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青春ユニゾン  作者: せんこう
番外・美奈編
266/444

十 「智美とコウキ」

 狭い自室に、智美と里保と、三人でいた。

 四畳半しかなくて、ロフトや勉強スペースが場所を取っているから、机と椅子を出して座ると、それだけでかなり窮屈に感じる。

 家も部屋も小さく狭いのは、父親の好みが反映されたものだった。小さな家でも家族で過ごすには十分だという考えの人で、その分、庭が広めで、数家族を招いてバーベキューが出来そうなくらいには、ゆったりとした空間になっている。母親の趣味である庭いじりのスペースも確保されていて、色んな観葉植物が植えられている。美奈は、この小さな家が好きだったが、智美や里保は、戸惑う狭さかもしれない。


 机の上には、美奈が作ったチョコレートムースと紅茶が三人分、置かれている。

 菓子を作るのは、大人になってからも時折やっていたが、こどもの頃よりは回数が減っていたから、腕も衰えたし、レシピもほとんど忘れてしまった。

 勘を取り戻すために、最近は菓子作りを再開していて、その味見のために二人には来てもらっていた。


「これで失敗作? 充分美味しいけど……」


 チョコレートムースを口に含んで、智美が言った。

 

「お店のって言われても気づかないけどなあ……ねえ、里保?」

「うん、すごく美味しいよ」

「ありがと。でも、もうちょっと改良かな。滑らかさと固さの具合が、まだ悪いんだよね」

「はー……こだわりがあるんだね」

「勉強やめたら、家の時間が有り余るようになったんだ。せっかくなら、お菓子作り極めようかなって」


 母も、美奈の作る菓子は喜んで食べてくれる。


「そういえば、お母さんは、勉強について何も言わないの?」


 智美に言われて、美奈は、口に運びかけたスプーンを皿に戻した。


「まだ、話してないんだ」

「え、それ、大丈夫なの?」

「タイミングを見て、そのうち話そうとは思ってるよ。お母さんは、私を私立に行かせようとしてるけど、私は行きたくないから……嫌でも話さなきゃ」

「ちょっと待って、私立!? 初めて聞いたけど!?」


 里保が、同意するように激しく頷いている。


「誰にも言ってないもん」

「で、でも、話からすると、美奈は私立には行かないってことだよね? 東中に行くんだよね?」

「説得できたらね。話せば、分かってくれるとは思う」


 前の時間軸で美奈は、母の望みに異を唱えたりせず、大人しく従っていた。だから、実際のところは、母に反発したらどういう反応が返ってくるのか、予想もつかない。

 無理に私立へ入れるような人ではないと思うが、説得には入念な準備をして挑む必要があるだろう。


「美奈のお母さん、勉強に関しては厳しそうだもんなあ」


 智美が、唸った。


「まあ、私の話は置いておいて。どう、里保ちゃん。最近、コウキ君とは普通に話せるようになった?」

「え、三木君?」

「うん」


 里保が、首をかしげる。


「どう……かなあ。挨拶はするし、会えば話すけど」

「もう、嫌って気持ちとかはない?」

「それは……うん。三木君、変わったし」

「やっぱりそう思う?」

「うん。別人みたいだよね」


 里保も、そう思うか。


「私、最近、コウキ君がクラスからいじめをなくそうとしてるのを、手伝ってるんだ」


 智美が、目を見開いた。


「いじめをなくす? 三木が?」

「うん。前のコウキ君じゃ、考えられないよね」

「むしろ、いじめる側だったじゃん」

「夏休みの間に変わったんだろうなあとは思うんだけど、何があったのかは教えてくれないんだ」

「あの、三木が?」


 信じがたい、というような表情を、智美が浮かべている。

 

「智ちゃんも、コウキ君ともう一度話してみたら?」

「え?」

「今も、仲直りしてないんでしょ」

「それは、だって」

「里保ちゃんとコウキ君は、向き合おうとしてるじゃん。なら、智ちゃんも」


 智美が、口を閉じた。


「私は、智ちゃんにも、コウキ君とまた仲良くなってほしいと思ってるよ。確かにコウキ君はいじめをする子だったけど、今は違う。私は、今のコウキ君を見て欲しい」


 前の時間軸の二人は、中学生になってから仲直りをした。智美は、もっと早くしていればよかった、と後悔していたのを覚えている。


「美奈ちゃん、コウキ君のこと、好きなの?」

「……いきなり、なんでそうなるの、里保ちゃん」

「そこまで三木君のこと言うから、そうなのかなって」


 好き、とは違う。そういう感情で、美奈は動いていなかった。


「そういうことでは……ない、かな」

「なら、どうして?」


 問われて、しばらく、考えた。

 考えて、口を開いた。


「周りの人とは、いつか別れが来る。不意にその時が来て、本当はああしておけば良かった、って後悔してほしくないから……かな。二人とも、本心ではまた仲良くなりたいと思ってるように、私は感じてる。それが私の勘違いじゃないなら、後悔しないで済むように、素直になって欲しい、から」


 うまく、説明できているかは分からない。

 智美は、まだ黙っている。美奈の気持ちは、届いただろうか。




 








 パチ、パチ、という音が、教室に響く。

 机の周りをクラスメイトが囲んでいて、美奈とコウキの試合を、興味深そうに観戦している。

 また一つ、石を置く。コウキの黒石を、裏返して白石に変えていく。


「そこは角取っちゃうぞ、美奈ちゃん」


 言いながら、コウキが隅の一角に黒石を置く。今置いたばかりの白石が、黒く裏返されていく。


「やばいじゃん、美奈ちゃん!」


 観戦していた奈々が言った。


「大丈夫だよ」

 

 数手進めると、コウキが、小さく唸った。黒石に、置ける場所がない。


「……パス」


 白石を置く。コウキは、またパスだった。黒に塗りたくられていた盤面が、白に染め変えられていく。

 最後に勝ったのは、美奈だった。

 クラスメイトから、興奮の混じった歓声が上がる。


「すげぇ! 角取られても勝てるのかよ!」

「初めて見た!」

「完全に負けたよ。全然読めなかった」


 リバーシでは、四隅を取った者が試合に勝つ、と言われているが、実際はそんなことはない。角を取らせて勝つことも可能なのだ。

 先の手まで考えて、相手の思考を誘導することさえ出来れば、負けることはない。


「美奈ちゃん、すごーい!」


 リバーシは得意なわけではなかったが、コツさえ知っていれば、難しいものではない。


「自信あったんだけどなあ」

「コウキ君も、強かったよ」

「ちぇ。優勝は美奈ちゃんか」


 クラス内で、リバーシの大会を開いていた。勿論、教師には内緒でだ。

 決勝戦が、美奈とコウキだった。やる前から、観戦でコウキの腕や癖は見抜いていたから、難しくはなかった。決勝に上がってくるだけあって、他の子よりも鋭い手を使っていたが、美奈からすれば、定石に沿った安定手ばかりだったから、誘導しやすい相手だった。


 ボードゲームの大会を開くというのは、コウキの案だった。皆で何かをすると仲良くなれるから、ということらしいが、輪になってはしゃぐクラスメイトを見ると、悪くない案だったと思う。 

 

「先生来た!」


 廊下を見張っていた子が、叫んだ。慌てて、コウキがリバーシをランドセルに突っ込み、クラスメイトも散る。

 チャイムが鳴って、教師が入ってくる。


「コウキ君、約束覚えてる?」


 ささやきかける。


「覚えてるよ」

「じゃあ、お昼放課は図書室ね」

「分かった」


 コウキとは、個人的に賭けをしていた。どちらかが優勝したら、相手に一つだけ好きなことを頼める権利を貰える、というものだ。

 大会を開くと聞いた時に、思いついた。頼む内容も、すでに決めている。








「それで、頼みは?」


 コウキが言った。

 昼放課になって、二人で図書室に来た。洋子も、そばにいる。

 窓からは校庭の様子が見え、駆けまわるこども達の様子が、よく見えた。

 

「あんまり、変なのは頼まないでほしいけど」

「気になる?」

「何だよ、怖いなぁ」

「別に、大した頼みじゃないよ。ていうか、コウキ君、本当は大会で、わざと適当なところで負けるつもりだったでしょ」

「ん、ああ……そりゃ、俺が開いて俺が勝つって、ちょっとね」

「そうだろうと思った」


 いくら小学生同士のゲームでも、手を抜けばそれに気づく子もいるはずだ。それで、喧嘩にならないとも限らない。やるなら、全力でやるべきだ。そして、コウキが全力を出すには、賭けを持ちかけるのが良い、と判断した。美奈の目的にも、ちょうど良かった。

 

「で、頼みなんだけど、今週の日曜日に智ちゃんと遊ぶから、コウキ君も来て」


 コウキが、動きを止めた。


「ショッピングモールに買い物に行くの」

「何で二人の遊びに、俺が?」

「一緒に遊びたいからだけど、駄目なの?」

「いや、駄目じゃないけど」

「じゃあおっけーってことだね。智ちゃんにも言っておくから」

「待ってよ」

「待たない。これくらいの頼みなら、良いでしょ。無茶な頼みをしてるわけじゃないよ」

「そう、だけど」

「お買い物行くの?」


 洋子が言った。腰をかがめて、目線を洋子に合わせる。


「そうだよ、洋子ちゃん」

「私も、行きたい」

「ん、良いよ。一緒に行こっか」

「え、ほんと? 良いの?」

「勿論。皆で行こう。そうだ、華ちゃんも誘おっか」


 洋子が、にこりと笑った。


「うん!」

「そういうことだから、コウキ君もよろしくね」

「参ったな……」

「断るのは、なしだよ?」


 じ、と見つめると、コウキは息を吐き出して、頭をかき回した。


「……分かったよ。けど、雰囲気壊しても知らないよ。中村さんとは、仲直りしてないから」

「大丈夫。ね、洋子ちゃん」

「? うん!」


 智美は、今でもすでにコウキと仲直りしたいと思っているはずだ。そして、コウキも。互いにきっかけがなくて、歩み寄れないだけだろう。

 上手く取り持てるかは分からないが、仲直りまではいかなくても、関係を縮めるきっかけにはなるはずである。

 少しずつだとしても、二人には、向き合っていってほしい。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 洋子ちゃんの頼る相手がコウキよりも美奈に傾いているようですね(やはり同性の方が話しやすい?)。 前の時間軸では洋子を不安にさせる存在だったことを考えると、立ち位置の変化というのは面白いです…
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