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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・コンクール編
263/444

十一ノ四十 「東海大会 結果発表」

 吹奏楽コンクールでは、本番が終わると、プロのカメラマンによる写真撮影がある。

 パート毎に撮影したり、全体で撮影して、後日気に入った写真を購入できるのだ。


「はーい、おっけーです! 次はトランペットパートさん、お願いします!」

「来た来た~!」


 逸乃と月音が、はしゃぎながら撮影場所へ向かう。

 みかも入れたら良かったのだが、撮影は、本番に出た部員で撮ることになっている。


「まずは一枚撮ります!」


 六人で横に並び、トランペットを胸の前で持った。


「良い笑顔ですねぇ! はい、行きます!」


 合図とともに、フラッシュが焚かれる。


「……はーい、おっけーです! もう一枚、お好きなポーズで撮ります!」

「どうします、逸乃先輩?」

「んー。ありきたりなのは嫌だなぁ。誰か良い案! すぐ!」


 逸乃が言った。


「なら、面白さに全振りしましょう!」


 心菜だ。


「おけ、それでいこう」

「じゃ、皆でコウキ君に抱きつこ!」

「っ、はぁ!? 何言ってるんですか、月音さん、嫌ですよ!」

「それだ!」

「ちょ、逸乃先輩!?」

「はい皆、くっついてくっついて!」


 わらわらと、五人が身体を密着させてくる。莉子や、万里までだ。


「いやマジで!? やめましょうよ!」

「いや、もう時間ないからこれでいくよ!」

「ええ……」

「いや君モテモテだねぇ! 良いねぇ! 良いよぉ!」


 悪ノリしたカメラマンが、清々しい笑顔を浮かべている。

 周りの部員の笑い声が、恥ずかしい。


「女性の皆さん、良い笑顔だねぇ! モテモテの彼だけ、顔が固いよ! ほらほら笑ってぇ!」

「ほら、コウキ君!」

「わ、分かりましたよ」


 顔が、熱い。もしかしたら、赤くなってしまっているかもしれない。鼓動も、早くなっていた。

 コウキは、女性に触れられ慣れているわけではないのだ。

 身動き取れないまま、どうにか笑顔を作り、カメラに向ける。

 

「良いねぇ! はい、撮ります!」

「いえーい!」


 シャッター音と、フラッシュ。


「……はーい、おっけーです! 次はホルンパートさん、お願いします!」

「はいどくよ~」

 

 逸乃が言って、皆が身体から離れていく。コウキは、ほっと息を吐き出して、歩きだした月音に近づいた。


「月音さん、覚えててくださいね」

「え~、何がぁ?」 

「こっちはめちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ」

「んー、ちょっと何言ってるか分かんないなぁ?」

 

 とぼけた顔を見せられて、コウキは、指で月音の額を弾いた。小さく、悲鳴が上がる。


「いたぁい!」


 わあわあと文句を言う月音を無視して、撮影場所から離れると、幸と智美が近づいてきた。


「鼻の下伸ばして、やらしいんだ、コウキ君」

「の……伸ばして、なかっただろ」

「どうかなぁ?」 

「リーダーたる人間が、女の子達に抱きつかれたくらいでデレデレするなんて、はあ情けない」

「智美」

「信頼が揺らぐね」

「ラッパの皆に言えよ! 俺は恥ずかしかったんだぞ!」

「そんなこと言って、内心嬉しかったくせに」

「それはっ……」

「はい、図星ー。あーあ、やらしいなあ、コウキは」

「やらしいやらしい。写真が楽しみだねぇ」


 にやにやする二人に、コウキは言い返せなかった。

 嬉しいかと聞かれれば、女の子に抱きつかれたのだから、それは当然、そうだろう。だが、恥ずかしかったのは事実だし、断じて鼻の下は伸ばしていなかったはずだ。


「何なんだよ……」 

「おい、コウキ。お前、羨ましすぎだろ。どんだけだよ」


 今度は、勇一が傍に来て言った。


「……俺に言うな」

「美味しい思いしやがって」

「知るか。勇一には、美喜さんがいるだろ。美喜さんにしてもらえ」

「まあな? でもそれはそれ、これはこれ。羨ましいもんは、羨ましい」


 智美が、顔をしかめた。


「うわ、最低。将来、奥さん放置してキャバクラに行く系のやつだ。美喜に言いつけてやろ」

「お、おいおい、ちょいちょい、智美さん。へへ、ヤダな、冗談じゃないっすか」

「どうだか」

「言ってみただけですよ、本気なわけないでしょ」

「すり寄ってきても、駄目だからね」

「そこを何とか……コウキからも、何とか言ってくれ」

「さあね。彼女を大事にしないなら、告げ口されても仕方ないな」

「おい!」

「ねー美喜ー!」

「わー待て待て!」


 揉み合う智美と勇一を見て、コウキは笑った。

 意外と、この二人は仲が良い。智美は男の子に抵抗が無い性格だし、勇一も女の子に慣れているからだろう。リーダーで関わることが多いからというのも、あるかもしれない。


 その後も、しばらく雑談をして待っていると、最後の打楽器パートの撮影も終わり、全体撮影の声がかかった。


「撮影台に詰めてお並びください!」

「後がつかえるから、さくっと並ぶよー」

「はーい」


 摩耶が言うと、全員、素直に聞く。写真撮影はコンクールの度にしているから慣れたもので、すぐに並び終えた。

 カメラマンが、カメラを覗きながら、手を動かす。


「コントラバスのお二人、もうちょっと寄ってください。もうちょっと。あと少し……はい、そこで良いです! それじゃあ、何回か撮ります! 行きますよー、皆さん笑顔で!」


 フラッシュが、二度、三度と焚かれる。三度目で、カメラマンが、両腕で大きく丸を作った。


「……はい、おっけーでーす! これで全て終了です! お疲れ様でしたー!」

「ありがとうございました!」


 次の学校が撮影に来るため、カメラマンに礼を言って、すぐにその場から移動する。

 写真は、数週間すると学校に見本が届くから、その中の好きなものを選んで購入する仕組みだ。


「コウキ君、写真買う?」

 

 隣にいた万里が言った。


「全体のは買うよ。パートのは、恥ずかしいからなあ」

「でも、良い写真になったんじゃないかな?」


 くすくすと、万里が笑う。


「橋本さんまで悪ノリすんだもんなあ」

「ごめんね、面白くって。嫌だった?」

「嫌じゃ、ないけど」

「良かった。私は、あの写真買おうかな」

「えー……パート外に漏洩しないように、お願いしますよ?」

「うーん……善処、します?」

「それ、絶対漏洩するやつじゃん……」


 また、万里が笑った。



 


 

 


















 安川高校の本番中に、鬼頭が倒れかけたという話題で、客席は持ち切りだった。

 前半は、そのまま行けば確実に全国行きだっただろう、と思われるほどの神懸かった演奏だったらしい。だが、自由曲の中盤で、それが起きたのだという。


 実際に演奏を聴いたわけではないから、安川高校の審査がどうなっているのか、コウキには見当もつかない。

 メンバー外の子や涼子の話だと、かなり乱れた部分があったらしいから、減点は確実に起きているだろう。それでも、顧問が倒れかけたのに、誰一人演奏を止めずにいられた精神力は、ちょっと高校生とは思えない。

 安川高校も、それだけ全国大会へかける想いが強かったのか。それとも、こうなるかもしれないと、全員が心構えをしていたのか。

 

 コウキ達は一階席の右端に座っていて、安川高校は一階席の中央付近に集まっていた。客席に座る彼らの様子は、明らかに沈んでいる。鬼頭が病院へ行ったらしいから、その心配もしているだろうし、結果についての不安もあるからだろう。

 陽介や安川高校のトランペットの人達に、声をかけてあげたいが、今は見守っていることしか出来ない。


 そのうちに、ブザーが鳴り、舞台上に各校の代表生徒が姿を現した。


「きたな」


 勇一が言った。


「ああ」


 結果発表の時間だ。

 摩耶と理絵は、雛壇の上で真っすぐに前を見て、直立している。少し、理絵の表情が固いか。摩耶は、さすがの落ち着き具合だ。

 大会の役員も出そろって着席すると、司会の男が出てきて、マイクをオンにした。


「お待たせいたしました。それでは、表彰式を始めます」


 役員の話が始まったが、表彰式の開始時間が押していたからか、いつもより短かった。  

 そのほうが、ありがたい。こちらは、早く結果が知りたいのだ。


「それでは、本日の審査結果を発表してまいります。プログラム順に発表いたしますが、金賞と銀賞の聞き間違いを防ぐため、金賞の場合には、頭にゴールドをつけて発表させていただきます」


 静まり返った会場に、司会者の声が響く。

 出演順一番の学校の代表二人が、役員の前に並んだ。


「プログラム一番、三重県代表……」


 銀賞。

 拍手が鳴り響き、役員による表彰状の読み上げが行われる。読み上げは一番だけで、二番以降は、賞状と表彰盾を渡されて礼をするだけだ。


「プログラム二番、長野県代表……銀賞」


 学校名が呼ばれ、表彰されていく度に、代表生徒の列が前へ進む。

 三番、四番。次々に結果が発表されていく。


「俺達、金かな、コウキ」

「さあな……自信は、あるけど」

「まだ、一校も金が出ないな」


 結果発表は六校目まで終わった。全て、銀賞である。


「七番、岐阜県代表……ゴールド金賞」


 歓声が上がった。


「おっ」

「一校目だ」

「金は全部で何校だと思う、コウキ」

「どうだろう。八か九くらいか?」

「その中の、三校か」

「鳴聖女子は、行くだろうな」

「そりゃ、行くだろ。あの演奏だし」


 鳴聖女子は十九番目で、コウキも勇一と共に、客席で聴いていた。

 その演奏は、あまりにも圧倒的だった。

 『シバの女王ベルキス』は、高校吹奏楽界では、伝説として語り継がれている曲である。過去三度、鳴聖女子はこの曲で全国金賞を得ており、鳴聖女子がこの曲を選ぶ年は、それを可能にする最高のメンバーが揃っていることを意味する。


「十一番、三重県代表……銀賞」


 拍手。次が、安川高校だ。

 コウキは、少し身体を動かして、姿勢を変えた。


「十二番、愛知県代表、安川高等学校」


 司会者の声が、一瞬止まる。それが、言いにくくて詰まったというように、コウキには感じられた。

 司会者が、ふ、と視線を下げ、口を開いた。


「……銀賞」


 安川高校の生徒達から、悲嘆の声が上がり、会場が大きくざわついた。

 

「マジ?」

「銀、安川が?」

「嘘でしょ」

「ご静粛に、お願いします」


 司会者の制止が入っても、会場は静まらない。

 コウキも、安川高校の結果は予想外だった。これで、安川高校の三年連続出場は、無くなったということだ。

 視線を、安川高校の方へ向ける。天を仰ぐ子、俯く子、頭を抱える子。様子はそれぞれだが、皆、涙を流している。

 あの姿は、数十秒後の自分達かもしれない。

 それ以上見ていられず、コウキは舞台に目を戻した。

 

「結果発表を続けます。十三番、静岡県代表……ゴールド金賞」


 二階席の一角から、歓喜の叫びが上がった。

 これで、金賞は三校目だ。

 摩耶と理絵が、役員の前に立つ。


「十四番。愛知県代表、花田高等学校」

「ゴールドゴールドゴールド……!」


 勇一が、両手を組みながら、呟く。

 空気が、重たい。それに、間が、異様に長い。早く結果を言ってくれ、とコウキは思った。

 自分の感覚が、そう感じさせているだけなのか。実際には、間は無かったのかもしれない。

 そんなことは、どうでも良かった。

 心臓の鼓動は、止まっているかのようにゆっくりと感じられる。

 呼吸をすることも、忘れていた。


 そして、司会者の口が、大きく開けられた。

 

「……ゴールド金賞」


 瞬間、司会者の声をかき消すかのように、部員達が叫んだ。

 コウキは、反射的に、拳を強く握りしめていた。


「金だ、コウキ!」


 勇一が、頬を紅潮させながら言った。


「ああ!」

「十五番、長野県代表……」


 司会が、結果発表を続けていく。

 部員で、互いの顔を見合った。

 また、ここまで来たのだ。自分達の手で、ここまで。

 全国大会出場が、目前まで来ている。


 結果発表は最後の二十番まで終わり、全て出そろった。金賞は八校で、鳴聖女子も、やはり金賞だった。

 

「次に、第五十五回全日本吹奏楽コンクールへの推薦団体を、大会長より発表いたします」


 三つの大きなトロフィーが運ばれてきて、用意されていた机に置かれる。全国大会へ進む三校だけが貰える、栄光の証だ。

 紙を持った男性が、マイクの前に立った。


「皆さん……今日、一番に緊張されていますよね。私も、緊張しています」


 会場から、笑いが起こる。コウキには、笑う余裕はなかった。

 少し微笑んで、大会長が、言葉を続ける。


「今日は、演奏中のアクシデントなどもありました。それでも、全ての学校が演奏を終えられたことを、私は称えたい。例えどのような結果であっても、皆さんには、自分達の演奏に誇りを持って欲しいと、私は思います。今日、皆さんの演奏をこの場で聴けて良かった。ありがとう」


 会場から、自然と拍手が巻き起こる。それは、今日この場で競い合った出場者が、互いを称え合う拍手だった。

 コンクールは、明確に勝敗が決まってしまう場だが、だからといって、他校は敵というわけではない。自分達より優れた演奏をする他校がいて、それを超えようと努力する。その繰り返しが、音楽を更に深めていく。

 出場者は、互いに刺激を与えあい、より高い次元の音楽を目指す、同志なのだ。


 拍手が止んで、会場に静けさが戻ると、大会長が再び口を開いた。


「それでは、結果発表は、間違えが起きないように……出演順に、発表いたします」


 会場から、音が消える。この場にいる誰もが、息を呑んでいるのだろう。

 コウキは、目を閉じて耳をすませた。


「一校目……」


 この時間軸に渡ってきて、コウキは、以前にも増して吹奏楽に打ち込むようになった。

 五年。もう、それだけの月日が経った。

 長かったようで、あっという間だった。

 ようやく、ここまで来たのだ。もう少しだけ、夢を見させて欲しい。


「愛知県代表……」


 他には何も要らない。ただ、全国大会へ。

 願いは、それだけだ。


「……花田高等学校!」


 司会の言葉が耳に届いた瞬間、ぞわりと、全身が大きく震えた。

 部員が、叫ぶ。まさに、絶叫だった。

 目を、かっと見開き、立ち上がって叫びそうになったのを、コウキはぐっとこらえた。両手を握りしめ、爆発しそうな喜びを、必死で留める。

 夢が、叶ったのだ、と思った。


 勇一の頬を、涙が伝っている。

 いつの間にか、自分も泣いていることに、コウキは気がついた。

 勝手に、流れだしていた。手の甲で、それを拭う。熱を持った涙の粒が、肌に染みこんでいく。

 拭っても、拭っても、涙は溢れだしてくる。


 前の時間軸で高校を卒業した時、コウキは、トランペットを吹くことをやめた。

 後悔ばかりが残ってしまったからだ。ああしていれば、こうしていればと、過去を振り返っては、苦い気持ちに包まれていた。

 高校卒業から、時間にして、十五年。

 過去の思い出を変えたいと願い、薬を飲み、実現するために努力し続けてきた。その成果が、今、確かなものとして表れた。


 全国大会、出場。

 これは、現実だ。

 花田高の夏が、続くのだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >コウキには検討もつかない。 コウキには見当もつかない。 [一言] おめでとう! 演奏ではスポーツで言う"ゾーンに入ってた"結果が出ましたね。 本番で実力を出し切るには本番と同じ緊張感…
[良い点] 全国大会出場おめでとう!(*´ω`*) [一言] 一緒になってドキドキしてて そして最後に ぞくっとした。
[良い点] いやー、なにはともあれ全国大会出場はメデタイです。 コウキの過去の後悔ってやはり吹奏楽部のことが最大要因だったんですね。 前の時間線では恐らく全然戦力になってなかったんでしょうし。 [気に…
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