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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・成長編
274/444

十二ノ四 「千奈と海」

 音楽プレイヤーから伸びるイヤホンを耳につけて、曲を再生する。文化祭で演奏する、ドラマの主題歌だ。音源に合わせてドラムセットを叩き、曲の雰囲気を掴んでいく。

 

 打楽器は、ただテンポ通り叩けば良いわけではない。自分が担当する拍打ちや効果音が、曲の中でどんな役割を求められているのかを察する必要があり、スティックは何を使うかとか、どれくらいの強さで叩くかとか、細かな部分まで気を遣って、音を作り上げていくのだ。


 花田高のパートの仲間で、そこまで考えて演奏出来ているのは、今は摩耶くらいだ。だいごが、シンバルに関してなら、少しそんな気配も出てきている。他の人は、まだまだこれからだろう。

 千奈は、一通り練習を終えて、ドラムセットから離れた。


「終わったなら俺が使って良いか?」


 純也に声をかけられて、千奈は笑顔で頷いた。

 文化祭では、ドラムセットを使う曲は三曲ある。ドラマの主題歌が千奈の担当で、他の二曲は純也がやる。

 純也は、ドラムセットとティンパニならそこそこ高い技術力を持っていて、特にドラムセットでは、持ち前の勢いの良さが、意図せず曲の雰囲気を作り出すことに役立っていた。だから、摩耶も明るい曲では純也にドラムセットをやらせるのだろう。


 純也の叩く音を背後に、千奈は音楽室を出た。

 廊下を進み、総合学習室に入る。隅の机で、心菜と莉子が談笑していた。


「お疲れ様、お二人さん」

「やほ、千奈」

「二人も、もう個人練習は終わり?」

「そー、疲れたからね。今叩いてるのは、純也先輩?」

 

 音楽室を指さしながら、心菜が言った。


「そだよ。交代した」

「相変わらずイキイキしてる音だこと」

「純也先輩、ドラム好きだからね」

「……でも、もう少し音量を小さくしてくれると良いんだけどね」


 莉子が言った。


「どういうこと?」

「合奏の時、ちょっと大きすぎる気がしない?」

「そうかな」


 千奈は、あまり気にしたことはなかった。近くで聴いているのと離れたところで聴いているのとでは、聴こえ方も違うのだ。客席で聴いた時にちょうど良い音量が最適なのであって、純也の音は、それほど大きいとは感じない。


「気になるなら、直接言えば?」

「純也先輩に? 無理に決まってるじゃん!」

「なんで」

「怖いもん!」


 そうだろうか、と千奈は思った。確かに制服はだらしなく着るし、髪も逆立てて突っ張ってはいるけれど、純也は良い人だ。正当性のある意見なら、聞く耳も持っているはずである。

 

「話してみれば、怖くないよ」

「無理!」


 顔の前で手を振る莉子を見て、千奈は息を吐いた。

 嫌がる人を、無理に話させる気もない。


 吹奏楽部の女の子は、莉子のような子が多い。思っていることがあるくせに、相手に直接は言わない。言わないから伝わらないし、後から人伝いに知られて、険悪になったりする。

 言わないのなら、黙っていればいいのだ。

 莉子だからとかではなく、そういうじめじめとした所は、誰であっても嫌いだ。


「そんなことより、もー疲れたなぁ。そろそろ休みが欲しいよ」

  

 机に突っ伏して、心菜が言った。


「服買いに行きたいスイーツ食べたいカラオケ行きたーい!」

 

 花田高は、毎週水曜日の夕練が休みだった。しかし、夏休みに入ってからは中止されていたし、二学期に入っても、行事が詰まっているという理由で中止されている。再開は、全国大会の後からだという。


「吹部で普通の女子高生みたいな生活を求めたって、無駄だよ、心菜」

「でも一日くらい休みくれても良いじゃーん。せめて半日とか」

「その半日休みで、他の学校と差がついちゃうんだよ。全国は、甘くないよ」


 分かってるよ、と呟いて、心菜が口を尖らせた。

 海原中で全国大会に出場していた莉子が言うと、説得力がある。

 今、花田高で全国大会を経験したことがあるのは、莉子とトロンボーンの美喜だけだ。丘も現役時代に行ったというから、三人か。

 この三人にしか、見えない部分もあるだろう。  

 最近、丘が美喜と莉子を呼びつけて面談をしているのも、千奈は知っていた。

 

 花田高は良い演奏をしていると思うし、未だに練度は上がり続けているけれど、このままで全国金賞を取れるのかは、分からない。  

 出演順も、あまり良いとは言えないのだ。全国大会の高校の部は、前半と後半に分かれていて、花田高は前半の五番目だ。早いとは言わないけれど、朝の方だから、会場も暖まりきらない中で演奏となる。

 出番が後ろの学校に比べて、厳しい条件であることは間違いない。


「全国大会終わったらさー、三人でどっか行こうよ」

「どっかって、心菜?」

「名古屋とかは? ぱーっと買い物行こうよ」

「私、名古屋行ったこと無い」

「え、マジ、莉子?」

「うん。だって、中学でもそんな暇なかったし」

「じゃあなおさら行かなきゃ。決定ね。莉子の名古屋初ショッピングってことで! 千奈も良いでしょ?」

「うん、良いよ」

「やった!」

 

 心菜が、手を叩いて笑顔を見せたその時、千奈の背後で、失笑の声があがった。

 振り向くと、海がホルンを抱えて立っていた。


「お気楽な話しちゃって。随分余裕だね」


 また、こいつか、と千奈は思った。


「何、盗み聞きしないでくれる、北川さん」

「大きな声で話す方が悪いんでしょ、金川さん。嫌でも聞こえてくるもの」

「別に遊びの予定くらい、決めたって良いじゃん」

「そんなことを考える暇があるなんて羨ましいね。リーダー決めだって迫ってるのに」

「だから何。別にどうでも良いじゃん、そんなの」


 心菜が言うと、海はきょとんとした顔をして、次の瞬間には、呆れた表情を見せてきた。


「リーダー決めがどうでも良いって……ホントにおめでたいね。誰がリーダーになるかで、私達の代の三年間が決まるんだよ? どうでも良いどころか、超重要でしょ」


 海が、こちらの机に近づいてくる。


「皆をまとめ上げられる人間が、リーダーになるべき。私は、絶対に部長に立候補するから。丸井さんも、するんでしょ?」

「は?」

「あなたには負けないからね」

「誰も立候補するとか言ってませんけど」

「あら、逃げるんだ」


 むっとした。


「逃げるとか逃げないとかじゃないじゃん」

「まあ、良いけど。あなたが立候補しないなら、私が部長になるのは確定だもの」


 海の浮かべた勝ち誇ったような笑みに、猛烈な不快感を感じた。

 なぜ、海はこうも千奈に突っかかってくるのだ。中学生の時から、ずっとだ。同じ部にいるだけでも不快なのに、こんな子がリーダーになるなど、悪夢でしかない。


「大丈夫だよ。私が部長になっても、きちんと丸井さんも金川さんも公平に扱うもの。それが部長だから」


 その言葉に、千奈の中で何かが切れた。

 立ち上がり、海を睨みつける。千奈の方が背が高いから、少しだけ、海を見下ろす形になる。臆したように、海が一歩後ろに下がった。


「北川さんさあ、マジで何なの、その態度」

「は?」

「こっちは何もしてないのに、よくそんなに鬱陶しい態度を続けられるよね」

 

 海が、眉を上げる。 


「公平に扱うとか、何様なわけ。私達は物じゃないよ。しかも、そんなことをわざわざ口に出す人が、本当に公平な態度なんて取れるわけないじゃん。自分で自分の未熟さをさらけ出して、恥ずかしくないの?」

「なっ、何、その言い方! こっちはちゃんと接してあげようとしてるんじゃない!」


 思わず、鼻で笑っていた。


「接してあげる? どこまでも上から目線だね」


 海の顔が、朱色に染まっていく。


「何怒ってるの。怒りたいのはこっちなんですけど。中学の時からさ、いつまでも敵意むき出しにされて。不愉快でしかないよ」

「それはっ、あなたのせいじゃない!」

「はあ? 何もしてませんけど。責任転嫁はやめてもらえます? こどもじゃあるまいし」


 その言葉が効いたのか、海の表情が、どす黒くなった。小刻みに震える全身から、憎悪が溢れ出す。

 表情を硬くした莉子と心菜が、勢いよく立ち上がった。

 

「ちょっとあんた達!」


 興奮の高まりを止めたのは、総合学習室に飛び込んできた美喜のよく通る声だった。大股で、こちらへやって来る。そして、千奈と海の間で立ち止まると、両手の握り拳を、高く振り上げた。

 

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。鈍い痛みが遅れてやってきて、自分の頭を叩かれたのだと理解した。鐘のような音が、頭の中で鳴っている。

 両手で頭を抑えながらその場にうずくまると、海も、同じようにしていた。


 美喜が腰を曲げ、顔を近づけてくる。


「二人とも、ついて来なさい」


 有無を言わさぬ声だった。

 逆らえるはずもなく、はい、と答えるしかなかった。


 

 

 







 音楽準備室で、千奈と海は正座させられ、二年生のリーダーである美貴、コウキ、智美、勇一、夕に囲まれていた。

 美喜から発せられる怒りのオーラにあてられて、千奈の心臓は、危険信号を発している。余計なことを言うなと、脳が警告していた。


「喧嘩したんだって?」


 勇一の問いかけに、千奈は、黙って頷いた。


「聞かれたら返事ぃ!!!」


 美喜の怒号に、文字通り身体が跳ねた。

 まあまあ、と勇一が美喜を抑える。

 美喜が本気で怒っているのを見るのは、初めてだった。下手な教師より、何倍も恐ろしい。

 ちらりと横を見ると、海は、完全に委縮して青ざめている。しかし、千奈も、似たようなものだった。

 

「あのさ、三年生の先輩達に出てもらうほどのことじゃないから、俺達で対応するんだけど」


 目線を合わせるようにしゃがみこんで、コウキが言った。


「まずは何があったのか、説明してくれるか。どっちから仕掛けたの」


 すぐに、互いを指で示した。視線がぶつかり、にらみ合う。

 美喜から、血管が切れるような音がした気がして、千奈は身構えた。

 やがて、長い溜息が、美喜の口から放たれた。


「他の子達の喧嘩なら、わざわざ私ら五人で対応しないよ」


 先ほどまでとは打って変わって、美喜の声は、静かだった。


「一年を引っ張る素質がある二人が喧嘩してるから、こうやって集まってんの」


 その言葉に、海がぴくりと反応した。


「二人して、ガキみたいなことすんなよ。一人ずつ、何があったか説明しな。丸井さんから。北川さんは口を挟まないで」

「……はい」


 千奈は、大人しく美喜の言うことに従い、起きたことを話した。途中、海が口を挟みたそうにしていたけれど、美喜が睨むと、口を閉じていた。


「ふーん。じゃあ、今度は北川さんが話して」

「は、はい」


 千奈は、海の話を黙って聞いた。こちらも言いたいことはあったけれど、口を挟む余裕は、無かった。

 それぞれ、自分が正しいという主張ではあったけれど、おおむね、内容は同じだった。

 話を聞き終えた二年生達が、顔を見合わせる。


 さっきまで音楽室で鳴っていたドラムセットの音は、完全に止んでいる。純也も、この部屋からのただならぬ空気を感じて、遠慮しているのかもしれない。耳をすますと、ドラムセットだけでなく、他の楽器の音も、ほとんど聞こえなかった。

 注目されるのは嫌いなのに、海に挑発されて、乗ってしまった。自分の未熟さに、千奈は舌打ちをしたい気分だった。


「いっつも疑問だったんだけどさ」


 コウキが言った。


「北川さんって、なんでそんなに千奈ちゃんのことを、というよりも、中央中の子達を嫌ってるの?」

「……それ、は」

「言え」


 美喜に凄まれて、海が震える。


「あんたのその態度のせいで、こじれてるんでしょ。理由があるならきちんと口にしなさい」


 海が、こちらを見てくる。千奈は、表情を動かさないまま、それを受け止めた。

 理由は、聞いてみたかった。中学二年生くらいまでは、花田南中の人から嫌われているという感覚はなかったのだ。三年生に上がってから、その感覚が強まった。

 こちらが何かをした覚えは、全くなかった。気がついたら、そうなっていた。

 特に海が酷くて、明確に千奈を敵視してくるようになった。

 何故、こんなに嫌われなくてはならないのか。


 全員が、海の言葉を待つ。

 しかし、海は、中々口を開こうとはしなかった。

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