三ノ五 「ダブルデートの心得」
部活帰りの買い食いや寄り道は禁止されているが、そんなことはお構いなしに、拓也と健と共に、家の近くのスーパーのフードコートに集まっていた。
昼放課に相談を持ち掛けられたが、三人とも部活動があったので、下校後にここで落ち合ったのだ。学校に近い店では、教師に見つかるかもしれない。それでわざわざちょっと離れたここにした。
練習が長引いて腹が空いていたため、お気に入りの大判焼きを購入して食べながら二人の話を聞くことにした。
「で、相談って、ダブルデートのことだよな」
二人が一斉に頷く。
夕飯があるのに拓也は焼きそばをすすっているし、健はかつ丼をかきこんでいる。そんなに食べて家の食事が入るのかかと聞くと、帰ってからも、食べると言う。
さすがに運動部は食事量も段違いだ。これだけよく食べてよく動くから、二人とも身長が高いのだろうか。
羨ましいことだ。コウキは以前の中学生時代とあまり身長は変わっていなくて、二人より低い。
「ダブルデートって、何すれば良いのかわかんなくて」
拓也が困ったような表情を浮かべながら言った。
女の子とデートをしたことのない拓也がいきなりダブルデートと言われても、確かに困るだろう。
「で、コウキならどうすればいいかわかるかと思って」
ニコニコとしながらテーブル越しに顔を近づけてくる。
頼られるのは嬉しいが、コウキ自身もダブルデートの経験はない。女の子とのデートも、多いわけではない。
「あんま当てにならんと思うけど。健のほうが得意じゃないの?」
そう言って健のほうを見ると、健は空になった丼を机の脇にどけながら苦笑した。
「俺彼女いたことすら無いぞ」
「えっ、マジ?」
「マジ」
「意外だな」
健は、女の子と遊んでいそうなイメージを勝手に抱いていた。爽やか系というよりは遊んでいるタイプの見た目だったし、学校で見かける時も、女の子と話していることが多かったから余計にそう思ったのだが。
「ま、だからこの中で一番得意なのはコウキなんだよ」
拓也と健の視線が集まる。
ダブルデートと言っても、基本は一対一と変わらないだろう。目的は女の子を楽しませることだ。
幸い、原宿という田舎の中学生なら嫌でも盛り上がる場所でデートするのだ。ハードルは低いだろう。
「事前に奈々さんと亜衣さんに原宿のどこに行きたいのか聞いておいて、二人が行きたい場所に連れてってあげたらいいんじゃないか。例えばクレープ食べ歩きしたいって言ったら付き合ってあげたりさ。あと修学旅行生は変な外国人に声をかけられやすいらしいから、そういうのが来てもあしらってあげるとか」
思いつくままにあげていくと、拓也と健が尊敬するような眼差しで見つめてきた。頬を紅潮させ、うんうんと頷いている。
「どこに行く、とかなんでも良いよ、とか丸投げは奈々さん達も困るから、向こうの希望がないなら、喜びそうな場所に連れてってあげろよ。服屋とかさ。あとは会話が大切だから、向こうの話に相槌を打ちながらちゃんと話題を膨らませてあげて、自分の自慢話ばっかりしないこと」
お~、と言いながら揃って拍手してくる。
「やっぱすげぇわ、コウキって。すぐそう言う事思いついて口にできるんだもん」
感心しきった様子で、拓也が言った。
健も同意するように首を何度も振っている。
「別に難しいことじゃない。相手のことを考えて、相手のために動くのは、男女関係なく人と接する上での基本だ。それを心に留めておけば、あとはどうとでもなるよ。相手と一緒に楽しむ気持ちが無いと、どんなテクニックや計画を用意しても、上手く行くわけがないからな。それこそ、もしかしたらあの二人はクレープが嫌いかもしれないし、どこかに行くというより原宿をただ歩くだけで良いのかもしれない。人によって求めることが違うからこそ、相手のことを考えて行動することが大事だ」
「なるほどな」
「他には何か質問ある?」
「質問かあ……」
二人が考え込みだしたので、待つ間に、もう一つ大判焼きを買いに行った。
「おばちゃん、もう一つ!」
「はいよ!」
この時間軸に戻ってきてから何度もフードコートの大判焼きを食べに来ていたので、店員にはすっかり顔を覚えられていた。
注文も毎回大判焼きだけなので、わざわざメニューを言わなくても分かってもらえる。常連客の言う、いつもの、というような感じが楽しめて、ちょっと気分が良い。
大人になってからもあまり外食をしたりはしなかったので、こういう何気ないことも面白く感じられる。
大判焼きを受け取って席に戻ると、健が質問をしてきた。
「あの二人って、俺たちのこと好きなのかな?」
「おう、ド直球な質問」
「え、そうなん?」
意外そうな顔で、拓也が目を見開いている。
すぐには答えず、熱々の大判焼きを二つに割った。ぎっしりと詰まった餡から、湯気が立ち上る。
奈々と亜衣は自分で気持ちを伝えたいと思っているかもしれないし、まだ好意を知られたくないかもしれない。軽い気持ちで、あの二人の気持ちを教えるのは、まずいだろう。
考えて、無難な返事をすることにした。
「まあ、少なくとも嫌ってはないでしょ。嫌いならわざわざ誘ってこないし」
「おお、だよなあ……」
とたんに健と拓也がそわそわとし始めた。
割った大判焼きの片方に、かぶりつく。生地の旨味とあんこの甘さが口の中に広がっていく。
「逆に二人は奈々さんと亜衣さんのこと、どう思ってんの?」
「え、いや、まあ……良いなぁとは思ってますけど?」
ちょっと赤く染まった頬をかきながら、健が照れている。
健のこういう顔を見るのは初めてだったので、思わず笑いそうになってしまって、慌てて口元を隠した。
「拓也は?」
腕を組み、顔をしかめながら首を傾げている。
「……よくわからん」
以前聞いたときと、あまり変わっていない。ただ、曖昧だが、その曖昧さが、むしろ以前より進んでいるような気も感じさせる。
「奈々さんとたまに帰ったりするんだろ?」
「まあ、向こうから誘われて」
「楽しい?」
ますます難しそうな顔をして、天井を見上げたり、机に目を落としたり、忙しく動きながら考え込みだした。
やがて、小さく頷いた。
「まあ、楽しいかな」
「なら二人とも良い感じだし、気負わず楽しめばいいじゃん」
にっと笑いかけると、二人は顔を見合わせ、それからまたこちらを見てはにかんだ。
この様子なら何の心配もいらないだろう。思い切り楽しむだけだ。
「修学旅行っていう非日常の時間だし、ノリやテンションだけで案外なんとかなるかもしれないから。そう難しく考える必要はないよ。頑張って」
「おう、ありがとな、コウキ」
健が両手を机について頭を下げてくる。つられて拓也も頭を下げた。
「良いよ、顔上げてよ。もう一つだけ忠告しておく」
「何?」
「もし緊張していつも通り接することができないと思ったら、奈々さんと亜衣さんのことを男だと思いな」
「……はい?」
「得体のしれない女の子だと思うから、うまくやらなきゃとか考えて緊張するんだ。相手は男だと思って、男友達にするみたいに接すれば大丈夫。ただし、傷つくようなからかい方をするとか、馬鹿にしたりとかは駄目だぞ」
「おお……なるほどな、わかった!」
健は納得したようで大きくうなずき、親指を立てた。こういうところは健のほうが飲み込みが早いようだ。
拓也も、まあ何となくは理解したのか、ちょっと頷いてくれた。
その後は少し雑談を楽しんで、解散した。
一足先に健が自転車で去ったのを見送り、拓也と向き合った。
「また困ったら相談して」
「うん。ありがとな」
拓也が手を振って歩き出した。角を曲がって見えなくなるまで見届けて、コウキも歩き出す。
せっかくの修学旅行、初ダブルデート、恋愛だ。親友の拓也にはもちろん上手く行ってほしいし、他の三人にも楽しい思い出になってもらいたい。できれば、亮と直哉にも。
だが、全員が幸せにはなれない状況だろう。
こればかりは仕方ない。コウキにできるのは、相談に乗り、それぞれがどう動くかを見守ることだけだ。




