかも」


 毎日続くと退屈かもしれないけれど、ほんの数日だけ、部内でいつもと違う風を感じられたのは良かった、と洋子も思う。



「そうは言っても、洋子ちゃんは三木先輩に早く会いたいよね~」

「え、う……」 


 言葉に詰まる。


 華はすぐに洋子をからかう。真っ赤になるのが可愛くて、と言われるけれど、本当に恥ずかしいからやめてほしい。どんな顔をすればいいのか分からなくなってしまう。

 今もまた顔が火照ってしまって、多分赤くなっていたと思う。


 コウキに会いたいかと聞かれたら、当たり前だ。本当は今すぐ追いかけて一緒に帰りたいくらいだし、いつだってそばにいたいし、修学旅行の話も沢山聞きたい。

 次にコウキと拓也と集まるのは明後日だから、まだ先は長い。


 明日、一緒に帰れると良いけれど、と洋子は思った。

 最近、コウキは人から相談をされることが増えたらしく、なかなか一緒に下校出来ていない。それでも一緒に帰りたいなどと、無理は言えないから、我慢するしかなかった。


 その後も、華と雑談をして過ごした。 

 昼休みには、こうして華とベランダで話をするのが日課になっている。別にどちらから言い出したわけでもない。暖かい今の季節は、日向ぼっこをするのが楽しいのだ。時には洋子が先に待っていて、別の日には華が待っていて。お互いが揃ったら、何気ない会話をして過ごす。

 こういう時間が、好きだ。


 授業が終わった後はいつも通り部活動だった。

 修学旅行から戻ってきたので、今日は顧問も顔を出してくれた。軽い合奏で基礎練習をする。洋子は、二年生の先輩から、珍しくスネアドラムを叩かせてもらえた。


 練習した甲斐があったのか、顧問が洋子のスネアを褒めた。

 人に褒められることはなかなかないから照れてしまって、その後は演奏がボロボロになって笑われてしまった。

 緊張しないで叩けるようにならなくては。また、一つ課題が出来た。


 久しぶりの合奏は、伸び伸びとした雰囲気で楽しかった。明日からは三年生も合流して、きっと猛練習が始まる。こんなに緩やかな雰囲気も、華がベランダで言った通り、今日までかもしれない。

 洋子はピリッとした雰囲気も嫌いではないから、それはそれで楽しみではある。何より、コウキとまた一緒に演奏できることが嬉しい。


 一時間ほど合奏をした後はパート練習に分かれ、その日の部活動は終了した。

 フミ・フミコンビと途中まで一緒に下校して、打楽器の話を一杯聞いた。


 今はスティックでのリズム練習は本当に基礎の基礎であって、木琴や鉄琴はまた違う技術がいるし、シンバルやティンパニはただ叩けるだけでは意味がない。どの楽器にも、それぞれ違った技術が要るから、全てを上達させていかなくてはいけないらしい。


 打楽器の練習は、洋子を夢中にさせる。小学校の頃のバドミントンも嫌いではなかったけれど、こんなに熱中はしなかった。

 打楽器は、合っているのかもしれない。毎日、部活動が楽しくて仕方がない。


 フミ・フミコンビと別れて歩いていたら、知らない間にまた手でリズムを刻んでいた。最近は、いつも気がつくとリズムを打つ練習ばかりしている。

 頭の中はコウキとリズムのことしかないのではないか、洋子は自分で笑ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ