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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学三年生・智美編
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三ノ七 「コウキの謎」

 今日から四日間、三年生が修学旅行で不在になるので、学校は少しだけ静かになる。

 普段上級生に遠慮している下級生は、ここぞとばかりに羽を伸ばし、自由気ままな四日間を謳歌し始めていた。


 洋子の所属する吹奏楽部はというと、顧問も修学旅行に行っているので、その間、一、二年生だけで過ごすことになる。全体合奏を取りまとめる人間がいないため、個人練習やパート練習が中心に組まれてはいるけれど、何となく、だらけた空気が部内には漂っていた。

 

 三年生部員は、今年こそ県大会へ進出したいという意欲に満ちている。一方の一、二年生は、まだ自分達には時間があるという余裕から、気が入りきっていない。

 両者の間には、そういう意識の差から、何となく温度差がある、と洋子には感じられる。

 

 音楽室に、トランペットパートの音階練習の音が鳴り響く。

 今は、洋子の所属する打楽器パートとトランペットパートが、音楽室を使っていた。他のパートは、別の教室に散っている。


 上級生から、打楽器は、いつでも正確にリズムを刻めることが大切だ、と教わっている。だから、初心者の洋子は、ひたすらドラムスティックを使って、メトロノームの刻むテンポに合わせて基礎打ちをしていた。

 四分音符で四拍叩き、八分音符で四拍叩き、三連符で四拍叩き、十六分連符で四拍叩く。そこまで行ったら、また最初に戻る。次に、リズムのパターンを変えて、同様に叩く。

 規則正しい打音を意識する。


 今の洋子は、まだ入部してひと月弱しか経っておらず、まともに演奏できる打楽器がない。早く様々なリズムが一定で叩けるようになるためにも、とにかく基礎打ちで、リズム感を身に着けなくてはならない。

 三年生にもなると、何十種類とある打楽器全てを演奏するようになるし、ドラムも演奏することが増えると聞かされているけれど、自分がそんなに何種類も叩けるようになるのか、まだ疑問である。


 とはいえ、様々な楽器に触れられるのは、楽しくて飽きがこない。

 叩き方、スティックの選び方、楽器の状態。条件が変わることで、音も大きく変わる気がする。自分の工夫と努力で、望む音を出せるようにしていく作業は、洋子に合っていた。


 リズムを正確に刻めるようになるにはどうすれば良いのか、コウキに質問したことがある。

 コウキは、時計を見ると良い、と教えてくれた。


 時計は一分間に六十回針が動く。頭の中で正確に時計と同じ時間を刻めるようになれば、メトロノームがなくてもテンポ六十で叩くことができる。

 倍速にすればテンポ百二十、三倍で百八十、それを半分にすれば九十。四つのテンポを覚えておけば、だいたいの曲のテンポに合わせられるようになるから、基本の速度として使いやすい、と言っていた。


 それで洋子は、母親に秒針のついた腕時計を買ってもらった。授業中は壁の時計を見ながら、それ以外では腕時計を見ながら、頭の中で時間を正確に刻み続ける。続けていると、確かに体内にテンポ感が生まれてきた。

 合わせて、メトロノームを使った練習も組み込んでいたからか、上級生からはリズムを刻むレベルが凄く上がっている、と褒めてもらえた。


 もうそろそろ、楽器を本格的に始めても良い頃だと言われているものの、基本のリズム以外にも、変則的なリズムも覚えたい、と洋子は思っている。

 それで、自由に練習できるこの四日間は、それを優先しようと自分の中で決めていた。


 一緒に打楽器に配属された、史と文のフミ・フミコンビは、基礎打ちよりも楽器を触れるほうが楽しいらしい。普段上級生が触らせてくれないドラムやティンパニを、積極的に練習している。

 二人は、洋子とは別の小学校からあがって来た子達だ。向こうの小学校には打楽器が沢山揃っていたらしく、二人とも、様々な楽器を経験してきたらしく、洋子よりずっと上手かった。

 早く追いつきたい気持ちはある。けれど、焦っても意味はない、とコウキが言った。

 それを信じて、自分に出来ることを一つずつやっていくしかない。


「洋子ちゃん、休憩だよ」


 集中しすぎていて、音楽室が静かになっていることに気がつかなかった。

 トランペットの中村華に声をかけられて、練習の手を止めた。


「ごめん、気づかなかった」

「お茶飲みに行こっ」


 華に手を引っ張られて、準備室に入る。

 部活動に来たら、部員は自分の鞄や持ち物を音楽室の棚か、もしくは準備室の棚に置く。大体音楽室は三年生が使って、一、二年生は準備室を使う。準備室には楽器や備品も全て仕舞われていて、休憩時間になると部員の出入りが増える。

 手早く自分達の水筒を手にして、廊下へ出た。

 

「洋子ちゃんって打楽器に向いてるのかもね」


 トランペットは喉が渇くのか、華は水筒の茶を沢山飲んでいる。毎日大きい水筒を二本持ってきているらしい。


「初心者で、あんなにひたすら基礎練習できる子って、滅多にいないよ」

「そうなの?」


 華が頷いた。


「大体皆すぐに楽器触りたくなるし、曲の練習もあって、基礎はおろそかになりがち」


 華は、小学校の頃からの友達だ。コウキと拓也と石像の移設で署名活動をした時、それがきっかけで話すようになった。

 六年生で同じクラスになって、より深く打ち解けた。コウキと拓也がいなくなって、おどおどしていた洋子を助けてくれたのは、華だ。


 小学校ではコウキと同じバンドクラブに所属していて、トランペットの経験者だった。

 その経験者の華に褒められると、素直に嬉しい。


「いろんなリズムが覚えられると楽しくて、最近いっつもどこでも叩いちゃってるよ~」

「あはは、打楽器あるあるっぽい」


 華が笑った。

 中学校に上がっても、華とはクラスが同じだった。それで、いつも一緒にいる。

 音楽のことだけでなく、世間の流行にも詳しくて、華の話を聞いているだけでも楽しいのだ。洋子が人と話せるようになった理由の一つは、華の存在もある。


「おっつ~」


 廊下の向こうからクラリネットの二年生の茜が、手を振りながらやってきた。


「お疲れ様でーす」


 二人揃って挨拶する。

 茜も洋子と同じ小学校の出身で、入部して、すぐに打ち解けた。やはり同じ小学校出身だと、親近感が沸いて接しやすい。茜は上級生なのに、気取らずに話しかけてくれるから話しやすい、というのもある。


「だる~い。先輩いないから気ぃ抜けちゃうよ~」


 茜が窓の桟に肘を置いた。頬杖をつきながら中庭を見下ろして、ため息をついている。

 洋子も隣に立って、窓の外を見た。四階から見下ろすと、花壇のそばで園芸部が活動しているのが見えた。園芸部が頑張っているから、校内はいつも花や雑木の手入れが行き届いている。


 洋子は花を見るのは好きだが、手入れはしたことが無い。園芸部のああした活動は、尊敬する。あまり目立たない部ではあるけれど、実はその園芸部が学校の雰囲気を良くしてくれている。

 きっと吹奏楽部の音も、他の生徒にとっては、学校の雰囲気を形づくるものの一つとして伝わっているのではないか、と洋子は思う。

 小学生の時、バンドクラブの音が聞こえてくると、何ともいえない不思議な気持ちになったから、そう思うのだ。


「なんか全体的に、緩いですよね」


 華も頬杖をつきながら、中庭ではなく空を見上げて、答えた。華は、空を見るのが好きらしい。


「気合入った先輩達もいないし、三木先輩もいないし、そりゃあ気も抜けるよ」


 はぁ、と茜の口からため息がもれる。


「なんでコウキ君なんですか?」

「んー? そりゃ三木先輩が居るか居ないかは、私たちファンクラブにとって大きな問題だよ、洋子ちゃん」

「ふぁ、ファンクラブ!?」


 初耳の情報に驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。華も驚いて、目を見開いている。


「そんなのあるんですか?」

「あるよ~。吹部女子の半数は多分入ってるし、部活外にも会員がいるよ」

「ええ……知らなかった……」


 華も唖然としている。


「アニメの、世界ですか……」


 華のその言葉に、茜が噴き出した。


「あんな露骨なのじゃないよ。ちょっと遠くから見てきゃあきゃあ騒ぐ程度の、名前だけのファンクラブだから」

「コウキ君、モテるんですか?」

「洋子ちゃん、気づいてなかったの? モテモテもモテモテ、狙う女子は後を絶たずだよ。三木先輩目当てで入部して、振られて退部しちゃった子もいるくらいだよ」

「ええぇぇぇ~……」


 コウキがモテるなどという話は、初めて知った。コウキは、わざわざそんなことを言う人ではないし、拓也からも聞いたことが無かった。

 コウキを狙っている人が多いという事実が、衝撃だった。


「確かに三木先輩ってカッコイイですけど、そんな人気になるほどなんですか?」


 華が疑わしそうな目をして言った。


「いやいやいやいや。三木先輩の紳士っぷりを知ったら華ちゃんも絶対好きになるよ。もう他の男子とはレベルが違うっていうか、大人みたいにスマート?」


 コウキの話になってから、茜は興奮したように早口になっている。

 そんな茜の様子を冷めた風に見ながら、華は頭をぽりぽりとかいた。


「なんか、私の持ってたイメージと違いますね。小学校の頃、お姉ちゃんから三木先輩はいじめっ子だったって聞いてたんで」

「ええええええ!?」


 華の衝撃的な言葉に、洋子は勿論、茜も驚いて、どこから出したのかという程に大きな声が飛び出した。

 中庭にまで届いたのではないかという程の声量だったので、準備室からも何人か顔を覗かせた。

 慌てて声をひそめて、二人で華を囲む。


「どゆことどゆこと!?」


 茜が華の両肩をつかんで、ぐいぐいと揺らす。あー、あー、と言いながら華が体を揺さぶられるに任せていたので、慌てて茜を止めた。

 大きく息を吐いて、華が乱れた制服を整える。なおも迫る茜の迫力に押されて、仕方ない、という顔をしながら、話し出してくれた。


「茜先輩なら知ってるかと思ってましたよ。私のお姉ちゃんと三木先輩、私が小三の頃まで仲良かったんですよ。だけど小三、だからお姉ちゃんと三木先輩が小五の途中くらいから、全く遊ばなくなって。それでお姉ちゃんに聞いたら、茜先輩のお姉さんの里保ちゃんをいじめたから、もう嫌いなんだって言ってたんです」


 その話を聞いて、茜は考え込むような仕草をした。

 華の姉も里保と言う人も、洋子は会ったことがない。


「お姉ちゃんがいじめられてた……? そんな話聞いたことなかった……」


 コウキがそういうことをする人だとは、とても信じられない。今のコウキと、違いすぎる。第一、コウキは洋子がいじめられているのを助けてくれた人だ。そんな人が、いじめをしていたとは、いくら華の話でも、信じがたいものがある。


「まあ私もそれくらいしか聞いてなかったんで。四年に上がってクラブ活動は一学期まで一緒でしたけど、ほとんど会話もしませんでしたし」


 言い終えて、華はまた水筒の茶を飲みだした。細くて綺麗な首。茶を飲む度に喉が小さく動いて、それが印象的だ。華は一つ一つの動作が、女の子らしい。その可愛さは、否応なしに人の目を惹く。

 なおも考え込んでいた茜が、呟くように言った。


「そういえば、私、前にお姉ちゃんに三木先輩のこと聞いたら、昔と違って今はすごく良い人だよ、って教えてもらったことある。どう違うのかは教えてくれなかったけど……そういうこと?」

「えぇ? いじめられてた人が、いじめてきた人を良い人って言うって、どういう状況です?」


 今度は、華が信じられない、といった顔をしている。

 コウキに関するそれぞれの知っている情報が違いすぎて、実像が見えてこない。一体、どれが本物のコウキなのだろう。

 華と茜はすっかり考え込んでしまって、場は静まり返っている。


 洋子が初めて出会った時、コウキはいじめから洋子をかばってくれた。それ以降も、コウキがいじめをやめさせるところや、困ってる人を助けるところを何度も見ていた。とてもいじめをするような人には、思えない。

 華の話では、小五まではいじめをする人だったということになる。そこから洋子と出会うまでの間に、変わったとでもいうのか。


「ほかに何か、華ちゃんのお姉さんから聞いてないの?」


 洋子の問いに、華は頭を捻った。


「うーん……そういえば三木先輩と同じクラスになったって言ってたかな……」

「他には他には?」


 茜も興味深々といった様子をしている。

 今のところ、コウキについて、華の姉からの情報がとても重要になっている。切れ切れになった情報をつなぎ合わせる中間の情報が必要だ。


 あっ、と言って、華が何かを思い出したかのような顔をした。


「最近お姉ちゃんの機嫌が良いんですよね。普段あんま笑わない人なのに、にこにこしてる」


 人差し指をたてながら、華が言った。


「……で?」

「いやあ……それだけです」


 がくっと茜がうなだれ、ため息を吐き出した。


「駄目だ~、情報が足らないよ……」

「うーん」


 二人とも唸りだしてしまった。

 そうしていると、準備室から人が出てきて、それぞれの練習部屋に散っていった。休憩が終わったらしい。


 茜は手をぽんと叩くと、華の肩をつかんで、言い聞かせるように強い口調になった。


「よし、華ちゃん! 今日智美ちゃんに色々聞いといて! メールで! 私はお姉ちゃんに聞くから!」

「あ、わかりました」

「なんとか情報をつなぎ合わせて、真相を探ろう!」

「はい」


 コウキの話は気になるものの、今の洋子には確かめる方法が何もない。華と茜の姉からの情報を、待つしかない。

 個人練習に戻った後も、頭にはそのことばかり思い浮かんだ。

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