表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・成長編
277/444

十二ノ七 「木下睦美 二」

 睦美は、他の部員に話を聞かれたくなくて、元子と一緒に非常階段に来ていた。ここなら、そっと開けられでもしない限り、扉の開閉音で気づける。

 特に、七海には絶対に聞かれたくない話だ。


「睦美ちゃんが、木管セクションリーダーにね。意外だな」


 元子が、言った。


「向いてない、と思いますか?」

「向き不向きなんて、今の段階では分からないよ。やってみて適性が伸びる人もいれば、適性があると思っていたけど向いてなかった人だっているもの」


 結論を伝えない、上手いかわし方だ。けれど、その通りだという気もする。


「大切なのはやりたいという気持ち。それがなきゃ、どんな人だってリーダーにはなれない」

「やる気なら……あります」

「なら、立候補するだけだね。後は周りが判断してくれるから」

「判断って、どうやってされるんですか?」

「候補者が演説して、候補者以外の過半数が就任に賛成したら。だから、そんなに難しいものでもないよ」

「候補が二人になったら、どうなるんでしょう」

「賛成の数が多い方が選ばれるね」

「嫌でも、相手と比べられるんですね」


 入部からこれまでの生活態度は当然見られるだろうし、木管セクションリーダーは音楽面のリーダーだから、演奏技術も判断材料にされるだろう。

 睦美は、一年生の中で目立つ人間ではないし、演奏技術もクラリネットの同期の中では七海に次いで、二番手だ。


「実は……七海も、立候補するかもしれないんです」

「七海ちゃんも?」

「絵里ちゃんを、リーダーにするために」


 元子が、怪訝な顔をする。


「どういうこと?」

「七海は、北川さんと竹本さんにはリーダーになってほしくないと思ってるんです。それを阻止するために、絵里ちゃんには副部長をやらせようと」

「それで、なんで七海ちゃんも?」

「絵里ちゃんは、一人では立候補する気がなくて……だから仲の良い七海もリーダーになるから、絵里ちゃんもならないか、って提案をしてました」

「なるほど。七海ちゃんが、部長にね」

「いえ、七海は木管セクションリーダーになるつもりです」

「え、それじゃあ、北川さんは止められないじゃん」

「そこは、千奈ちゃんが立候補するから心配してないんだと思います」


 千奈と海が並んだら、間違いなく、皆は千奈を選ぶだろう。


「そういうこと」

「私と七海は、昔から同じものを好きになったり、選んでたんです。それが二つあれば良いけど、一つしかない場合はいつも七海のものになってました。私は……七海に勝てたことがありません」

「睦美ちゃん」

「本当に七海も木管セクションリーダーに立候補したら……」


 明るくて誰からも好かれる七海と、暗くて地味な睦美。皆がどちらを選ぶか。考えるまでもない。

 睦美は、七海に勝てる要素が無いのだ。


 うつむくと、自分の白い手が目に映った。右手の親指に、クラリネット奏者特有のタコが出来ている。そこで楽器を支えるから、練習する人間ほど、タコが出来てしまう。

 タコがあることが努力の証にはならないけれど、自分では、頑張ってきたつもりだ。

 それでも、いつも七海が前を行く。


「……さっきは、リーダーにはやりたいという気持ちが大切って言ったけど、大切なことはもう一つある。何か分かる、睦美ちゃん?」


 問われて、頭を捻ってみる。やる気以外に、何が必要だというのだろう。人望や、カリスマ性だろうか。

 どちらも、違う気がする。


「それは、自分がリーダーになって、部のために何ができるかを考えられるかってこと」

「あ」

「リーダーをやりたいという気持ちは必須だけど、ただそれだけでは良いリーダーにはなれない。自分に求められている役割や、何が出来るかを考えて、部のために動ける人間であることも大切なの。それがないと、独りよがりのリーダーになる」

「……思いつきませんでした」


 自分を変えたいという想いから、睦美はリーダーに立候補しようとしていた。部のために何をするかなど考えたことはなくて、全部、自分のことだけだった。


「誰に勝つとか負けたくないとか、そういうことじゃないよ、リーダーは。そこをもう一度よく考えてみなよ、睦美ちゃん」


 言い終えて、元子がくるりと背を向けた。おさげがちょっと揺れて、背中に収まる。

 

「睦美ちゃんがリーダーに向いてないとは思わない。でも、今のままではリーダーになれても、苦労するよ」


 校舎へ続く扉が開けられ、元子は中へ入っていった。

 音を立てて閉まった扉を、ぼんやりと眺める。


 リーダーになることは、自分ひとりの問題ではない。今、摩耶や正孝がリーダーとして立派に部を導いているように、リーダーが誰であるかは、重要なことなのだ。

 私欲のために立候補しようとする人間がリーダーになって、部のためになるわけがない。

 それなら、まだ絵里を副部長にさせようとしている七海の方が、よっぽど部のことを考えていると言えるだろう。


「そっか」


 睦美は、いつも自分のことばかり考えていた。七海に劣る自分、七海のようになりたい自分、七海に勝ちたい自分。

 自分、自分、自分。

 

「だから、七海みたいになれないんだ」


 両手で、顔を覆った。

 自分の人間としての小ささが、嫌というほど分かった。

 所詮は、その程度の人間なのだ。

 

 









 小さい頃の睦美は、今以上に引っ込み思案で内にこもる性格だった。

 スーパーに買い物に行って、欲しいお菓子があっても、両親に欲しいとは言わなかったし、誕生日プレゼントで欲しいものがあっても、それを上手く伝えられなくて、結局両親がくれるものを貰おうとしていた。


 好きな物は沢山あるのに、自分の気持ちを言えない睦美を、七海はずっと隣で見ていた。

 睦美の気持ちを知っていたのは、体質の影響で、考えていることがよく流れ込んできたからだ。

 当時は、体質を自覚していたわけではなく、双子なら当たり前のことだと思っていた。


 七海は、自分が持っていない沢山の好きを抱えている睦美が羨ましくて、眩しくて、好きだった。

 だから、睦美の願いを叶えてあげたかった。睦美の心が流れ込んできて、好きなものが判明する度に、それを自分も好きだと言った。そして両親に欲して、二人で一つずつ与えてもらった。

 そうすると、睦美も喜んでくれた。


 しかし、ただの物であれば一つずつ貰うことができたけれど、好きな男の子は、そうはいかなかった。

 小学生の頃、睦美には好きな男の子がいて、その子に対する好きという気持ちが、何度も七海の中に流れ込んできた。それを感じる毎に、七海も男の子を意識するようになり、好きになっていった。

 そうなったら、もう、どうしようもなかった。睦美には申し訳なかったけれど、ようやく自分で持てた睦美以外に対する好きという気持ちを、大切にしたかったのだ。


 男の子を二人で分けることはできない。だから、二人の間で、恋愛だけはどちらが選ばれても恨まない、という約束をした。

 そして、七海が選ばれた。

 

 いざ付き合ってみると、今度は睦美の悲しみが心に流れ込んできた。好きな男の子といられて自分は幸せなのに、一番大好きな姉は、陰で泣いている。

 それが、辛かった。

 結局、睦美を泣かせ続けることが嫌で、男の子とはすぐに別れてしまった。

 中学生に上がってからも同じことが二度あり、どの子も、長くは続かなかった。


 心に流れてくる内容に、法則があるのかは分からなかった。睦美がどれくらい七海の心を読んでいるのかも、実際のところは分からない。

 互いに心が読めたら伝え合うようには決めているけれど、七海は、読めた内容のうちの、七割程度しか伝えていない。周りには数ヶ月に一回の頻度で発生すると言っているけれど、実際はもう少し多い。

 自分がそうなのだから、睦美もきっとそうだろう。


「最近、なかったのに」


 七海は、小さく呟いた。職員棟の東階段を上っているところだった。

 睦美の心が、流れ込んできたのだ。発生は、いつも突然である。


「そんな風に思ってたんだ」


 睦美は、七海に対して強い劣等感を抱いているようだった。負けたくないのに負け続けている自身を、嫌っている。

 七海は、ただ睦美の願いを叶える手伝いをしようとしていただけなのに。

 いつから、そう思っていたのだろう。


 歩みを再開し、四階へ上がろうとしたところで、非常階段に続く扉から元子が姿を現した。

 

「元子先輩」


 呼びかけると、こちらに気がついて、一瞬戸惑ったような様子を見せた気がした。


「どうしたんですか?」

「休憩してた。七海ちゃんこそ」

「あ、私は……私も休憩です」

「そう。じゃあ、一緒に音楽室行こう」

「はい」


 階段を上がりきり、元子の隣へ並ぶ。

 ふと、彼女が現れた非常階段の方が気になって、扉の小窓を覗こうとしたら、元子に手を引っ張られた。


「さ、行くよ。練習練習」

「は、はい」


 そのまま、二人で歩き出す。

 扉の向こうは、見えなかった。けれど、すぐにどうでも良くなった。


 睦美は、どこにいるのだろう、と七海は思った。

 心が読めたことを、伝えるべきか。しかし、今までも何度か、睦美が知られたくないと思っていることを知ってしまった時は、知らない振りをしてきた。

 そうしないと、睦美が酷く傷つくと思ったからだ。

 

 今回も、そうした方が良いだろうか。

 睦美は繊細だ。体質で七海に心を読まれることも、嫌っている。

 大好きな姉を傷つけたくはないし、自分が知らない振りを貫けば、それで済む話でもある。

 

「元子先輩」

「ん?」

「例えばの話ですけど、もし自分が、大切な人の秘密を偶然知っちゃって、その人が周りに知られたくないと思ってるとしたら、そのことを、本人に伝えますか?」


 丸眼鏡の奥の目が、す、と細められた。


「……伝えない」

「どうしてですか?」

「本人から聞いたわけじゃないのなら、わざわざ秘密を知ったよなんて、言う必要ないでしょ。向こうが知られたくないと思ってるのなら、余計にね。そっとしておいてあげる方が良いと思う」


 やはり、そうか。

 その方が良いのだろう。

 睦美も、きっとそれを望むに違いない。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 睦美がここで問題点を自覚できたのは良かったです。七海に勝ちたいだけでリーダーになっても不幸ですから。 ここから変わっていけるのか、諦めてしまうのか人生の岐路なのかもしれません。 [一言] …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ