表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・成長編
280/444

十二ノ十 「文化祭」


 新リーダーが決まり、体制を一新した吹奏楽部は、全国大会、文化祭、音楽の祭典に向けての練習を重ねていった。 

 曲数の多さに対して、練習期間は短く、演奏を仕上げることに懸命になっているうちに、時間は過ぎた。


 夏の暑さを残す九月が、もう終わろうとしている。

 花田高の二学期最大のイベントである文化祭、体育大会、球技大会が、今日から始まった。一日目は文化祭と毎年決まっていて、朝一番に行われる文化部のステージで、すでに吹奏楽部は演奏を終えている。

 有志のステージも終わり、今は、各クラスの展示時間だった。


「吹奏楽部のステージ良かったぜ、コウキ」

「お、ありがとう」

「後でうちのクラスも来てくれよな」

「分かった。時間作って行くよ」


 廊下で話しかけてきた友人に、笑いかけた。


「コウキ君、かっこよかったよ!」

「三木君、すっごい良かった~」


 すれ違う何人かに、声をかけられる。立ち止まるときりが無いので、笑顔を向けて礼を言う。

 以前よりも、学年の中で顔を知られるようになっていた。

 一年生の頃から、クラスメイトの恋愛や勉強の相談に乗ってきた。相談されたら解決まで手伝うようにしていたから、感謝されることも多かった。その子達が、進級して別のクラスになり、評判を広めているのだろう。吹奏楽部の仲間も、もしかしたら関わっているかもしれない。

 二年生になってからは、他クラスからも相談が入り始めて、全て対応しているうちに、こうなった。


 今度は黄色い声が上がって、コウキはため息をついた。一年生の女の子達が、こちらを見て放った声だった。

 一年生の中では、東中の頃のように、ファンクラブが出来ている。美知留に花田高でも作りたいと言われて、迷惑をかけないなら勝手にしろと突き放したら、本当に作ってしまったのだ。

 吹奏楽部外の一年生とは全く関わっていないのに、何故顔が知られているのか。遠巻きに眺められるだけで、害はないから放ってあるが、ああいう視線や声は苦手だった。


 視線を避けるため、近くの二年四組の教室に入る。黒板には、大きくパンケーキ喫茶、と書かれていた。

 傍の机で、星子が接客をしている。制服にエプロンというちぐはぐな恰好だが、星子がすると、不思議と似合っている。注文をしている四人組の客も、星子の姿に見惚れているようだ。

 接客が終わるのを待って、声をかけた。


「星子さん」

「コウキ君、来てくれたんだ」

「まあね。智美とゆかさんは、いないんだ」

「二人は休憩中~」

「そっか。席、空いてる?」

「空いてるけど、相席してもらうよ」

「え?」


 星子が、後ろを指さす。

 首を捻ると、背中越しに、幸が顔を覗かせていた。


「やっほー、星子ちゃん、コウキ君。遊びに来た」

「今、ちょうど二人分しか空いてないんだよね」

「一緒に良い、コウキ君?」

「あ、うん」

「なら、こちらへどうぞ」


 星子に案内されて、二人で窓際の席に座る。確かに、席は他に空いていなかった。

 渡されたメニューを開き、幸にも見せる。


「何にする、コウキ君?」

「キャラメルバナナパンケーキにしようかな。市川さんは?」

「私はイチゴホイップ!」

「はーい。少しお待ちください」


 星子がいなくなると、コウキは、教室を見回した。女の子の客が多めだが、男の子も少しだけいる。視線が星子を追っているところを見ると、彼らの目当てはパンケーキではなく、星子なのだろう。

 顔を前に戻すと、幸が、にこにこしながらこちらを見ていた。


「何?」

「コウキ君と座れて、嬉しいなって」


 照れもなく言われて、口を閉じる。

 幸は、いつも急に距離感を詰めてくる子だ。わざとなのか、天然なのか。いちいちそれに心を動かす自分も、情けない。

 

「ねえ、コウキ君、この後は誰かと予定あるの?」

「いや……無いよ。適当に皆のところを回ろうと思ってる」


 本当は、今日は月音と回るつもりだった。だが、月音と同じクラスの逸乃が気を回して、月音に一日仕事を振ったとかで、その予定は無くなった。

 逸乃は、孤立気味の月音を、クラスに馴染ませようとしているのだ。月音は嫌がっていたが、その方が、月音のためだった。


「じゃあ、私もついていっても良い?」

「え」

「私、宣伝係だから一日学校内を回るんだ」


 言って、幸が足元に置いていた看板を見せてきた。和装喫茶と書かれている。


「そういえば、着物だ」

「今更気づいたの、遅いよ」

「……ごめん」


 幸が、頬を膨らませ、それから、小さく笑って立ち上がった。


「似合う?」


 幸が、コウキに見せつけるように、身体を回した。


「ああ、似合ってる」


 答えると、恥ずかしさと喜びを混ぜ合わせたような笑顔が返ってきた。幸のそれを直視できず、コウキは、窓の外に視線を移した。向かいの職員棟にも、ちらほらと人影が見える。毎年、職員棟はカップルの憩いの場だ。見える人影も、ほとんどが男女のペアである。

 中庭には白いテントが立ち並び、その中から、人が現れたり消えたりしている。


「そういえば、知ってる?」


 幸が言った。


「何を?」

「今日、男女ペアで利用すると、ペア割してくれるクラスが結構あるみたいだよ」

「へえ」


 幸が、少し顔を寄せてくる。


「秘密の割引みたい。コウキ君、部員のクラス全部回るつもりなんでしょ、ペア割利用したら、少しは出費抑えられないかな」

「確かに」

「吹部の子が居るクラスもやってるみたいだし。一緒に回ろうよ」


 魅力的な提案だ、とコウキは思った。

 親からは、家事を手伝う代わりに、小遣いを貰っている。だが、それはほとんど音楽関係に費やしてしまっていて、いつも金欠気味だった。今日、全ての部員のクラスを回るにも、実は、ギリギリだったりする。

 

「でも、宣伝係なんでしょ、市川さん。俺に合わせてたら、校内回れないじゃん」

「今こうしてるだけでも目立ってるから、大丈夫だよ」


 言われて周りを見回すと、確かに教室内の視線のいくつかは、幸に向けられていた。着物というだけでも目立つが、それが幸なら尚更か。幸は、校内ではかなりモテる方だという噂は、耳にしている。

 

「なるほど。歩く看板娘ってこと」

「うん。だから、何処に居ても良いの」

「なんか、金のために市川さんを利用するみたいだな」

「お互い様でしょ。私も割引利用したいもん」

「……なら、頼もうかな」

「決まり!」


 顔を見合わせて、笑い合う。

 しばらく談笑していると、星子がパンケーキを二つ運んできた。


「お待たせしました」


 二枚重ねの厚めのパンケーキに、カットされたバナナとキャラメルソースがちりばめられている。幸の前には、たっぷりのホイップクリームとイチゴが載ったパンケーキだ。


「洒落てるなぁ」

「うちは家庭科部が揃ってるからね。見栄えも重視してるの」

「なるほどな」

「あ、そうそう、うち男女ぺア割あるから。二人も、特別に割り引きしてあげる」


 顔を寄せてきて、星子が言った。


「マジ?」

「やったね、コウキ君!」

「じゃ、ごゆっくり~」


 星子が去り、パンケーキに手をつける。一口食べて、コウキは唸った。星子が、自信ありげにしていた理由が分かる味だ。所詮、文化祭の出店レベルと侮っていたが、店で出されても違和感が無い。

 

「美味しいね」


 幸が、目を輝かせて言った。無邪気な子どものような笑顔だ。

 これが、幸の作り物の演技には、コウキには見えなかった。


 男好き。校内で広まっている幸の噂は、コウキも耳にしている。今まで付き合った異性の数は両手を超え、とっかえひっかえしている魔性の女。振られた男は病み、不登校になる者もいるが、幸は、それを楽しんですらいる。

 そんな噂を、コウキは、聞こえていない振りをしてきた。 


 幸がそんな子ではないことは、本人を見ていれば分かる話だった。

 そもそも幸は、一年生の頃から、誰とも付き合っていないというのも、智美から聞いている。

 幸への嫉妬などから始まった、嫌がらせの類だろう。

 

「何、ずっとこっち見て。恥ずかしいよ、コウキ君」


 思わず、幸の顔を見つめていたらしい。慌てて目線を逸らし、咳払いする。


「この後、どこ行こうか」

「私、中庭も行ってみたい」

「じゃあ、そうしよう」


 文化祭は、まだ、始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 文化祭場面の描写は、上手に説明されてい実際食べてみたい感じになりますね。 [気になる点] 今年はコウキの組は、何の催し物を出したのかな?あとから出で来るのかな 気になりますね。 [一言]…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ