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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・成長編
279/444

十二ノ九 「新リーダー」

 花田高から駅に向かうバス通りは、街灯がぽつぽつと並んでいるだけで薄暗い。車通りも少ないからあまり安全とは言えないけれど、田園地帯から帰るよりは、はるかにマシだ。

 隣を歩く浩子は、無言だった。海も、黙っていた。


 花田高でも海が部長で、浩子が副部長。二人で交わした約束は、果たせなかった。果たさなかった、というべきか。

 海は、立候補自体を取りやめたのだ。

 浩子まで立候補しなかったのは、意外だった。てっきり、浩子は一人でも副部長を目指すと思っていた。


 理由は、聞かされていない。浩子が話したいと思わないなら、聞く必要もないことだ。

 経験者の中で、唯一コンクールメンバーから外れたのが浩子で、オーディション以来、覇気がない。

 きっと、そういうことだろう。


 浩子を励ますつもりはなかった。コンクールは、結果が全てである。

 浩子が、自分の研鑽を怠って、他人を嗤うことに必死だったのは、ずっと隣にいた海が一番分かっていた。そんなことばかりしていたのだから、メンバーから外れたのは、必然のようなものだ。


 本当は、浩子が他人を嗤うことを、止めてあげるべきだったのかもしれない。

 海の言うことなら、浩子は聞いただろう。

 それでも、海は言わなかった。

 他人に言われなければ気づけないようなら、それまでなのだ。

 

 海も、似たようなものだった。

 結局、海も浩子も、リーダーになる資格はなかったということだ。


 空を見上げる。

 月は雲に隠れていて、その姿は見えない。


 リーダー決めは、終わった。海は、これから三年間、ただの部員として活動していく。それが、自分の決めた道だった。

 夜の闇が、二人を覆っている。









 













 食卓の上には、七海の好きなハンバーグとカレーとフルーツのケーキが並んでいる。

 それは、睦美も好きなものばかりだった。

 

「七海、おめでとう」


 父親が言って、七海が嬉しそうに笑った。


「リーダーなんて凄いわね」

「他にやる子がいなかったから選ばれたようなものだけどね、お母さん」

「それでも、皆に認められたんだもの、凄いわよ」

「皆じゃないよ。満場一致って言われなかったもん」

「あら、そう。でも、これから認められれば良いのよ」

「うん、そのつもり!」


 七海がカレーを頬張り、美味しい、と言った。


「木管セクションリーダーっていうのは、どういう仕事なんだ?」

「木管の人の練習を見たり、セクション練習っていう別れてやる練習の時のパート分けを曲ごとに作ったり、まあ音楽面の雑用係みたいな感じ」

「大変そうだな」

「一番大変なのは学生指導者だし、木管セクションリーダーはそうでもないんじゃないかなあ。先輩達だって、すぐ慣れるって言ってくれてたし」

「リーダーになったからには、皆の手本になるんだぞ」

「うん!」


 三人の楽しそうな会話が、耳をすり抜けていく。自分が中心にいない会話。いつものことだ。

 小学生の時も中学生の時も、光を浴びるのは、常に七海だった。


 双子として生まれ、七海が良い所の全てを持っていき、睦美が残り滓を得た。

 睦美は、七海の陰だ。

 それが明確になったのが、リーダー決めだった。共に生きる限り、睦美は、ずっと七海の陰として生きていくのだろう。


「どうした、睦美。箸が進んでないけど、食欲ないのか?」


 父親が、心配そうに顔を見てくる。


「そんなことないよ」


 ハンバーグを口に含み、笑顔を浮かべる。カレーをスプーンですくい、喉に流し込む。美味しいと言うと、両親が喜んだ。

 三人は、また会話に戻った。


 味などしないが、同情されるのも、嫌だった。

 落ち込んでいる自分。慰める家族。そんな光景は、余計にみじめになる。

 特に七海には、絶対に慰められたくない。


 虚しい食事が、余計に睦美の心を冷やしていった。













 















 ベッドに寝転がり、天井を見上げていた。

 CDプレーヤーからは、練習で録音した『たなばた』がリピート再生されている。擦り切れる程聴いても、まだ聴き足りなかった。聴き返す度に新しい発見があり、それを、練習に活かすのだ。


 学生指導者をやるかどうかは、かなり悩んだ。

 悩んで、結局、なるのはやめた。

 自分に正孝やコウキほどの働きが出来るとは思えないし、練習時間が減るのは、やはり嫌だった。

 コウキには得るものもある、と言われたし、来年以降も全国大会に行くには、真二だけが上手くなれば良いわけではないことも、理解していた。


 誰かがやらねばならない仕事だ。

 しかし、どうしても自分がやらなくてはならないとは思えなかった。

 任せられる誰かがやってくれれば良い。自分は、トロンボーン奏者として、演奏で応えるだけだ。


 そして、その誰かは、心菜だった。

 才能のある子だ。トランペットの腕もあるし、部長になった千奈との相性も良い。それに、中学時代にリーダーの経験もある。


 自分のことしか考えていない真二がやるよりも、心菜がやった方が、何倍も部にとって良いはずだ。それに、せっかくやる気を取り戻してくれた心菜が、学生指導者になると言い出したのを、応援したかった。


「これで良い」


 美喜と理絵より、上手くなる。真二の目標は、ただ一つだ。

 他のことにかまけている暇はない。

 明日は月曜日だが、祝日で一日練習になっている。早めに行って、個人練習をしよう。二人よりも、多く練習する。今の自分に出来ることは、それくらいだ。


 気がつくと、真二は眠りに落ちていた。

 翌朝、部室へ顔を出すと、すでに新リーダーの五人が登校してきていた。全員、それ程朝が早い方の部員ではなかったから、意外だった。


「随分早いな」

「リーダーになったからには、ちょっとは真面目にならないとね」

「良い心がけだな、心菜」

「まあ、満場一致は千奈だけだった訳だし、私らも全員に認められるようになりたいじゃん。そのためには態度から見せてかないとね」

「そうか」

「てか、真二がやらないのが意外だったんだけど」


 絵里が、クラリネットを組み立てながら言った。


「あんたは何かしらやると思ってた」

「トロンボーンに集中したいんだ。上手くなるために」

「ふーん。だいごみたいなこと言ってやんの」

「……あいつと一緒にすんなよ」


 だいごは、シンバルに熱中していた。いや、熱中というよりも、熱狂だった。四六時中、周りの迷惑も考えずに叩き続けているから、正直言って、厄介である。

 近頃、個人練習の時間に音楽室に近づく部員は、打楽器パート以外いない。うるさすぎて、練習にならないのだ。


「俺は、周りの迷惑にならないようにやってる」

「だいごだって、迷惑をかけてるのは自覚してるはずだよ」

「千奈」

「でも、シンバルは叩くことでしか上手くならないから、仕方ないんだよ。うちの打楽器パートには、シンバルのスペシャリストも居ないんだし……だいごが将来的にそうなってくれるかもしれないんだから、今は我慢してよ」

「……分かってる」


 シンバルは、たった一音で演奏の色を左右する程に目立つ楽器だ。それだけに、ミスをすれば致命的だし、適当な音を出せば、音楽が死ぬ。常に優れた一音が出せる奏者でなければ務まらないのが、シンバルだ。

 千奈や摩耶がやればそれなりの音は出るが、二人のどちらかがシンバルを担うと、鍵盤打楽器やスネアドラムの奏者が不足する。

 だから、だいごがやろうとしていることは、理解はできる。理解は出来るが、それと感情は別物だった。あのうるささは、たまらない。


「初心者なのに、凄いよね、だいご君」


 みかが言った。


「私も頑張らなきゃ。コンクールのメンバーにも、なれなかったし」

「トランペットは人数多いもん、仕方ないよ。それに、トランペットは吹けるようになるまで難しいって言うじゃん」

「分かってるよ、絵里。でも、それを言い訳にしたくない」

「偉いねぇ、みかは」

「だったら、なんで金管セクションリーダーになったんだ。上手くなりたいなら、練習に集中してるほうが良かっただろ」


 真二は、トロンボーンのスライドにオイルを差しながら言った。

 新リーダーで一番予想外だったのは、みかだ。とてもリーダーをやるような人間には見えなかったし、演説の内容も、しっくりこなかった。

 真二は、唯一みかに対しては、手を挙げていない。


「じゃあ、真二君は誰も立候補しなかったら、金管セクションリーダーになろうと思った?」

「いや」

「でしょ。多分、他の子もそうだった。誰もやろうとしなくて、結局誰かが推薦されて嫌々やるとしたら、そんなの、いないほうがマシでしょ。私達のリーダーは、適当な人になってほしくないから、だったら私がやろうって」


 真二とは、真逆の考え方だった。

 

「そうか」

「初心者だし、皆にまだ認められてないのは分かってるけど、やるからにはちゃんとやるよ。トランペットも、リーダーも」


 眩しい。

 みかから顔を逸らして、トロンボーンにマウスピースをはめた。口に当て、息を吹き込む。

 

「新リーダーは、全員女子か」


 絵里が言った。


「男子は肩身狭くなるよ、真二」

「関係ねえ」


 立ち上がって、五人に背を向ける。


「そもそも俺らは、別にまとまっちゃいないしな」

「あっそ」


 絵里の声を背に、部室を出た。

 一年生の男子は五人いるが、別に仲が良いわけではなかった。真二も、隆以外とはそれほど会話もしないが、困ることもない。

 結束しなければ肩身が狭くなるような気が弱い男は、そもそも吹奏楽部には向いていないだろう。

 真二も隆も、おそらくだいご達も、そういうタイプではなかった。

 だから、リーダーが全員女子だろうと、問題は無いのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] リーダー決めの描写はなかったけど、特に波乱あった訳でもなさそうで、複数の立候補もなくスンナリ決まったようですね。金管のみかは確かに意外でしたが、真二はやる気なく心菜は学生指導者に回るとなると…
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